優等生の崩壊
僕の目を見て、逃げる気はないことを悟った不良どもの後ろについて教室を出る。出来るだけ学園から遠い場所を戦地にしたいのだけど、そいつはグラウンドのど真ん中で待ち構えていた。
番長と呼ばれていそうな長ランの大男。背後には舎弟を十数人連れて、隣にいる舎弟は土方が雨に濡れないように傘をさしている。僕も教室で暴れていた不良どもを引き連れて来たわけだけど、後ろにいる奴らは敵なんだよね。
ちらりと校舎を振り返ると、騒ぎを知った生徒たちが心配そうに窓からこちらを見ている。ギャラリーを退屈させるような幻想殺しじゃ主人公失格だよな?
「あんたが土方か?」
「そういうお前が姫島か?」
一歩前に出た土方が僕を見下ろす。めちゃくちゃでかい!
「意外に小さいな。おい、こいつで間違いないか?」
彼の後ろで「はい、こいつです」と返事をした不良には確かに見覚えがあった。自分で勝てないからって、これだけ大勢の仲間を連れて袋叩きにしようっていうのか? お前らの器の小ささには涙が出そうになるよ。
「聞けばうちの奴らから喧嘩を売ったんだろう? 半端なことをしたこいつらは俺がきっちり反省させたからよ。お前には悪いことをしたな」
案外話が分かる奴っぽいぞ? これなら穏便に話し合いで解決できるかもしれないけど……、
「ぶっちゃけよ、俺はどうでもいいんだよ。こいつらの喧嘩に首を突っ込むつもりもねぇしな。でも、一応こいつらをまとめている頭っていう立場があるからよ。ケジメってもんはつけなくちゃならねぇ」
やっぱりそうなりますよねー。まぁ、これだけギャラリーがいるのに、何もなしで帰ることの方があんたらにとって半端だろうし。
「というわけで……俺とタイマン張れや」
さらに顔を近づけてきた土方の声音が低くなった。多人数対一じゃないだけまだマシだけど、こいつをどう倒せっていうんだ? 身長なんて三十センチくらい違うし、腕の太さなんて僕の太股くらいある相手だぞ?
「おい、姫島! 逃げんじゃねぇぞ」
声に振り返ると、野々山が不良の二人に拘束されていた。
「野々山?! テメェら……ッ!」
「悪いな。俺もこういう汚ぇやり方は気に入らねぇが、お前とは本気でやり合いてぇ」
下衆な笑みを浮かべる三下どもを睨みつけて、不安そうにこちらを見る野々山に精一杯の笑顔を作って見せた。
「……政宗」
「野々山、ちょっと我慢してろ。すぐに終わるから」
土方が長ランを空に放り投げ、落ちた音を合図に僕らは同時に駆け出した。足元の水溜りがバシャバシャと跳ね。二人は同時に拳を振り合う。顔面にめり込む大きな拳に意識が飛びそうになった。
「――ッ?! テメェ、どういうつもりだ?」
吹っ飛ばされた僕を見下すように土方が問う。初撃でバレてしまうとは、さすが番長なだけあるな。
「どうして拳を退いた?」
「気のせいだろう?」
ちらりと背後を見る。まだダメだ。あいつからちゃんとした報告があるまで待つんだ。
「ナメてんじゃねぇぞ、コラアァッ!」
大きな拳が再び僕の頬を抉る。吹っ飛ばされ、また立ち上がる。手を出すつもりなんて微塵もないくせに、僕は殴られる為に土方へ向かって再び駆け出す。体が動く限り、何度でも息絶えるまで。腹に鈍痛。膝がめり込んでいるのが見えた瞬間、大きな拳が目の前に迫ってくる。
打ち上げられた顔面から生々しい血飛沫があがる。ヤバい、今回はマジで死ぬかも。
鈍い音が辺りに響き、窓から観戦している生徒たちの悲鳴を背中に浴びながら、再び僕は立ち上がる。そこに授業の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
もう少し、もう少しだけ。
まったくやる気を出さない僕に土方の怒りは増していく。馬乗りされて顔面に拳の雨が降る。
「……政宗ッ!」
野々山の声がする。でも今はそれに振り返る余裕はなさそうだ。それに僕が待っている声はお前じゃなくて。
「ママ、もう大丈夫だよ! 正式に受理されました!」
遠くから僕が一番聞きたかった釘宮の声が響いた。
「遅ぇよ、バカ」
これだけ殴られるのは初めてだから結構しんどかったんだぞ。ニヤリと口元を緩めた僕に土方が見せた一瞬の隙をついて、その巨体を跳ね返す。
そのとき、不良の拘束を振り払ってこちらに駆け出した野々山が視界に入った。後ろから長い髪を乱暴に掴まれる。すべてがスローモーションに見えた。
「やめろおおおおおおおおおおおぉッ!」
目の前で野々山が殴られた瞬間、僕の抑えていた感情が爆発した。本気で叫んでいた。ビリビリと響いた声に不良どもが沈黙して、土方が僕に続いて咆哮する。
「テメェら、半端なことすんなって言ってんだろうが! 女を放してやれ!」
解放された野々山がふらつきながらこちらへ向かって来るのを見て、僕は声を荒げた。
「来るな! 離れてろ」
「……え、まさむ――」
「いいからこっち来んな! 邪魔なんだよ」
これ以上、巻き込みたくない。でもこれくらいキツイ言い方をしないとこいつは分かってくれない。胸が張り裂けそうだった。
「ようやくやる気になったみたいだな」
土方が嬉しそうに口元を緩める。そんなにタイマンが好きなのかよ。でも、こうしてきっちり筋を通す奴は嫌いじゃない。出来ることなら殴り合いたくないし、違う形で出会えればきっと友達になれただろう。それでも、やらないといけないんだよな。
泥だらけになったブレザーを脱ぎ捨て、止まらない鼻血を手の甲で拭う。同時に駆け出して突き出した拳が初めて土方を捉えた。双方の顎が外を向き、結果は相打ち。一方的に殴られていた先程までとは違い、両者が立ったまま拳を突き出し合う。
どちらかが倒れるまで、ひたすら相打ちを繰り返す。僕らの周りには血糊が飛び、それを見ている不良どもが小さく「マジかよ」と呟いたのが聞こえた。
「姫島ァッ! ガチの殴り合いでここまで立っていられる奴はお前が初めてだ!」
「そいつは、どうもッ!」
少しでも気を抜けば意識を手放してしまいそうな剛腕。でも負けるわけにはいかない。こいつをさっさとブチのめして、さっき野々山に手をあげたあの不良をぶっ飛ばさないと気が済まない。
右の頬を殴られて、口から何かが飛んだ。ああ、奥歯イッたみたいだ。こちらも思いきり拳を叩き込む。土方の口からも奥歯が飛んだ。これでお互い様だと言わんばかりに笑みを浮かべて殴り合う。
どれだけ殴り合っただろう? ついに限界を迎えた僕は後ろに倒れた。呼吸がまともに出来ない。追撃がこないと思って顔だけ起こすと、向こうで土方も仰向けに倒れていた。激しく上下する胸を見ると、僕の攻撃もそれなりに効いていたのだと誇らしくなる。
でも、まだあいつを殴っていない。痛む体に鞭を打つように立ち上がると、校舎から歓声があがり、不良どもからは困惑した声が漏れた。
頼りない足取りでそいつに一歩ずつ近づくと、手に持った得物をこちらに向けて震えだしていた。僕以上にチキンのくせに、野々山に手をあげてんじゃねぇぞ。
「これは野々山の分だ」
思いきり顔面をブン殴ってすっきりした瞬間、
「貴様ら、何をしているんだ!」
ようやく救世主が現れた。赤いジャージ姿に竹刀を持った我が学園の守護神、如月渚はこちらに駆け出すと、まさに無双といえる強さで次々と不良どもを薙ぎ払っていく。初めからこの人が来てくれていたら、すぐに終わったのにと思いながら、僕は仰向けに倒れて少し眠ることにした。今日はもう疲れたよ。
その後、保健室で目を覚ました僕は渚先生の拷問に遭い、この事件の発端を洗いざらい吐かされましたとさ。めでたし、めでたし。




