Role Model
私は川辺桜、高校2年生。私の学校にはアイドルと言われる先輩がいた。瑞穂葵といって、私の憧れの存在だった。背が高く、ボーイッシュで、頭脳明晰、運動神経抜群。非の打ち所がないような人間だ。
私が葵さんの存在を知ったのは入学式の頃からだ。私は人見知りで、見てわかる通り地味な感じだから、今までできた友達は両手で数え切れるほどしかいない。ただでさえ友達が少ないのに、みんな別の高校に行ってしまったせいで、私の高校生活はひとりぼっちになってしまうことを悟っていた。そんな私に声をかけてくれたのが、入学式の片付けを手伝っていた葵さんだった。私はその時、目の前に天使が降りてきたのかと思った。かっこいいのにかわいい。最強な先輩だと思った。その日から私は葵さんに憧れたのだ。
葵さんのようになりたいと思ったけど、引っ込み思案な私には難しかった。前に出ても動じないし、誰とも話せるような葵さんと私とでは、雲泥の差があり、その差を埋めるためにたくさん努力をしたがその差は埋まらなかった。
でも私は葵さんのようになりたくて、ついに毎日先輩をストーカーすることにした。ストーカー行為が良くないことは十二分にわかっているし、許されないこともわかっている。しかしどうしても葵さんに近づきたいという一心で、ストーカー行為を続けた。
ストーカーを続けて、それなりの月日が流れたある日。
「ねぇ、君、2年生の桜ちゃんだよね。ずっと前から私をストーカーしてるのって桜ちゃん?」
なんと葵さん本人から声をかけられたのだ。名前まで覚えてくれている。私は憧れのアイドルから話しかけられて、つい嬉しくなってしまった。
「お〜い。私の話聞いてる?」
「あぁ、ごめんなさい。全く聞いてなかったです」
「なんで私の後なんかつけてたの?」
「私にとって、葵さんは憧れのアイドルだからです」
その言葉に葵さんは驚いていた。あおいさんは続けて言った
「もしかして私に近づきたいってこと?」
「その通りです!」
私は包み隠すことなく、本音を打ち明けた。すると葵さんはまた驚いたような顔をした。
「冗談のつもりで言ったんだけど、まさか本当だったとはね。なんで私になりたいの?」
私はここでも本当のことを話した。
「葵さん、入学式の時私に声をかけたことを覚えていますか?地味で無愛想な私に話しかける人なんて、誰もいないと思っていました。でも葵さんは笑顔で話しかけてくれた。そんな優しさと笑顔に惚れたし、憧れたんです。私もいつかは葵さんのようなアイドルにって思ったんです。」
私の話を葵さんは真剣に聞いてくれた。話している相手はストーカーなのに。
「そうか。桜ちゃんは自分のことは好き?」
「え?嫌いですよ」
すると葵さんは微笑みながら言った。
「桜ちゃんはほんと正直だね。桜ちゃんを見ていると、なんだか昔の自分を見てるみたい」
「昔の自分ですか?」
すると葵さんは私に昔のことを話してくれた。
「私は昔から引っ込み思案で地味だったから、中学のころにいじめを受けたの。いじめなんてくだらないと割り切れればよかったのに、言われたことを真に受けちゃって、自分のことが大嫌いになった。でも高校生になれば、いじめの主犯格と違う学校に行って、いじめは止むだろうと思い、なんとか耐えきり高校に進学した。しかし現実は甘くなくて、入学式にいじめの主犯格がいたの。私は高校でも、こいつにいじめられるんだと悟った。私がこの現状に打ちひしがれている時、ある2つ上の先輩が話しかけてくれたの。私はその人を初めて見た時、私の憧れるような、アイドルのような存在だと思ったの。そこから私は桜ちゃんと同じように、その人をストーカーしたわ。そして勇気を出して私はその先輩に、あなたのようなアイドルになりたい、ということと、いじめを受けていて辛いことを言ってみたの。先輩からしたら突然知らない人から人生相談をもちつけられたら、普通はギョッとするはずなのに、先輩は笑顔でこう話してくれたの。『私も昔いじめられていたことがあった。でも私はそいつらを見返すことだけを考えて、一生懸命努力した。だから君に私のようになりたいと言われて、私の努力が報われた感じがしてとても嬉しいわ。でも絶対に私を見習わない方がいいわ。君は私のことをアイドルみたいって言ってくれたよね。私はアイドルという言葉は2つの意味を持っていると思うの。1つ目は偶像、2つ目は魅力の詰まった完璧な存在。私は偶像の方。簡単に言えば私に完璧な人格なんてものは存在してないし、そういう存在になれない。でも君は魅力の詰まった完璧な人間になれると思う。君は強いからね。いつか本物のアイドルのように君を慕う人が現れると思うわ。だから自分を信じて突き進み、己を磨くけばいい。他人のことなんか気にしずにね。結局私が言いたいことは、自己研鑽、匪石之心という言葉を胸に刻めばいいということ。そうすればいつかきっといじめに打ち勝ち、見返すことができるわ』とね。先輩の言葉は一言一句覚えている。それほど忘れられない言葉だった。」
葵さんの話を聞き、私の目からはぶわっと涙が溢れてきた。私が泣いたのを見て、葵さんは少しあたふたしていたが、続けてこう言った。
「桜ちゃんは、私のようなアイドルになりたいと言ってくれたね。でも桜ちゃんは私のようにはなれないし、私は桜ちゃんのようにはなれない。だから桜ちゃんは私を見習わず、自分の道を進めばいい。桜ちゃんならきっと、私よりもずっとすごいアイドルになれるわ。桜ちゃんにアドバイスをするなら、自己研鑽、匪石之心を胸に刻んで直向きに生きて欲しい。そしたら人はきっと桜ちゃんの魅力に気づくはずよ」
先輩の先輩から受け継がれた言葉。私は先輩ほど辛い思いをしていない。でもアイドルになりたいという思いは同じだと思う。
「私のようなストーカーにそんな貴重な言葉をくださりありがとうございます。」
「いいよ。桜ちゃんは可愛いんだから。なんかあったらいつでも私のところに来ていいからね。だからストーカーしないでね?」
「はい!すいませんでした!」
私は葵さんの背中を見て成長し、巣立っていく。そう思った。アイドルは偶像という意味があるのは知っていたし、葵さんの先輩もそう言っていた。でもアイドルは神様をかたどった偶像なんかじゃない。誰かの心を支える、不思議な力を持った、神そのものなのだ。