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秋葉の空  作者: 毒舌メイド
第二話 ベビーフェイス“正義”
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昼下がりの修羅場



僕と釘宮の間に誤解による見えない亀裂が入ったまま午前の授業が終了して、昼休みを迎えた。いつもなら真っ先に声をかけてくるはずの釘宮はいつの間にか教室から消えていた。あいつは今日、どこで誰と昼食をとるのか気にならないわけではないけれど、生憎本日はあの爆心地から生き残った英雄たちに誠意を示さないといけないので、購買部に行く理由がない。



とはいえ、野々山から受け取った弁当をこの教室で食べるのも気が引ける。一部の熱烈な野々山のファンに殺されかねないからな。



ということで、僕はいつものように屋上へ向かうことにしたのだけど、そうなると当然のように袖を抓んだ野々山がついてくるわけで、周囲の注目を浴びながら立入禁止の屋上へ向かうわけにもいかず、仕方なく中庭で昼食をとるかと諦めて廊下へ出たとき。



「あのさ、ママ。ちょっといいかな」

 


今まで見たことない真剣な表情で息を切らした釘宮に呼び止められた。両手に抱えている袋は購買部で買ってきた昼食だろう。この短時間に購買部を往復してきたのか、こいつは。



午前中はずっと避けられていたので、まさか声をかけられるなんて微塵も思っていなかった僕だけど、その真剣な表情を見て首を縦に振る。



男として、けじめはつけないとな。



野々山を一瞥して、手を放すように促す前に釘宮が口を挟んだ。



「野々山さんにも一緒に来てほしいの」

 


これはいよいよ修羅場が待っているようだね、と呟いたのはクラスメイトの誰だろう?



激しく同意する。



昨夜は華の湯で、今日は学園で修羅場を体験することになるとはね。人生波乱万丈とはこのことかな。倒せど倒せど新たな強敵が目の前に現れる気分っていうのはなかなか良いものではないな。少年漫画の主人公に同情するぜ、まったく。



釘宮の後ろを二人分の距離を空けて僕らは廊下を進む。いつも仲良く(客観的視点においてであって、僕にそのつもりはなかったのだけど)並んで歩いていたはずの釘宮が前を歩き、その後ろを野々山と仲睦まじく歩いている今の僕の姿は周りにどう映っているのだろう?



少なくとも釘宮の険しい表情を見る限り、この後の展開で三人が仲良く昼食をとるという明るい未来は見えない。現に僕らに道を譲って廊下の隅に避難する野次馬たちからは好奇と心配の視線が向けられている。



「なになに? 修羅場?」



「姫島くんが釘宮さんから野々山さんに乗り換えたんだよね?」



「それでも釘宮は姫島を諦められないみたいな? 何それ、おいしすぎるじゃん」

 


他人の気も知らないで好き勝手言いやがるな。僕と釘宮が付き合っていると周囲に噂されていたのは知っていたけれど、誤解を解いておかなかったせいで事態がさらにややこしくなっている気がする。



おい、野々山。手と足が同時に出てるぞ。どうしてお前の方が緊張してるんだよ。



後ろでぎくしゃくと不自然に歩く野々山を一瞥して、僕は改めて釘宮の背中に視線を戻す。



一体、どこへ連れて行くんだろう?



もしかしてお約束通り体育館裏とかに連れて行かれたりするのかな?



いや、まさかそんなベタな。



「……どうして本当に体育館裏なんだよ!」

 


ツッコまずにはいられなかった。僕らは現在、人気のない体育館裏に輪を作って立っている。と言っても「我等生まれた日は違えど同日に死せんことを願わん!」と桃源の誓いを立てているわけではない。



これから待ち受けているのは間違いなく修羅場だ。



「……風が、泣いている」

 


おい釘宮、その中二病丸出しの台詞はどうかと思うぞ。お前はもう高校二年生なんだから、そういうのは卒業しておこうぜ。そして昼間なのに黄昏れるのはやめろ。



「あたしはさ、ママのこと意地悪で捻くれているけれど本当は良い奴だって知ってる。だから、誰にも譲りたくなかったし、今だって身を引く気は微塵もない。でも、野々山さんは、その……良い噂を聞かないから」

 


その先の言葉を言うことを躊躇うように顔を伏せる釘宮。そういえば野々山は口が悪いっていう第一印象で嫌われ者だって理由に勝手に納得していたけれど、具体的にどんな噂があるのかを僕は知らない。



「言いにくいんだけど、野々山さんが、その……学園の男子に告白されても全部断っているのは男の先生とデキているからとか、それで悪い成績を免除してもらって進級したんだとか、知らないおじさんにお金を貰って付き合っているとか、本当は女の子じゃないかもしれないとか、嘘つきだとか、深夜一時にそこの桜の木に藁人形を打ち付けているとか、触ると呪われるとか……あ、ママがもう呪われちゃったとかそういう酷いことを考えているわけじゃないんだよ! あくまでこれはただの噂だって頭悪いあたしでも分かっているの」

 


なるほどね。援助交際に呪いとくれば誰も近づこうとしないわけだ。これだけ酷いことを言われているのに、野々山は少しも無表情を崩さない。



きっと彼女は自分が何を言われているのかを知っていたのだ。だから余計に他人を拒絶して生きてきたのだろう。



そう思うとめちゃくちゃ悲しくなり、虚しくなった。



「だから! あたしはそういう良くない噂をされている野々山さんとママが仲良くしているのを見るのは何ていうか、嫌なんだよ! 野々山さんがママに声をかけるずっと前からあたしはママを見てきたし、これからだってずっとママと仲良くしてきたいんだよ」

 


ママが辛そうな顔するところなんて見たくないんだよと最後に囁くように呟いた釘宮の足元にポタポタと雫が落ちた。



「釘宮、ありがとう」

 


本当にお前は良い奴だな。今までこんなに僕のことを真剣に考えてくれていたのに、その気持ちを疑い、突き放していた自分に腹が立つ。



だけど。



「野々山はそんな奴じゃないよ。少なくとも僕が知っている野々山秋葉はそんな器用なことはできない。藁人形に杭を打ち込もうとすれば間違えて自分の手を打ちつけてしまうだろうし、わざわざ現金を渡さなくても飴玉ひとつでこいつは簡単に買収される」



「……むぅ」

 


背中を抓られた。いや、でもお前そんなイメージあるんだから仕方ないだろ?



「周りの奴がこいつを嘘つきだって言うのも僕には理解できないな。こいつはよく観察すれば嘘が吐けないくらい素直で分かりやすい奴なんだから」

 


本当の嘘つきとして、これだけははっきり言える。



「こいつはみんなが思っているような詐欺師には向いていないんだよ。僕がこれからそれを証明してやる。こいつが嘘つきなんかじゃなく、もちろん呪われるわけでもなく、援助交際なんて絶対にできないってことを」



「……政宗」

 


ぎゅっと袖を抓む手に力が入る。



「だからこいつのことをそれ以上、悪く言うのはやめてくれないか」



「……分からないよ。ママがどうしてそこまでするのか、あたしには全然分かんない!」

 


悲鳴のように叫んで釘宮は去って行ってしまった。そう簡単に理解してもらえるとは思っていなかったけれど、なかなか厄介なことに巻き込まれてしまったものだ。もしかして僕は不幸体質で、今後科学と魔術が交差する世界で戦っていかなくてはいけないのかもしれない。なんてありえないか。



まぁ、釘宮とは決裂してしまったけれど、そこまで悲観することはないだろう。何故なら、これから僕がこの学園でしなければならない課題が明確になったのだから。釘宮と仲直りするのはそれらの問題を解決してからでも遅くはない。あれだけ僕のことを心配してくれるお人好しなんだ。そう簡単に手放してたまるかよ。



さて、問題点は腐るほどあるんだが、まずひとつ確認しておかないといけないことがある。



「野々山、お前どんだけ成績悪いんだよ?」



「……うっ」

 


ひとまずの問題はこいつの成績改善になりそうだ。

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