千年の魔女、大きな声を出す
この世界は、戦争の絶えない世界だ。ソレは今も昔も変わらない。
国々は、そんな世界で必死に生き残ろうと足掻いている。中には、他国を侵略して領土を拡げようとする国もある。
そして私達魔女は、そんな戦争を繰り返す国と契約を結び、協力して来た。
他国を侵略する力を与える魔女、国を豊かにする力を与える魔女、他国からの侵略を防ぐ魔女。
色々な魔女がいるけれど、魔女の力は、国の勢力に大きな影響を与える物ばかり。この世界の歴史が、ソレを証明している。
魔女は力の見返りとして、国に様々な物を求める。
国と魔女の関係が釣り合っている限り、契約は続く。
その筈だった……。
(私はただ、静かに暮らしたかっただけなんだけどなぁ)
つい思い出してしまい、ため息が溢れしまう。
「ヒオライリスさん? 手が止まっていますよ?」
「は、はい!」
どうやら、ぼーっとしていた所をオルレアさんに見られてしまっていたみたい。
私が、この屋敷にやって来て暫くが経った。
結局、私が魔女であることは言えていない。伝えることが出来たのは、私の名前と、私が大国バーゼルからやって来たということだけ。
敵国でもあり、今も侵略戦争を仕掛けられているバーゼルからやって来たと言っても、殿下とオルレアさんは私をどうにかするつもりは無いみたい。
『私はバーゼルには帰れない』
以前、バーゼルに帰りたいか? と聞かれた時にそう伝えると、殿下は私をメイドとして雇ってくれた。
正直、得体の知れない私を雇うなんてと思ったけど、その理由はすぐに分かった。
「この竜の鱗はとても硬いのです。ぼーっとしながら捌ける物ではありませんよ?」
今、私とオルレアさんが切り分けている物――竜肉。
オルレアさんが仕留めた火竜の脚。
そう、オルレアさんがそれはもうとんでもない実力の持ち主なのだ。
この屋敷にオルレアさんがいる限り、どんな敵が現れようとも殿下の命の安全は保証されていると言っても良いんじゃないかな。
「ご、ごめんなさい。あまり竜の肉を包丁で切った経験が無くて……」
人並に料理の経験はあるけど、ありのままの竜の脚を料理した経験は流石に無い。
魔法で焼いてしまえば楽なんだけれど。
「では、お手本をお見せしますね」
そう言ってから、オルレアさんは見事な手捌きで包丁を振るう。
あんなに硬かった竜の鱗があれよあれよと剥がれていく。
鱗の下には、赤みがかかったそれはもう柔らかそうな肉が姿を現す。
「下味を付けて焼けば、とても美味しく出来上がりますよ? もうそろそろ殿下も帰って来ますし、早速焼いちゃいましょう♪」
オルレアさんの言葉に、私も笑顔で応える。
この屋敷でメイドとして働けば、それは平穏に暮らして行けるのだろう。
ならいっそ、魔女だと打ち明けずに、このままメイドとして生きて行こうか? なんて考えもよぎってしまうけど……私は不老の魔女。
いつかはバレてしまう。
でも、こんな楽しくて安らかな生活を、私は望んでいた。
◇◇◇
安らかな生活と感じていたのは、どうやら私だけだったようで、その時は突然にやって来た。
いや、バーゼルでの一件があったんだから、頭の片隅には置いてあったけど、考えないようにしていただけ。
今も、世界のどこかで戦争は行われている。
そんな当たり前のことを思い出させるように――ドタバタとした慌ただしい足音が扉の向こうから聞こえてくる。
今日もメイド見習いとして、オルレアさんに色々と教えてもらっていた所だけど、私達の手はピタリと止まる。
やがて慌ただしい足音は扉の前で立ち止まると、次にバン! と勢いよく扉を開け放つ。
「オルレア! すぐに支度をしろ」
足音の正体はどうやらロワライア殿下だったみたい。
酷く息を切らしている様子から、かなり急いで戻って来たのだと予想がつく。顔色も悪く、ただ事ではないことは明らかだ。
「北方都市がバーゼルの攻撃により陥落寸前だ! このままでは王都まで侵攻されてしまう!」
「ッ!?」
殿下の言葉にオルレアさんの顔色もみるみる悪くなっていく。
バーゼルとの戦争は日々激しくなっていくばかりとは聞いていたけど、練度の高いこの国の兵士と士気の甲斐あって、北の都市で敵の侵攻を食い止めていた。
エーデルシア王国の北方都市は、地形を利用した堅牢な造りになっていたと聞く。そう簡単に落とされることは無いとオルレアさんが話していたのはついこないだのこと。
「北方都市を完全に落とされてしまっては、ソコを拠点とされ……バーゼルは王都まで容易く侵攻してくるだろう。絶対に阻止せねばならん」
「でも……どうして、あの街がそれほど簡単に」
「おそらく魔女だ。魔女の極大魔法により、都市は壊滅状態と聞いた」
「魔女の……極大魔法」
つい、ボソッとそんな言葉が溢れてしまう。
バーゼルの王は、私との契約を破棄して新たな魔女と契約を交わすと言っていた。その魔女は、積極的に力を貸して戦争に協力してくれると。
どんな魔女なのかは分からないけど、都市を壊滅させる魔法となれば、ソレは魔女の仕業に違いない。
私のせいだ。
私が、契約を破棄されてしまわなければ、バーゼルがこれほど侵攻を企てることは無かった筈。
「すぐに出るぞ。お前も来い」
「はい! その魔女の首……私が必ず落として見せます」
一瞬、ゾクリと背筋が凍るような冷たい表情を浮かべるオルレアさん。この人にとって、バーゼルに仕える魔女はそれほど憎い存在なんだろう。
そして、一刻の猶予も無いという具合に二人はすぐに身支度を済ませてしまう。まるで私の存在なんて忘れているみたい。
私はただ、その場で立ち尽くしているだけ。
「ではヒオライリスさん、そういう訳ですので……暫く屋敷の留守を頼みますね?」
「……あ、あの、えっと」
「――?」
今にも屋敷を飛び出して行きそうな二人。
――止めなきゃ。
そう強く心の中で叫ぶけど、声に出せない。
話を聞いた限りでは、敵には魔女がいる。
魔女のいる戦場に、魔女抜きで戦いを挑むなんて……そんなの自殺行為にも等しい。
確かにオルレアさんの戦闘能力なら、きっと魔女の命を奪うことも可能かも知れない。でもソレは、魔女の懐に入り込めればの話。敵兵に護られ、魔法を行使してくる魔女に近付くのは至難だ。
魔女が参加する戦争には、コチラも魔女をぶつけて対抗するしか、助かる道は無い。
「何をしているオルレア、行くぞ」
「あ、は……はい!」
でもこの2人は、きっとそんな事は分かりきった上で戦地に向かうのだろう。
この国が魔女無しで今日まで生き抜いてこれたのは、そんな国を想う気持ちがあってこそなんだ。
「あの!」
遠くに行ってしまいそうな二人を呼び止める為じゃない。私の声を聞いて欲しくて、必死に声を上げた。
ここに来て、こんな大きな声を出したのは多分初めてだ。二人も驚いてしまってピタリと動きを止めた。
「私も連れて行って下さい!」




