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秋葉の空  作者: 毒舌メイド
第三話 プリティフェイス“天使”
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まだいました。濃い人たち


翌朝、野々山に出会ってから初めて何事もなく起床した。たらこ(野々山)は僕のベッドの脇に敷かれた布団で大人しく寝息をたてているし、変態(釘宮)は部屋の隅にアイマスクと縄で拘束されているのに、気持ち良さそうに涎を垂らしている。目隠しをしているせいで起きているのか不明だが、実に気色悪い女子の寝顔である。



時刻は午前六時。試験が終わったので、もう一時間くらいは寝ていられるのだけど、早起きの習慣が身についてしまったようだ。



二人を起こさないように制服に着替え、音をたてずに部屋を出る。



一階の洗面所で洗顔していると、ゆっくりとした歩調でエリザベスが挨拶に来る。吠えるわけではないけれど、ふんと鼻を鳴らして足に擦り寄る姿は彼女が僕に気を許してくれている証拠だと思いたい。



「おはようエリザベス。君は今日も早起きだね」

 


頭を撫でるとエリザベスは再び小さく鼻を鳴らした。訳すと「おはよう政宗。あんたも最近は早起きをしているみたいだね。感心したよ」だろう。



バスケ部の朝練に向かう妹を玄関で見送って再び自室へ戻る。僕の勉強机の上にある昨日作成した選挙ポスターの原本に写る野々山を見て、小さな溜息を漏らした。



『学園に革命を! 野々山秋葉』

 


野々山の達筆で書かれた文字を指で撫でながら思わず口元が緩む。この台詞を考えたのは野々山自身だ。



自分のような生徒でもみんなが毎日笑って過ごせる学園にしたいという意思を聞いて、落選してもいいという考えを改めた。



やってやろうじゃないか。根っからの捻くれ者だった僕をたったの一週間でここまで変えた野々山の影響力は本物なんだから、出来ないはずがない。



こいつが本気で羽ばたいたとき、どこまで高く飛べるのかを僕は見てみたいのだ。



「……政宗」

 


呼ばれて振り返ると、野々山がたらこ姿のままじっとこちらを見つめていた。ニヤついていたのを見られてしまったかもしれない。



「おはよう、野々山」



「……おはよう」

 


いつもと同じようで、少し違う朝。



寝起きの際に僕の身に何も起こらなかったこともあるけれど、今日から選挙活動が始まるのだと思うと、窓から見える街並みも少し違って映る。



一体、何人の生徒が会長に立候補したのろうか。先代の生徒会長が優秀だったので、立候補者はそこまで多くないと思う。もしかしたら野々山しか立候補者がいなくて不戦勝という可能性も考えられる。出来ることならそうであってほしい。



そんな儚い願いを胸に秘めて僕らは学園へ向かったわけだが、人生そう簡単にいくはずがないもので。



「おはようございます。桜庭絵里香をよろしくお願いします」

 


校門で元気な挨拶と共に配られる大量のポスター。



『古きよき伝統を後世に繋げます』と印象の濃いキャッチフレーズの中央に堂々と写る桜庭絵里香のポスターを見て、出遅れてしまったことを痛感する。

 


戦いは既に始まっているのだ。



「あら、野々山秋葉さん。遅いご到着でしたわね。でも余裕でいられるのも今のうちですわよ。次期生徒会長はこのわたくし、前期副会長を務めた桜庭絵里香がいただきますわ」

 


うわぁ……お嬢様口調で話す女子なんて初めて見た。軽く引くよな。



学園美少女ランキングで第三位(新聞部集計)というだけあって、近くで見るとめちゃくちゃ美人だ。ゆるやかなウェーブの赤毛はポニーテールにしていて、ぱっちりとした気の強そうな自信に満ちた瞳、着痩せするタイプなのだろう、慎ましく見える胸は噂では隠れ巨乳と評判が高く、すらっと伸びる真っ白な長い脚は僕の好みをど真ん中にストライクしてやがる。この赤毛は彼女の母親譲りという噂を耳にしたことがある。



同学年なのに一度も話したことがなかった雲の上の存在、幅広い分野で展開する桜庭グループの社長令嬢という正真正銘のお嬢様。まさか本当にお嬢様口調だとは不意打ちすぎるだろう。



「どうして野々山が立候補したことを知っているんだ?」



「わたくしは生徒会の副会長を務めていましたのよ? 立候補者の情報くらい知らないはずがないでしょう。それと、あなたのこともよく知っていますわ、姫島政宗くん」



「へぇ、そいつは光栄だな。僕ってそんなに有名なのか?」



「一年生のときから試験で毎回首位にいたら嫌でも覚えますわ。それに、最近はあなたたちの善からぬ噂もよく耳にしていますから」

 


僕も意外に有名人だったわけだ。僕みたいな優等生と謎の多い野々山のスキャンダルだったからあれだけ騒がれたってことね。



「なるほどね。でも安心したよ」



「……?」



「だってさ、一年生から副会長をやっているくらいすごい桜庭でも、こうして牽制に来るくらいには野々山を強敵と認めてくれているってことだろう? 端から眼中にないよりはマシだよ」



「な……ッ?!」

 


ここで萎縮してしまったら相手の思う壺だからな。これくらい噛み付いておかないと。



「べ、別にあなたたちのことなんて恐れておりませんわ! これは……そう、ほんのご挨拶ですわ!」



「そいつはどうも。こちらとしては胡坐をかいていてくれた方が楽だったんだけどね」



「そうはいきませんことよ。野々山秋葉さんだけならまだしも、姫島くんがそちらへ付いている以上、こちらも抜かりなく全力でねじ伏せてさしあげますわ!」



「あのー、あたしも補佐なんですけどー」



「その評価はありがたくいただいておくよ。それでは僕らも活動しないといけないのでこれにて失礼」

 


ポスターをコピーするために職員室へ向かう廊下で、野々山がようやく口を開いた。



「……き、緊張した。……あの人が私のらいばる」



「あたしは終始無視されたし! それにしてもさっきのママ、カッコ良かったなぁ。桜庭さんって完璧なイメージあるじゃん? 中学時代にはイギリスに留学していたくらいのエリートで、先生にも一目置かれているらしいよ。そんな桜庭さんを相手にあんなに堂々と宣戦布告出来るなんて惚れ直したよぉ」



「……ん、カッコ良かった」



「あれで少しは僕らを警戒してくれれば動きが鈍るはずだ。相手が本領を発揮したら勝ち目はないからな」

 


まぁ、正直言うと僕が一番緊張したよ。未だに手がじっとりと嫌な汗で濡れているくらいだ。



でも、はったりは嘘つきの十八番。ああして余裕を見せるのも計算の内だ。



しかし、厄介な奴が相手になったものだ。



勝算がないとは言わないけれど、勝ち目があるとも思えない。僕が出来るのはここまでだ。あとは野々山自身が頑張って信頼を勝ち取っていくしかない。



「僕らは出来ることをしよう。相手に合わせるんじゃなく、桜庭たちに僕らのペースに付き合ってもらうんだ」

 


今はそれしか方法がないのが辛いところだけど。



圧倒的なポスター配りでアピールする桜庭陣営とは逆に、僕らがコピーしたのはたったの三十部。釘宮が何度もこんなに少なくていいのか確認してきたけれど、僕らにはこれで十分なのだ。



駅前で配られているチラシを想像していただきたい。実際にその場では受け取っても、後でゴミになってしまうだろう?



僕らの場合はこの後に行われる全校集会で告知してもらえるのだから、尚更ビラ配りなんてする必要がないのだ。人目に付きやすい場所にポスターを貼るだけでも意外に効果があるからね。



学園に着いたときは驚いたけれど、冷静に考えてみれば彼女たちは朝からゴミを振り撒いているだけなんだよ。行動力は認めるけれど、そのベクトルを誤れば迷惑になるだけなのだ。



と、作戦を説明すると二人は目を輝かせて納得してくれた。いつものように注目を浴びながら体育館に集まり、校長先生のありがたくもない長話が終わったところで生徒会長立候補者の紹介は行われた。



「皆さん、おはようございます。もうすぐ任期を終えて、これからは恋に受験に大忙しとなる生徒会長の神宮寺絢女です」

 


学園美少女ランキング第二位の神宮寺先輩は文字通りの大和撫子で、頭脳明晰、容姿端麗と全く隙がないことで有名だ。



入学当初は僕も憧れていたけれど、それが恋になることはなかった。手の届かない高嶺の花に恋情を抱くことさえおこがましいと思ったくらい、彼女は完璧過ぎるのだ。



蓋を開けてみたら欠陥だらけの野々山とは雲泥の差があると胸を張って言わせてもらおう。殴られそうだから口が裂けても声には出さないけど。



それくらい完璧なことで知られる彼女の意外な挨拶に生徒たちがどっと吹き出す。



「というわけなので、私は今回出馬しませんし、私は誰の補佐にも参加いたしません。ちなみに只今、彼氏を絶賛募集中なので、こんな私に興味がある殿方がいらっしゃいましたら、気軽に声をかけてくださいね……え? 今はそんな話をしなくていいから早く立候補者を紹介しろ? 先生方、今の発言は聞き捨てなりませんね。この歳になるまで一度もまともな恋愛をしたことがない私にとってこの場をかりて宣伝することはとても大事なことなんですよ。今を生きる若き乙女にとって、恋人がいないというのは死活問題でもあるんです。好きな人と登下校をしてみたい、夏休みは夏期講習に参加せず、好きな人と海へ行きたいし、クリスマスには綺麗に彩られたイルミネーションを彼と二人で見に行きたい。私だって年頃の女ですから、そういう欲求がないわけではないんですよ。それに、受験だって愛する人と一緒なら乗り越えられるのです。愛の力というのは偉大なんですよ」

 


まだ何か言い足りないようにマイクに手を伸ばした先輩だったけど、これ以上の暴走を止めるために先生たちが二人がかりで彼女を舞台袖へ引きずって行った。



よくあそこまで誰も止めなかったな。この物語って自由人が多すぎるだろう。

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