先輩は甘やかしたい
「え?本当に??」
「ホントですよー。何でこんな中途半端な嘘つくんですかー」
そう言って少し不服そうに頰を膨らませこちらをみるあの子の表情。仕事場では見せない顔を見られたことに少し嬉しくなる。
だけど、今はそれどころじゃなくて、聞いた情報に、頭が混乱しそうになる。
「明日が誕生日って、そんな驚くことですか??」
「いえ、そうね。そんなことはないのだけど、まさか明日とは思わなくて。」
ちょっとした仕事の合間の雑談。特に意味のない会話のはずだったのに、何故か知ってしまった、私にとってはとても重要な個人情報。だけど、ここで何かをしても、おかしいから。不自然にならない程度に、普通の会話を心掛けて。
「そうなの。明日が誕生日なのね。それは、おめでとう?と言っても良いのかしら?」
「どうして疑問系なんですかー。私の誕生日、そんなに明日って疑わしいです?」
少し恨めしそうに見つめる目線が愛らしい。だけど、これも私が何かを言う権利はなくて。自然に話すように。
「さっきの、なんてことなかった雑談が、急に貴女の誕生日の話よ。何だかリアリティが低くて。。。」
この子の会話に乗っかるように、少し揶揄うように、だけど、本当は、その特別な日を知れたことが、嬉しいという、密やかな気持ちを隠すように、話を続けて。
「もう、先輩。本当に信じてくださいよう。ほら、証拠がここに。」そう言いながら、ガサゴソと免許証を見せてくれて。あぁ、本当にこの子は、私がどんな気持ちで貴女を思っているかも知れないで、個人情報をいとも簡単に、曝け出して。お願いだから、少しは私を警戒してほしい。
「わかった、貴女の誕生日が明日なのはわかったから、その免許証は仕舞いなさい。まだ就業時間中なんだから。」
ふぅ、と理不尽にも注意をする先輩と化してしまった。これは、大変いただけないことをしたと思ったけれど、既にもう遅いだろう。
「もう、先輩が疑うから見せたのに、ズルイです。」
あぁ、この子を怒らせるつもりはないのに、本当にごめんなさい。だけど、直接は言えないから。
「貴女が免許証まで出すとは思わないわよ。でも、そうね、明日は、定時で必ず帰宅しましょう。お家の方も待っているでしょうし。」家族でお祝いするのだろうと勝手に言ってみるけれど、本当は、恋人がいて、その人と過ごすのかも知れないと心のどこかで思ってしまう。だけど、そんなこと聞く勇気も、権利もなくて。ただまとめて終わらせる。
「まぁ、母もご飯を張り切って作ると言ってくれてますので、定時帰りはありがたいですけど、明日は帰れますか??」
チラッとあの子がみる書類の束、これは明日に持ち越そうと思っていた量だけど、今回ばかりは、そんなことしたくない。この子の生まれてきたその日を、良い日で終わらせたいと思うから。
「いつも頑張ってるから、明日くらいはいいんじゃない?どうしてもっていう、緊急案件ということはないし。ただ先が見えないだけよ。」絶望的なことを、悲しいかな、誕生日前の後輩に突きつける。
「うぅ、そうですね。それなら、明日はお言葉に甘えて、定時に帰らせてもらいますね。」
あぁ、こんな事しか言えないことが、とても苦しい。本当は、私も貴女をお祝いしたい。盛大に、祝ってあげたい、と考えてしまう。
だけど、私がそんなことをするのは、絶対に、できない。だけど、先輩として、甘やかしたいと願ってしまう。いいえ、違う。私として、愛しいあの子に、全てをかけて、甘やかして、愛しいというこの気持ちを、示したい。だけど、それは叶わないから。
「お誕生日おめでとう。」
そう言って、先輩が終業時間前に差し出したビニール袋には、期間限定のお菓子が幾つか入っていて。
「どうしたんです?このお菓子。」
「昨日、誕生日って言っていたから、折角だから仕事帰りに、少しお菓子をと思って。仕事の合間に食べるのに丁度良さそうなのを選んでみたの。」
「そうなんでね。ありがとうございます。ちゃーんと覚えててくれて、嬉しいです。」フフッて、笑いながら先輩から受け取って。本当は小躍りしたいくらい嬉しい気持ちはあるけど、今はその時じゃないから。
「それは、そうでしょう?昨日聞いて今日覚えてないなんて、流石にそんなことはないわよ。だから、ってことはないけど、何もしないのも、何だか変でしょう?だけど時間もないからこんな物しか用意できなかったわ。」ごめんなさいねって、そう言って少し困った顔をした先輩。全然、そんなことないのに。先輩からお祝いをしてもらえるだけで嬉しいのに。欲を言えば、実は今日のお昼とか誘ってもらえるかな、なんて期待はしてたけど、先輩は今日もバタバタしてたし、そんなにいつも、お昼をする関係になんて、結局はないから、これだけでも、私はとっても嬉しくて。。。
「先輩、本当に、定時に上がっても大丈夫ですか?」そう言いながら、先輩を見ると、カタカタとまだキーボードを叩く先輩が、「大丈夫よ。あと少し、仕上げたら私も帰るから。」そう言って、私を見上げて、伝えてくれる。頼もしいけど、申し訳ない気持ちが込み上げてくるのに、先輩は頑固だから、絶対に譲らないと分かってるから。
「そうですか?それなら、いいんですけど…本当に、キリをつけて帰ってくださいね?」首を傾げながら念を押して、先輩が私の言うことを聞いてくれる時のポーズをしておいて。
「〜〜〜っっ。大丈夫、分かっているわ。心配しないで、貴女は早く帰りなさい。」
「わかりました。今日は先輩のお言葉に甘えて、帰らせてもらいますね?それと、このお菓子、本当にありがとうございました。嬉しいです。」ガサっとする音を上に掲げて、もう一度、お礼をして。
「そんな、大層なものじゃないから、何度もお礼はしなくていいから。今度は、キチンとしたもの用意できるようにしとくわね。」
そう、先輩が言ってくれたから、嬉しくなって。
「本当ですか?期待しておきますね。」なんて、浮かれた現金な声を出してしまった。
「そんなに、大したものを用意はできないわよ?ただ、コンビニのお菓子よりちゃんとしたものって意味だからね??」先輩が慌てたように言っていたけど、知らない、私は来年もあるんだって嬉しくなって。
「えー、アクセサリーとか、良いもの期待したいのにー」なんて、ちょっと本音を言いながら、おちゃらける。
「〜〜っ。それは、流石に大切な人からもらいなさい。私があげられるもの、用意するから、それで勘弁してくれる?」あぁ、先輩、諦めた顔をして、寂しそうに私をみてるけど、私だって同じ気持ちになってるのに。気づいてはくれない。誕生日なのに、少しセンチメンタルな気持ちになっちゃった。
はーいって言いながら、「先輩、お疲れ様でした。」って、今日はもう、帰ってしまおう。これ以上は、墓穴を掘りそうだから。
「えぇ、お疲れ様。」少し疲れたような優しい笑顔で私を送り出してくれる先輩。
いつも私を大切に、甘やかしてくれる先輩。私だって、貴女を甘やかしたい。




