仲良し三人組
ポスターを掲示板など人目に付きやすい場所に貼って迎えた昼休み。クラスに受け入れられ始めた野々山だけど、僕らはいつものように体育館裏へ向かっていた。正直、屋上で食べたいところだけど、会長を目指す野々山が校則違反をするわけにはいかない。
母さんが作ってくれる弁当(野々山が泊まるようになってからは僕の分も毎日作ってくれている)が日を重ねる毎に手の込んだものになっていくありがたみを噛みしめながら、今後の作戦を練ることにした。
「野々山、これから何をするつもりなんだ? ここからは僕の知恵に頼らず、お前のやりたいことを優先していきたいんだけど」
「……ん、まずは学園のゴミ拾いを毎日しようと思う。……明日からは少し早起きして、みんなに挨拶もしたい」
なんだ、心配するまでもなくこいつも色々考えているじゃないか。
「よし、決まりだな。ゴミ拾いは今日の放課後から始めるぞ。釘宮は部活があるから、僕ら二人で学園の隅々まで綺麗にしてやろう」
「かたじけない……やっぱりあたしも部活サボって手伝うよ!」
「却下だ。お前、エースなんだから部活に専念しろよ」
「えー、だってママが秋葉ちゃんとイチャイチャしながらゴミ拾いをしている姿を想像すると部活に身が入らないよぉ。それに、一人で寂しくママの家に帰るのは嫌だ……」
「僕らがいつイチャついたんだよ。それにゴミ拾いをしている間に部活も終わるだろう? 待っててやるから安心しろよ」
「……ん、志穂は部活に専念。……政宗は私に任せて」
「何かさらに不安になったぁ!」
頭を抱える釘宮は今のところ無視しておこう。今はそれよりも。
「あれ、お前らいつの間にそんなに仲良くなったんだ?」
さっき秋葉ちゃんと志穂って呼び合っていたよな?
「ライバルとはいえ、今は休戦しているからね。あたしらはマブダチよ」
「……ん」
まぁ、理由はどうあれ二人が仲良くなったことは良いことだよな。これで野々山の友達は二人に増えたわけだし、可憐さんに良い報告が出来そうだ。
帰りのホームルームが終わり、いつものように袖を抓まれながら注目を集めて廊下を闊歩する。もう僕も野々山も注目されることには慣れた。朝は反対側に胸を押し付けるように腕にしがみついてくる釘宮がいるので、こうして右腕が軽いのは快適だ。
早速ゴミ拾いを始めようとしたとき、僕らは重大な見落としに気が付いた。
広大な中庭のど真ん中、噴水の前で僕らは呆然と立ち尽くす。
「おい、どうすんだよ、これ」
今さらだけど、僕らの通う私立紅白学園はお金持ち学園なのだ。広大な敷地をもつ我が学園が清掃員を雇っていないはずがない。
つまり、ゴミどころか塵ひとつ落ちていない清潔な学園が保たれているのは、毎日真面目に勤労してくださっている清掃員の皆さんのおかげであり、わざわざ僕らがゴミ拾いをする必要はなかったのだった。
いきなり計画が折れた。釘宮の部活が終わるまで何をしたらいいんだろう?
「……誤算だった」
「ああ、僕も完全に見落としていたよ。これから清掃員さんを見かけたらちゃんと挨拶しようぜ。それでどうする? 釘宮の練習でも見に行くか?」
「……面倒だし、つまらなそう」
酷い言われようだぞ、釘宮。お前ら本当にマブダチなんだよな?
「じゃあ図書室にでも行って勉強でも――」
「デートしよう!」
どうして食い気味に答えた?! いつもの「……」が頭にないと誰が喋っているのか読者の皆さんが分かってくれないだろう。それがお前の個性じゃないのかよ。没個性の僕からしたらかなり羨ましいんだからな。
「どうして僕がお前とデートしなきゃいけないんだ?」
「……私たちは親公認の仲」
意味不明なんですけど。何これ? 何の罰ゲームですか? でも、言い出したら聞かない奴だから付き合わされるのは既に確定しているんだけど。
野々山に連れられて向かった先で、僕は思わずツッコミを入れてしまう。
無視できなかった。何故ならそこは、
「どうしてお前の家なんだよ!」
「おかえりなさい。あら、政宗くん久しぶり……でもないわね」
一週間前に会ったばかりですからね。っていうか、こうして顔を合わせるのは三度目なのに、どうして緊張感がないんだろう?
そういえば初めて会ったときもすぐに溶け込めた。可憐さんには人を安心させる何かがあるのかもしれない。
「それで秋葉とは順調なの? もうチューとかした?」
小声でそんなことを訊きながら肘で僕の脇を突いてくる可憐さんにあんたはオヤジかと少し呆れた。
「あ、そうだ。こいつに新しい友達が出来ましたよ」
「え、どんな子なの? もちろん女の子だよね?」
女の子じゃなかったらどうなるんだろう?
「……釘宮志穂は、らいばる」
そういう設定でしたね。でも今は休戦しているから友達だろう。それにライバルというけど、具体的に何を争っているのか些か疑問である。
「釘宮ってもしかして早苗の妹の志穂ちゃんのこと?」
「ええ、そうですよ。可憐さんの友人の妹だと知ったときは僕も驚きました。それともうひとつ報告したいことがあります」
これは一番伝えたかったことだ。変化を恐れ、誰とも関わろうとしなかったこいつが成長したのだから。
「こいつ、生徒会長に立候補しました」
「マジで?」
可憐さんの視線に野々山は小さく頷く。
「……ん、みんなが仲良しで楽しい学園にしたいの。……あと政宗みたいなむっつりにもたくさん友達が出来る学園にしたい」
余計なお世話だ! 僕と同じ人数しか友達がいないお前にだけは言われたくねぇよ!
そういえば可憐さんもうちの学園に通っていたときは生徒会長を務めていたんだっけ。早苗さんに聞いた話が確かなら、一年生からミス紅白に選ばれて見事三冠に輝いたのは歴代でも可憐さん一人だけとか。妹の秋葉は残念ながら去年は準ミスだったから、それがどれほど難しいものかはよく分かる。ちなみに去年のミス紅白は現生徒会長の神宮寺先輩だったはずだ。それでも新聞部集計の美少女ランキングで野々山が一位なのは何か他に査定があったのだろうか。
「そうなのね! 秋葉が自発的に行動するなんてお姉ちゃん嬉しいわ! 応援してるからね! 秋葉、政宗くん」
あれ、僕の名前も呼ばれた気がするけれどきっと気のせいだよな。
可憐さんが淹れてくれた美味しい紅茶をいただいて、雑談が思いの外盛り上がった僕らの初デート(?)は外が暗くなってきたところでお開きになった。
アパートの階段を下りながら、これから桜庭絵里香をどう攻略しようかと考える。
あれ、っていうか何か大事なことを忘れているような……。
「あ、釘宮の部活ってもう終わってね?」
完全に忘れていた。急いで学園に戻ると、校門にもたれるように体操座りをしている釘宮を見つけた。膝に顔を埋めてぴくりとも動かない。凍死するにはもう遅い季節だよな?
「釘宮?」
「…………うぅ」
肩に手を乗せた途端、スイッチが入ったように釘宮が顔を上げる。泣き腫らした瞼を見て、罪悪感と共にちょっと引いてしまった。
いや、だって膝と鼻を繋いでいる栄光の架け橋が月に照らされてキラキラと輝いて……無理があるな。見るに耐えない現実を美化するのはやめよう。つまり鼻水まみれなのだ。
僕が悪いんだけど気色悪いよ、釘宮。その醜態は間違っても片思いをしている男子にだけは見せちゃいけないと思うぞ。
「ごめんな、遅くなった」
「どこに行ってたの? あたし、部活が終わってからずっと二人を捜していたんだよ!」
それでついに追い出されてしまい、ここで待っていたわけだな。
おい、抱きつくな。鼻水が付いただろう。
「ごめん」
後ろめたい気持ちが僕の中で膨らんでいく中、隣で平然と無表情の野々山が釘宮に容赦なくとどめをさした。
「……ごめん志穂。……デートに夢中になってた」
僕の胸で啜り泣く声が止まった。嫌な予感がするぞ。これはまたしても修羅場が訪れると不幸体質の細胞たちが悲鳴をあげる。
「あれぇ、おかしいなぁ。あたし疲れちゃって変な幻聴が聞こえたの。あたしのことを忘れて秋葉ちゃんとママがデートしてたなんてあり得ないよね? あはは、きっとこれは気のせいだと思うんだけど、どういうことなのか説明してくれないかな、かな?」
今にもひぐらしの鳴き声が聴こえてきそうだった。いや、まだ春だからね。それにどうしてそんなに声真似上手いんだよ。野々山よりもモノマネの才能あるよ、お前。
「誤解しないでくれ、これには深いわけがあるんだ。野々山に家に寄って、こいつのお姉さんに近況報告をしていただけなんだよ」
「ケーイチくん、どうして嘘をつくのかな、かな?」
「う、嘘じゃねぇよ。本当に野々山の家に行って、お姉さんにこいつが生徒会長に立候補したことを伝えただけで……」
「嘘だ……ッ!」
桜の花弁から葉に衣替えを始めた木から無数の鳥が羽ばたいた。何だよ、この妙に凝った演出。もしかしてこれから本当に惨劇が始まるんじゃねぇだろうな?!
僕の胸から離れた釘宮の瞳は生気を失っているように瞳孔が開いていた。そして釘宮は静かに口を開く。
「秋葉ちゃんのお姉ちゃんって綺麗な人だよね。だから、あんなに夢中になっておしゃべりしちゃったんだね」
「あんなにって、どうしてお前がそんなことを知っているんだよ?」
「ケーイチくんの後ろ、ずっとついていたもん」
帰れ、帰れよ! と玄関の扉を閉めたいところだったけど、残念なことに僕と釘宮を隔てるものは何もない。っていうか、いつまでこのネタ引っ張るんだよ。読者の気持ちを考えてモノマネしてくれないと、ネタ切れだと思われるじゃねぇか!
「冗談はここまでにしておいて、迎えに来てくれたからママの童貞をあたしに捧げてくれたら許してあげてもいいよ」
冗談はここまでって言ったにも関わらず、いきなりハードルの高い冗談が飛んできたんですけど。っていうか、初めからそれが目当てだよな。
「却下。事実だから後ろめたい気持ちはないよ。それが嫌なら自宅へ帰れ」
むしろその方が好都合だ。ついでに野々山も遠慮なく自宅へ帰ってくれていいんだぞ。これ以上、僕の黒歴史を増やされるのは嫌だからね。
「あぁん、冷たい~。でもママのその冷たい視線を受けているとゾクゾクしちゃう」
失念していたことがある。
こいつは真性のマゾヒストであり、究極の変態だということ。どうやったってこいつを悦ばせるだけだという結論に至った僕は、いつもの調子に戻った釘宮と、いつも通り無表情で何を考えているのか分からない野々山に挟まれて帰宅するのだった。




