宣戦布告!
代わって僕らの担任である篠山楓がその場を取り仕切る。
「それでは続いて生徒会長立候補者の方、舞台へお願いします」
「はい」
これだけざわついているのに、よく通る声で返事した桜庭が舞台へ歩き出した。遅れるように「……ん」と小さく頷いて僕の隣に並んでいた野々山も立ち上がる。
ぐい。
「おい、袖を放せ。今回ばかりは僕が一緒に行くわけにはいかない」
「……あぅ」
とても残念そうに野々山は袖を放して小走りで桜庭の後ろに追いついた。途中、何度もこちらを振り返る野々山の姿はなんだか初めてのお遣いを見ているようでこっちが落ち着かない。
二人が壇上へ上がった途端、一瞬の沈黙が周囲を包み、再び波のようなざわめきが広がった。
理由は言うまでもない。
野々山秋葉の出馬は学園を震撼させているのだ。先にマイクをとった桜庭が口を開いた瞬間、ざわついていた生徒たちがぴたりと口を閉じる。
圧倒的な存在感。こいつのリーダーシップが本物なのだと思い知らされた。
「皆さん、おはようございます。既にご存知の方が多いと思いますが、この度生徒会長に立候補した桜庭絵里香でございます」
そこで一度、深いお辞儀をした。あれだけポスターをばら撒いていたのだから、遅刻してきた奴以外に彼女の出馬を知らない者がいるはずない。
「わたくしは神宮寺会長にお付きして、副会長を務めさせていただいた一年間でこの学園の伝統を守っていくことの大切さ、生徒や環境を思いやる心を学ばせていただきました。この経験を今度は会長として、彼女の意思を継ぐためにわたくしは立候補させてもらいました。神宮寺会長と比べたら至らない点がいくつかあると思いますが、この学園を思う気持ちは負けないつもりですわ。応援をよろしくお願いします」
短い挨拶だったけど、目的がはっきりと伝わった。無駄に長々しい挨拶よりは好感が持てる。
深くお辞儀をして顔を上げた桜庭と目が合った。きっと偶然ではなく、意図的に。
不敵に目を細めた挑発的な笑みにこちらの唇も僅かに歪む。
本気で僕らを潰すつもりだな。上等じゃないか。
さぁ、野々山言ってやれ!
全校生徒の前で、お前の持つ本物の影響力を見せつけてやるんだ!
「続いて野々山秋葉さん。お願いします」
篠山に言われて舞台へ上がる野々山。
おい、手と足が同時に出ているぞ。あ、転んだ。
頭から派手に転んだので鈍い音が体育館に響いて、捲れ上がったスカートから青と白の縞模様が晒される。破壊力満点のファンサービスに男子たちが諸手を挙げて歓喜する。
全校生徒の前で実力を見せつけるつもりが下着を見せつけてどうするんだよ。いろんな意味で痛い奴だな。
でも、額を両手で押さえながら涙目で僕に振り返らないでほしい。今回ばかりは手伝えないって言っただろう。自分で立ち上がり、意思を伝えなきゃいけないんだ。
頑張れ、野々山!
僕の気持ちが伝わったかどうかは定かではないが、力強く頷いた野々山はマイクの前に立ち、深くお辞儀をした。
ゴンッ――キュワーン!
その際、マイクに額をぶつけて耐え難い音が生徒たちの鼓膜を引っ掻いた。慌ててマイクのスイッチを切った野々山はペコペコと何度も頭を下げる。
「………………………………」
何かを言っているのは分かるけど、今度はマイクのスイッチ切ったままだぞ、野々山。途中まで話して気が付いた野々山は再び慌ててマイクのスイッチを入れ直す。
もうグダグダじゃねぇか。生徒たちも失笑だよ。
「……あぅ、おはようごじゃいまひゅ!」
キュワーン――キィーン!
今度は張りきり過ぎて台詞を噛んだ上に、不快音を奏でるマイク。こいつとマイクの相性は最悪のようだ。
「……あぅう、野々山秋葉です。……生徒会長に立候補しました」
文脈もめちゃくちゃだ。
「……私が生徒会長に立候補したきっかけは友達のまさむ……姫島くんでした」
え、僕?
「……皆さんご存知の通り、私は今まで他人を拒絶していました。……誰かと関わることに価値なんてないと思っていたからです。……でも、そんなある日、私は姫島くんを見つけました」
滅多に喋らない美少女が話す言葉に生徒たちが魅了されていくのが分かる。自然とざわめきが消え、沈黙が体育館を包んだ。
「……彼は何かを変えようと努力し、行動しました」
それはきっと僕が屋上から飛び降りたときのことだろう。野々山の目にはそのように映っていたようだ。
いや、確かに野々山の言う通りなのかもしれない。
「……私はその日から一年間、彼に憧れを抱いていました。……何も行動を起こさずに甘えて、逃げてばかりいた自分を恥じました。……私も、彼のようになりたい。……駄目な私の心を震わせてくれた彼のように、誰かの心に響くような人になりたい」
そんなことを考えながら僕を見ていてくれたのか。ありがとな、野々山。
嘘つきでろくでなしの僕が、お前にとってそんな影響を与えていたなんて光栄だよ。
「……でも私には勇気がなくて一年間、何もしないまま、何も変えられないまま二年生になってしまいました。……姫島くんと同じクラスになって、今から変わろうと思いましたが、この数日、私は彼に救われてばかりでした。……私のような駄目な女のためにいつも一生懸命になってくれる彼を見ていて、私も誰かの力になりたい、そういう人間になりたいと改めて強く決意しました。……私が変われたようにこの学園も今よりもずっとより良いものに出来るんじゃないかと思い、立候補しました。……この学園のために、自分が出来ることを精一杯していこうと思います。……応援をよろしくお願いします」
深くお辞儀をした野々山に、自然と拍手が生まれる。桜庭とは正反対の要領を得ないめちゃくちゃな演説だったのに、野々山が変わろうとしている意思だけは明確に伝わった。
これは何かが起きそうだ。
無意識に口元が緩む。野々山秋葉、本当に僕を楽しませてくれる女だよ、お前は。
釘宮との和解(と言っていいのかな)や、今回のこの温かい拍手。今度は僕にどんな奇跡を見せてくれるんだ?
野々山の隣で悔しそうに唇を噛む桜庭に見せてやろうぜ、本当の奇跡ってやつをさ。
教室に戻ると、あっという間に野々山はクラスメイトに囲まれた。
「野々山さん! さっきの演説、感動したよぉ。私、あなたのこと誤解してた。応援するから頑張ってね!」
「俺も応援しているぞ!」
「野々山のことは入学した頃からずっと応援していたからな」
「あ、テメェずるいぞ!」
追い風が吹いている。この勢いに乗って、どこまでも高く飛ぼう。
誰よりも高く、かつてお前が憧れたあの空まで。




