一章:沙耶
「よ……っと」
背中へ背負っていた白い少女を、自分のベッドへと下ろした。……言っておくが、別に襲うわけではない。あのままあそこへ放っておくのは気が引けたからだ。それに、直接彼女に聞きたいこともあった。
警察や病院へ連れて行くことを考えなかったわけではない。だが、俺にはこの女の子があの夢と関係あると思えてならなかった。
夢の中の女性の言った「……をお願いします」という言葉。何を頼まれたのかは正直全然わからない。何度思い出そうとしても、最初の言葉がわからなかった。
「警察や病院へ連れて行くなら、この子に聞いてからでいいよな、うん。パッと見た感じ外傷もないし顔色もいいし」
自分に言い訳するようにつぶやく。もう一度少女に目を向けると、規則正しい寝息を立てて静かに眠っていた。
「一応熱だけでも見ておくか。タオルとか必要になるかもしれないし……」
額へ手を当てようと腕を伸ばした。あと少しで触れる、その瞬間。
「……ん」
彼女の目が開いた。当然、すぐ目の前にいた俺と目が合う。しばらく固まっていたが、ふと今の状況を思い出した。
倒れていた少女を自宅へ連れ込む+眠ったままの少女に手を伸ばしている=………
「い、いやいやいや別にやらしい事をしようとしたわけでは無いデスヨ?ずっと眠ったままだから熱でもあるのかなと思って測ろうと思っただけで下心は無いわけで~~……ごめんなさいぃぃぃ!!」
慌てて両手を上に上げたまま壁まで後ろに下がり、まくし立てながら最後に勢いで土下座していた。やましい事は何も無いが、それでもこの状況は傍から見ても危ない状況だ。
「神に誓って私めは何もしてないでありますっ、どうかお慈悲をっっ」
土下座をしたまま彼女の言葉を待つ。が、少女から一言も無いのでそろそろと頭を上げると、少女は焦点の合っていない目でボーっと俺のほうを見ていた。
しばらく沈黙が下りたままだったが、やがて少女が口を開いて、一言。
「……おなかすいた」
トレイの上にサンドイッチを載せて少女の前に持ってくると、すぐに手を伸ばしてパクパクと食べ始めた。
しばらくその様子を見ていたが、やがて食べ終わると「ごちそうさま」と言って頭を下げた。
「……それであなたは誰?」
かなりマイペースな子だった。食事を要求してから尋ねてくるとは。叫ばれたり暴れられるよりはいいけど、それでもどうかと思う。
ため息をつき、質問に答えることにする。
「俺は海原悠斗。この家の住人だよ」
「…私は沙耶」
のんびりと自己紹介をしてくる。初対面の男に何の警戒もしないとか、どうなのだろうか。こんな綺麗な子が倒れてたら危ない人がお持ち帰りしてもおかしくないだろう。いや、俺も近い事してるか……。
まぁいいか。そこは置いておいて、とりあえず本題に入ろう。
「……それで、君は何であんな所に倒れていたんだ?」
自分で連れ込んでおいて何だが、何かの事件に巻き込まれているならすぐにでも警察に連れて行かないとならない。持病の発作とかだったりするなら、病院へ連れて行って検査してもらわないとならない。
しかし、彼女は予想外に首をかしげた。
「倒れていた…?」
「あぁ。道端で倒れていたんだよ。覚えてないのか?」
「…うん」
こくりと頷いて、さらに言葉を続ける。
「…名前は覚えてるけど、他には何も思い出せない」
「それって……まさか」
記憶喪失ってやつか?話に聞いたことはあるが、まさかこの目で見ることになるとは思わなかった。
でも、そうなると尚更警察に連れて行かなければならない。どこかで事件に巻き込まれて、そのショックで記憶が消えてしまっているのかもしれないし。
「とりあえず、警察に連れて行くべきなのだろうか……」
「…警察?」
「君の身元を調べてくれる人がいるところだよ。俺よりもずっと頼りになるだろうし、事件性があるのならそこも……」
「イヤ」
ふるふると首を振って、今度ははっきりと言う。
「知らない人のいっぱいいるところ、行きたくない」
「俺も十分知らない人なんだけどな……」
「あなたは別。何でだろう……安心できる」
いや、初対面の人に対して安心できるとか言われても。どこまで警戒心無いんだ、この子は。
さてどうしたものかと、頭をかく。知らない人のところへ行きたくないとなると、結局この家に置いておくしかないじゃないか。
しばらく考えた後、俺はポケットから携帯電話を取り出してアドレス帳を開いた。
「どこからさらって来たのよ、悠斗……」
「いつかやるとは思っていたけど、まさか俺たちまで共犯にする気なのか~?」
十数分後、佳奈と亮介は俺の家へと来た。一人で悩んでもどうしようもなさそうなので、相談相手を呼んだわけだ。
俺の部屋へ連れて行き、沙耶を紹介すると第一声からそんなことを言ってきた。
「さらったわけじゃない。しかもいつかやるとか、どういう目で俺を見ていたんだよ!?」
「だって、お前可愛い子の知り合い結構いるのに、そういう気全然ないだろ?百合先生みたいな年上の綺麗な人見ても、そういう感情わかないみたいだしさ。なら、やっぱりロリコンという線しかないじゃないか~」
「誰がロリコンだ!大体お前は節操なさすぎなんだよ、自重しろ!」
「なにをぉ!?美しいものを見て美しいと言って何が悪い!男として生まれたのだったらな……」
「それはどうでもいいとして」
二人の不毛な争いを無視して佳奈が沙耶へ目を向けたので、俺たちも向きなおす。沙耶は相変わらずボーっと三人を見ていた。
「それで、沙耶ちゃん。何も思い出せないの?」
「…うん」
佳奈の問いに沙耶は頷く。そのとき、沙耶の胸元に金色のペンダントが光ったのが見えた。
「それ何だ?」
俺が指すと沙耶は胸元のペンダントを手に載せて見つめる。
「…わからない」
「でも何かの手がかりになるかもしれないわね」
「そうだな」
とりあえず、他に何も持っていないのなら名前とそのペンダントを頼りに探していくしかないだろう。
それはそうとして、と亮介は話を変えた。
「とりあえず沙耶ちゃんはどこへ住まわせるんだい?」
「俺としては、佳奈の所へ連れて行ってもらいたいんだが……」
「…イヤ。ここにいたい」
沙耶はふるふると首を振る。佳奈が小さくため息をついた。
「佳奈ちゃんがそういうなら仕方ないよね。…けど、悠斗?」
「いくら可愛いからって……襲うなよ?」
「誰が襲うか!」
疑いの目を親友二人に向けられて、俺と沙耶の生活が始まったのだった。
夕食は佳奈が作ったものを4人で食べた。さっきのサンドイッチだけじゃ足りなかったらしく、沙耶はおいしそうに食べていて、佳奈もそれを嬉しそうに見ていた。
その後「また明日来るから」と言って二人は帰っていった。その際「襲うなよ?」と再び言った亮介の背中を蹴っておいた。一度俺への考えを改めさせないとならないかもしれないな。
二人を見送り、静まり帰った自宅を見回してため息をつく。こんなに騒がしいのは久しぶりだったな。兄貴が上京したのは3年も前のことだし、佳奈と亮介も最近は来なくなっていたし。
「沙耶は部屋かな」
リビングに姿が見えなかったので、俺は自分の部屋へと足を向けた。
部屋へ入ると、沙耶はベッドの端へ腰掛けて部屋の中をきょろきょろと見回していた。
「そんなに珍しいものでもあるか?」
「うん。知らないものばっかり。楽しい」
表情はあまり変わらないが、どことなく楽しそうな口調で答えた。
押入れを開けて予備の布団を一式引っ張り出す。さすがに二人で一緒の布団に寝るわけには行かないしな。それこそ亮介のロリコン疑惑通りになってしまう。
「ベッドはお前が使っていいからな」
「…悠斗はどこで寝るの?」
「床に布団敷いて寝るよ」
「でも、ここ悠斗のお布団…」
申し訳なさそうにする沙耶に、微笑いかけながら答える。
「気にするなよ、色々あって疲れただろ?ゆっくり休めよ」
「……うん、ありがとう」
にっこりと笑顔を見せた沙耶に一瞬どきっとしたが、亮介の言葉が脳裏によぎって慌ててそっぽを向いた。亮介のニヤニヤしている顔が浮かんで腹が立つことこの上ない。慌てて話題を変えることにした。
「そ、そうだ。寝る前に風呂入ってこいよ。さっき沸かしてきたから、ちょうどいいはずだぞ」
「うん、わかった」
風呂場の場所を教えると、沙耶は部屋を出て行った。それを見届けてから、大きくため息をついた。
「ったく……最初からこの調子で、俺大丈夫かな」
先を思いやられたのだった。主に、自分の男としての面が。
勢いが有り余ってましたので次の日に第一章です。プロットが作ってあるってすばらしい……。
実はこの後も書いてあるのですが、区切るところが見つからなかったので、少し短いですがこの辺りで一章としました。
基本的には30分アニメのような区切り方でいこうかと思っています。その方がイメージを組み立てやすいようで、文章に起こすのが楽みたいで。
ではでは、特に書くことも無いのでこの辺りで失礼します。
いずれキャラの設定資料なども書いていこうかと考えていますが、それも追々内容が深まってきてからにしようかと考えています。