マギアマニア
夕暮れ。
草木一つ生えぬ赤茶色の地面に降り注ぐ光が反射して、淡く陽炎を灯していた。
残照に赤く染まった雲が伸びて、巻雲を形取り、空は紅く染まっていた。
静けさが包みこむ荒野。
滲むような暑さが収まりかけ、空も暗雲に包まれようとしている頃。
一人の少年が赤茶色の地面に蹲って何かを探していた。少年の傍には四脚の運搬用ロボットが待機している。運搬用ロボットの背中に取り付けられたカゴには多数のネジやその他雑貨な部品が詰め込まれていた。
其れだけでなく、運搬用ロボットには鞍のようなものが掛けられている。これは人が乗るための物ではなく、鞍の両脇に袋を垂らすことで背中のカゴ部分以外にも物資を詰め込めるようにと、少年が改造して取り付けた物だ。
運搬用ロボットは少年が動き出すのを待っているので、重い荷物をぶら下げたまま動かない。
一方で少年は蹲りながら手に持ったスコップで地面を掘っていた。
「あと少しなんだけどな……疲れる」
上体を起こして額の汗を拭う。日が落ちてきて気温が下がったとはいっても、皮膚を焼く強い日差しと40度を超える気温はそのまま。これが夜になると一気に0度近くまで落ちるのだから、荒野の気温変化は激しい。
逆にこの暑い期間に終わらせないと夜は凍え死んでしまう。
左の腕につけた古ぼけた腕時計で時刻を確認してから、少年は再度スコップを地面に突き刺した。
粘土質の地面に深く突き刺さったスコップで土を掘り出す。
すると掘り出した地面の下に銀色の物体が見えた。
すでに30分ほど掘り進めていたおかげでその全体像の半分以上が地上に露出している。
何かの機械の一部のようだった。
「結構おっきいな……終わるかな」
予想よりも大きく、時間通りに終わらない可能性に危惧しながら、掘り進める速さをあげた。
銀色の物体には絶対にスコップを突き刺さないよう最大限の注意を払いながら、周りを掘り進める。
(この形なら……結構奥深くに……って)
スコップでさらに奥の土を掻き出した時、本来ならばそこにあるはずの機械が見えなかった。少年はさらにそこから掘り進めるが、機械の断片は見えない。今見えている部分のみ。
(欠けてる……かぁ)
少年の予想では今掘っている機械が完全な状態で地中に埋まっていると思っていた。しかし掘り進めて見ると本来埋まっているはずの場所に機械の断面は無く、よく見てみると確かに欠けたような後が残っている。
(しょうがない……か)
少し落胆しながら立ち上がって、運搬ロボットに括り付けていたロープを手に取る。
本来は重機を持ち上げる時に使われる頑丈なロープで、持ってみるとずっしりと確かな重さが感じられた。
少年はそのロープを地上に露出した機械に括りつけると運搬用ロボットに合図を出した。
「よーし。このためだけにエンジン積んだんだから頑張ってくれよー!」
運搬用ロボットの出力を最大にしてロープに括りつけた機械を引っ張らせる。
ギシギシと軋む音が響く。
運搬用ロボットには幾つかの改造を施したが体が悲鳴を上げているようだ。だがその甲斐あって地中に埋まったままの機械が動く。周りの地面が隆起し、残り地中に埋まっていた部分が少しずつ露わになる。
「よし! よし! あと少し! 頑張れ!」
手を叩いて応援する。
果たして意思や感情を持たぬ機械に対してその応援が意味を成すのかは甚だ疑問だが、運搬用ロボットはゆっくりとだが機械を引っ張り出してやがてその全体を地中から引き抜く。
少年はそこで運搬用ロボットを停止させて地中から完全に露出した機械を間近からまじまじと見た。
少年が掘り起こして観察しているこの球体状の機械は『コア』と呼ばれる物だ。様々な機械の動力源として重宝され、機械によって僅かにその形や性質を変える。
少年の目の前にある『コア』は淡く発光していて、球体状の物だった。
これは主に『マギア』と呼ばれる人型兵器の動力源に使われている『コア』の形だった。
「型番はアーキタイプかな、でもちょっと古い……いちぶ欠けてる所もあるけど、全体的には状態もいい……C版回路、NK集積どちらとも良好。……え、基幹構造も活きてる! さ、さいっこぉ)
恍惚として表情で空を見上げる。
(これ、もしかしたら使えるかもしれない。やば、最ッ高の気分!)
体を逸らして腕を伸ばす。
気分は最高。
だがそろそろ日が落ちるので、その前に帰路へと着かなければならない。
「よし」
先ほどまでの疲れなんて吹き飛んで、少年はテキパキと動く。
運搬用ロボットの積み荷から折り畳み式の台車を取り出すと『コア』の傍に置く。そして同時に取り出していたジャッキを使って『コア』を浮かせる。『コア』の重量のせいでかなりの力が必要で疲れた体には重労働だが、複数個のジャッキを使って無事に『コア』を持ち上げた。
あとは運搬用ロボットにロープで引っ張って貰って台車に乗せたら終了。
「ふいぃ……疲れた」
膝に手を付いてどこまでも広がる地平を眺める。
ここは少し前まで戦場だった。
『マギア』同士が争い合う熾烈な戦争の跡地だ。
昔は豊かな自然があったと聞く。しかし油と鉄で侵された今、ここは常に機械油の異臭が漂う、赤茶色の不毛な大地となってしまった。このような場所、滅多に人は訪れない。
しかし少年はよく来ている。
訳は単純。
この『コア』のため。そして大地に散らばったマギアの破片を集めるためだ。
戦争の後、ほとんどの『マギア』は再利用のために回収された。しかしもう修理することが出来ぬほどに破壊されたマギアや散らばった部品はすべてその場に放置されることとなった。
幾つかは地中に埋められ、あるいは残される。
『コア』は基本的に再利用可能なので回収されるが、稀にこうして地面に埋まった状態で見つかる。そのほとんどが完全に壊れていたり、使い物にならなかったり、という物が多い。
もし完全な状態の『コア』が見つかればかなりの金になるだろうが、そう都合の良いことは早々起きないので、スクラップ拾いの奴らもここには寄り付かない
しかし『マギア』マニアである少年は別だった。
彼はマギアに取りつかれている。狂気的なほどに。
飯を食べている時も仕事をしている時も、起きている時間はすべて『マギア』のことについて考えている。いや、夢の中でも考えているので寝ている時もマギアのことを考えているのかもしれない。
まさしくその様は憑りつかれている。
彼の夢は一機のマギアを自分の手で自作すること。
そのためにこの地に散らばったマギアの破片を集めていた。中には使えない物もあるが、そういった物も一応、少年の仕事には使えるので集めて、運搬用ロボットに詰め込んでいる。
もう2年か3年か、かなり長く戦場漁りをしてきたが『コア』を見つけるのはこれが初めて。
マギアを自作する上で必要な材料は多く、その多くが高価な代物。少年の稼ぎでは買えるわけもないので、こうして戦場で漁っていた。中でも『コア』に関してはこの夢を持った時から最難関の壁として立ちふさがって、少年を苦しめた。
しかし今、この『コア』を発見したことで最難関の壁が取っ払われ、一気に現実味を帯びてきた。
『コア』の修理も一筋縄ではいかないだろうが、きっといけるはず。
「ぐふふふふ。もうすぐ、もうすぐできる。あとちょっとだ。……健脚三号、行くよ」
薄気味悪い笑みを浮かべて、自分が作る理想の『マギア』を思い浮かべる。そして運搬用ロボット――『健脚三号』を呼んで帰路へと着く。
これはまだ最高のマギアを作るための第一段階。
しかし一気に現実味を帯びたことでこれまで淡い想像だった機構が明瞭に思い浮かぶ。
「作ってやるぞー。俺のマギアを!」
少年は高らかに宣言する。最高のマギアを作ると。
なお、マギアを許可なく製造することは法律によって硬く禁じられている。