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終焉の果実

 ――ビシッ

『禁断』の根本から、地面が割れる音が響きました。

 今は深夜、この異変に気づく人などいません。

「ここまで見通した通り……金雀枝(えにしだ)、ごめんなさい……」

 赤い瞳の少女はそう呟くと、闇に紛れてしまいました。



         ☆☆☆



 休みだからと怠けることなく、ナズナは朝早くから赤い瞳の少女に会うために家を飛び出していました。

 どこまでも広がる青空を仰ぎます。あまりにも真っ青で、まるで嵐の前の静けさのようです。

 けれど、ナズナがそんなことを気にする余裕はありません。すぐに走り出してしまいます。

 向かう先は診療所へ向かう途中の道。そこは初めて石蕗と出会った場所です。

 見覚えのある背中がふりかえり、同時に紙が妖艶になびきました。赤い瞳がナズナの姿を捉えます。

 不安感に押し潰されそうになるものの、負けじとナズナは声を振り絞りました。

「ねぇ、つわぶき……本当の名前教えて……?」

 石蕗は驚いたように目を見開くと、柔らかい表情で首肯しました。

「私は、市井亜佐(いちいあさ)と言います」

 そう、ナズナは夢の中で、石蕗――亜佐に二度も会っていたのです。

「前に言ってた、わたしがあなたの片割れって……?」

「その前に、『禁断』の果実について話をしましょうか」

 優しく暖かな声音に、ナズナは耳を傾けます。

「『禁断』の果実はこの村に住む人達による、願いのカケラです。それぞれの住人に1つずつ存在します」

 ナズナはそこで夢の世界へ旅立つ前と、夢から覚める直前に果実をかじったことを思い出しました。

「時々、本人とは反対の願いを持つ人の手に渡ることもありますが……その正反対の願いを持つ人こそが、片割れです……」

 亜佐は『禁断』を見上げ、手を伸ばしました。届かないとはわかっていても、果実に触れたいと心のどこかで思っているのです。

「私の願いは……」

 突風で木々が激しく揺れ、ナズナと亜佐の間で木の葉が舞います。双方の姿は隠されてしまいます。

「――世界の終焉、だったんです」

「だった?」

 ナズナにはとても違和感がありました。亜佐は願いが実った果実を、拒絶するかのような物言いだったからです。

「昔はこんな世界無くなればいいのにと思っていました。けれど、私にとっての世界は、現実のほんの少しだけ……村を出て、世界は素晴らしいものだったんだってわかったんです……」

「このセカイの終わりを願ったから、終焉の果実……?」

 こくりと亜佐が頷きます。

「終焉の果実は、事前に運命を見通すことができます。人生や、世界の終焉を……」

 亜佐の表情は罪悪感で染められていました。とても悲しそうな、申し訳なさそうな、今すぐにも泣いてしまいそうな……弱々しい表情です。

 ナズナはグッと拳に力を込めると、凛とした声で告げます。

「わたしは終わりたくない!」

 亜佐はナズナの言葉に笑みを溢しました。

「金雀枝に食べさせたのは創始の果実。決まりきった運命を仕切り直すため、新たな選択肢を創りたいという願いのカケラです」

 病弱な身体は風前の灯火ともいえるほど、短い命をナズナに与えていました。長く生きて、たくさんの経験を積み重ねたいというナズナの願いが、創始の果実として実ったのです。

「金雀枝は私にとっての希望です」

 亜佐はナズナを誇るように祈りを捧げました。

「忘却の果実で道を誤った二人は元の生活に戻りました。けれど、花菱君のイジメを止めるまで、きっと彼は終焉の淵に立ったままです」

「じゃあ、その人を助けるだけでいいの?」

 首を振られてしまい、ナズナは少し驚いていました。

「もう1つ……幸運の果実とは対の、不運の果実を止めなければいけません……」

「不運?」

「絶望へ続く一本道になる運命なのです」

 絶望という響きにナズナは怯えてしまい、体が小刻みに震えていました。

「果実の能力は、食べた人がその願いを見失うまで続きます。だから金雀枝は、その願いが無くなるように願ってください」

 人が絶望するような大きな事件が起こることは、当然ながらナズナも望みません。けれどこの時、亜佐は大きな嘘を隠していたのです。



         ☆☆☆



「いつまで寝てんだよ」

 授業中に居眠りする姿を目撃していた鬼灯(ほおずき)は、放課後になっても机に突っ伏したままの亜佐を叩きました。

「はぅ」

 ビクッと反応し、亜佐は起き上がります。まだ寝惚けているらしく、キョロキョロと周りを見回していました。

「昼飯の後だからって熟睡かましてんじゃねーよ、ばぁか」

 口の悪い鬼灯ですが、亜佐は肩にかけられたセーターから、鬼灯のさりげない優しさに気づきました。

「あ、ありがとうございます」

「友達なんだから当たり前だろ?」

 鬼灯は清々しいほどにさっぱりとした笑顔で、亜佐はつられて笑みを浮かべました。

「花菱まだ帰ってこねーのかよ」

「しょうがねぇだろ、どんくさいやつなんだからさ!」

「あはは、それもそうだ!」

 不快な会話の方を見ると、番長がふんぞり返りつつマンガを読みふける周りで、子分どもが笑顔で過ごしていました。

「あいつら……」

 不機嫌になった鬼灯が、一発殴らなければ気が済まないと拳を構えています。

 フラフラとよろけながら教室に入ってくる蒼の姿が目に入り、鬼灯は堪忍袋の緒が切れていました。

「お前ら、いつまでしょーもないことしてんだよっ!!」

 番長が鬼灯に近寄り、胸ぐらを掴みかかります。

「俺のやり方に文句あるってのか?」

 鬼灯は冷静に番長の手を払いました。凄まじい気迫を持つ鋭い眼光を向けられ、番長は思わず退きます。

 亜佐は番長の意外な姿に気づき、思わず吹き出してしまいました。

「……ふふっ」

「何がおかしい!」

「だって、顔真っ赤ですよ?」

 元々赤みを帯びていた顔はみるみるうちに茹で蛸のようになってしまいました。

「…………実は俺、一匹狼だったあんたに憧れて番長になったんだ」

 一番驚いたのは、当然ながら鬼灯でした。

「あたしに憧れるってんなら、最低限の常識は守んな」

 呆れたような口振りではあるものの、憧れの人物から自分に向けられた言葉だというだけで、番長はとても幸せそうでした。

「姐さん!一生ついていきます!」

 噛み合わない会話の中で子分になると宣言されてしまい、鬼灯は苦笑いを浮かべました。

「俺、水仙空木(すいせんうつぎ)っす!よろしくお願いしやっす!」

 ずいぶんと人懐っこい雰囲気に変わったことで、亜佐はホッとするどころか拍子抜けしていました。

「……とにかく、これであと一人」

 教室の窓から外を覗くと、未だに雲1つ無い青空が広がっていました。

 その青空の下、ナズナが祈菖蒲四葉(きしょうぶよつば)のお屋敷まで歩いていました。

「おっきぃ……」

 村で唯一の洋館はおとぎ話に出てくるお城のようで、ナズナは大きな瞳をキラキラと輝かせました。

「あれ?ナズナか?」

 買い物袋を両手に持ちながら、絃杉楓(いとすぎかえで)が門の前に立っていました。

「こんにちわ!」

 かわいらしく元気な挨拶に、楓はにこやかに笑います。

「それで、今日はどーしたんだ?」

「あのね、楓お兄ちゃんなにか変わったことない?」

「変わったこと?」

 上目で恐る恐るナズナは訊ねます。

「たとえば、やなこととかなかった……?」

 記憶を辿る楓の顔色はどんどん青ざめていきます。

「……なにか、あったの?」

 奥底に封じていた記憶の蓋が開いてしまい、楓はよろめきながら膝をつきました。足はガクガクと震えています。

 その様子はまさに、亜佐が告げた通り『絶望』の道へと足を踏み入れていそうでした。

「……母さんに暴力を振るった挙げ句、見捨てて出ていった親父が帰ってきたんだ」

 母親と二人仲良く暮らしていた楓の家に、突然暴君が帰ってきたのです。暗雲が立ち込めていることは容易に想像できます。

「お嬢様のために尽くす時間は、親父のことを忘れられる……」

 ナズナは心配そうに楓の顔を覗き込みました。

「大丈夫。今まで幸運だったツケが回ってきただけで、お嬢様や他の人に幸運を分けられたと考えるだけだ」

 ポジティブに考えなければやってられないという楓の言動は、自暴自棄的であり、ナズナはなおさら不安が高まっていました。

 ナズナは手を組むと、楓に対して祈りました。

「楓お兄ちゃんが、少しでも幸運を取り戻せますように……」

「ありがとな、ナズナ」

 楓は寂しそうでしたが、どこか救われたような様子でした。

「じゃあまたね、楓お兄ちゃん!」

「おう」

「お仕事がんばって!」

 ナズナは目標を達成したからと、亜佐を探し始めました。

 そして、途中で違和感に気づきます。

「なんで亜佐は、まだ運命が見えてたんだろう……」

 疑問を考える暇などありませんでした。ナズナは足が震えるような感覚を感じました。

 いえ、正確には地面が安定していないような……

 すぐにそれは地下深くから地上を強く突くような衝撃へと変わります。

 地面が引き裂けるような音と共に激しく揺れ動きます。

「これって……」

「ごめんなさい金雀枝、嘘をついていて」

 悲しげに潤む瞳に見つめられ、ナズナは少しだけ目を逸らすように下を向きました。

「私はまだ、終焉という願望を捨てきれていなかったんです」

「でも昨日は!」

 亜佐はナイフを握りつつ、胸に手を当てました。

「たくさんの人生が終わる運命を見てきた、私自身の終焉だけは捨てられませんでした」

 それはまるで死神のような存在だと亜佐は考えていました。

「大丈夫です。これで終焉は終わり、村は救われると思います」

「まっ……!!」

 制止の声は届かず、亜佐はナイフを心臓へと突き刺し、すぐに引き抜かれます。血飛沫が、亜佐とナズナを染めます。

「あ…………」

 死に対する恐怖がナズナを支配し、ナズナは体を小さく縮こまらせ、声も出せずに泣きました。

 終焉を願った亜佐が倒れようと、地震は止まりません。

「お、おにぃちゃ……」

「ナズナ!!」

 名前を呼ばれた方をナズナは見ます。声の主は楓でした。

 先ほど会っていたからか、ナズナを探してくれていたようです。

 楓は放心状態となるナズナをよそに、亜佐へと近寄りました。

 首筋を触り、脈を測っているようです。

「……まだ生きてる!」

 その言葉を聞いた途端、ナズナは再び神へと祈りを捧げました。

「亜佐を、助けて……」

 虚しくも、その声はあまりにか細すぎてしまい、風で簡単に掻き消されてしまいました。

 地面はピタリと揺れを止め、沈黙の時が訪れます。

 楓は亜佐をおぶると、診療所に向けて歩き出しました。

絃杉楓=糸杉、楓

 花言葉…糸杉=絶望、楓=自戒

市井亜佐=イチイ、麻

 花言葉…イチイ=死、麻=運命

水仙空木…水仙、空木

 花言葉…水仙=我欲、空木=秘密

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