バカは死んでも治らない
木で出来た椅子に靴を履いたまま上ると、軋んだ音がした。
ちょうど目の前でぶらぶらとぶら下がっている輪っかは、解けないように頑丈に結んだ。その強さは私の覚悟の表れだった。
天井にある、本来なら、ランプをくくりつけるところに今は縄が綺麗に絡められている。しっかりと引っ張って解けないかを確認してから、ゆっくりと首へ通した。
心の中でじわじわと侵食する汚い感情から一刻も早く逃れるように、私は椅子を蹴る。
重量に従う私の身体は、首元にある縄に締め付けられた。
ヒュウと喉から音がして、酸素を吐き出したら、途端に息苦しくなる。
走馬灯が途切れることなく流れ、私の今までの人生を現在から過去へ遡っていく。
ああ、これで本当に死ぬのだな。
息苦しさと走馬灯は死を実感させる。
幼い頃のささやかな記憶を思い出したとき、違和感が燻った。
それは、私が生まれてから13年よりも、もっと奥底ーーーー魂に埋め込まれていた記憶。それは、生前の記憶だ。
おぼろげだった感覚が今ははっきりとして、生きなければと、身体が自然に酸素を欲する。
しかし、5分前の私の覚悟に叶うことはなく、その太い縄は私の首に食い込みギリギリと締め上げていく。
身体が宙ぶらりんの状態で、必死に抵抗するのも虚しく、私は意識を手放した。
誰かが自分の名前を呼んでいるが遠くで聞こえた気がした。
生前、私の人生は極めて普通だった。
平凡中の平凡。努力をどんなにしたって、普通以上にはいけないような平凡が似合うような人間であった。
それが自分の人生だったのだと、認識できた頃には、私は今までの私とは別の人格が形成されていた。
目覚めた私に突如降りかかったのは、現在の記憶ではなく、生前の記憶であった。
意識がぼーっとする中で、早く会社へ行かなければ、とつい昔の口癖を漏らしてしまったものである。
しかし、目の前に現れた執事の姿を見て、私の意識は現在へと引き戻された。
どうやら、私は前いた世界とは別の世界に転生をしたらしい。
現在よりも色濃く残っている過去の記憶がその証拠だろう。
それにしても、と私は思わずため息をあげてしまった。
ただの異世界転生をしたわけではなく、どうやら昔私がしていたお気に入りのゲームの世界へと転生したようだ。
私がお気に入りだったゲーム、「ワールド・ファンタジーコード」は主にRPGを制作する会社が作り出した、恋愛シミュレーションRPGであった。
本来ファンタジーを手掛ける会社なおかげで、ただの恋愛ゲームとは違った持ち味があり、とても幅広く楽しめたのを覚えている。
恋愛シミュレーションっていうこともあり、キャラは豊富で、好きなキャラとエンドを迎えることができるため、結構女性に人気があった。
いわば、乙女ゲームにRPG要素を足したのがこのゲームだったのである。
さて、実際このゲームは恋愛をしながら、過酷なストーリーをヒロインが乗り越えていくものであった。攻略対象者と関わり、彼らのストーリーを攻略することもストーリー展開に多く関わっていた。
普通の恋愛ゲームでは味わえないようなバトルシーンに、魔王を倒すための冒険。マップを見ているのにも関わらず、迷子になったのはいい記憶である。
そして、攻略対象者とのエンディングも4種類あるという、なんともありがたいゲームだったのである。
そんな世界に転生した私は、この世界でもゲームでもモブ中のモブ。名前どころか顔さえ描かれることはない。
ましてや、その他勢にもなれない辺境に住む伯爵令嬢だ。
「もしかして、ゲーム関係ない?」
どう考えても、ヒロインや攻略対象者に関わろうとしない限りはこのゲームの世界に巻き込まれることはない。
もともと、世界に異変が起きる話だから、なんかしら巻き込まれはするが、所詮物語とは関係ないだろう。
どうやら私は、過去のことは置いといて、いいくじを引いたらしい。
ゲームの知識は生かせることはなさそうだが、前世の記憶は少しくらいは役立つだろう。
さて、生前も踏まえ、私は自由に生きようではないか。
ベッドから立ち上がった私は、両手を広げ、盛大に誇りを撒き散らし飛び跳ねた。
「魔法にファンタジー! やったね!! この世界をとことん楽しんでやるわ!!!」
全部私のターンよ!!!!
その後、飛び跳ねて頭がおかしくなった私が両親に心配されて、医者を呼ばれたのは言うまでもない。
閲覧ありがとうございます。