3度目の正直なんて言ってみる
死の淵をこの何週間で計三回も味わったのは初めてだ。
「お前、ばかじゃねーの?」
はい、ごもっともでございます。ばかな自分を是非罵っていただきたい。
あ、勘違いなされないように言っときますが、私は断じてマゾではありませんよ。
自分のばかさ加減に呆れているのだ。
「なんでついてきたんだ」
「え、えーと……、手を離すのを忘れちゃって……」
現在私は少年に怒られ中である。
どうやら、彼は川に飛び込むのなんか慣れっこのようで上手く魔法を駆使して私を助けてくれたようだ。
一度ならず二度までも、助けてもらえるだなんて。
「どっかの貴族の令嬢だか知らねーが、こんなことして大丈夫なのかよ」
いや、あなた王子様でしょ?
王子様に言われたくはない。
先ほどから、観察していると、やはり彼はゲームで出ていた王子様にそっくりである。
それだけじゃない。一つ一つの動作が、なんとも気品に溢れていた。
ゲームでの王子様、ハシュルト・アルストフィアはこの国の第一王子であった。しかし、王族である彼は日々周りの期待や嫉妬に抱え込み、一人の時間を持つこともできない生活に嫌気をさして脱走をよくしていたのである。
彼の物語は細かくストーリーに張り巡らされ、本編の方に深く関わっていた。とても重要人物であった彼は、物語の最後まで正体はつかめなく、いつ攻略できるのかとワクワクしたものである。
しかし、その期待をよそに、攻略することはできず、1週目では当て馬として存在している。そんな彼の運命は1週目は悲惨な終わりしかしない。
もし、彼がハシュルトであるならば、現在はゲーム開始から2年前、当時は17歳だったので、15歳と言ったところか。
確かに見た目も15歳くらいだ。その線が色濃く浮かび上がってきたぞ……。
「で、あんた名前は?」
「あ、シルティ。シルティ・アーディルトよ」
「俺はハル。ハルでいいよ」
ハル。
その名前を聞いて、ハッとした。それはゲームでの彼がお忍びように使ってたものだ。
予想が確信に変わった。これで、胸の中でくすぶっていたモヤが晴れた気分でいたが、そうはしていられない。
「悪いけど、こっちの事情で俺は家に送り届けられないからな」
私達がいる場所は王都からは出てはいないが、少し外れにある川辺だ。先ほど飛び降りた場所とは流されたようで結構離れている。
お城だって高いところにあるから目印にもなるのに、小さくて見えなくなっていた。
さすがに貴族のお嬢様でなおかつ辺境に住む令嬢ならば、一人で屋敷があるところまで戻るのは困難だろう。
私だって屋敷の場所は知らないんだ。こんな身なりをしていたら、悪い人に捕まってお終いだ。
それは非常に困る。まだまだ、死ぬ気はないのだ。
「ねぇ、よかったら私も一緒にしていい?」
一人で街の中を放り出されるくらいなら、きっとそっちの方がいい。それに彼が王子様であろうと今の私には関係ない。
「お前何言ってんだよ? 貴族のお嬢様がこんな平民なんかと一緒にいたくないだろ?」
眉間に皺を寄せた彼は不機嫌なようだ。嫌味まで言うとは、いい度胸である。
ゲーム関係者、しかも物語の重要人物とはあまり関わりたくはないが、ここは腹を括ろうではないか。
「なら、あなたはか弱い乙女を置いてくの?」
「はぁ?」
ふふ、と口から笑みがこぼれた。自然となれた動作で口元を手で隠し、次の言葉で黙らせる。
「是非、私も一緒にさせてほしいな」
きっと、今の私の張り付いた笑顔は、目が笑っていなかっただろう。
少年ーーもとい、ハルが根負けしてしぶしぶと頷いた。
ゲームでのハシュルトは、貴族社会という息苦しいところに嫌気をさしていた。
そんな彼にかたっくるしい態度を取ることを出来ずに、私は砕けた口調のまま普段のように話しかけた。
「ねえねえ、ハル! これってメルの果実? 王都にも木や果実がいっぱあるのね!」
「おい! お前、さっきから聞いてるのか!? 勝手にどっか行って迷子になっても知らないからな!?」
草木をかき分けて進んで行くにつれて、いろいろな草や果実が視界に飛び込んで来る。
屋敷の方ではよく見られたのだが、王都にまで存在しているとは思わなかった。
見かけるたびに呼びつける私にハルは、うんざりとしていた。
しかし、私はそれよりも重大なことに気付いてしまったのである。
だけど、その考えは一旦外に押しやって、隣を歩くハルへと視線を向けた。
「もう! そんな怒らなくてもいいでしょ」
「お前は本当に……貴族令嬢なのかよ……」
まだハルは機嫌が良くないようだ。
呆れ果てた声にムッと顔をしかめる。
中身は元庶民でも、今は一応令嬢よ!
なんて、言ってやりたいところだけど、それはやめとこう。
「それよりも、ハル。どこへ向かってるの?」
どんどんと離れて行く王城に一抹の不安を感じる。王都を離れれば離れる程、魔の者たちが増えていく。
魔法が使えるであろう彼であっても危険だ。
「西にあるヘルヴィンの洞窟だ」
「へ、ヘルヴィンに洞窟って……」
まさか。私は思わず息を飲んだ。
ゲーム開始は2年後。だが、もう彼の中では始まっているのだ。
咄嗟に私はハルの手を掴み、 声をあげる。
「な、なんでそこに行きたいの!? 危ないよ!?」
「はぁ?そんな危ない所じゃねーよ。いつも行ってるし」
何も言葉が出ない。
彼は自分がしている危険な行為に気付いていないのだ。
「怖いなら、ついてこなくていいぜ」
そう言って先へ進んで行く。私は「怖くないもん」と言って、彼の後へ付いて行った。
ゲームでのハシュルト王子は、1週目はとても悲惨な終わりをする。
王城を抜け出すことにより、ヒロインと出会い力を目覚めさせるきっかけとなる人物ではあるが、彼はヘルヴィンの谷で呪いを受けてしまうのだ。
そうして最後は恋をしたヒロインに殺されてしまう末路である。
そんな彼の未来を思うと私は放っておけなくて、助けたいと思ってしまった。
魔法も何も使えない私が何もできやしないのに。
だけど、希望は確かにあったのだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます!