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幸運の果実

 村で唯一浮いた雰囲気の漂う、大きな洋館がありました。

 そこに住む娘は高校生のお嬢様で、祈菖蒲(きしょうぶ)四葉(よつば)という名前でした。

 食べ物や着る物に困らず育った四葉は我が儘放題。周りの人間を困らせてばかりでした。

 そんな四葉に仕える執事は、四葉とは反対に不幸続きな生活を送っていました。とはいえ、不幸の原因が四葉に振り回されているせいだということは言うまでもありません。

 執事の名前は絃杉楓(いとすぎかえで)。四葉と同じ高校に通う先輩です。

 四葉は今日も、楓と共に車に乗って登校していました。

「はぁ……」

 退屈そうに四葉が洩らした溜め息に、ピクリと楓は反応します。

「お嬢様、どうなさいました?」

 何不自由無く暮らしてきた四葉とはいえ、娯楽や関係などのすぐには手に入りにくい物を望むとは思えず、そっと訊ねました。

「最近、誰か居なくなったように感じるのよ」

「と言いますと?」

「たとえば、勉強やスポーツで張り合っていたライバルとかかしら」

 そういえばと、楓は数日前までのことを思い返します。

「お嬢様は誰かに負けたくないからと小テストのために猛勉強をしていましたね」

「私は天才よ?あれくらいの点数、当然だわ」

 隠れた努力を怠らないことは四葉にとって当然のこと。ただの強がりでないことは楓もわかっていました。

 けれども、それは同時に傲慢でもあります。いくら知識を得ても満足できず、さらなる高みを目指そうとしているのですから……

「私はもっと勉強して、お父様の娘として恥じない女性にならなくてはいけないのよ」

 淑女となることを目標とし、真っ直ぐと道を進む四葉。彼女に仕えることを、楓は誇りに思っていました。

「お嬢様にはもっと……」

 楓はその後の『幸運』という言葉を呑み込みました。

 もし自分が伝えたとして、四葉はきっと自分はもうこれ以上求めてはいけないと否定されてしまうことが目に見えていたからです。

「楓?」

 小声で聞こえていなかったのか、四葉はとても不思議そうに小首を傾げます。

「なんでもありませんよ、それより――」

 自然と疑問を受け流すよう、楓は話題を変えてしまいます。

「ライバルだった人物については調べてみます」

「お願いするわ」

 四葉はふと、車窓から知り合いの姿を見つけました。

「止めてちょうだい、ここからは歩くわ」

 ブレーキがかかり車体が完全に停止すると、四葉は外へ飛び出しました。

「義久様!」

「おはよー」

 我妻義久、楓の友人で数年前に上京したものの、妹のためにこの阿瀬比村に帰ってきた変わり者でした。

「おはよう、妹さんの調子はどうだ?」

 四葉と話すわけではないので、楓の口調は素の少々荒っぽいものになっています。けれど友人同士だとわかる四葉が咎めることはありません。

「今までが嘘だったくらいに順調だよ」

 心から安心した楓はふぅと息を吐きました。

「そうか、それは良かった」

 楓が義久と距離が近いのは当然なのですが、四葉は不満げに頬を膨らませていました。

「そういえば四葉ちゃん、最近はどうだい?」

「もちろん成績優秀な優等生よ」

「いや、そっちじゃなくてさ……茜ちゃんとは仲良くやってるかい?」

 不意な質問に四葉はキョトンとしています。

「茜?」

「そう、夕狩茜ちゃん」

 記憶に無い名前に四葉は困惑しますが、どこか懐かしい響きにぽろりと涙が零れました。

 義久は携帯電話を取り出すと、画面に写真を映します。

「ほら、初めて二人が出会った頃の写真、懐かしいだろう?」

 写真には四葉と見知らぬ少女が互いに頬をつねっている姿がありました。

「……夕狩、茜?」

 胸がズキンと痛み、四葉は眉をひそめました。

 義久は四葉の様子がおかしいことにようやく気づき、楓と目を合わせました。

「調べるの手伝ってあげようか?」

「頼むぜ相棒」

 互いの握り拳をコツンとぶつけ、二人はニッコリと笑いました。

「それじゃあ、二人にお願いするわ」

 そう告げた四葉の表情は哀しみが滲み出ており、友人関係を羨んでいるようでした。

 四葉は学校一の優等生でなんでも万能にこなせてしまう上に、お金持ちなために庶民とは少々異なる生活をしているため、近寄りがたい雰囲気を醸し出していたのです。

 けれど友人が欲しくないわけではなく、単に友人を作るためのきっかけや巡り合わせがないのです。

 楓はとても幸運な人生を歩んでいたので、四葉の姿が痛々しくて見ていられませんでした。

 ほんの少しでも幸運を分けられれば……

 遅刻寸前の生徒を急かすようにチャイムの音が響き渡ります。

「急ぎましょう、お嬢様」

「ええ!」

 四葉の手を引く楓のカバンの中には、いつの間にか真っ赤な果実が入り込んでいました。



         ☆☆☆



 結局遅刻してしまった楓と義久は、罰として貴重な昼休みをトイレ掃除で潰されてしまい、放課後になってやっと昼食をとることになりました。

「なんだこれ?」

 楓が弁当箱を探していると、カバンに見知らぬ果実が入っているのに気がつきました。

「お嬢様が入れてくださったのかな……」

 リンゴに似ているものの、それにしては少し小さい果実。

「まっ!」

 向かえで弁当箱を広げていた義久はその正体に気づき、止めようとしましたが――

 すでに楓はカリッとその果実にかぶりついていました。

 果実が砕け、淡い光が楓から溢れ出ていました。そのまま光はどこかへと飛んでいってしまいます。

「あれ?消えちまった」

「あれ?じゃないよ!どうして『禁断』の果実を……!」

 思わず激昂した義久はハッと我に返ると、すぐに周囲を見回しました。幸い屋上には他に人などいません。

「……はぁ」

 義久はため息を吐くと弁当をつつき始めます。

「『禁断』の果実ってことはさぁ、俺の願いが叶うのかな?」

 それだけ言うと、楓はむぐむぐと白米と肉を頬張りました。

 義久は口に入っていたものをお茶で流し込みます。

「少なくとも俺は、妹が苦しむくらいなら永遠に眠ってしまえばと思ってた」

「は?」

「でも結局は、俺が妹の姿を見ないために眠っただけだったんだ」

 話が見えずに楓は義久と真っ直ぐ目を向けます。

「『禁断』は本当の願いしか叶えない。だから、楓の気持ちが本物なら叶うよ」

 楓はぐっと背伸びをすると、そのまま後ろに片手をつき、空を仰ぎました。

「そんなもんかぁ」

 しばらくは義久の咀嚼(そしゃく)音だけが聞こえました。

 ――バンッ!

 勢いよく開いた屋上のドアに、二人の視線が集まります。

「楓、こんなところにいたのね」

 一瞬にして目が泳ぐ楓。けれど四葉の鋭い視線に、立ち上がって腰を折りました。

「お嬢様、連絡せずにすみませんでした!」

 四葉は楓の足下にある弁当箱に視線を移すと、ふんとそっぽを向きました。

「依頼のほうは任せたわ、先に帰るわね」

 ポカンと口を開ける楓をよそに、四葉はそそくさと階段を下り、学校を出ました。

 迎えの車は四葉が拒否したため、今日は来ません。

 歩いて家へと向かいます。

 とある民家の横を通り抜けようとした時、ふわりと風が吹きました。

「四葉……?」

 風で木の葉が舞い、相手の姿は見えません。けれど、とてもとても懐かしさが込み上げてきて、四葉の胸は高鳴りを抑えられません。

「数ヵ月ぶり、だね」

 恐る恐る、四葉は口を開きました。

「あなたは……夕狩茜、なの……?」

 ふっと風が止むと、写真と同じ少女が驚いた表情で固まっていました。

 そして涙目の笑顔で返します。

「うんっ、私は夕狩茜だよ!」

 胸を張り、堂々と名前を告げる少女。無意識のうちに四葉は茜に抱き着いていました。

 力強く、少しでも消えた記憶での関係を取り戻そうと、四葉は茜をめいっぱい抱き締めます。

「どうしてここにいるのかしら?」

 茜は一度目を伏せ、顔を上げました。自然と二人は放れます。

「大切な物を取りに来たつもりなだけだった……でも、あなたに会えて、あなたに名前を呼んでもらえて、決心は鈍った……」

 茜の後ろには、行方不明だと噂されていた花菱蒼の姿がありました。

「どうするつもりなのかしら?」

「村の外で、二人だけで暮らすつもり」

 四葉は茜と蒼の手を掴みました。茜の怒りなどお構いなしに二人を連れて歩き出します。

 幸いなことに、村人には一人も会いませんでした。

 たどり着いたのは小さな神社でした。

「ここなら邪魔は入らないから、ゆっくり話せるはずよ」

 そして、茜は少々渋りながらも、数ヵ月前に起こったことを語り始めました。

 同時刻、神社から少し離れたところには石蕗(つわぶき)とナズナが居ました。

「話は、聞こえます?」

「うん、聞こえるけど」

 石蕗は優しくナズナの頭を撫でます。

「それじゃあ、金雀枝(えにしだ)はただ願ってください」

「願うって、何を?」

 ナズナは突然呼び出され、急にそんなことを言われたので、わかりやすいほどに困惑しています。

 落ち着かせるかのように石蕗はナズナの背を叩きました。

「忘却の果実が消えますように。それだけです」

 忘却の果実がどんなものかはわからないものの、ナズナは言われた通りに願いました。

 すると、空から光の玉が現れ、蒼目掛けて落ちていきます。

 もう1つの光の玉は弾け、村全体を覆いました。

「……ありがとうございます、金雀枝」

 お礼を言うと石蕗はその場を去っていきました。

「明日、話聞けるかな?」

 どこか不安そうに呟くと、神社の中へ視線を戻します。

 蒼は自分が自分であることを確認するように、手を何度も開いて閉じてと繰り返しています。

「蒼?」

 茜が声をかけると、蒼は沈みながらも答えます。

「茜姉ちゃん……全部、思い出したよ……」

 それと同時に、茜は四葉に頬を思いきりつねられていました。

「ふぇ?」

 間抜けな声を出し、茜は四葉を見ます。

 四葉はぷるぷると震えながら茜を強い眼光で睨みます。

「……勝ち逃げなんて許されるはずがないわ!戻ってきなさい!」

 四葉からの久しぶりの挑戦状に、茜はクスリと笑い、蒼が自分を思い出してくれた喜びから、彼を強く抱き締めていました。

 そしてすぐに四葉と茜は口喧嘩を始めてしまいます。

 ナズナからの連絡をもらい、神社へと歩いていた楓と義久は、遠くから聞こえた声だけで懐かしい光景が脳裏に浮かび、微笑みます。

 今日、あの時間に偶然茜と出会えた幸運。四葉は親友であり宿敵な彼女と再会できたことに、とても感謝していました。

 合流した楓も、主の嬉々とした姿を見れることが幸せでなりませんでした。

 そして、みんなで楽しく笑い合います。



 ――終焉が、近づいていることも知らずに

祈菖蒲四葉=黄菖蒲、四葉

 花言葉…黄菖蒲=幸せを掴む、四葉=幸運


登場人物

忘却の果実

 夕狩茜、花菱蒼

夢幻の果実

 我妻義久、芥子ナズナ、石蕗

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