第2話:重力なき水袋と、怪しい求人
第2話:重力なき水袋と、怪しい求人
旅立ちの前日、僕は街外れの川辺にいた。
南部砂漠出身のザムから預かった数個の革袋に水を満たし、何気なく『倉庫』を起動した。
その瞬間、僕の背筋に冷たい戦慄が走った。
「…………え?」
僕は自分の腕を見つめた。
本来なら、十リットルの水が入った袋を入れれば、その分だけ『倉庫』という名の透明な鞄は重くなるはずだった。
だが、違う。 十リットル入れても、二十リットルに増やしても、腕にかかる重みが、完全に消失している。
(……なぜ?)
僕は夢中で川の水を『倉庫』へ流し込み続けた。
百リットル、五百リットル……。
本来なら、タダの人間が持ち上げられる重さではない。
だが、僕の腕は羽のように軽い。
それだけではない。
どれだけ水を飲み込んでも、『倉庫』が「満杯」になる気配がまったくないのだ。
神は言った。「事務屋に世界は救えない」と。
ギルドは言った。「保証金も信用もない」と。
だが違う。これはただの鞄じゃない。 『重量』と『容量』というコストをこの世界から消去して物質を移動させる、物流の特異点だ。
「仕入れ値、ゼロ。輸送費、ゼロ……」
僕は震える指で、空中で算盤をはじいた。
この『倉庫』さえあれば、砂漠という「渇きの市場」において、僕は神に等しい力を振るえる。
砂漠輸送のコストの70%~80%は「生存コスト(水と食料)」と聞いたことがある。それが無視できる。
翌日。僕は確信を持って、ギルドの掲示板に一枚の紙を貼り出した。
【急募:砂漠越えの護衛。報酬:金貨3枚(後払い)。福利厚生:水飲み放題。】
「おいおい、またあの事務屋だ」
「水飲み放題? 砂漠でか? 嘘を吐くにしても、もう少しマシな知恵を絞れよな」
酒場の冒険者たちが、酒の肴にするように笑う。
砂漠の旅において、水は「重さ」そのものだ。
進軍速度を落とし、積載量を圧迫する最大の敵。
それの「飲み放題」など、物理的にありえない――昨日までの僕なら、そう思っていただろう。
「……その話、本当?」
嘲笑の波を割って、一人の少女が僕の前に立った。
汚れの目立つ革鎧、手入れの行き届いていない長い髪。
そして腰には、平凡な、だが手入れだけは執念深く施された一振りの鉄剣。
「本当だ。君が僕を魔物から守るなら、僕は君を渇かせない。一滴も、一生ね」
「……私、騎士の登用試験に落ちたの。筋力も魔力も、規定値に届かないって。そんな『基準外』の私でもいいの?」
「好都合だ、不採算と切り捨てられた商売を受けた僕と組むならね」
リナ、と名乗ったその少女は、藁をも掴む思いで僕の手を取った。
これが、僕にとって初めての**「投資」**だった。
「行こう。……砂漠のルールを、今から僕が書き換える」




