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うしろのうしろ

作者: 過去之残骸

「肝試ししようよ!」

唐突にユキが言った。


 今は七月の中旬。 もう直ぐ長くて短い夏休みが訪れようかという今日この頃。 僕達は学校近くの公園に集まり、夏休みに、何か思い出に残るような事をしないかと話し合っていた。 なぜなら僕達は中学三年生。 今年が最後の中学校生活となるからだ。

「肝試しいいなおい」

「えー、肝試しー?」

「なんだアケホ、幽霊が怖いのか?」

「そ、そんな訳ないじゃないわよ!」

「ならいいじゃんやろうやろう」

「でも八人じゃ少なくない?」

「八人は多すぎる」

「そうなの?」

「人数については問題ない。 丁度町の外れに廃校があるから、そこ行こうぜ」

「廃校なんか初めて聞いたが、シンはそこを知ってるのか?」

「え? タケルは知らないの?」

「ユキも知ってるのか」

「知ってるも何もあそこは有名だよね?」

「ねー」

「なんだよなんだよ! 俺以外皆知ってたのかよ」

「寧ろタケルが知らない事に驚きだよ」

「悪かったな知らなくて」

「拗ねんなって」

「それより、行くならある程度準備してから行かない?」

「準備って、懐中電灯と水でも持っていけばよくね?」

「皆さんの家の都合だってあるじゃないですか」

「それもそうだな」

「って、サクラちゃんいつから居たの?」

「最初から居ましたよ……」

「本当サクラは影薄いよな」

「影薄いって言わないでください……」

「兎も角、皆の都合を合わせて廃校探索しようよ」

「僕の家は多分いつでも問題ないかな」

「シュウはいつでもいい、と」

「それはそれで問題だと思うが……」

「まあいいじゃない、いいじゃない。 家庭事情を詮索するのはよくない事よ」

「正論だぜ」

「でも何があるか分からないし、やっぱりこの場でいつ行くかを決めておいたほうがよくない?」

「だな」

「不参加は――」

「ダメ。 何も無いからアケホも来てよ」

「わ、分かったわよ……」

「なににそんな怯えてるんだよ。 やっぱ幽霊とかが怖いのか?」

「そういう訳じゃないわよ!」

「だからそこ。 からかわない」

「はいはい、すんませんでしたー」

「謝るならしっかり謝りなさい!」


 二週間後、僕達八人は夏の思い出を残す為、町外れにある廃校へ行く事になった。

 午後七時半、まだ夏なので空は明るい。 僕が集合場所に着いた頃には、既に皆集まっていた。

「おい、シュウおせーぞ」

「ごめん。 少し遅れた」

「持ってくる物はちゃんと持ってきた?」

「水分と懐中電灯はちゃんと持って来たよ」

「ならよし。 これで忘れたなんて言われたらどうしようかと……」

「最近は物騒な事件が多くて、大人が煩いからな」

「だからちゃちゃっと用を済ませて帰るわよ」

「アケホは一度深呼吸をして、長く居座るべきだぜ」

「深呼吸は置いといて、なんで長く居座らなきゃならないのよ!」

「だからアケホ弄りはやめろよもう……。 長くなる」

「本当リョウタはいつも冷静と言うか、クールよね」

「近くに居たら涼しくなれそうです」

「……」

「リョウタ困らせてどうすんだよ」

「確かにリョウタが居るだけで五度くらい温度が下がりそうだけど、それより例の廃校に行こう!」

「ユキはアケホとは違って妙に張り切ってるな」

「だって中学生最後の夏だぜ? ユキは誰よりも皆との思い出を残したいんじゃないのか?」

「そんなもんなのか?」

「それに、高校生になったら皆離れ離れになるかもしれない。 だからユキは張り切ってるんじゃないかって思う」

「まあ俺はユキに振り回されるのも悪くはないが」

「俺もだぜ」

「それじゃあ、レッツゴー!」


 辺りが暗くなり始めた頃、目の前に一つの建物が現れた。

「ここが、その廃校か……」

 鬱蒼と生い茂る草木とは対照的に、その建物の周りは草木が刈られていて、すっきりとした印象を受けた。 しかし建物からは異様な雰囲気を発しており、背筋が寒くなる。 僕自身オカルト的な要素は余り信じていない。 だがそれは、理論なんか投げ捨てたくなる程に、それが証拠であるかの如く、その不気味さを醸し出している。

 廃校と思われる建物に近付く。 どうやらこの建物は木でできているのか、所々腐り始めているようだ。

サクラが、建物の壁に打ちつけられた表札を見つけ、読み上げる。

「えっと、一年いちねん小學校……?」

「変わった名前だな」

「まあ入ってみようぜ」

 シンが引き戸を開ける。 どうやら鍵は掛かっていなかったらしく、重苦しく軋む音を上げながら横へ動く。

「なんかこう、大自然って感じニオイがするな」

「それどういうニオイよ……」

「確かに腐った木のニオイがする」

「シュウもタケルもよく分からない……」

 全員が懐中電灯を点けたのを確認した後、ナギサが引き戸を閉め、皆で廃校の廊下を進んでいく。 天井の隅には蜘蛛の巣が張り巡らされているが、床はよく清掃されているのか、埃やゴミ等はあまり落ちていない。 また、一歩進めば床がぎしぎしと音を立て、今にも床が抜けてしまわないかと不安になる。

「そういえばさ、廃校探索するのはいいけど、具体的にはなにをするの?」

「ユキがそれ聞くの?」

「改めて考えたら、廃校探索して、それで何するのかなーって思って」

「そんなの探索に決まってるぜ」

「シン……」

「なんでそんな俺を憐れんだ目で見つめてるんだぜ!」

「まあ皆カメラ付いてるケータイも持ってる事だし、一通り面白そうなのが無ければ記念写真でも撮って帰宅でいいんじゃねえか?」

「……ん?」

「どうした? リョウタ」

「いや……多分俺のだけか」

「どうしたんだよ」

「ケータイが、圏外なんだ」

「え?」

 僕達は皆ケータイを起動し、確認する。 確かに、普段は電波の棒が表示されるその場所に、圏外という二文字が表示されていた。

「ああ、僕もだ」

「私も」

 皆、口を揃えてそう言った。

「も、もしかしてよくあるホラー映画に巻き込まれちゃった?」

「そんな訳ないでしょ! 外へ出るわよ!」

「あっ、アケホ! ちょっと待って!」

すたすたと歩くアケホを僕達は必死に追う。

「ダメだわ。 開かない……」

「アケホの力が弱いとかじゃねえか?」

「ならタケルが開けなさいよ」

「はいはい。 ……あれ、開かねえ」

「ほら」

「嘘……でしょ」

「まさか私達が巻き込まれるなんて……。 でもこれはこれで思い出に――」

「そんな事言ってないで、どこかから外へ出れる場所がないか探すぞ」

「窓、窓ガラスを叩き割ったらどうですか?」

「窓ね。 何か硬い物ない?」

「ナギサは水分って何に入れて持ってきたんだ?」

「水筒だけど……」

「なら水筒を投げればいいんじゃないか?」

「そ、それもそうね」

「えいっ」

 ナギサが勢いよくバッグに入っていた水筒を投げる。 水筒は窓ガラスにしっかりと当たり、衝突音が辺りに響く。 しかし、窓ガラスは割れなかった。

「なんで……?」

「な、中々に硬いガラスだ」

「水筒が当たって割れないガラスなんておかしいわ!」

「今は取り乱すな! 家に帰ってから取り乱せ!」

「その家に帰れないんじゃない!」

「だから取り乱すな!」

「少し思ったんだけどさ」

「なんだ?」

「普通に考えて、あんな勢いよく投げた水筒が窓ガラスに当たったのに、窓ガラスが割れてないよね?」

「そうだな」

「もしかして、ここって異世界とかなんじゃ……」

「そんな馬鹿な――」

「割りと有り得そうだなそれ」

「異世界……楽しそう!」

「ユキはちょっとお気楽すぎよ!」

「あれですよね。 こういうのって、何かの条件を満たすか、フラグを立てると外へ出られるようになるんですよね」

「サクラ……これ現実だから」

「でもそういうの有りそうよね。 ……ちょっと怖いけど、廃校探索しない?」

「……出られない以上探索して、出口を探さないといけないしな」

「ならどうする? まとめて動くか、二手に分かれて動くか」

「二手に分かれてもいいが、もしここがシュウが言ってるように、ここが異世界だとしたら、そのまま離れ離れになってしまう可能性がある。 それなら皆一緒に行動すべきだと思うんだ」

「確かに……」

「まあここで立ってるよりは動いて探したほうがいいぜ」

「なら動くか」

「ならどこから見ていく?」

「そういやここの間取り図みたいなのはないんですか?」

「流石に持ち合わせてないな」

「……ケータイ持ってるんだよな?」

「……え? はい、持ってますよ」

「ならケータイを付けて、メールでもメモ帳でも何でもいいから、とにかく何かを打ち込めるものを開いてくれないか?」

「はい。 ……こうですか?」

「そうそう。 ならそれで分かり易いようにまとめてくれないか?」

「……成る程、マッピングでもしてもらうのね」

「そう。 無いなら作ってしまえばいい」

「凄い発想……」

「ふふふ……むだよ……」

「だ、誰?」

「お、俺じゃねえぞ」

「いや女声だっただろ」

「私でもないわよ」

「そもそもあんな声の奴聞いた事ねえぞ」

「俺達以外の誰かがここに居るのか?」

「きゃっ」

 サクラが突然悲鳴を上げ、手に持っていたケータイを放り投げる。

「ど、どうしたの?」

「が、画面に……」

 サクラが声を震わせながらケータイを指差す。 そこには、無表情で色白の、市松人形のような顔の少女が、画面いっぱいに映し出されていた。

「な、なんだ。 ただの画像じゃねえか」

 高を括ったタケルがそのケータイを拾うと、画面に映し出されていた少女の口元が動く。

「うおっ、こいつ……動くぞ!」

「どうせジフ画像かなんかだろ」

「ジフ画像?」

「そういう動く画像を作れるものがあるんだよ。 多分それで作った物じゃないのか?」

「なにをいってるか……わからないわ……」

 タケルが持っていたケータイは、突如ぶるぶると震えだす。 やがて、画面が膨張していき、少女の顔が立体的に、実物となって目の前に現れる。 タケルは怖くなったのか、遠くへそのケータイを投げ捨てた。

「な、なんだよあれ!」

「分かんねえけど、ケータイは使うと不味そうだな……」

「おい、ケータイから何か出てくるぜ」

「何かってあの女だろ! 逃げるぞ!」

「どこへ?」

「とにかく逃げるんだよ!」

「あ、待って!」

 一目散に廊下を走り、突き当たりにあった教室に入る。 幸い扉に鍵が掛かっておらず、少し力を入れて押すだけでその扉は開いた。

 部屋は薄暗い。 中には、几帳面なまでに綺麗に配置された木製の椅子や机が並べられていて、部屋の隅には布か何かで覆い隠された、自分の背丈より少し大きい程度の物が一つぽつんと置かれていた。

「ここは何室だ?」

「なんだろうね」

「多分何かで使われた教室だろ」

「そりゃ学校だからな」

「そんなお気楽な事言ってないで、出られそうな所が無いか探すわよ」

「分かってる分かってる……。 アレはなんだ?」

「アレってどれの事よ」

「ほら、布っぽいので何か隠されてるアレ」

「確かにありますね……」

「捲ってみたらどう?」

「そんな事言うシュウが捲れよ」

「なんで僕が……」

「大丈夫大丈夫。 いきなり噛みつかれたりとかはしないって。 多分」

「多分ってのが凄い怖いんだけど……」

 渋々僕は覆い隠されたそれを確認する。 上に掛かっている布のような物には、埃が被っていて相当放置されていたのだろうと思った。 触り心地としては、夏にしてはやけに冷たく、若干のぬめりがあった。

その布のような物を取ると、そこにはショーケースに入った一体の骨格模型が飾られていた。

「あ、骨格模型が入ってる」

「骨格模型? だとするとここは理科室か保健室か」

「保健室って雰囲気じゃないし、理科室じゃね?」

「だろうな……。 あれ、シュウ」

「なに?」

「その手、どうしたんだぜ?」

「手?」

 僕は自分の手を見る。 先程の布を触ったからか知らないが、赤黒い何かがべっとりと付着していた。

「なんだろう。 これ」

「あ、あたし聞いた事あるわ」

「何をだよ」

「人体模型の噂」

「ただの都市伝説だろ? そんなの」

「この状況でそんな事言えるの?」

「……すまん。 少し話してみろよ」

「あたしもごめん。 タケルの態度でちょっと落ち着いた」

「なんだそれ」

「あのさ。 これ、人体模型じゃなくて骨格模型だから……」

「シュウさん。 細かい事は気にしないほうがいいですよ」

「いちゃいちゃしてる所悪いが――」

「いちゃいちゃはしてない!」

「……まあ、その都市伝説は俺も聞いた事がある」

「リョウタもか」

「で、どんな話?」

「ある女子生徒が教室に忘れ物をして、夜の学校に忍び込んで忘れ物を取りに行った」

「そんなに必要なものだったのかな?」

「ユキちゃん。 そこ突っ込むべき所じゃないよ?」

「女子生徒が忘れ物を取って帰ろうとした時、廊下からドスン、ドスンって何かが歩いてくる音がした」

「それっぽいわ」

「女子生徒は何事かと思い、廊下を見た。 するとそこには、返り血を浴びた人体模型が、こっちへゆっくりと歩み寄ってきてたんだってさ」

「そこで終わり?」

「確かその女子生徒は怖くなってすぐ逃げちゃったから、それ以上の話は無かった筈よ」

「なんだそれだけか」

「どこでその都市伝説を知ったの?」

「この季節はよくやってるじゃない。 心霊番組」

「凄く胡散臭い」

「何が胡散臭いのよ」

「創作と言うか、誰かが視聴者を怖がらす為に作った話に感じるぜ」

「そんな事どうでもいいじゃない……。 それより、ここには出られそうな場所は無さそう」

「そうか。 なら別の部屋に――」

「おいついた」

「え?」

「……みぃつけた」

「あいつもう来たのかよ!」

「それより、なんで実体化してここに居るのよ!」

「わたしはなににでもなれる。 なんでもおこせる」

「な、何を言ってるの?」

「そんな奴の話なんか聞くんじゃねえ! 逃げるぞ」

「どうやってよ!」

「強行突破だ!」

「何言ってんだタケル。 そっちにはあいつが居るんだぜ!」

「シンこそ立ち止まってどうすんだよ!」

「ちょっと待って」

「どうした?」

「ここは私が時間を稼ぐから、皆は一か所に固まって」

「な、何言ってんだよ。 ナギサも一緒に――」

「私なら平気だから。 信頼して」

「……分かった」

「なら、私以外は走ってすぐ出れるようドアと垂直になる所で待機して。 お願い」

「お、おう」

 ナギサ以外は言われた通りの場所へ移動する。 それを確認したナギサは、突然手を叩きながら、こう唱え始めた。

「鬼さんこちら、手の鳴るほうへ!」

「……わたしと……あそびたいのね……」

 少女はそう呟くと、ゆっくりとナギサとの距離を縮める。

「ナギサ! 私達と一緒に逃げようよ!」

「先に皆が行って! 私はあとから追うから!」

「ナギサも――」

「今はナギサに従おう」

「そうよ。 あたし達の為に囮になってくれてるんじゃない」

「……うん。 ごめんね」


 僕達は理科室から出ると、リョウタがある事に気付き、指を指しながらこう言った。

「あそこに階段があるな」

 僕はその指の向く先を見ると、確かにそこに上り階段があった。

「階段か!」

「二階に行くの?」

「来た道を戻った所で、何かが起こる訳ないだろ」

「……そうですね」

「なら上に行くべきだろ?」

「確かにそうだぜ。 戻るくらいなら進んだほうがいいぜ」

「……そうだね!」

「上へ行こう!」


 僕達はその階段を使い、二階に進む。 そこは廊下も窓枠も埃塗れで、一階以上に、ここに人が訪れた形跡はなさそうだった。

「凄い埃の量……」

「こんだけ埃が溜まってるほうが普通じゃねえか?」

「どうして?」

「なら逆にユキに聞くが、なんで一階は埃が少なかったんだよ」

「えっと……誰かが掃除してるから……とかかな?」

「誰かが掃除してるとする。 なら誰が何の為にこんな廃校を掃除してるんだよ」

「そ、それは……」

「タケルさんもユキちゃんも落ち着いてください。 今そんな事話してる時間はないです!」

「そうだぜ。 今は埃の謎よりアレから逃げる事のほうが大切なんだぜ」

「そ、それもそうだ」

 シンが二人を宥めている時、僕は皆から少し離れ、辺りを見渡し、そして、ある事に気付いた。

「それより、なんだけど……」

「どうした?」

「いや、今僕達は階段を上ったんだよね」

「ええ、そうね」

「じゃあ、なんで高さが一階と変わらないんだろう」

「で、でもさっきの階とは様子が違うぜ」

「とりあえず少しこの階を調べてみねえか?」

「それが得策かもな」

「少し気になったんだけど、今上って来た階段を降りたらどうなるのかな?」

「さっきの階に戻るだけだろ?」

「あれ? でもシュウが言っている事が確かなら、ここから降りたら地下に行くんじゃないの?」

「……分かった。 俺が行く」

「リョウタがか?」

「ああ。 こんな所で考えてても埒が明かないだろ」

「そ、それじゃあ頼むわね」

「少し覗くだけだから待っていてくれると助かる」

「分かったよ」

「う、うん……」

 リョウタは行った。 しかし、ユキは何かに気付いたのか、表情が曇る。

「……ん? ユキはどうかしたの?」

「あのさ、さっき理科室でナギサちゃんが『鬼さんこちら、手の鳴るほうへ』って言ってたよね?」

「うん」

「もしかして、ナギサちゃんはあの女の子の事を知ってるんじゃないかなって」

「まさか……」

「なんだっけな。 その単語をどこかで聞いた事があるような気がする」

「目隠し鬼ですよ」

「目隠し鬼?」

「それってなんだ?」

「皆さんやった事ありませんでしたか?」

「あんまり覚えてないかな……」

「ユキ忘れたの? やったじゃない。 幼稚園の頃に」

「アケホちゃんよく覚えてるね。 私なんて幼稚園の頃の記憶なんて殆ど覚えてないよ」

「ちょっと忘れっぽいんじゃない?」

「そ、そうかな?」

「そんな事はいいんだよ。 目隠し鬼ってなんだ?」

「目隠し鬼は鬼ごっこの一種ですよ。 地方によってはめんない千鳥や目無し鬼などとも言われてるらしいです」

「随分詳しいわね」

「まず逃げられる範囲と最初の鬼を決めるんです。 それで鬼になった人はタオルとかで目を覆って、前を見れなくするんです」

「前を見えなくか?」

「はい。 前が見えてしまったら目隠しじゃなくなりますよ」

「め、目隠し鬼だったな……」

「それで、目隠しされた鬼に対して、逃げる側は手を叩きながら『鬼さんこちら、手の鳴るほうへ』って言いながら逃げるんですよ」

「そういやそんな遊びをやった事があった気もするぜ」

「いやシンも幼稚園同じでしょ……」

「そうだったぜ」

「その後はどうなるの?」

「普通の鬼ごっこと同じです。 捕まった人が次の鬼になって鬼ごっこは再開されます」

「つまり、音だけを頼りにして捕まえる鬼ごっこって事?」

「それで合ってます」

「ならナギサは、あの女が鬼だと確信してその台詞を唱えたって事か?」

「でもあの女の子、目を隠してなんかなかったよ」

「そういやそうだね」

「割とノリで言っただけで、案外ナギサは何も考えてなかっただけかもな」

「あのさ、話変わるんだけど」

「なんだ?」

「リョウタが帰って来るの遅くない?」

「そんなに時間経ったか?」

「もう五分ぐらいは話してる筈よ」

「なら俺達も下に行くか?」

「でもリョウタは待ってろって言ってたから、もう少し待ったほうがいいんじゃない?」

「何言ってるんだよシュウ。 リョウタに何かあったらどうするんだ」

「そ、それは……」

「俺も行くべきだと思うぜ」

「あのさ、ここで待つ組とリョウタを捜しに行く組で分かれたらいいんじゃない?」

「賛成です。 もしリョウタさんがここに戻ってきた時に、誰も居なかったら困ると思うので」

「それもそうだな……。 なら残るとして誰が残って誰が捜す?」

「順当に男女で分かれる?」

「それだともしもの時に困るわ。 私達が」

「うーん……。 ナギサさえ居ればそっちは大丈夫なんだけどな。 この三人じゃ確かにな……」

「な、何が言いたいのよ」

「分かる気がするぜ」

「……じゃあ、私達のほうに誰か一人増やして、残りの二人でリョウタの後を追うってのはどう?」

「それ逆のほうがよくね?」

「どちらにしても、数の少ないほうの組があの子に襲われそうな気がするんですが……」

「なら三人ずつ?」

「このまま話し合っても結論がでねえ! 俺は先に行くから、来る奴は付いて来い!」

「あ! 待って……」

「行っちまったぜ」

「僕達も行く?」

「でも誰か待ってたほうが……」

「分かったわ。 私がタケルを追いかけてくるから、四人はここで待ってて」

「え、でもアケホちゃん――」

「私だって行きたくないし皆と居たいわよ! でも、あれを一人で行かせるのも悪いじゃない……」

「……」

「だから。 行ってくるわね」

「……ごめんね」

「謝らないで。 それに、こんな気味の悪い所で死ぬつもりなんてないわ」


「だから、待ってて」

 そう言い残し、アケホは階段を降りていった。 僕達四人は、無言で待ち続けた。 リョウタも、タケルも、アケホも、ナギサも、皆が無事に戻って来る事を祈って。


 しかし、誰かが戻ってくる事はなかった。 重い空気の中、サクラが口を開く。

「遅いですね……」

「だね……」

「や、やっぱ俺達も行ったほうがいいんじゃないか?」

「ですよね……」

「皆」

「シュウ?」

「三人を捜しに行く前に、一度この階を調べてみない?」

「それよりも三人を探したほうが――」

「三人とも言ってたよね? 待ってるように」

「あ、ああ。 そうだぜ」

「だから、もう少し待ってたほうがいい……と思う。

「それだと手遅れになるかも――」

「それは……。 でも僕は、今すぐ三人を捜す為に下に行くよりは、この階に何があるかを確かめたい。 確認しておきたい」

「……シュウには悪いが、俺は捜しに行かせてもらうぜ」

「あ、シン……」

シンは、一度こちらを振り向き、そして下りた三人を捜しに行った。

「え、えっと……」

「私達、どうしよう……」

 突然の出来事に慌てる二人。 しかしその反応が正常なのだろう。

「あ、あの、シュウさん」

「なに?」

「い、今からでも遅くないので、その……」

「サクラさん……ごめん!」

「待って、シュウ!」

 ユキの呼び止めを無視し、僕はこの階を探索する事にした。

 二人を置いて――。


 数十秒後、僕は廊下の端に着く。 そこには扉が有り、その扉は容易に開ける事ができた。 一歩、足を踏み出す。 外は暗いが、落ち葉が一面に散らばっていて、どこかから銀杏ような臭いが漂ってくる。 それに夜だからかは分からないが、肌に沁みるような寒さも感じた。

 僕は、皆にこの事を知らせる為校舎に戻った後、扉に向き直り、開かなくならないよう持っていた携帯電話を挿んだ。 そして、扉が閉まらず、隙間ができている事を確認して、僕は階段のある所まで戻ってきた。

 しかし、そこには誰も居なかった。 シンを追いに階段を下りてしまったのだろうか。

 僕も皆の後を追う為、階段を下りる事にした。


 階段を一歩、また一歩下りる毎に、体が震える。 息を吐くと、その息は白く視覚できる物として現れる。 下の階に着いた僕は廊下から周りを確認した。 そこには誰も居ず、ただ外は、雪が降り積もるだけだった。 最初ここへ来た時は夏だったのに、今や外では雪が降っている。 それだけ時間が経過したのだろうか。 それはおかしい。 せいぜい、ここに来てからまだ一時間と言った所だ。 それなのに、もう冬になったとでも言うのか。 そもそも僕以外の皆はどこへ行ってしまったのか。 なぜ階段を上ったり下りたりすると季節が変わってるのか。

 ……疑問が雪崩の如く押し寄せてくるが、それを解決する糸口は見つからない。 この廃校には、何か秘密があるのだろう。


 僕はこの階を端から端まで歩いて確認したが、あったのは昇降口と幾つかの教室、それと理科室だけなのが分かった。 それはここに入ってきた時と同じように。 僕は先程少女が現れた理科室に入る事にした。

もしかするとナギサや、僕と同じ事を考えた他の人が居るかもしれない。 淡い期待を込め、その扉を開けた。


 扉を開けた僕は驚愕した。 赤黒く汚れ腐食した設置物と、白骨化したモノが一体、そこにあった。 僕は本能的に気付いてしまう。 それが何なのかを――。 それが誰のモノだったかを――。


 どうしてそうなったのかを。


 戻してしまいそうになるのを何とか堪え、他に変化がないかを探す。

 そして僕はある事に気付く。 骨格模型の入っていたショーケースが開けられ、中が空になっているのを。 即ち、骨格模型がなくなっていると言う事だ。


 後ろから、誰かの足音が聞こえる。 一歩ずつ、一歩ずつ……。 やがてそれは、この部屋の中に入ってくる。 意を決して、僕は後ろを振り向いてそれを見る。

 しかし、それは僕の想像してたモノとは違った。

「シュウか……良かった。 生きてたんだな……」

「りょ、リョウタ! なんで戻ってこなかったのさ!」

「済まない……。 だがやっと会えた……」

「って、リョウタはなんで怪我してるの?」

 リョウタの服は、何かに切り裂かれたかのように一部が破れていて、尚且つ流れ出た血液によってか服は赤く濡れていた。

「これか……。 あいつが悪い」

「あいつって?」

「あの女だ……。 刃物のような物でやられた」

「そ、それって大丈夫なの?」

「なに、傷は浅い」

「そ、そうなんだ」

「そうだった。 シュウがここに居るって事は、アレに気付いたんだよな?」

「アレって、骨格模型の事?」

「骨格模型?」

「え?」

 その単語に反応してか、リョウタは急いでショーケースの許へ寄ってくる。

「おい、なんで骨格模型がなくなってるんだよ……」

「え? リョウタが見た時はまだ有ったの?」

「有ったも何も、骸骨以外は何も変わりはしなかった」

「そう……なんだ」

「骸骨……骨格模型……まさか、な」

「そのまさかって――」

 言おうとしたその時だった。 コン、コン、コンと、廊下から、プラスチックのようなものが音が聞こえたのだ。

「な、なに?」

「まだ音は遠い、逃げるぞ!」

「どこへ?」

「上の階にだ!」

「上?」

「いいから早く!」

 僕はリョウタに言われるがまま、上の階に向かった。


 僕達が上の階に着いた時、外には雪がなく、それは水溜まりとしてのみ存在した。

「雪が止んでる……」

「ど、どういう事だ」

 どうやら外の光景に驚いているのは僕だけではなかったようだ。

「なんで雪が止んだんだろう……」

「そ、そうじゃない! 俺がさっき来た時は、桜の花弁が散ってたんだ!」

「え? でも今は桜なんか――」

 桜なんか咲いていない。 そう言おうとした時、リョウタはハッとした表情になり、早口で僕にこう伝えた。

「まずい! 俺が調べて見つけた事を手短に話す。 だから手伝ってくれ!」

「て、手伝うって何を――」

「二人が危ない!」

「ど、どうして?」

「今それを話してる時間はない。 シュウに質問だ」

「う、うん」

「サクラとユキを最後にいつ見た!」

 リョウタの表情はいつになく真剣で、急を要している為か、焦りの色を見せていた。

「十分も経ってないよ」

「そうじゃない! 外がどんな風景の時だった!」

「落ち葉で地面が見えなくなってて、あと銀杏の実みたいな臭いがどこかからしたよ。 あ、そうだった」

「銀杏……秋か! 秋へ向かうぞ!」

「ちょっと待って!」

「なぜ止める!」

「多分秋には居ないよ!」

「シュウはなぜそれが分かる!」

「リョウタがなんでそこまで焦ってるのか分からないけど、とにかく落ち着いて!」

「落ち着いてられるか! 早くしないと二人が死ぬんだ!」

「え……?」

 僕は言葉を失った。 既に一人親友が死んでしまったというのに、どうして、さらに……。

 だが、それと同時にある事に僕は気付く。

「これはあくまで予想だが、外の風景は俺達の誰かが死にそうになった時に変わる」

「……」

「外の風景からして、今はその二人が危険な状態って事だ」

「……あのさ」

「なんだ」

「どうしてリョウタは、春の景色を二回見てるの?」

「階段だよ」

「階段?」

「あの階段を一度使うと季節が一つ過ぎる」

「と言う事は、リョウタは既に何度も階段を上り下りしてるって事?」

「そうだ」

「じゃあ、リョウタは他の季節の時に皆と擦れ違わなかったの?」

「それってどういう事だ?」

「皆帰ってこないリョウタの事を捜す為に、バラバラになったんだよ」

「……どうして」

「え?」

「……どうして俺を捜しに行かせた!」

「だから心配で――」

「固まって待ってろって言っただろ! 異世界の可能性が有るから変にバラバラになるよりまとまって行動したほうがいいって言っただろ!」

「ご、ごめん……」

「……俺こそ言い過ぎた。 済まない」

「……」

「起きてしまった事は仕方ない。 今、どんな感じに俺達以外は行動してる?」

 僕は簡単に秋の時に起きた顛末を話した。 ナギサが俺達を逃がす時にやった事が目隠し鬼のそれと同じと言う事。 タケルが中々帰ってこないリョウタを心配して捜しにいった時に、アケホも後を追った事。 シンと対立した事。 外へ出る事ができた事。

 そして、二人を置いて探索に行った事――。

「……すぐ帰らなくて、悪かった」

「僕に謝っても意味がないよ。 それに、僕にだって責任があるから」

「ただ、ここまでの話から察するに、どこに誰が居るのか分からないって事か」

「皆と分かれたからね……」

「よし、なら冬から探していく事にするか」

「うん」

 僕達は秋へ向かう為、階段を下りようとした。

 その時、後ろから声がした。

「どこへいくの?」

「う、嘘だろ……」

「逃げよう!」

「……まって」

「待たねえよ!」

「……うしろのうしろに、こたえがあるわ」

「うしろの……うしろ……」

「そう、うしろのうしろに」

「そんな奴の話なんて聞くな! 早く行くぞ!」

 逃げる僕達を彼女が追ってはこなかった。 何事もなく、階段を下り、上り、そして下りて冬の階に着く事ができた。

「雪……降ってないね」

「それどころか積もってすらいない……」

「どこから捜す?」

「理科室はないだろうし、他の教室を見て回らないか?」

「うん」

 僕達はまず、階段から一番近い教室に入る事にした。 扉の引き手は寒さの為か軽く凍っていたが、問題なく開ける事ができた。 扉を開けて、初めてその部屋を確認する僕達であったが、既に先客が居た。

「くるとおもってたよ」

「くっ……ここは後回しだ!」

「すこしわたしのはなしをきいてかない?」

「誰がお前の話なんか……な、なんだ!」

「リョウタ、どうしたの?」

「体が……動かない」

「すこし、にげられなくしたわ……」

「お、お前……! 何が目的だ!」

「……あなたは、わたしをかんちがいしてる」

「……は? 何を言っている」

「わたしは……だれかをころしたりは……しない」

「な、なら俺を斬りつけたのはどう説明する!」

「あれは、ただあなたがていこうしたから、すこしきずつけるようなことをしただけ……」

「冗談も大概にしろ!」

「うそなんか……ついてないわ」

「な、なら僕達やここに来た皆を元の場所へ戻してくれないかな?」

「それは……むりね」

「なら――」

「あなたたちは……もうおそいの」

「な、何がだ!」

「いろいろとね……」

「くっ……」

「でも、これだけはおしえてあげる」

「……」

「あなたたちのおともだちは、しんだりなんてしてないわ」

「ならどこに居る!」

「うしろのうしろに、こたえがあるわ」

「……それ、さっきも言ったよね?」

「ええ……」

「うしろのうしろってどういう事?」

「うしろのうしろは……うしろのうしろよ」

「じゃあ、うしろのうしろを向けば皆に会えるの?」

「それはちがうわ……」

「なら、うしろのうしろを向く意味はあるの?」

「こたえがわかるの……」

「答えが分かるって事は、お前はその答えを知っているのだな?」

「ええ」

「なら教えろ。 そうすれば信じてやる」

「それはできないわ……」

「なんだ、俺達を陥れる為の罠だったのか?」

「ちがうわ……。 こたえはひとによってちがうもの」

「人によって違うなら、それは答えじゃないだろ!」

「いいえ……こたえはこたえよ……」

「そうだよ」

「し、シュウ?」

「例え答えが違っても、それ自体が一つの答えだよ」

「ええ。 だから、うしろのうしろをむけばわかるわ……」

「本当に?」

「ええ……」

「シュウ! 待て! そいつの話を鵜呑みにしたら――」

「でも、ごめん。 僕はすぐに答えを見たくはない。 できるだけ自分の力で答えを見つけ出したい」

「……そう。 ならわたしは、これいじょうなにもしないわ。 あなたがうしろのうしろをむいて、こたえをしるまでは……」

「……ありがとう」

「それと、そのおとこのこもうごけるようにしてあげるわ……」

「さ、さっきまで動かなかったのに……」

「さあ、さがしなさい。 このがっこうにかくされた、そのこたえを……」

 彼女はそう言い残すと、一瞬にして姿を消してしまった。

「答え……何の答えなんだろう」

「俺はあの女の事を信じないが、これからどう行動するかはシュウが決めればいい」

「そ、それって……」

「俺はシュウに付いて行く」

「……それならリョウタのほうが僕より向いてるんじゃないかな?」

「いや、これはシュウが答えを見つけるべきなんだ」

「僕が……答えを?」

「そうだ」

「でも、あの子は『人によって答えが違う』って――」

「だからこそだ」

「え?」

「お前だからこそ、シュウだからこそ見つけられる答えがきっとある」

「……よく分からないけど、分かったよ」

 僕はリョウタの気迫に押され、そう言ってしまった。

「なら探しに――」

「リョウタ、少し静かにして」

 どこかから、近付いてくる音が聞こえる。 それは先程聞いた音で。

「……アレが来てる」

「逃げる?」

「しかないが、どこへ?」

「……上に行こう」

「ああ」

 僕達は教室の外へ出た。 しかし、既に遅かった。 それが既に、目の前に。

「やっぱりか」

「リョウタ。 もしかして分かってたの?」

「シュウに言われて気付いたが、本当にこうなるとはな」

「と、とりあえず逃げよう!」

「いや、その必要はない」

「え?」

「俺はシュウに全てを任せている」

「う、うん」

「だから、ここはお前だけが逃げろ」

「……え?」

「だから、シュウは逃げろ!」

「いや、それはできないよ……」

「俺は後から追う!」

「そう言ったナギサは帰って来てないんだよ! なのにリョウタを置いていくのは――」

「ならお前は、なぜ二人を置いて自分一人で行動した!」

「っ……」

「俺にだって非はある。 だからこそだ。 どちらかが犠牲になってでも他の奴を救わなきゃいけないんだ」

「……それは違うよ」

「何がだ!」

「誰かが、誰かが犠牲になる必要なんてないんだよ!」

「ならどうやってアレを――」

「行こう!」

「え?」

「二人で逃げるんだよ!」

「どこに」

「目の前に」

「目の前にはあいつが」

「……正面突破だよ」

「そんな無謀な」

「でも後ろに下がったって何れ同じ事になる」

「あ、ああ」

「なら今行ったほうがいいと思わない?」

「……考えてる時間はない、か」

「行こう」

 僕はリョウタの手を強引に掴み、そして走り出した。 幸いそれは、反応が遅れたのかどうか分からないが、僕達に何かをする事はできなかった。 結果的に僕達はアレから逃げる事に成功し、階段を上ったのだった。


 二階は何も変わらず、水溜りがそこにあるだけの風景だった。

「そういや、シュウはここの階の部屋は確認したのか?」

「いや……」

「そうか」

「……少し調べてみる?」

「どっちにしろ、俺はシュウに付いて行くだけ」

「……うん。 なら行こう」

 僕は手始めに、階段から一番近い部屋を探索する事にした。

「この部屋は随分広いな」

 部屋には大きめの机が複数置かれていて、その上には書類が乱雑に散らばっていた。

「どうやらここは職員室のようだな」

 リョウタが一枚の紙を手に取りながらそう言う。

「だから他の部屋より広かったんだ」

「だろうな。 それよりこの紙のほうが興味深いな」

「何が書いてあるの?」

一年ひととせ小学校、廃校のお知らせだとさ」

「廃校……それって日付はいつになってるの?」

「日付は……十五年前だな」

「十五年も前にこの学校ってなくなってたんだ……」

「シュウも散らばってる紙を確認したらどうだ?」

「うん。 そうするよ」

 僕はリョウタに促され、机の上に載っていた紙を一枚手に取り、読み上げる。

「えっと……過去には戻れない?」

「は?」

「だって、そう書いてあるから」

「……ちょっと見せてくれ」

 リョウタはそう言いながら、僕の後ろから覗き込んでくる。

「未来は目の前にある。 決して過去を振り返るな。 戻れば深みに嵌まり、戻れなくなる……」

「どういう意味だろう」

「さあな。 誰かの詩か名言じゃないのか?」

「他に何か無いか探そう」

「そうだな」

 僕達は少しの時間を消費し、職員室の探索を行った。 結果的に何枚かの有用な紙と、鍵の掛かっていない抽斗を一つ見つける事ができた。

「シュウのほうは面白いのはあったか?」

「面白いのはなかったけど、抽斗の中に一冊のバインダーがあったよ」

「本当か。 中には何が入ってる?」

 僕はバインダーを開き、中を確認する。 中には黄ばんだ紙が数枚挟まっており、その紙には数十名分の名前が書かれていた。

「えっと……クラス名簿、かな?」

「なんで廃校にそんな物が……。 プライバシーとかの問題があるだろうに」

「そういう個人情報云々って最近の話だし、十五年も前はそこまで厳しくなかったんじゃないのかな?」

「……そんなもんか」

 些細な会話をしながら、何か気になる点が無いかと軽い気持ちでその紙々を眺める。 紙にはクラス名と担任の名前、そして生徒の名前のみが書かれていた それが何年前のクラス名簿なのかは、一切そこに書かれてはいない。 しかしその中に、ある一つの名前がある事に気付いた。

「ナツカワ……ナギサ……」

「……いきなりナギサの名前なんか呟いてどうした?」

「いや、この紙に書いてあるんだ。 ナギサの名前が」

「……本当、だな。 でも同姓同名の可能性だって――」

 リョウタが何かを言い終えようとした時、突然扉が開けられる。

「あ、よかった……。 二人共居たのね」

「な、ナギサ……」

 そこにやってきたのは、ナギサだった。

「ナギサ……今までどこに居たんだ?」

「私は皆を探していただけよ」

「因みに誰かに会ったか?」

「いえ……」

「そうか」

「ねえ、ナギサ」

「いきなり改まって、一体どうしたの?」

「幾つか質問してもいい?」

「なに?」

「ナギサはあの女の子から逃げる時に『鬼さんこちら、手の鳴るほうへ』って言ったよね?」

「言ったわ」

「じゃあ、なんであのタイミングでそんな事言ったの?」

「そんな事?」

「えっと、普通だったら『鬼さんこちら、手の鳴るほうへ』なんて言わないと思うんだけど……」

「私は、あの子の注意を引こうと思ったから、そう言っただけよ」

「それなら、どうやって逃げたの?」

「普通に走って」

「う、うん……」

「私からも質問いい?」

「うん。 いいよ」

「何の事か分からないけど、シュウは私を疑ってるの?」

「いや、そういう訳じゃ……」

「なら、なんでそんな質問をしたの?」

「ナギサ、これを見てくれないか?」

「別にいいけど、リョウタもどうしたの?」

「兎に角、これを見てくれ」

「え、ええ」

「見たな?」

「見たわ」

「ならこの質問に答えてほしい」

「リョウタまで私に質問攻め?」

「そんな気は無い。 だから答えろ」

「うん……」

「この紙にはお前と同じ名前の奴が居るが、心当たりはあるか?」

「……たまたま、同じ名前の人が居ただけじゃないの?」

「そうか? 俺はそう思わないが」

「私と、その中に出てくる名前の人が同じだって言いたいの?」

「そうだ」

「そんな十六年前の人と私が同じ訳無いじゃない。 若し同じだとしたら私はもう――」

「ダウト」

「え?」

「なんでナギサはそれが十六年前のだと分かった?」

「いや、この紙に書いてあったから」

「無いよ」

「シュウ?」

「その紙には、何年前の物か分かる記述が、無いんだよ」

「いや、だって……」

「ねえ、ナギサ。 そろそろ正体を現してもいいんだよ……」

「……私の負けね」

「何に負けたんだ」

「まさかこんな紙のせいで、正体がバレてしまうとはね」

「で、君は一体誰なの? ナギサでは無いんでしょ?」

「いいえ、私はナギサ。 ナツカワナギサそのものよ」

「なら、今まで俺達の前に居たナギサは、あのナギサはなんだったんだよ!」

「誰かに悟られないよう、演技をしていただけ。 私はずっと仮面を付けていただけ」

「『私は猫を被っていました』じゃ説明できない部分が他にあるだろ!」

「……そうね」

「そうね。 じゃねえんだよ」

「ちょっと、リョウタは一旦落ち着こう」

「シュウはどうしてそこまで落ち着いていられるんだよ!」

「僕だって焦ってるよ」

「なら――」

「私だって、どうしてこうなったのか分からないのよ……」

「それってどういう……」

「私はあの時死んだ筈なのに、気付いたらこの姿でここに居たの」

「死んだってどういう事だ?」

「丁度十六年前の夏だったかな。 私達は教室で授業を受けていたのよ。 この学校で」

「ねえリョウタ?」

「なんだ」

「この学校が廃校になった理由って知ってる?」

「知らねえな」

「その事件が原因で廃校になったの」

「……なら、何が起きたんだ」

「それは、分からない」

「分からない? なら十六年前に死んだって分かる」

「それは――」

「わたしたちはころされたの」

「お前、さっき俺達に対して何もしないって――」

「ナギサがあなたたちにあったから。 しょうがない」

「しょうがないわね」

「どこがしょうがない……」

「あのさ、リョウタは少し頭を冷やしたほうがいいよ」

「そうね。 うしろのうしろを向けばいいのよ」

「またそうやって訳の分からない事を……」

「ならここで忠告して――」

「それよりも、なにがあったかをはなさない?」

「……そうね」

「何をごちゃごちゃ言って……」

 リョウタが言い終えようとその時、突然目を見開き、そして口から泡を吐きながら卒倒した。

「な、何をした!」

「うるさかったからだまらせただけ……」

「大丈夫よ。 死んではいない。 まあ死んだのと同じだけどね」

「な、何を言って――」

「茶々を入れる奴はもう居ない。 これで私達が落ち着いて話せるわね」

「……」

 人形のような彼女は何も答えない。 それが表すのは何か、僕には分からない。

「私達は十六年前に殺されたわ。 誰かにね」

「それからすこしして、きづいたら……わたしたちはこのくうかんにいたの」

「私達も最初は戸惑ったけど次第に、ここがどんな構造になっていて、どうすれば外へ出ていけるのか、そういうのが分かるようになってきたの」

「少し質問いいかな?」

「なによ?」

「何かが起こって死んだのと、外へ出る方法を見つけたってのは分かったけど、どうやって学校に通ってたの?」

「学校? 行ってないよ」

「え? だって僕達って小学校の頃から――」

「それはまぼろし」

「幻……?」

「そう。 私達は偽の記憶を人に植え付ける事が出来る」

「でも、だって……」

「あなたが覚えている、あんな事やこんな事も、殆どが幻よ」

「嘘だ」

「たしかにウソよね」

「え? あなたまでそっち側につく気?」

「だって、そのできごとはじっさいにあったじゃない」

「どういう事?」

「わたしたちのきおくかいざんは、おこったできごとになにかをくわえることがおおいの」

「な、何かって?」

「例えば、私とか」

「つまり、ナギサは最初から居なかったって事?」

「それも違うわ」

「ええ。 ナギサはいるもの」

「それに、殆ど幻ってだけで、私という存在が実際に貴方達の前に現れてた時だってあったわ」

「それって、いつ?」

「……そうね。 学校には行ってないけど、休みの日に貴方達だけと遊んでた時は居たわね。 廃校探索の話をした時も」

「廃校探索……。 若しかしてここへ来るよう仕向けたの?」

「少し予定が狂ったけど、大体そうね。 この廃校の存在については、私達が記憶を植え付けたわ」

「な、何の為にそんな事を……」

「ふふふ。 これ以上は、うしろのうしろを向いてもらわないと、教えてあげないわ」

そう言うナギサの許へ少女が焦っているかのような素振りを見せながら、小声で何かを告げる。

「大丈夫よ。 もうどうしようもない。 まだ駒は居る」

「何を話してるのさ」

「シュウ。 あなたに一つ忠告があるわ。 シュウやリョウタが捜してる二人はまだ生きてるわ」

「本当に?」

「ええ」

「ならアケホやタケル、シンはどうなの?」

「……ええ。 無事よ」

「良かった……」

「だから、うしろのうしろを向いて」

「うしろのうしろを向くと、どうなるの?」

「向けば、全てが終わるのよ」

「全て?」

「ええ。 こんな悪夢から、目が覚めるの」

「で、でも他の皆が――」

「それは安心して。 まだ向いてないのはリョウタとシュウ、二人だけだから」

「それについては、すこしじかんがかかるから、さきにいってまってて」

「……本当に、信じていいの?」

「うん」

 ナギサは笑みを浮かべてそう言うが、その隣に居る少女は血相一つ変えず、ただこちらを見つめるだけだ。

「……分かった。 でもこれだけは聞かせて?」

「なに?」

「うしろのうしろを向いたら、本当に皆に会える?」

「……会えるわ」

「ええ」

「分かった。 ナギサの言う事を信じるよ」

「ちょっとまって」

「なにかあったの?」

「こたえのほうは……みつかった?」

「……答えは分からなかった」

「……そう」

「でも、皆が無事ならそれでいいかなって」

「……それが、あなたのこたえね」

「うん」

「それなら、うしろのうしろを向いて」

 僕は言われた通り、うしろのうしろを向いた。 すると、体が下へ下へ沈んでいく感覚を覚え、辺りが次第に暗くなる。 気が付いた時、そこにはリョウタを除いた二人が目の前に居た。

「お疲れ様」

「え? お疲れ様って、何……」

「そうやって、まんまと釣られちゃって」

「え、嘘だったの……?」

「うそではないわ……みんなにはあえるもの……」

「ええ。 ただ、シュウはもうこっち側だけどね」

「そ、そんなの無茶苦茶だ!」

「無茶苦茶も何も、あんな理想論を端から信じるあんたが間抜けなのよ」

「っ……」

「まあ、いいわ。 少し説明してあげる。 そうでもしないと納得しなさそうだからね」

「どうせ嘘なんでしょ?」

「いやいや、シュウはうしろをうしろを二回向いたから、もう私達の仲間よ」

「なら、そのうしろのうしろってなんだよ。 僕は一度しか向いてないのに、なんで二回向いた事になってるのさ」

「ちゃんと……にかいむいたわ」

「それはいつ!」

「あなたがおくがいにでて、そしてもどったときよ」

「……そ、そんな……」

 確かに心当たりがあった。 あの時、扉が閉まらないよう一工夫した事が、まさかあだになるとは思わなかった。

「気付くのが遅かったのよ」

「そんなもの、普通は気付かないだろ!」

「気付かれたら困るもの」

「……これから僕はどうなるのさ」

「どうなるって、そんな事言われても」

「そんな、理不尽な!」

「理不尽だなんてとんでもない。 この結果はシュウ自身が選んだのよ……」

「どうして……どうしてこんな事に……」

 落胆する僕を尻目に、ナギサは次々と言葉を並べていく。 しかし、その言葉は、一切僕の耳には入らない。 聞こえてはいる。 しかしそれは、まるで右から左へ通り抜けていくかのように、僕の耳から離れていく。 もう戻る事はできない。

 若気の至りでは済まない、大きな過ちを犯してしまったのだろう。 希望など無い。 在るのは、人としての生を失った自分自身の存在。

 そして、終わりの見えない地獄だけだろう。


「あなたは逸れてしまったの」

「うしろのうしろをむいたから」

以下今作の設定と裏設定


うしろのうしろ(ホラー系)


登場キャラ

男4・女4


ユキ  冬

ヒロインだった 元気そうな子

最初はヒロイン役のつもりだった。


アケホ 秋

失踪予定 怖がり 比較的気が強そう


サクラ 春

失踪予定 気弱な子 解説役


ナツカワ ナギサ(1) 夏 (夏川 渚)

まとめ役

序盤で消えるが終盤で再度現れる

元々この学校に通っていたが云々


以下没設定(気付いたら設定を反映できなくなってた)

話序盤で死亡


ナギサ(2) 大魔王

(1)に化けた存在

ナギサと成り替わる


シュウ

主人公 一人称:僕

俺TUEEEEみたいな主人公じゃなくて経験値を増やすタイプの主人公


タケル

お調子者 一人称:俺


リョウタ(涼太) 夏

クール系 名前で涼太を臭わせる


シン

一人称:俺 語尾「ぜ」(ぜはたまに)


ユキ・アケホ・シンが同じ幼稚園(後付け)

一応全員住んでいる地区は同じで腐れ縁的なのもあるが小学校ぐらいからの長い付き合い



失踪順:ナギサ→リョウタ(途中でパーティー戻る)→タケル


一応8人のそれぞれに対しての呼び方


男:基本全員呼び捨て

アケホ・ナギサ:全員呼び捨て

ユキ:男呼び捨て女ちゃん付け

サクラ:男さん付け女ちゃん付け


舞台:鷹山の西端の廃校 結局この世界に繋げるオチ


一年小學校ひととせしょうがっこう

由来:春夏秋冬ひととせと言うインチキ苗字+名前の春夏秋冬を合わせる為



所謂ジャパニーズホラーのような何かを目指したもの

タイムスリップと言うか春夏秋冬を織り交ぜたアレ(予定)

本当に怖がらせるつもりではなかったので現実では有り得なさそうな設定付加


だったんですがなんかよく分からないのになりました



うしろのうしろを向くと云々かんぬん


元々脱出する予定でラストにリョウタが吸われる筈だったけど変更でナギサの秘密を知ってバッドエンド

またリョウタを早々離脱させる

そもそも50枚制限のせいで入りきらない。


入った時が夏であるなら

階段を上る→秋(2階)

秋(2階)の状態で降りると冬(1階)になる

夏(1)→秋(2)→冬(1)→春(2)→夏(1)→秋(2)→・・・でループする

但しどこも高さは1階。 二階に行く術はないが部屋は二階と同じになる

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