千年の魔女、裏切られる
「我が王国に仕えし魔女――ヒオライリス・シャントリエリよ、貴様と我が国が交わした千年の契約を破棄する!」
「へ、陛下……いま、なんと?」
唐突に玉座の間に呼ばれたかと思えば、突然そんな言葉を乱暴に投げ付けられて頭が真っ白になる。
「聞こえなかったのか? 私の先祖が貴様と交わした契約を破棄すると言ったのだ!」
聞き間違いじゃない。
『契約破棄』
この王は、代々遵守されて来た私との契約を今この場で破棄にすると、そう言っている。
「それだけの力がありながら、我が国が敵国を攻め入る際には一切力を貸さぬ魔女め! そのような魔女は、この国には必要ないわ!」
そういう契約なのに、この王は何を言っているの?
私がこの国と交わした契約は――
『一族千年の安寧を約束せん。同時に、私に千年の安らぎを』
と言う物。
その証拠に、私は契約を交わしてから600余年もの間、この国をあらゆる外敵から守護して来た。そして私はその間、静かで安らかなる時をこの国で過ごしてこれた。
今代の国王が即位してからは何かと呼び出され、魔物の討伐に力を貸せだの敵国へ攻め入るために力を貸せだのと要求してくるようになり、その全てを断っていたけれど、まさか契約の破棄なんてことを口走るなんて、思ってもみなかったわ。
「お待ちください! 私の魔法が無ければ、誰がこの国の民を魔物や魔獣から護るのでしょうか? 敵国からの侵攻も許してしまうことになります」
この広い国は、まさに今も私の結界魔法に護られている状態。
だからこそ、この国の人たちは今も幸せに過ごせていると言うのに。敵国へ攻め入るための力を貸さないなどと言うつまらない理由で、先祖代々守られてきた魔女との大切な契約を破棄して良い理由には絶対にならない。そう、絶対に。
「お考え直しください陛下っ!」
「黙れっ! 今の暮らしを捨てるのが恐ろしいだけの魔女めっ! 貴様のような使えぬ魔女に、良い暮らしをさせておく程この国は優しくは無いわ!」
違う、そうじゃないのよ。
私は、この国が大好きなだけ。
今日までずっと、私に良くしてくれた都の人たち。笑ってくれる子供達。良い人でいっぱいのこの国が大好きなだけなのに……。
「ひとつだけ、お聞かせ下さい。私との契約を破棄すれば、この国の防衛はどうされるおつもりなのでしょうか」
「防衛など、我が国の兵力があれば容易いわ」
お前の魔法など無くても、兵士の力でどうにでもなると、ハッキリと言われてしまう。
「それに、この世界に魔女は貴様だけと言う訳ではあるまい?」
「それはどういう……?」
「貴様との契約を破棄した後に、私は新たな魔女と契約を交わすことにした。その新たな魔女は、積極的に我が国へ力をかしてくれるそうだよ」
決して覆らない現状に絶望し立っていられなくなる。
俯くと、自慢の長い黒髪が床についてしまうが……どうでも良かった。
「……承知しました。では、王国と私の間に交わされた千年の契約を……破棄させてもらいます」
「さっさとしろ。貴様との契約がある限り、我が国は新たな魔女と契約を交わすことが出来ん」
もうどうにもならない。
一方的に破棄されてしまった契約。
明確に拒絶されてしまっては、後は淡々と工程を進めることしか私には出来ない。
目を閉じ、意識を集中する。
この大国を覆っていた結界魔法を解除する。スーッと失われていた魔力が身体に戻るのを実感した。
間違いなく、結界魔法は解除された。
そして、私がこの国にいる理由も、いて良い理由もこの瞬間をもって失われた。
「……契約の解消、滞りなく完了致しました。では、私はこれで失礼させていただきます」
「さっさと消えろ。このクズがっ!」
立ち上がり、背中を向ける。
酷い言われようだわ。私はこの数百年もの間、契約に従いこの国を守護していたと言うのに、たった一人の愚かな国王のせいで……私とこの国との信頼度関係は綺麗サッパリ音を立てて崩れ落ちてしまった。
でも――
「と、言いたいところだが――」
と、ふいに背中に投げかけられた思いもよらない言葉に足を止めてしまう。
今更なんだと言うの?
もう契約は破棄されてしまった。今更やっぱりやめますなんてことは出来ないのよ?
それでも、もしかしたら考え直してくれたのかも知れない。と言う淡い期待が、私を油断させた。
「貴様は我が国の機密情報を知りすぎている。生かしてこの国を出すことは出来ん」
パァッと足下に複雑怪奇な模様が浮かび上がり、怪し気な光を放つ。
――罠。
――魔法陣。
輝きの強さから察するに、相当な魔力が込められた殺傷能力の高い魔法。
おそらく、さっき言っていた新たに契約する予定の魔女による物だと予想出来る。
この国王は、契約を破棄した上で……私をこの場で処刑するつもりなんだ。
咄嗟に私は、転移の魔法を発動させる。
しかし完全に後手に回ってしまったためか、私の転移魔法が発動するのは若干遅れてしまった。
全身に激しい衝撃が走り、ソコで私の意識は途切れた――。