第3話:濡れ手に粟の行軍と、ギルドの宣戦布告
第3話:濡れ手に粟の行軍と、ギルドの宣戦布告
砂漠の旅は、通常であれば「死」とのダンスだ。
だが、僕にとっては、単なる「少し退屈な散歩」に過ぎなかった。
「……はぁ、はぁ……雇い主、あんた……本当になんなのよ……」
リナが肩で息をしながら、恨めしげに僕を睨む。
彼女の革鎧は砂にまみれ、額からは滝のような汗が流れている。
案内人の砂漠の民のザムもキツそうだ。
対して、僕はシワ一つないスーツ姿のまま、塵一つ寄せ付けずに歩いている。
**『適応』**のスキルは、僕一人の体温を完璧に保ち、不快な湿度さえ遮断していた。
「リナ、これ。飲み放題なんだから、遠慮しなくていい」
僕は『倉庫』から、キンキンに冷えた水をコップ一杯取り出し、彼女に差し出した。
「……ありがとう。でも、あんただけ汗一つかいてないの、正直ムカつくわ」
彼女は一気に水を飲み干し、生き返ったような顔をする。
このルートは過酷すぎて魔物さえ現れない。
たまに砂の中から襲いかかる砂トカゲも、水を飲んで体力を回復したリナが、一瞬で仕留めてくれる。
僕は戦う必要はない。ただ「資源」を供給し、彼女の労働力を維持する。それだけで、この隊列の計算は合っていた。
そうして僕らは、一週間もかからずに、ザムの故郷である南部砂漠の村へ到着した。
枯れ果てた井戸、ひび割れた大地。
死を待つだけだった村人たちの前で、僕は『倉庫』を解放した。
――轟音とともに、透明な奔流が井戸を満たし、溢れ出す。
村人たちの歓喜の叫び。
それは聖剣が魔王を倒した時の喝采よりも、ずっと泥臭く、切実な響きを持っていた。
「……ありがとう。本当に、ありがとう……!」
ザムが泣きながら僕の手を握る。その熱い感触に、僕の脳内の算盤が一瞬だけ揺れた。
僕は村の特産品である香辛料や鉱石を、彼らが提示した以上の「通常価格」で買い取った。
彼らにとっては命を繋ぐ資金になり、僕にとっては『重量無視』で運べる以上、自国へ持ち帰るだけで利益を生む「金の卵」だ。
一ヶ月後。僕は街の高級ホテルの最上階で、山積みになった金貨を眺めていた。
成功。まさに濡れ手で粟だ。だが、ふと窓の外の夕日を見た時、冷ややかな思考がよぎった。
(結局、僕がこの足を止めれば、あの村の水は止まる……。これは救済じゃない。ただの『持続不可能な個人売買』だ)
僕はまだ、コンプレックスを埋めるための「数字」を積み上げているだけで、世界の仕組みそのものを変えてはいない。




