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Legend played west.  作者: 天秤屋
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党到達火焔山 -火焔山に到す-

 ルージュの母、デヴィの協力により、一行は火焔山の内部へと進む!

 とある全国チェーン展開した二十四時間営業の便利なお店で、おでんのタマゴを三つ購入し様々な注文をつけた挙句、財布から万札を取り出した客と臨時の店員とが口論をしている頃。


 ソーンたちは炎の燃え盛る異様な山を眼前に控えていた。

「ここは……」

 あまりの熱気に気圧されて、ジョーゲンはそれ以上進めない。

火焔山(かえんざん)だ。読んで字の如く、年がら年中沸騰していやがる暑苦しい山よ。別名、修造山だ」

 ちなみに、この山の頂では「ヤッホー」ではなく、「熱くなれよー!」と叫ぶのがマナーである。

「既に暑いのに、いったいなぜそのような決まりが……?」

「そこは真剣に悩むところと違うぞ。ところで、ベンジャミンはどうしたんだ?」

 ソーンはきょろきょろと落ちつかなかった。実は、この山にルージュたちが居ると知った時から危惧していたことだった。

 ベンジャミンの体質では、おそらくこの火焔山は……

「ああ、引き篭りジョブマスターなら、『生理的に無理』とか言ってふもとの村に残ったぞ」

「やっぱりか……」

「あの、熱血とか努力とか汗と涙の青春物語とか、そういうものがダメージになってしまったのでしょうか」

「本気で心配しているところ悪いが、それは関係ないと思う」

 ソーンには、別にこのまま流してしまえばいいか、と考えていた秘密がまだ残っていた。いい加減にジョーゲン自身が気づくだろう、という甘い考えもあったのだが。

(なんでヤツは、俺が打ち明けたタイミングに合わせなかったんだ……? 最後まで隠しておくつもりなのか……)

 ベンジャミンがとある秘密を言い出せなかった原因が、よもや、自分たちのメロドラマに中てられたことにあるとは、ソーンは考え至らなかった。


 かくして、トリスタンとベンジャミンとを欠いたまま、一行は火焔山の通常入り口を探した。

「どこですかね、通常入り口……」

「それにしても、なんでわざわざ看板が立ってたんだ?」

 山道は途中で二股に分かれており、片方には「チャレンジ! アツアツコース」、片方には「一般の方はこちら 通常入り口」と書かれていた。罠くささも漂う怪しげな看板だったが、一行はとりあえず「一般の方はこちら」に従っている。

「馬鹿な妖魔どもが、道を間違えて火の山に投身自殺しまくった、とかなら笑えるけどよー」

「まあ、白竜、不謹慎ですよ!」

 そして、恐らく真相はそんなようなことである。

 山道は起伏が激しく、峠を三つも越えたが、片や大妖怪、片や山神の前には、何の障害にもならなかった。

「うーん、私はこうして白竜に乗っているだけで良いのでしょうか……」

 道中、ジョーゲンは修行にならないとか、楽ばかりしていては迷惑をかけるとか、しきりにふたりへ話しかけたのだが、すべてやんわりとスルーされた。

 道幅は決して広くない。切り立った崖の側面にのびる道の、片側は天国への一方通行となっていた。もしここでジョーゲンが天然を発揮しようものなら、ジョーゲンどころか、ソーンたちの命までも保障はなかった。

「気にするな、ジョーゲン。こんなところに来てまで(脅威の天然っぷりの発揮を)頑張ることはないんだぜ」

 ソーンは仮面のような笑顔でジョーゲンを宥めた。



 狭路を過ぎて、道幅がぐんと広がったとき、一行の前でひと騒動が起こっていた。

「放してください……」

「へっへっ ねえちゃん、ケチケチするなよ、減るもんじゃあるまいし……」

「付き合ってくれるくらい、良いだろうがよー。なにも取って食おうってワケじゃねーんだからよー」

 これまでに見たこともない美しい女性が、数匹の妖怪に取り囲まれ、立ち往生していた。

「はやく、ここから出ないと……ああっ」

 ソーンたちの目の前で、女性はふらりと体を揺すり、そのまま気絶したのか、倒れ臥してしまった。

「大変です、ソーン!」

「わかってる」

 ソーンと、主にジョーゲンを乗せた白竜とが、地響きを起こしながらその集団へ突進した。

「おい、その娘から手を放せ!」

「おうおう、なんだい兄ちゃんたちは!」

 ソーンは新調した物干し竿を構えて、妖怪たちを睨んだ。

「そんなテンプレート感満載のセリフしかもらえねえザコどもが、痛い目を見たくなかったら、とっとと退きな」

「おうおう、言ってくれるねえ!」

 妖怪たちは、田舎町の裏路地や駅前でたむろしている微妙な不良たちよろしく、刃物を取り出し、ちらつかせて凄んだ。

「この女と、兄ちゃんたちが何だって言うんだ、ええ?」

「俺たちがなにしようと勝手だろうがよー!」

 再び村娘に近寄ろうとした妖怪に、ソーンは鋭い一撃をお見舞いした。

「口で言ってもわからねぇよな、やられ役ってのは!」

 勝負は一瞬でついた。妖怪たちは物干し竿の一撃を時計回りにくらって、きれいに谷底へと落ちていった。彼らが最後に発した言葉は、「覚えていろ」などという月並みなものではなく、「ばなな」という謎のワードであった。「バカな」と言いたかったのであろうか。

「おい、大丈夫か?」

 ソーンが村娘を抱き起こすと、彼女はひどく汗をかいていて、しきりに「水」と言う。

 そこで、皮袋の水筒を与えると、女はあぐらを掻き、浴びるようにして水を飲み干した。

「ああ、生き返った……」

 その声のトーンには激しく聞き覚えがあった。

「お前、まさか……」

 長い睫毛、流れるような赤茶色の髪に、真っ白な雪の肌と、りんご色に染まったつややかな唇。一見するとどこにでも居ない、まさに絶世の美女であった。

 しかし、「彼」はその美貌を覆い隠すように、いつもの特攻隊じみた黒いマスクを取り出して装着した。

「まあ、ベンジャミンではありませんか!」

 ジョーゲンが駆け寄ると、果たして、それはベンジャミンであった。

「どうしたのです? 気分はどうですか」

「こういうことになるのが面倒だったんでマスクをつけていたのですがたまたま外していたところを村人に女性と勘違いされあれよあれよと縁談が決まりそうになったので花嫁衣裳のまま村中を逃げまどい運よく身代わりになってくれる村娘を見つけて彼女と衣装を交換して一息ついていたら山から妖怪たちがやってきて連れてこられました気分は最悪です」

 ジョーゲンは、そうですか、そうですかと頷き、無事でよかったとベンジャミンの肩に手を置いた。

「お前、よくそれだけを一息で言えるよな。堺●人もびっくりだ……ところで、本当に大丈夫か?」

「……自分、段ボールがあれば基本大丈夫ですけど、水のないところと火とか燃えちゃってるところとかは、マジで無いです」

 いっそのこと敵のひょうたんでもあれば、とソーンは頭を抱えた。このまま火の燃え滾る山にベンジャミンを連れていくのは危険だ。本当の意味で干上がってしまいかねない。

「せめて、火を消すことができれば……」

「ああっ ソーン、あれを見てください!」

 ジョーゲンが指差した先には、煌々とネオンや豆電球が光り輝いていた。

「……『ショーパブ 芭蕉扇(ばしょうせん)』……」

 何かが背中を走りぬけ、ソーンはその場から立ち去ろうとした。しかし、ジョーゲンは興味津々で、看板の先の道を眺めている。

「おい、嫌な予感しかしない。行くぞ」

「あ、待ってくださ……きゃああ~っ」

 嫌な予感とは、この予感だったのだ。ジョーゲンは振り返った拍子にバランスを崩し、ちょうど板状の岩へ飛び乗ってしまい、そのままスロープを滑走していってしまったのである。

「これどうやって止めればよいのでしょう~!」

 声が遠のいていく。

 仕方なく、ソーンはベンジャミンを担ぎ、急斜面の前に立った。

「よし、俺に乗れ!」

「頼んだ、白竜!」

 ソーンの振り返った先で、白竜はまんじゅうのように丸まっていた。

「……は、え、乗れって……」

「行くぜ! しっかり乗りな!」

 そう言って、白竜は坂道を勢い良く転がりだした。あわててその球体に飛び乗りながら、ソーンは叫んだ。

「猿回しじゃねぇんだぞぉおおお!」



 数分後、一行は無事に坂の下で合流した。

「まァ、最初はサーカスか何か来たのかと思ったけどサ」

 店は夜から、ということで、がらんどうの店内に一行は案内され、女主人と面会した。

「アタシは『芭蕉扇』の経営者で、デヴィリッシュ=レディって言うのォ……デヴィちゃんって呼んでネ」

 容姿を描写すると妖艶の一言に尽きる女性が、無限に沸きあがる色気のオーラをまとってソーンの顎をくすぐった。

「もし、デヴィちゃんさま……この山にルージュという者がいるのを、ご存知ありませんか」

「あらァ、ルージュちゃんに何かご用?」

 長いパイプをふかしながら、デヴィは塗りたてのマニキュアを眺めつつ答えた。

「知ってるも何も、アタシはルージュちゃんの母親よォ。ま、後妻だからァ、血は繋がってないんだけどォ~……」

 店内が水をうったように静まり返った。

 あのルージュの母親、という事実に驚いたからではなく、複雑な家庭事情を聞くと何と言っていいかわからなくなる、という雰囲気がその場を占拠したからであった。

「で、ルージュちゃんがどうしたんだっけェ?」

「ええと、その、我々の仲間のひとりをさらって行かれたので、私たちは彼女を助け出そうと思い、火焔山を訪れたのですが……火勢がつよく、仲間も弱りきってしまって……」

 デヴィはソファに横たわっているベンジャミンの顔を覗き込みながら、哀れみの表情を浮かべた。

「かわいそうにねェ~、アンタ、火は苦手でしょォ? でも仲間のためにここまで来たんだねェ~、こんなキレイな顔が、これじゃあ台無しだねェ……」

 ベンジャミンのマスクをずらすと、デヴィはその雪の肌に、真っ赤な唇のあとを残してから、鼻歌をうたいつつ店の奥へと引っ込んだ。

 ベンジャミンは目を見開いたまま硬直している。


 やがて、高いヒールの音を響かせながら戻ってきたデヴィの手には、壁画の天女が持っていそうな団扇があった。

「これ、芭蕉扇(ばしょうせん)っていうのよォ、これで炎を扇げば、火が飛んでって消えちゃうっていう道具なのォ……あのコと、かわいい三蔵法師ちゃんに免じて、貸してア・ゲ・ル」

 何やかやで事が進んだ割には、少ない代償でとんでもないキーアイテムを手に入れてしまった驚きで、一行はしばらく唖然としていた。

 ようやく頭が現状に追いついたところで、白竜が鋭くデヴィを睨んだ。

「お前、最初からコイツが三蔵法師だってこと、わかっていたのか? なぜ俺たちに協力する」

 デヴィは網タイツを見せつけるように足を組みかえると、からからと笑った。

「言ったでしょォ、キレイなものとカワイイものが大好きなだけよォ……アタシ、すでに不老不死だから? 三蔵法師の肉とか、キモチワルイし興味ないのよねェ……それに」

 とん、とパイプの灰を落として、デヴィはため息を吐く。

「一応、母親として? 子どもの間違いは、見過ごすわけにはいかないわよねェ……」



 一行は店の奥から山道を登り、再び火焔山の前に立った。

 デヴィに言われた通り、ソーンが力任せに芭蕉扇を振るうと、山の炎はたちまち掻き消えた。

「おう、凄ぇじゃねえか! これで山ン中を探せるぜ」

「ええ、早くトリスタンを助けねば」

 凛とした声で白竜に賛同したのは、ジョーゲンではない。

「……水を得たナントカって感じだが、お前、どうした」

 きりりと引き締まった表情で山を見据える彼の傍らに、いつもの段ボールの面影はなかった。

「ふふ、明日から本気出す、の明日が、今日だったのですよ……」

 白い歯を光らせてキラリと笑むその姿は、ベンジャミンが脱引き篭りを果したことを告げていた。

「一過性のやる気じゃなきゃ良いんだが……」

 ソーンの心配を他所に、ジョーゲンは飛び跳ねんばかりに喜んでいた。

「やりましたね、ベンジャミン! あなたは自分の甘えに打ち勝つことができました、立派です。これで、故郷で待つあなたのお母さまに良い報告ができます!」

「まあ、とにかく勢いのあるうちに乗り込んじまおうぜ」




 一方で、ジョーゲンたちの到着を察知したルージュたちは、山中の宮殿にうつり、襲来に備えていた。

「さあ来い、飛んで火に入る三蔵法師! これでようやく、忌まわしい呪いともオサラバできるのにゃ~」

 ゴロゴロ、と喉を鳴らしたルージュを前に、シルバは身もだえしながらこぼした。

「でも、このカワユスなルージュ様とお別れなんて、ちょっと淋しい感じもしますけどねぇ~……」

「兄貴はホントにズレてるよな……」

「それは柱よ。また銀色しか合ってないじゃない」

 ズレてるのはどっちよ、とため息を吐いて、シルバは目を閉じた。目を閉じながら、山の外にまでその視線を伸ばしていく。

「ああ、洞の中へ入りました。あとは誘いのエサにうまく乗りさえすれば、すぐにもこちらへやって来るでしょう……」

「うむ、ついにこの時がやってきたのにゃ~」

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