表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

ボヤを本気の火事で消す

フローライト第五十九話

事務所と奏空、○○のグループと奏空との話し合いがずっと平行線だった。やはり今は結婚はおろか、恋人がいるなどという事実も伏せた方がいいということだった。


(そりゃあ、そうだろうね)と咲良は思う。やはり奏空が甘かったのだ。


連日の話し合いで奏空の帰りが遅かった。咲良はやはり自分が出て行くのが一番いいだろうとだんだん決心を固めていった。


部屋で何となく荷物を片付けていたらドアがノックされた。「はい?」とドアを開けると利成が立っていた。


「咲良、ちょっと来て」と言われて咲良は利成の後から利成の仕事部屋に入った。そして前に座った小さなソファに腰を下ろした。


「何?」と咲良は利成の顔を見つめた。利成はまた机の前の椅子に座っている。


「咲良、もう一度俺の女にならない?」といきなりとんでもないことを言われる。


「は?何バカ言ってるの?」


「本気だよ」


「・・・冗談!」と咲良は利成の顔を半ば呆れて見た。本当にそんな気はなかった。


「そうか・・・奏空がいい?」


「・・・・・・」


「奏空がいいなら尚更俺の女になってよ」


「は?意味わからない」


「俺の女ってことで奏空は関係ないことにするんだよ」


(え?)と思う。


「どういうこと?」


「今は、結婚も交際も事務所側は認めてくれないし、奏空は咲良とは別れないだろうってことはわかるよね?」


「わかるけど・・・」


「最近は記者の姿もちらほら見かけるし・・・そのうち咲良にもインタビューが行くかもしれないよ」


「まあ、事実、前の時はあったしね」


「俺の女ってことで通せば、奏空は一旦白紙になるだろう?」


「まあ・・・」


「そうして一回出てしまったボヤのようなものを消せばね、しばらくは世間も黙ってるだろうからね」


「ボヤを本気の火事で隠すってこと?」


「そう。さすが咲良、理解が早いね」


「・・・でもそれだと明希さんが・・・」


「明希には俺から事情話しておくよ」


「納得してくれるの?」


「多分ね」


「けど、肝心の奏空が納得しないよ」


「そうだね、それは咲良が説得するか・・・俺と本気だって騙すかだね」


「奏空は利成と一緒で騙せないよ。ていうか騙されない。心が読めるかは知らないけど、全部見透かされてる感じは確かにあるもの」


「そうか・・・じゃあ、黙ってやるしかないね」


「何で奏空をかばうの?」


「奏空はまだやらなきゃならないことが残ってるからね」


「・・・・・・」


 


部屋に戻ってから(あーどうしよう)と思う。利成の言うことはよくわかったけれど、奏空を納得させる自信がない。かといって騙す自信はもっとない。


そうやってウダウダと考えていたら「ただいま!咲良」と奏楽がいきなり部屋のドアを開けた。


「おかえり」とちょっと力なく答える。


「どうしたの?元気ないけど?」と隣に座ってくる奏空。


「どうもしないけど・・・」


「そう?ならいいけど・・・今日もさ、話し合いしたけど向こうは全然ダメだね。わかってくれない」


「そうでしょうよ」


「やっぱりアイドルやめようかな・・・」


「・・・奏空・・・」


「ん?」


「さっき利成と話したんだけどね」


「利成さんと?何を?」


「今回のこと、私と利成が繋がってることにして奏空は関係ないことにしたらいいって」


「・・・へぇ・・・そんなこと言ったんだ」


「うん、でも私もね、その方がいいと思って・・・。そうすれば奏空は一旦白紙になるでしょう?そうすればファンも納得してくれるよ」


「明希にはどうするって言ってた?」


「うまく話すって言ってたよ」


「ハハ・・・上手くね」と奏空が面白そうに笑ってから続けた。


「明希には多分バレてるよ。咲良のこと」


「えっ?そんなことないでしょ?」


「明希もだてに利成さんと何十年も一緒にいたわけじゃないからね。利成さんの女性関係には相当悩まされてきたみたいだし・・・。古い週刊誌も持っててね、その時のと今回のを見比べてたよ」


「そうなの?でもあの記事じゃ本当かどうかなんてわからないでしょ?」


「利成さんは、あの時ほとんど肯定みたいな言い方してたんだよ?それなのに今回は否定した。咲良も否定したよね?」


「うん・・・」


「それで逆に疑ったみたい。今までね、利成さんがはっきり否定したことがなかったんだよ。まあ、真実かどうかは置いておいて、何を言っても明希がそうだと思わなければ意味がないことを知っていたからだよ」


「そうなんだ・・・」


「おまけに今回は利成さんの方が咲良にハマってる・・・もう、都合いいストーリー考えたよね」


「どういう意味?」


「俺を助けるふりして俺から咲良を奪おうなんて・・・いくら利成さんでも、百年早いよ」


(ん?)と首を傾げた。


「利成は奏空にはまだやらなきゃならないことが残ってるから、助けるみたいなこと言ってたよ?」


「ハハ・・・そう?それは確かにそうだけど・・・。上手く考えたな、利成さん」


「話が全然見えないけど?」


「うーん・・・そうか・・・どう言ったらいいかな・・・」と奏空が考える風に少し目線を天井の方に向けた。


「利成だって一応奏空のお父さんなんだから、将来を心配してだと思うよ?」


「ハハ・・・もう、咲良。笑わせないでよ」と奏空が言うので咲良はますます首を傾げた。


「どういうこと?親なんだから子供の心配して当たり前でしょ?」


「あのね、咲良。うちはちょっと変わってるんだよ。それはわかるよね?」


「まあ、わかるよ」


「今回俺ね、利成さんに挑戦状渡したんだよね」


(ん?そういえばそんなようなこと利成も言ってたような?)


── 奏空に挑戦状を・・・。


「咲良の中の利成さんを何とかしようと思って。そしたら利成さんも咲良に執着してるじゃない?これはいいチャンスだと思って」


「ちょっと待ってよ。まったく意味がわからない。奏空は利成に勝つために私とつきあったの?」


「そうじゃないよ。咲良が好きだからだよ」


「それがどうして挑戦状とかの話になるの?」


「んー・・・ちょっとそこは置いて置いて。ここに咲良を呼んだのは明希を知ってもらいたかったからだよ」


「明希さん?」


「そう。正確にいうと利成さんと明希の関係を見てもらいたかったの。咲良が考えているような関係じゃないからね。でも咲良はわからずに復讐みたいなことを考えてた・・・それは明希を何とかしようとしてたでしょ?」


「まあ・・・そうだね」


「でもどう?明希と一緒に過ごしてみて」


「明希さんは・・・何だかすごく純粋で・・・利成とは合わない気がしたよ」


「そうだね、でも、利成さんは明希が好きだっていうのもわかるでしょ?」


「それはわかるよ」


「で、利成さんは明希を失いたくないわけだよ。でも、やっぱり明希に自分の全部を見せられない。明希には耐えられないだろうから」


「そうだね」


「でも咲良はどう?利成さんは咲良になら全部出せるんだよ。それも今までの女性のようにただ苛立ちを性欲に変えて吐き出すようなセックスをして終わりじゃなく精神的にもだよ」


「そうなの?そんな感じはまったく感じられないけどね」


「ハハ・・・利成さんは隠してるもの・・・結局、女性を一人に決めるというシステム自体に問題があるんだけど、そこはまあ今回の主旨じゃないから置いて置いて」


「・・・・・・」


「そこに一応息子の位置にいる俺が咲良を連れて来た。そこで無理矢理押さえてた思いがまた再燃したってわけ」


「・・・・・・」


「利成さんは咲良を自分の物にしたかったけど、そこはね、俺がいるからね。好きには出来なかったわけだよ。咲良もね、ここで利成さんと明希の様子を知って行くうちに、明希に対する思いが変わっていったでしょ?咲良はそれで重たかったものが軽くなった・・・でも、利成さんは?」


「何かあるの?」


「目の前に抱きたい女がいるのに抱けないんだよ?そりゃあ、ジレンマだろうね」と奏空が可笑しそうに言った。


「どういうこと?さっきからよくわからないよ」


「咲良、俺が利成さんに復讐したの。利成さんが唯一好きになった咲良を同じ屋根の下に呼んでセックスしたんだから」


(え・・・?)


「復讐って・・・」


「咲良が俺のグループのMVのために来てくれた時、俺に利成さんや明希のことばかり聞いてきたこと覚えてる?」


「・・・まあ・・・」


「あの時は如何に復讐しようかばかりで胸が苦しかったでしょ?」


「そうだね・・・」


(ほんとに苦しかった・・・)


「それ俺がしてあげようと思ったの」


「え?じゃあ、あの時既にそんなこと考えてたの?」


「そうだよ。でも咲良を好きになったのは嘘じゃないよ」


「・・・・・・」


「まあ、同じ屋根の下にいたら逆に俺が奪われる可能性もあったけど・・・そこは賭けだね。だけど咲良はきっと強い女性だと俺は思ったから、あの全国ツアーで家を当分空けるときも大丈夫だと思った」


── 気持ちを強く持って・・・。


あの時の言葉を思い出す。


「だから気持ちを強く持ってって言ったの?」


「そうだよ。そして咲良は利成さんの方に行かなかったでしょ?あれはね、結構利成さんにとっては落ち込んだだろうね」


「そんな風でもなかったけど?」


「表面には絶対見せないよ。利成さんのそこがすごいところだね」


──  咲良、見えることだけで物事判断してると人生を味わえないよ 。


利成の言葉を思い出す。


「つまり今回の結論はどうなるの?」


「ん?利成さんが咲良とってことにするって話し?」


「そうだよ。何とかしないとほんとに奏空は今の事務所やめなきゃならなくなるよ?違約金とかも発生するでしょ?」


「そうだね、そんな話も散々してるよ」


「でしょ?だから利成がどんなことを思っていようと、そうする方が一番いいような気がするよ」


「そうだね・・・どうしようか・・・」


(あーこういう言い方は利成そっくりなのにね・・・でも、もしかしたら奏空の方が利成より上いってる?)


「それするとね、利成さんが咲良をホテルに誘うよ。それが見え見え」


「そんなことないでしょ。わざとやるんだから」


「わざとホテルに入るよ。記者に写真撮らせてね」


「記者?ちょうどよくいるかな?」


そう言ったら奏空が笑った。


「何かおかしい?」


「いや、ごめん。利成さんなら記者の一人や二人動かせると思わない?」


「え?わざと撮ってもらうってこと?」


「そうだよ。ついでに咲良も奪うつもりだよ」


「私は利成とはやらないよ」


「ホテルに入ればもう咲良の負けだよ。利成さんにやられちゃう」


「そんなことないから」


「あるんだよ。残念だけど、俺はセックスの腕前は利成さんには負けてるだろうから。だから咲良も何度か利成さんの仕事部屋でやられそうになったでしょ?」


「・・・知ってたの?」


「そりゃあね。まあ、最後まではしないと思ってたから放置してたけど」


「・・・・・・」


「だけどなるほどね・・・こっちに行けば咲良を、反対側に行けばアイドルを取る気か・・・考えたな・・・これは長考が必要かも・・・」


「何よ?長考って・・・」


「囲碁と同じ、利成さんと勝負してんの」


(わけわからない親子だな・・・)と奏空の顔を見つめた。


「だけど”長考に好手なし”とも言うしな・・・」とぶつぶつひとり言のように奏空が呟く。


結局その日は結論が出せないままになった。


 


それから二日後の夜、咲良がテレビで歌番組を見ているとトップバッターで奏空のグループが出てきた。


「今回の作詞作曲は奏空君なんだって?」と司会者が言っている。


「はい、そうです」と奏空が元気よく答える。


(へぇ・・・そうなんだ)と何の気なしに眺めた。


すると今までは奏空はあまり目立たない位置だったのにメインで歌っていた。少し大人っぽい歌だった。


(何かちょっと奏空も色っぽくなったな・・・)と一人ビールを飲みながら思う。


(あーでも私ももう二十六になるよ・・・)


八月の末頃に誕生日が来る。そうしたらまた年を取るのだ。


(サイアク・・・)


何やってんだろ、私・・・と思う。


ぼんやりテレビを眺めていたらスマホが鳴った。見ると利成からのラインだった。


(私のライン、消してなかった?)


<仕事部屋に来て>


一瞬考えたが、こないだの話だろうと思い立ち上がった。


利成の仕事部屋をノックすると「どうぞ」と言われる。中に入ると「そこに座って」と言われてこないだと同じソファに座った。


「こないだの話だけど、だいぶ明希に疑われてるみたいでね」と利成が切り出した。


「そうなんだ・・・大丈夫?」


「そうだね・・・大丈夫ではあるけど」


「そう?」


「・・・それと奏空のグループに楽曲提供の話がきててね」


「え?利成に?」


「そう」と特に表情も変えずに言う利成。それから「奏空の結論はどう?」と聞かれる。


「まだ考えてるみたい。もう私が田舎に帰れば奏空も諦めるんじゃないかな」


「帰ること考えてるの?」


「まあね、それはずっと考えてるよ」


「そう・・・」


少しの間沈黙になる。奏空はどうするつもりなのか・・・。きっと結婚なんて絶対に無理だろう。それならいっそ利成とどうこうなったら奏空も呆れて自分を諦めるんじゃ・・・。


急にそんなことを思っていたら利成が隣に座って来た。


「今のところ俺の分が悪いね」と利成が言う。


「何の話?」


「・・・まあ、それはいいよ」と利成が咲良の頬に手を伸ばしてきた。


咲良はそのまま利成の顔を見つめた。利成が唇を近づけてくる。咲良はそのまま利成と唇を重ねた。


(どうしてだろう・・・やっぱりまだ気持ちが残っている・・・)


利成が咲良のズボンのボタンを外してくる。咲良はそれでもされるがままでいた。


利成とホテルに行っていた頃は、ほんとに激しいセックスだった。何か薬でもやってるんだろうかと疑ったこともある。でもそれはあの明希という妻を見てよくわかった。あの妻にはああいう風にできないだろう。でも利成の本質はそっちなのだ。


利成の指が奥まで入ってくる。「あっ」と声がでてしまった。


(あ・・・ヤバい・・・)


このままではやられてしまうじゃない?でも・・・その方がいいのかも・・・。ああ、もうどうでもいいや・・・といつもの思考停止、投げやりになる。


手を伸ばすと利成のもだいぶ反応していた。それを咲良が愛撫すると利成が椅子の上に押し倒してきた。


(でも、下に明希さんがいる・・・)


このまましてしまうのはやはりマズい。そう思っていても、利成の指が感じるところを責めたててきてもう意識が吹っ飛んだ。


(あ・・・もうダメだ・・・)と咲良は強い絶頂感を感じた。元々どうすれば咲良が良くなるか利成が一番心得ているのだ。


その時いきなりドアがノックされて咲良はハッとしてドアの方を見た。利成も動きを止めてドアの方を見ている。


「利成?ごめんなさい。ちょっといい?」と明希の声だった。


「咲良、ドアから死角にずれていて」と耳元で言われる。


咲良は静かにドアからは見えない場所まで移動してから下着とズボンを直した。


「何?」と利成がドアを開けてから出て行った。


咲良はそのまま出て行かない方がいいと思いその場にじっとしていた。すると利成が部屋に戻って来た。


「奏空と事務所の人が今から来るから下に行ってるよ。今のうちに部屋に戻ってて」


利成がスマホを手にしている。


「わかった」


 


咲良が部屋に戻ってしばらくすると、奏空とその事務所の人が来たようだった。外からは車を止めている音がした。


それから階段を上ってくる足音がして咲良の部屋のドアが開いた。


「咲良!ただいま」と奏空が入ってくる。


「おかえり。何か事務所の人がどうとか言ってたけど・・・」


「うん、今来てる」


「じゃあ、早く行きなよ」


「行くけど、その前に咲良・・・の・・・」と急に奏空がじっと咲良の顔を見つめて来た。


「何?」


「気持ち強く持ってって言ったけど・・・忘れちゃった?」


(え?)と思う。


「何のこと?」


「まあ、いいや。なるほど強行突破ときたか・・・」


「・・・・・・」


「とにかく下で話してくるよ」と奏空が出て行った。


(強行突破?)


何だかわからないけど、奏空になんらかの能力があるのは確かだと思った。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ