01 デートって何
あの時、どうすれば良かったのだろうか。
まだ、この足元の氷は割れていない。いや、割る、べきではないのだろう。
けども――。
***
「悠斗ぉ。とりあえず、こっからどうするよ」
「どうするって……えぇっと。ちょっと待ってよ」
「早くしろよぉ」
まだまだこれから暑さが増していく七月。外にいるだけでじんわりと汗がにじみ出てきそうな中、木陰にいる涼真は面倒そうに悠斗を急かした。
急かしてくる涼真に一言文句を言いたく鳴りながらも、悠斗は急いで手元のスマートフォンを操作し、メモを見返す。
「まず、相手の服装を褒めましょう」
「……お前の?」
「止めてよ。鳥肌が立つ」
「俺も」
わざとらしく涼真が両腕をさする仕草を見せ、悠斗は小さく肩を揺らしながら笑った。
「とりあえずゲーセン行こうぜ」
「デートでゲーセンはないと思う。よく分からないけどさ」
「じゃあ、どこだよ」
「……とりあえず、歩く?」
「おー」
先に歩き出す涼真に、悠斗は大股で歩を進めてすぐに隣に並ぶ。
デート。ただし、予行練習。
悠斗は涼真の突拍子もない思いつきに、内心小さくため息をついた。
事の発端は、涼真の一言だった。
「デートって何すんだよ」
よく冷えた教室内は昼休みだからそこそこ騒がしいというのに、その一言は悠斗の耳にはっきりと聞こえてしまった。
手元のスマートフォンから顔を上げ、悠斗は思いきり顔をしかめる。
「どうしたの? 何かの影響?」
「なぁ、彼女が出来たとか、そう思わねぇの?」
「涼真に限ってそれはない」
「本当だったらどうすんだよ。いねぇけどさ」
ほら、いないじゃないか。
と、口からでかかった言葉を飲み込み、悠斗は机に肘をつき、話しやすいように身体を前へと寄せた。
「それで、デートがなんだって?」
「いや、ほら。いつかはするだろ?」
「その前に相手を見つけなきゃだよ」
「その相手が出来てからじゃ遅いかもだろ? それにほら、もう少しで夏休みだし」
高校二年の夏。きっと来年は受験勉強で余裕を無くすのは目に見えている。とくに涼真が。
部活に入っていれば話は違うが、涼真と悠斗も帰宅部だ。だからこそ、自由な夏休みは高校生活最後となるだろう。
涼真にしてはちゃんと考えているものだと悠斗は内心感心しかけたが、いやこいつはただの思いつきで話をしただけだと思い直した。
「……それさ、なんで僕に聞くわけ」
「俺より頭良いだろ?」
「そういうのは自分で考えるもんだよ。それに僕だって彼女いたことないんだから」
「だから彼女が出来た時に困んねぇようにしようぜ?」
悠斗はあっけらかんと笑う涼真を前に即座に諦めた。
こうなっては何が何でも意見を通そうとしてくるのだ、涼真は。それで何度、振り回されたか。
同じクラスメイトで同じ帰宅部だからと、自然とつるんだ結果がこれだ。とは言え、楽しいと少しは思ってしまうのだから、こればかりは仕方がないことだ。
自然と口角が上がる悠斗は早速、スマートフォンでデートについて調べることにした。
そうして早速、その週の日曜日に決行したわけである。
「夏休み、なにすっかなぁ」
後、数日で夏休みに入る。帰宅部だから毎日部活に追われる心配はない。
だが、学生である身である以上、逃れられないものが一つだけあった。
課題だ。
どうせ言っても無駄と分かりつつ、悠斗は眩しさに目を細める涼真へ声だけを向けた。
「課題さっさと終わらせとけば?」
「……それは、さ? あれよ」
「僕のを見ようって?」
「お願いします!」
「やだよ」
ほうら、こうなる。
悠斗は大げさにため息をつくと、涼真は慌てた様子で、いや、頑張るけどさ。やっぱりさ。と言い訳をし始める。
そんな言い訳を聞き流しながら、そう言えばと悠斗はちょうど目に入った店を指した。
「あそこ行こ」
「……まじかよ」
悠斗が指した先には、いかにも女子が好きそうな淡い色の外観のカフェだ。実際に窓硝子越しに見えた店内には女子の姿しかないし、こんな暑いというのに女子が並んでいる。
「女の子は甘いものが好きらしいよ」
「苦手な相手見つけよ」
「……まぁ、うん。好みが同じ方が喧嘩しなくて済むかもね」
「だろ? それに食べるならなんか別のにしようぜ」
涼真は悠斗が指した店の前をそそくさと通り過ぎようとし、振り返った。
「どうしたんだよ」
「今行くよ。なんかふらついたような気がしてさ」
「早く言えって! とりあえずコンビニ!」
慌てて戻ってきた涼真は悠斗の腕を遠慮なく掴み、思い切り強く引いて歩き出す。悠斗は慌てて涼真が掴んできた方の手首を上から掴んだ。
「大丈夫だって。気の所為だと思うから」
「それが一番危ないだろ! ほら、行くぞ!」
有無を言わせずに問答無用でそのまま引っ張る涼真を止めることが出来ないとすぐに悟った悠斗は大きく肩を落とし、引きずられるように握られたままついていくことにした。
本当に、何にもないのだ。
ただ、この暑さと強すぎる眩しい光のせいで、ゆらり、と涼真の後ろ姿が揺れたように悠斗は見えたのだ。陽炎のような、そんな不思議な光景につい目を奪われたという、なんともおかしな話だった。
あの後、コンビニで涼んだ二人は今、人がごったがえしているモールへと避難していた。
デートと言えばの場所である。確かに周囲を見渡せば何組かのカップルの姿はもちろんいるわけだが、何を見ているかと言うとアクセサリーや服に雑貨と、普段の二人で遊ぶ時と対して変わらない光景だった。
「とりあえずバイトのシフト、増やすか」
「良いんじゃない?」
「なぁ、どっか遊びに行こうぜ」
「どっかって」
「海とかさ」
「良いね」
だから結局、涼真と悠斗はいつも通りにそこらの店を冷やかしつつ、アクセサリーやら服やらを見て回っていた。
「……いまいち」
「似合わねぇ」
「笑わないでよ」
涼真がいつも買う服屋に入り、悠斗が試しにと試着をする。涼真は当然のことながら愉快なものを見るかのように堂々と笑って言った。この店の服はどちらかと言えばストリート系で、涼真もそんな服装だ。
対して悠斗は比較的、単色でシンプル。正直誰でも似合いそうな無難なものだ。だから涼真に着せたところで面白みなんてものは欠片も見当たらなかった。
いつものように店を冷やかした後、二人はいつものようにフードコートに移動し、各々好きなものを注文してテーブルに戻ってくる。
涼真はハンバーガーにポテト。悠斗はたこ焼き。
それらを適当に突きながら、二人は顔を見合わせる。
「……なぁ、普通に遊んだだけじゃね? 俺達」
「僕もそう思う」
本当に、いつも通り。何の変哲もないただの遊んだ日になった。
涼真はぐっと顔をしかめる。
「デートってなんだよ!」
「僕に聞くなって!」
「そうだよな。お前、彼女いねぇもんな」
「涼真もでしょ」
どうしようもない事実に、お互いどちらともなく大きく息をついた。




