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Legend played west.  作者: 天秤屋
3/8

娘折磨猴子 -猪突猛進娘、猿を苦しめる-

 ソーンの額に「緊箍児(きんこじ)」が嵌められた経緯が明かされる……

 トリスタン=ワイルドボアーの難点といえば、ただひとつ。


「だーめぇ! ジョーゲンさまはアタシと一緒に寝るの!」

 そういって、トリスタンは宿の戸を閉め切ってしまった。

「……俺たちは野宿か。ワイルドインか。おい、ツボってる場合じゃねえよ、ベンジャミン」

 どうにも、トリスタンはジョーゲン以外には懐こうとしない。だいぶ心を開いてきてはいるが、ジョーゲン一筋だ。

 自分以外の誰か、とくに男はジョーゲンに近づけたくないらしく、宿に泊まるたびにこのような事態に陥っている。

「何で白竜のヤツはセーフなんだろうな……」

 白竜は人前では喋らず、ごく普通のパンダで通していた。

 トリスタンが加わってからはジョーゲンとも言葉を交えていない。同じ山神であることから、トリスタンの傷に触れてしまうのではないかというジョーゲンの配慮であった。

 そこで、専ら白竜の最近の台詞といえば、「パンパン」という不自然な鳴声であった。

「大熊猫はどう頑張ってもそうは鳴かねえけどよ……」

 呆けてそこら辺に生えていた雑草を噛むソーンに、窓からジョーゲンが声をかけた。

「トリスタンは寝ましたよ。お入りなさい、二人とも」

「……いや、今夜はここで構わねえよ。居心地も悪くねえ」

 ソーンはごろりと草の上に横たわった。

「自分も、段ボールあれば基本大丈夫なんで……」

 その隣で、ベンジャミンも臨床体勢に入った。

「風邪を引かないでくださいね……」

 ジョーゲンは大きく伸びをして、そっと窓を閉めた。

 今夜は月がやけに明るい。こういう夜には、必ず血の騒ぎを抑えられない低俗な輩が闊歩する。その魔手が欲望を謳歌しないように、ソーンは物干し竿を片手に不寝番というのが常だった。

 このことはジョーゲンには伝えていない。恐いものは見せない、恐ろしい思いもさせないと誓った。知らなくていい。

「……妖怪からは、俺が守ってやるからな」

 ソーンは物干し竿を握りしめた。

「……それ、実家の備品なんですけどね……」



 零艇(れいてい)という港を通ったとき、トリスタンがソーンの頭に巻かれた金色の輪を指差して言った。

「前から気になってたんだけどー、ソーンの頭の輪っかって何なの? 天竺のほうから来たひとも、そういうの巻いてるね?」

 実は、ソーンにもこの輪の正体は知れないのだった。

 金の輪は名を「緊箍児(きんこじ)」といった。だがそれだけで、一体これがどうした代物なのかは、誰にもわからなかった。

 頭に緊箍児が巻かれた経緯については、ソーンは承知している。

 初めてジョーゲンと出会った日の後に、あの宿で横になっている間、頭の傷と出血とを止めておくため、ジョーゲンがこの緊箍児を巻いたのだ。なぜ頭に傷を負ったのかは思い出せないが。

「そういえば、それ以来一度も外してないな」

「ねえ、ちょっと取ってみせてよ」

 構わないだろうと思い、ソーンは緊箍児に手を伸ばした。しかし、少しも外れる様子が無い。ゆるく巻かれた環状の頭飾りで、しかも完全な輪ではなく、額のところに隙間がある。

 それでも、緊箍児はいくら力任せに広げようとしても、一向に外れる気配がなかった。

「……外れねえ」

 それどころか、外そうともがけばもがくほどに、緊箍児はきつくソーンの頭を締めつけるようだった。

「痛ぇっ 痛ててててて!」

「ああっ どうしましょう!」

 ジョーゲンは慌てふためき、懐から何かの経文を取り出して唱えはじめた。それは普段もよく唱えている観世音菩薩の経だったが、ジョーゲンの読経とともに、緊箍児はゆるゆると締めつけを緩めていった。

 ソーンはようやく深い息をつき、頭の輪を忌々しそうに叩いた。

「とんだ厄介モノを背負い込んだもんだ……」

 その隣で、ジョーゲンは納得したように手を叩いた。

「ああ、しつけ首輪みたいなものですね……!」

「あはは、ソーンってば犬みたい!」

「パンパンww」

「……黙れこのエセパンダ。そういえば、ベンジャミンは?」

「カッパさん? りんご剥いてるよ」

「しょり……しょりしょりしょり……しょりしょり……」

 ソーンはため息を()いた。が、口元には笑みが広がっていた。

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