千年の魔女、目を覚ます
『――魔女のおねーちゃん! 僕達をまもってくれてるってホント!?』
『――ヒオラおねーちゃん! おねーちゃんは僕のお父さんのお父さんのお父さんが生きていた時もおねーちゃんだったのホント!?』
いつか見た、子供の無邪気な笑顔が見える。
私の幸せな時間、私の安らぎ。
『――クズがっ!』
『――必要な時に必要な力を貸さぬ卑しい魔女めっ!』
『――役立たずの魔女!』
『――貴様との契約なぞ、今この瞬間をもって破棄だっ!』
『――生かして帰すと思うかっ!? 死ねっ! 死ねっ! 死ねぇっ!』
かと思えば、憎悪に満ちた醜い顔とおぞましい感情に上書きされてしまう。
グルグル、グルグルグルグルと、目の前の視界が回って様々な景色に移り変わり、そして――
「はっ!?」
目が覚めた。
心臓のバクンバクンという重たい音が、私の全身を揺らしている気がする。
とても頭が痛い。もしかして私、うなされていたの?
なんだか、とても嫌な夢を見ていた気がする。
何が、どうなったんだっけ?
――そうだ。私、千年の契約を一方的に破棄されたんだ。
数百年もの間尽くし関係を築き、千年の約束を交わした筈だったのに、あっという間に綺麗サッパリ破られた。
そして私は――油断を突かれ、罠にハメられて殺されそうになったんだっけ。転移の魔法は……成功したけど、間に合わなくて、全身が痛くて気を失って……。
そう言えば、ココはどこだろう?
立派な部屋のベッドに寝かされていることにようやく気が付いた。
それに、どうやら傷の手当までされているみたい。
転移の魔法は成功したけど、無我夢中でどこに転移するかまで考えている余裕が無かった。
とにかく、あの国の外へと思ったんだけど……結局、転移と同時に気を失って、どうなってしまったのかが分からない。
誰かが、私を助けてくれたことは間違いないみたい。
いったい、あれからどうなったのだろうか。あまりよく思い出せない。
視界に入った窓から、外の景色を何気なく覗いてみると、綺麗に整えられた木や花が見える。庭……だろうか? とても広い。
「良かった……お目覚めですね?」
外を眺めていると、ふいに声をかけられる。
カチャリとドアを閉めながら、ゆっくりとコチラへ歩み寄る女性。装いからして、メイドだ。
ベッドの横に置いてある椅子へと腰を下ろし、手に持っていたハンカチで私の額を拭う。
「凄くうなされておりました。目を覚ましてくれて本当に良かったです」
言われてから気が付いたけど、どうやらめちゃくちゃ汗をかいていたらしい。
この人のヒンヤリとした手が少しだけ気持ち良いわ。
「あの……私はいったい」
「まだあまり無理をなさらないで下さい。なんたって貴女は、ボロボロの姿で庭の木に引っかかっていたのですよ? 洗濯物みたいに」
「……え?」
洗濯物みたいに? どんな転移をすればそうなるの?
思わず素っ頓狂な声を出てしまったじゃない……。
「冗談です」
「え?」
「冗談……です」
その可愛いらしい笑顔はどういう意味なの? 冗談なの? どっちなの?
「申し訳ありません。私は貴女の世話を任されたメイド。オルレアと申します」
――それから、少しだけこの人と話をした。
まずこの人は、この屋敷のメイドのひとり――オルレア・シーナ。歳は19歳らしいけど、肩辺りで切り揃えられた綺麗な銀髪のおかげで、すこし大人びて見える。
そして私は、オルレアさんの言うように……庭の木で倒れていたらしい。洗濯物みたいに引っかかっていた訳ではなく、木によりかかるように気を失っていたと言う話。
どうやら、転移には成功していたみたい。
庭で作業をしていたオルレアさんが発見して、運んでくれたようだ。
と言うのが、1週間前の話なのだと。
「1週間も……私は眠っていたのですか」
「はい。それほど、何かショックな出来事があったのですか?」
ショックな話……か。
たしかに、千年の契約を反故にされたのは堪えた。それだけならまだしも、数百年も仕えた国に命まで奪われそうになったからなのか、思っていた以上に心身の傷は大きいのかも知れない。
「それでえっと……ここは、どこなのでしょう?」
「はい?」
大きな瞳をパチクリさせながら、首を傾げる。
「ここは、エーデルシア王国。第1王子であられるロワライア殿下の別邸です」
「エーデルシア……王国……」
「はい」
知っている国の名前。
以前まで仕えていた大国でも、その国の名は何度か耳にしたことがある。
国土は小さくて、周囲を列強な国に囲まれた小さな国だけど、他国の侵略に抵抗を続ける力強い小国だった筈。
とは言え、敵国に囲まれて常に厳しい状況が続き、少しずつ領土を狭めてしまっている国。
「もしかして、外国からの迷い人ですか? このような状況です、そのような方も稀に存在すると聞いています」
そう言いながら、オルレアさんが窓の外を眺める。
少し外が騒がしくなっている。鎧が擦れる音や男の人の号令にも似た声。物々しい雰囲気が伝わってくる。
「申し訳ありません。すぐ傍が王城ですので、最近はいつも騒がしいのです」
そしてオルレアさんが俯き、拳に力を込める。
怒りや憎悪、憎しみにも似た感情が込められた声で静かに呟く。
「丁度1週間程前でしょうか……大国バーゼルがこの国に対して本格的な侵略戦争を仕掛けて来たのです。そのせいで……」
ドクンと私の心臓が大きく跳ねる。
オルレアさんの目を見ることが出来ない。
何を隠そう……大国バーゼルは、ついこないだまで私が契約を交わし仕えていた国だから。
そう……私は仕えていた大国の敵国である小国に転移してしまった。
「貴女はいったい、どこから来たのですか?」
オルレアさんの冷たい瞳が、私の心を覗き込む。
「わ、私は……」
唇が重く、動かない。
私は――その大国バーゼルと契約を交わしていた魔女。
そう答えれば、オルレアさんはいったいどんな顔をするのか容易に想像出来てしまう。
でも、ここで隠したところでどうなるのか。助けてもらった身で、身分を偽るなんて……出来る訳がない。
「私は――」
思い唇を、無理矢理に動かした。