『小国の王子 ロワライア・エーデル』
自室へと戻ってきたロワライアは、ドカリと椅子に腰を降ろす。
重く、固くなってしまった腰を落ち着けると、かなり身体が楽になった気がした。
自国の置かれている状況のせいで、忙しい時間が続いている。こうして僅かでも休める時間は貴重だった。
「お疲れ様です。殿下」
後に続き部屋へとやって来たメイド――オルレア・シーナ。なんでも完璧にこなすメイドではあるが、護衛役も兼任してくれている。
「あぁ。それで、彼女とは何か話が出来たのか?」
「詳しい話は、まだ。ただ、彼女はバーゼルからやって来たそうです」
「バーゼルから?」
風貌からして、異国の者の可能性も考えてはいたが、まさかあのバーゼルの者とは意外だ。
「はい。そのバーゼルで、何か余程ショックな体験をしたようで、今日も酷くうなされておりました」
思わず、ロワライアは考え込む。
発見した当時の彼女の様子は、全身が傷だらけで酷い有様だった。
大方、何かに襲われていた所を逃げて来たと、そんなところだろう。
「まぁ、バーゼルからの間者と言う可能性も無くはないが、まぁ無いだろう」
国力も武力も圧倒的なあの国が、わざわざそんなことをするとは思えない。
あの大国が本気になれば、こんな小さな国なぞ簡単に滅ぼせてしまうだろう。そうなっていないのは、周辺諸国が互いに牽制し合ってくれているおかげだ。
「引き続き、彼女のことは頼む。俺はこれからまた、王城で軍議に参加してくる」
そう言って、すぐにロワライアは立ち上がる。
もともと、この屋敷に立ち寄ったのはあの女性の様子を確かめに戻って来ただけだ。
とりあえず目を覚ましてくれたことを確認出来ただけでも、立ち寄った甲斐があった。
「やはり、戦況は芳しくないのですか?」
「あぁ。最近になって、バーゼルの攻勢に更に勢いが増した」
「こちらからも攻め入るべきなのでは?」
「不可能だ。あの国には、決して突破不可能な障壁が存在していると言う話だ」
「……魔女の、障壁」
バーゼルが、大国と呼ばれるまで発展した理由。
軍や魔物、そして遠隔からの魔法や砲撃と言ったあらゆる物の侵入を完全に防ぐ魔法障壁。
数百年間、あの国を護り続けている障壁だ。そんな物が存在しているせいで、あの国へ攻め入ろうという国は……ここ数百年現れていない。
「あの障壁を突破出来る術を持つ魔女が存在するかも知れないが、こんな小国と契約を交わしてくれるとは思えんな」
「どうして我が国には、魔女様が存在していないのでしょうか……」
メイドのオルレアが悔しそうに俯いてしまう。
ロワライアも気持ちは同じだ。内心では悔しい。しかし、この国には魔女に支払える対価が無い。
どの国も、1人の魔女と契約を交わしている。契約は、魔女によって持ち掛けられることでしか成立しない。このような小さな国では、魔女にとって契約するメリットが存在しないと、そういうことだ。
「しかし、この国に来てさえもらえれば、この国の素晴らしさをきっと分かってもらえます!」
国土の狭いエーデルシア王国だが、オルレアが力強く訴えるように世界一素晴らしい国だとロワライアも自負している。
豊かな自然、清潔で美しい街並。民度は高く、犯罪などほぼ無い。そして周囲を敵国に囲まれていることもあり、兵の練度も高い。
一目この国を見てもらえれば、契約を持ち掛けてくれる魔女が存在してもおかしくは無いと、ロワライアも考えている。
「勿論だ。そう言えば、我が国へ魔女を招き入れるため……魔女を探しに出国していた部隊も今日、帰って来る予定だったな」
魔女と契約を交わす国々と対等に渡り合うためにも、魔女を自国へ招き入れるのは最優先事項。
たとえ、魔女から持ち掛けられる契約の対価をこの国に有していなかったとしても、魔女と契約を交わす努力を怠るべきではない。
もしかしたら、この小さな国とも契約を交わして良いと言ってくれる魔女が見つかるかも知れないのだから。
それが、どんな非力な魔女だとしても、契約を交わしてマイナスになることは無いだろう。
「では、行ってくる。彼女がバーゼルの者だからと、蔑ろにするようなことは決して無いように。ソレはエーデルシアの民として恥ずべき行為だ」
「勿論、承知しております」
大国バーゼルは憎むべき相手。
だがしかし、どんな事情にせよこの国に逃げて来た者を虐げるようなことは、エーデルシアに住む者として許される行為ではない。それが、憎きバーゼルの民であっても。
それだけを強調してから、ロワライアを部屋を出て行った。




