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千年の魔女、恩を返す

 

 エーデルシア王国、北の都市『ジーゼルハリス』

 国境に築かれた城砦都市。周囲が山に囲まれた地形を利用して、北のバーゼルからの侵攻を長年防いできた屈強な都市。

 そう……オルレアさんから聞いていた。


「なんだ……コレは」

「……」


 都市が、滅茶苦茶だ。

 遠くに見えるのが、おそらく城砦都市と呼ばれる理由の砦だと思うけど、中央の大部分が吹き飛ばされたように抉り取られている。

 多分……あそこに魔女の極大魔法が命中したんだと思う。

 その砦の瓦礫が、都市内部に飛散して街を廃墟同然にしてしまっている。

 見たところ、街の中にまではバーゼルの兵士はまだ入ってきていないようだけど、砦の方から聞こえてくる戦闘の音や声が、まさに瀬戸際で食い止めている現状を表していた。


「すぐに前線へ向かえ! バーゼルの兵を一人足りとも街の中へ入れるな!」


 殿下が兵士達にそう号令を飛ばすと、一斉に皆走っていく。


「オルレア、私達も向かうぞ」

「はい!」


 殿下とオルレアさんも、私を置いて行ってしまった。

 とにかく、私も何か出来ることを探さないと。

 そう思って街の中を進めば、地獄のような景色が広がっていた。

 砦の瓦礫は家屋を押し潰し、街の景色を変えてしまっている。押し潰されているのは家や木だけじゃない。人間も。目を背けたくなるような光景は終わることがない。でも、それでも出来ることが無いかと探して回る。

 瓦礫が命中してしまったものの、幸いにも命は助かった兵士が、別の兵士に治療されている。

 パッと見た感じだけでも、かなりの数の兵士が負傷した人の治療に割かれてしまっているみたい。


 ――私が、契約を破棄されてさえいなければ。


 歯がゆい気持ちを押し殺して進んでいると、掠れるような声が耳に届く。


「た、たすけて……くれ」


「ッ!?」


 か細い、けど必死に訴えるように助けを求める声。

 辺りを見回すと、道端に倒れている兵士と寄り添うように座り込むもう一人の兵士の姿を見つけた。

 倒れている兵士が、私に向かって手を伸ばしながら声を出しているみたい。


「その方は……」


 近付いて、声をかけてみる。


「瓦礫の下敷きになっちまった。なんとか引っ張り出せたけど、コイツはもう……」


 胸からお腹にかけて大きく損傷した胴体。

 誰の目から見ても、もう助からない。今もまだ意識を保っているのが奇跡なくらい。


「くそ! バーゼルの奴等! 絶対に許さねぇ! あいつら殺してやりてぇ! 呪ってやりてぇよ!!」


 見ず知らずの私の前で発せられる怨みつらみ。

 きっと、この戦争でも多くの人が命を失っている。

 多分この人にとって、この倒れている兵士は大切な人だったんだろう。

 ――友達、だったのかも知れない。

 今にも息を引き取りそうな兵士をただ見送ることしか出来ない悔しさからなのか、大粒の涙がポタポタと落ちて染みを作るけど、流れてくる血が……涙を飲み込んでしまっていた。


 ――私に出来ること。


 そっと腰を降ろし、倒れている兵士の手を握る。


「たす……けて、くれ」


「はい。大丈夫です。私に任せて下さい」


 もう聞き取れない声。

 口の動きで、そう言っているんだろうなと分かるだけ。それでも私は応える。


「おい、やめろよ。コイツはもう助からねぇ。最後の最後に期待させるようなこと言わないでくれ」


 目を閉じて祈る。

 ほんの少しだけ、私の魔力を分けてあげる。

 私の手から兵士の手へと伝わり、魔力はやがてゆっくりと全身へと広がっていく。

 自己治癒能力を格段に上昇させる魔法だ。

 疲れ切った兵士の体に無理のない程度に、傷口はみるみると塞がり、潰れた内臓、折れた骨は自己修復を始める。

 そしてゆっくりと、兵士の傷は完治していった。


「すぅ、すぅ、すぅ」


 聞こえてくるのは、兵士の寝息。

 さっきまでの苦痛がまるで嘘のように、心地良さそうに眠っている。


「嘘……だろ? いったいアンタ、何を」


 隣の兵士の問いに、私は笑顔を返すことしか出来ない。


「もう大丈夫です。今のうちに彼を安全な所で休ませてあげてください」

「あ、あぁ。訳わかんねぇけど、この恩は一生忘れないからな!」


 倒れている兵士を背負って走っていく背中を見送ってかは、私は再び歩き出した。


 ◇◇◇


 手の届く範囲で、重傷の人の治療をしながら街を進んでいると、どうやらかなり前線の近くまで来てしまったみたい。

 もう暗くなった空に、兵士達の号令や怒号が響き渡っている。

 ここへ来るまでに、治療の魔法を沢山使ってしまった。このことはいずれ殿下にまで伝わるだろう。そうなればいよいよ、私が魔女であることを隠すことは出来ない。


 いや――もとより私は今日、魔女であることを打ち明けるつもりだった。


 遠くの空に突然浮かび上がる火の玉。

 その火の玉はグングン、グングンと大きさを増していく。

 暗い夜空に浮かぶ太陽のように、この廃墟同然の街を照らし始めた。

 ――バーゼルの魔女の極大魔法。

 それを合図としているかのように、バーゼルの兵士が一気に後退していくのが見える。


「こ、後退! さがるんだ!」


 エーデルシアの兵士も、慌てて後退を開始する。

 あの大きな火の玉が浮かぶ位置から考えるに、バーゼルの魔女はかなり遠い場所にいるのだと予想が出来る。

 自分の安全を確保して、遠くからこの都市を魔法で滅ぼそうとしているんだ。


「あんな物……いったいどうしろと言うのだ」


 逃げ惑う兵士の中、呆然と立ちすくむ人の姿を見つける。


「殿下……」


 ロワライア殿下だ。

 私はまず、生きていてくれていたことに安堵する。

 そしてすぐに、オルレアさんの姿も見つけることが出来た。


「殿下、申し訳ありません。敵の数が多く、魔女を見つけ出すことが出来ませんでした。私が魔女の命を取れてさえいれば……」


 違う。

 あの魔女は、絶対に見つからない遠い場所から魔法を行使しようとしている。

 初めから、見つけることなんて不可能だったんだ。

 今も、みるみる巨大になっていく火の玉を見つめながら、二人はただその場で立ち尽くすことしか出来ない。

 もう一度、あの魔法が放たれればこの都市は終わりだ。

 いや、この場にいる兵士も……そして殿下もオルレアさんも、誰一人助かることは出来ない。


「殿下、オルレアさん」


 二人に近付き、声をかける。


「ヒオライリスさん……あなた、こんな所まで」


 呆れたような顔を向けられる。


「すまないな。お前が逃げて来た国が、違う国なら……せめて魔女のいる国なら、こんな形で命を失わずに済んだものを……」


 あの魔法が放たれれば、もう助からない。

 私達が、もう死ぬ前提で話している殿下に、私は笑って応える。


「いいえ。お二人に拾われて本当に良かったと思っています。だから、私はここに来たんです」

「なにを……言っている?」


 二人に頭を下げてから、前へ出る。

 遠い空に浮かぶ火の玉へ対峙するように立って、両手を握り合わせた。

 そして、空が一層の輝きを放ったかと思えば、巨大な火の玉は真っ直ぐこの街を目指すように放たれた。


 遠くから、悲鳴のような声があちこちで聞こえてくる。

 死を悟ったような声も。


 でも――誰も死なない。


 両手を勢いよく広げて、私の魔力を解き放つ。


 すると、この街を火の玉から護るように……巨大な魔力の壁が空高く立ち昇る。


「な、なんだ、コレは……」

「……」


 光り輝く巨大な壁。どれほどの高さまで続いているのか分からない壁に、魔女の極大魔法である火の玉が激しい轟音と共に激突し、霧散した。

 それでも、私が創り出した魔力の壁には傷ひとつ入っていない。

 かつて、大国バーゼルを数百年間護り続けた魔力の障壁だ。その障壁が、この街を護った。


「な、何が……起こったのだ……?」

「ヒオライリスさん……あなたがやったの?」


 再び暗くなった空の下、二人がまだ……呆然と立ち尽くしている。


「はい。私の創り出した障壁が、魔女の極大魔法を防ぎました」

「な、何を言っている!? どういうことだ!?」

「ヒオライリスさん? あなた……」


 殿下へ向き直り、私は跪いた。


「黙っいて申し訳ありません」

「な、何を……」


「私は――ヒオライリス・シャントリエリ。かつてバーゼルと契約を交わし、かの国を数百年守護し続け、そして契約を破棄され裏切られた――千年の魔女です」


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