1.不審船
「我々は・・・いったい何と戦っているのだ・・・」
アジール星系国境守備隊、中量級戦闘艦のブリッジで男が思わずつぶやいた。
彼らは数分前にステルス航行をしていた不審船を発見し、建前として警告を打信、その後制圧戦を仕掛けたのだ。
不審船は星間 級母艦1隻。表面に軽量級戦闘艦3隻がドッキングしており、後ろに重力貨物環、周囲に太陽帆、おそらく船体下部には降下船も格納されていることが予想された。
典型的な星間連邦の「何でも屋」の船だった。こちらの戦力は軽量級戦闘艦5隻、中量級戦闘艦1隻であり、最悪取り逃がすことはあっても、この戦力差で負けることはありえなかった。
敵不審船は警告を受けると、戦闘艦1隻を分離し恒星の陰に逃走を始めた。戦闘艦1隻では時間稼ぎも満足にはできない。「無駄なあがき」誰もがそう思っていた。
「敵はあれで時間を稼ごうとしているらしい」
「敵影、モニターに映します」
オペレーターがマニュアル通り光学分析された映像をブリッジに展開する。
映しだされた敵戦闘艦の第一印象に誰もが違和感を覚えた。兵装は特に目を見張るものはない。だが、そのカラーリングがおよそ彼らの常識にはないものであった。黒地に白い模様・・・いや、よく見れば文字なのかもしれない。解読不能な文字がビッシリ書き込まれた船体。相手を威嚇するでも、周りの風景とカモフラージュするでもない、非機能的な文様が書き込まれた様子に不気味な、一種狂気のようなものを感じさせ、見るものに不安を抱かせるのだった。
「自爆狙いのカミカゼ作戦かもしれん、全艦全砲門で一斉攻撃後、戦闘機を発進させろ。伏兵がいるかもしれん、周囲の警戒は怠るなよ」
敵を有効射程内にとらえると、艦載のビーム兵器が不気味な敵影に向かって攻撃を開始する。
すぐに不気味な敵艦の被弾映像が確認できるはずだった。
「「なっ!?」」
いくつかのビームが敵艦を突き抜ける。そう、あまりにキレイに。表面装甲の誘爆すら見られず、船体を震わせることもなく、背面の宇宙空間を見せていた。立体映像によるデコイの類ではない。敵艦の船体には穴が空いて、背後にある星空を見せていた。
・・・そして、目の前でみるみる「穴」が塞がっていくではないか。逆再生の映像を見ているように。
そして、突然の衝撃、警報。
「何が起こった!?」
「本艦外郭に被害!外部からの砲撃だと思われます!」
「攻撃を受けただと!?バリアはどうした!どこから撃たれた!?」
目の前の不気味な敵艦からは攻撃を放っていなかった。では、どこから?
「わ、わかりません。バリアも完全に展開されていました。」
オペレータの一人が戸惑った様に報告する。
「クッ、探査を密にせよ!展開中の戦闘機に攻撃を開始させろ!沈めても構わん!」
男が命令する。しかし、オペレータからの反応がない。
「大変です!クリスの意識がありま・・・」
報告してきたオペレータも途中で意識を失う。明らかに攻撃を受けている。しかし、いつ、どこから、どのようにして、全ての答えが出てこない。
そうしている内に敵艦から何かが発進する。戦闘機ではない。もっと小さな、そして圧倒的に早い“何か”。宇宙空間に赤い閃光の軌跡を引きながら、味方の戦闘機を次々に落としていく。戦闘艦も援護射撃を開始するが、敵の正体不明の攻撃に味方のダメージは徐々に蓄積するばかりだった。
結局、謎の戦闘艦の前に、アジール星系国境守備隊は撤退を余儀なくされるのだった。