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秋葉の空  作者: 毒舌メイド
第二話 ベビーフェイス“正義”
18/34

女の勘の鋭さはバカにできない



時刻は昼休み。自由に出歩くことが出来るこの時間を使わない手はない。



「というわけで、親しみやすい特技とかないのか?」



「……モノマネが出来る」

 


こんなやりとりがあって、僕らは第二音楽室へやってきた。教室ではできないモノマネって言うくらいだから何なのか気になるが、わざわざ音楽室に来たっていうことは何か演奏を聴かせてくれるのだろうか?



でもモノマネだよな? わざわざ音楽室でやらないといけないモノマネって何だ?



「悪い、ちょっと邪魔するよ」

 


練習中だった軽音部に頭を下げて入室。学園一の美少女の来訪に驚く軽音部だが、あまり気にせず調律を続けてくれている。と、思いたいけれど無理だよな。



ちらちらと視線を感じるし、野々山もベース担当の男子を睨み殺す勢いで凝視しているから。そして、徐に野々山が動き出す。



「……ちょっと貸して」



「お、おう」

 


ベースの男子に楽器をかりた野々山はストラップを肩にかける。こうして見ると、なかなか似合っているじゃないか。もしかして、こいつベースが得意で有名なバンドのベーシストの真似が出来るのか?



あれ、でもこうして見ると、そもそもこいつ誰かに似てないか……?



「……モノマネします!」

 


キメ顔(無表情だけど)で宣言した野々山に自然と拍手が生まれる。一体、これから何が起こるのか、野々山以外には想像も出来ない。瞳を閉じて深呼吸を二回、再び瞳を開いた野々山はベースに手をかけた。



「……けいお」



「んがあああああああああああああぁッ!」

 


最後まで言わせるわけにはいかなかった。ああ、思い出したよ。確かに見た目はかなり似ているけどさ、どうして声はCMに入るときのゆ○ちゃんの声なんだよ。それをやったらかきふらい先生が黙ってないから!



全国のみ○ちゃんファンに謝れ! ああ、これからどんな顔して『けい○ん!』を読めばいいんだよ……。



これはさすがに本物の軽音部御一行もマジギレするだろう。と、思いきや。



「おぉ! マジで似ているじゃん! どう、ウチで歌ってみない?」

 


意外にウケてました。おい軽音部、それでいいのかよ。言っておくけれど、そいつは『たらこの唄』しか歌わないぞ。僕の偏見だけど。



まぁ、軽音部へのイメージアップが出来たならそれで良しとしよう。



「ところで、あんた姫島くんだっけ?」

 


三年生の女子に声をかけられた。



「志穂とは中学からの付き合いでね。今でも色々と相談を受ける程度には仲が良いんだけどさ、あんたが志穂を捨てて、そこの野々山さんと付き合っているっていう噂は本当なのかな? もし、本当だとしても私が口を挟める立場じゃないのは分かっているんだけど、詳しく聞かせてくれないかな?」

 


顔を寄せられて詰問された。近い、顔が近いです! 三年生の中では上位に入る美人にここまで近寄られると、好きでもないのに心拍数が上がる。



「いえ、誤解です」



「じゃあ、あんたはこの子の何なのよ?」

 


似たような台詞をつい先日聞いたばかりだ。ちなみに先輩とは見た目に雲泥の差があるスキンさんに。横浜ブームですか、今年は?



「…………めっ!」

 


袖を引っ張られて何故か窘められてしまった。迫ってきたのは先輩なのに、どうして僕が叱られるのだろう。こいつ、相変わらず何を考えているのか分からねぇ。



僕と先輩の間に割り込んだ野々山は、胸を突き合わせて睨み合う。今にも視線に火花が散っているのが見えそうだ。



「で、あんたは姫島くんとどういう関係なわけ?」

 


何か作戦でもあるのか、野々山は安心しろと言うように僕を一瞥すると、とんでもないことを言いやがった。



「……親公認で一緒のベッドで寝て、朝におはようのキスをする関係です」

 


ぎゃあああああああああああああぁッ!



それは互いに記憶から葬り去ろうと約束した僕らの黒歴史だろうがッ!



どうしてそれを今、しかもこんな公衆の面前で暴露しやがりますか、お前は?!



お前、バカなのか? バカだろう。っていうか、バッカじゃねぇの?!



ごめん、ちょっと取り乱した。



これじゃ語り部失格だよな。でも、それくらい衝撃的な発言であり、僕が今まで守ってきた現実は見事に打ち砕かれた。



まさに現実殺し。



彼女の秘められた特殊能力が再び予期せぬタイミングで暴発したのだから、僕だって作品そっちのけで取り乱すさ。軽音部の皆さんも言葉を失っているじゃねぇか。昨日の手作り弁当じゃないけれど、まさに言葉にできない状況だよ、これは。



「へ、へぇ、なるほどね。もうそこまでいっちゃってるんだ。じゃあ、志穂が割り込む余地はないってわけだね」

 


そこまでってどこまでを想像したのかとても気になるところだけど、先輩は驚きながらもどこか悲しそうな瞳で呟いた。

 


ああ、僕の人生終わった。



「彼にちょっかい出されて嫉妬したんだね。可愛い彼女じゃん。安心しなよ、私は姫島くんを盗ったりしないからさ」

 


悟ったような優しい表情で野々山の頭を撫でると、先輩は振り向いて真顔で続けた。



「こんなに好かれているんだ。野々山さんのことを大事にしてあげなよ。志穂には私から上手く話しておくから」

 


ここまでのやり取りで僕が伝えたい真実がひとつも伝わっていない気がするのですが、先輩は釘宮に何を上手く説明するつもりですか?



それに僕が野々山に好かれている? そんなバカなッ!

 


あなたはあのデスノートに描かれた凄惨な『まさむねくん』を知らないからそんなことを平気で言えるんだ! 彼女の妄想の中で僕がどれだけ弄ばれているのか知らないだろ?



って、僕は何をムキになっているのだろうか。バカバカしい。いつもの僕なら華麗にスルーしているはずなのに。



昼休みの残り時間が少なくなってきたので僕らは軽音部に礼を言って、何故か激励を受けながらメロンパンを購入して(野々山の習慣らしい)体育館裏へ戻ってきた。野々山と一緒にいると嫌でも注目されてしまうので、しばらくはここで昼食を食べることになっているからだ。屋上ほどではないけれど、人気があまりない場所だからね。



さて、落ち着いたところで僕は色々と詰問しないといけない。母さんが久々に作ってくれた弁当(もちろん野々山の分もある)を広げて、箸を付けながら僕はひとつずつ謎を解明することにした。



「なぁ、野々山。どうしてあんなことを言ったんだ?」



「…………うきゅぅ」

 


今さら自分のしたことの過ちに気が付いたようで、野々山は顔を真っ赤に紅潮させていつもの奇声をあげる。こんなときでも無表情が崩れないんだから大した奴だよ、お前は。っていうか、今さら恥ずかしがっても遅いからね。終わったことだからもう怒る気にもなれないけど、どういうつもりであんなことを言ったのかくらいは知りたかった。



「……あの人、嫌い」



「お前なぁ、嫌いだからってあれは言いすぎだろう? っていうか、完全に自滅しただけじゃねぇか」



「……むぅ、あの女、政宗に色目使ってムカついた」



「それは誤解だ。僕はそんなにモテないよ。それに、どうしてお前がムカつくんだよ」



「…………何でなんだろう?」

 


本当に分からないようで、野々山は首を傾げて黙り込んでしまった。分からないのに他人に腹を立てられるお前の思考回路の方が僕には理解できないよ。



「まぁ、既に言ってしまったことだから仕方ないけれど、これでいよいよ僕らはみんなの中で恋人にされちまうぞ」



「……あぅ」

 


頭を抱えたいのは僕の方だよ。野々山の誤解が解けたら改めて釘宮と仲直りをするつもりだったのに、それが絶望的になってしまった。別に釘宮と付き合おうと考えていたわけじゃないけれど、僕のことを少なくとも好きでいてくれる彼女にとっては、仲直りすることで野々山とも接点が生まれてしまうのは辛いはずだ。好意を寄せる男子が、自分以外の彼女と仲良くしている様子を見せつけられるのだから。



僕は野々山を救うために、釘宮を犠牲にしたんだ。



あんなに僕のことを真剣に心配してくれた釘宮を傷つけてしまった。やれやれ、野々山のイメージアップが成功することに比例するように僕のイメージが大暴落していく。



まぁ、自業自得なんだけどさ。僕がそうしたいからそうしているわけだし。でも、釘宮にはちゃんと事情を説明して誤解を解こう。分かってもらえなくても、分かってもらえるまで説得しよう。かつて、彼女が僕にそうしてくれたように。釘宮は僕を孤独の淵から救い出してくれた恩人なのだから。今度は僕が釘宮に手を差しのべる番なのだ。



決意を胸に秘めて昼食を終えた僕らは教室へ戻った。



結果から言うと、釘宮の姿は教室にはなかった。早退したそうだ。



恐らく先輩に誤解の塊のような話を聞かされたのだろう。僕は一足遅かったようだ。いよいよ雲行きが怪しくなってきたと嘆息しながら、僕は釘宮がいつも座っているはずの空席を見つめて午後の授業を過ごした。



その後、どうやって家まで辿り着いたのか覚えていない。きっといつも通り野々山に袖を抓まれて帰ったと思う。



鞄を適当に放り投げて制服姿のまま自室のベッドで横になり、ボーっと天井を眺めているといきなり野々山に唇を奪われそうになったところで現実に戻り、たった今頭突きでそれを回避した。人が真面目に考え事をしている隙を見て唇を奪おうなんてどういう神経してやがる。



額を両手で押さえて悶絶する野々山は起き上がると恨めしい視線(無表情)でこちらに痛みを訴えてくる。



「……政宗、お昼休みが終わってから変。……私が話しかけても反応しない。……ムカつく」

 


お前、今日はムカついてばかりじゃん。ムカついたらキスをしようとする女の子なんて聞いたことねぇぞ。構ってちゃんか、お前。



「ああ、悪い。ちょっと考え事してたから」



「……釘宮志穂のこと?」

 


ずばり正解しやがった。女の勘というやつだろうか?



その鋭い勘を少しでも勉強に活かせないのか。勉強……ああ、そうだった。こいつに勉強を教えないといけないのに、僕は何を考えているんだよ。



「悪い、勉強しようか」



「……むぅ、何を考えてた?」



「答えないといけないのか?」



「…………(こくり)」



「そうだよ、釘宮のことを考えていた」



「…………」

 


無言で殴るなよ、怖いから。勉強を教えるという約束を忘れて考え事をしていたことは謝るからさ。



「悪かったよ。じゃあ始めようか」

 


今日は国語を徹底的に叩き込もう。試験まで残り五日。一日一教科ずつ教えれば何とか間に合うはずだ。別に満点をとらないといけないわけじゃないし、赤点さえ回避出来ればいい。



「……今日は勉強しない」



「はぁ? お前いきなり何を言い出すんだ」



「……政宗の問題を解決する方が先。……じゃないとお互いに集中出来ない」

 


ご尤もな意見だけど、お前分かっているのか? 僕らにはそんなことをしている時間も余裕もないんだぞ!



「……今から釘宮志穂の家に行く」



「ちょっと待て。いきなり過ぎるだろう! 早退したくらいなんだから今日はやめておいた方が良くないか?」



「……帰りに配られたプリント、釘宮志穂に届けるのは私だから」

 


言いながら野々山は帰りのホームルームで配られたプリントを鞄から取り出す。釘宮の分までこいつが受け取っていたなんて知らなかった。



きっと、こいつは初めから釘宮の家に行くつもりで受け取ったのだろう。



「……行くの」

 


袖を引っ張られて階段を下りる。断れる雰囲気ではなさそうだ。それに、誤解は早く解いておきたい。母さんに夕飯までには戻ると伝えて僕らは玄関を出た。



「ところでお前、釘宮の家がどこにあるのか知っているのか?」

 


僕でさえ知らないんだぞ?



「……ん、小学校が一緒だったから一応知ってる」

 


初耳だぞ。釘宮は野々山のことを嫌うほど知らないと言っていたのに、小学生からの知り合いだったんじゃないか。



「……歩いて行くとちょっと遠いから自転車で行く」

 


遠回しに二人乗りを要求する野々山。女の子と初めての二人乗りをする相手が野々山になるのはとても残念だけど、あまり遅くなると釘宮にも迷惑がかかるから、仕方なく僕は母さんのママチャリを引っ張り出した。こいつに出会ってから初体験と呼べる凡その経験を済ませてしまった気がする。



「かごに入るか?」

 


半分冗談だったのにマジで殴られました。まぁ、半分はマジで言ってみたんだけど。



自転車のかごを特等席にしている美少女だっている時代だというのに、我が儘な奴だなぁ。でもあれは小説のヒロインだったか。僕の記憶が正しければ自称宇宙人とかいう不思議ちゃんのヒロインだったっけ。不思議ちゃんという部分で考えれば野々山も勝るとも劣らないと僕は思うんだけど、昨日究極の仰天弁当を食べておきながら、まだ彼女をヒロインだと認めたくない愚かな自分がいる。



荷台に座った野々山は僕の背中にぴったりと抱きついた。そこまで大きいわけじゃないけれど、柔らかい感触が背中に押し当てられる。



「野々山ってさ、意外に胸あるよな」



「……意外は余計」

 


また殴られました。それでもぴったりと抱きついたまま離れようとしないところは図太い性格してるよな。まぁ、僕としては役得だけどさ。



「……そこの角、右折」

 


もしこんな無愛想なカーナビがあったら苦情が殺到するだろう。もう少し愛想良く言えないものだろうか。今の時代、萌えるようなナビとかあったらきっとバカ売れだぜ? こいつには不可能だろうけど。



角を右折すると「……しばらく直進」と言われたので大人しくペダルを漕いでいると、前方に僕らと同じ制服を着たカップルが並んで歩いているのを発見した。迂回したいところだけど、それで道に迷ったら本末転倒だ。仕方なく隣を追い越すことにした。



「あれって噂の二人じゃん」



「あんなにくっついて見せつけられた気分よねぇ。超ラブラブじゃん」

 


雑音が聞こえた気がするけど、気にしないでおこう。お前らカップルも語尾が一緒でお似合いだぜ、と心中で悪態を吐くことで自我を保った。



「……超ラブラブだって」



「どうしてそこだけを選んで僕に言うんだ」

 


せっかく聞き流したのにどうしてわざわざ耳元で囁くかな。背筋がゾクゾクしただろうが。



「……そこの角を右折」

 


言われるままに角を曲がり、



「……ここ」



「ふぁッ?!」

 


キイイイィッ! 慌てて自転車を止めた。荷台のお荷物さんはまったく降りる気配がなく、背中に寄生したまま。



どこだよ、釘宮家。キョロキョロと視線を泳がせると、釘宮と書かれた表札の一軒家を見つけた。

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