第一章「第一部 死亡そして転生」
「よっしゃ!10人目!」
一筋の日も差さない、pcの光だけが照らす暗い部屋に青年の甲高い声が響く。
俺の名前は橘勇斗、どこにでもいる高校二年生!———いや、少し違うか。
俺はどこにでもいる「引きこもってギャルゲばっかりやっている」高校二年生だ。
引きこもりとは案外いいものだ。
誰かに「あれをやれ」「これをやれ」と言われることもない。
ただギャルゲを攻略し、ラノベを嗜み、可愛いキャラを愛でているだけで誰にも咎められることもない。
などという御託を並べようが俺が世界から見放された自宅警備員だという事実は変わらないのだが。
まぁ兎も角、引きこもりとはなんて良い生活!
・・・・・・と言いたいところだが俺にも月に一度最悪と言うべき日がある。
それは———
バァァン!
「勇斗!今月もお願い!」
「またかよ姉ちゃん!」
月に一度俺にファッション雑誌を買いに行かせる日があるのだ!
姉が言うには「私が外に出たくないから」という理由らしいがそんな事俺は知ったこっちゃない。
第一引きこもりやってる奴に普通家出ろって頼むか?
そう言って姉に一矢報いようとしたが
「あん?」
と一蹴された。
あー行きたくない、外に出たくない。誰があんな百害あって一利もない現実に好き好んで戻るか。だったら二次元で生活していたほうがヲタク冥利に尽きる生活を送れるだろうに。大体現実にいた方が得だと言うことを誰が決めたのだろうか。世には歓迎されていないだろう人間もいるというのに。
もういっそ二次元の中に没頭して三次元から存在を消してしまいたい。
とまぁ、姉への八つ当たりとも取れる愚痴をダラダラと言っているうちに俺は着替えを済ませてお遣い(代金は自費)へ出かけた。
***
「いってきまーす」
瞼を貫通して脳に刺激刺す日光に思わず後退りする。
やっぱり眩しい。まるで世界が俺を嫌厭しているみたいだ。
そう思いながら俺はゆっくり歩き出した。
都心特有の騒々しさと高層ビルが発するプレッシャーに項垂れながら高く広がる空に不満を垂れる。
うぅ、なんで今日に限ってこんな雲ひとつない晴天なんだよ。
こんな日にはあの日のことを思い出す。二度と思い出したくない記憶に限って付きまとうものだ・・・・・・。
そんな忌々しき過去のせいか少し世界が歪んだ様な違和感と目眩を覚えた。
それにしてもほんとに太陽がまぶしすぎる。眩んで前が見えな———
ドンッ、
痛っ、
「えっ、これやばくない?」
「大丈夫なやつ?」
周りが騒々しくなり始める。
何が起こったんだ?確か横断歩道を歩いていたら急に交通事故みたいな音がして。
「早く、救急車!」
あぁ、やっぱり事故か。
「おい!大丈夫か!」
え?なんで俺に聞くんだよ。
そんなの轢かれた人に聞———
そう思い俺は体を動かそうとしたがなかなか動かせない。
そこで全てが理解できた。
「主人公かよ・・・・・・」
そうして俺の意識は途切れた。
***
何かに引っ張られる感覚を覚える。水面へと運ばれていくように浮かんでいくような感覚を捉える。
見えない何かに促されるように俺は瞼を跳ね上げた。
目を開けると何やら神聖なオーラに包まれた空間が広がっていた。
そこは質素とも豪華とも言い難い場所だった。
不思議と高揚するような、だけど自然と冷静でいられるような空間で心が安らぐ様な感覚があった。
「いやー、びっくりしたわー」
驚きすぎて腑抜けた感想しか出ない。
人生であんな経験をするとは。いや、既に一回死んでるのか?ま、どっちでもいいか。
人の理解できる容量を優に超えた情報量が流れてきたからか冷静でいられるのか、まず一つひとつ感情を整理していく。
「それで、ここは」
そう言ったとほぼ同時に何処からか透き通った声が響いてきた。
「ここは『冥界の間』と呼ばれる場所です」
「うわっ!」
本日何度目かの驚きが起きたと身構えた瞬間、思考が停止する。
目の前には人ならざるものが立っていた。
いや、俺に表現する語彙がないからこんな言い回しになるのだが、決して禍々しい者ではない。誤解を生んだかもしれないが完全に人を超越した存在という意味だ。というか見た目からして完全に女神だった。
その風貌は限りなく美しく、洗練された肉体や声から清廉潔白な内面が感じ取れる。正に女神と呼ぶに相応しい妖気を纏っていた。
まぁ、要するにめっちゃ可愛かった。
え、可愛すぎない?スタイルも抜群だし胸も・・・・・・おっと、全体的に男性が好む体型をしているし、The女神!って感じだった。
まるで二次元世界の様な———
「どうかされましたか?」
ハッ!いけない、つい見とれてしまっていた。ここは何とか取り繕って。
「あのぅ、ここで僕何をしているんですかね」
「あなたはあなたがもともと居た世界でトラックに轢かれこの場所に連れられたのです」
あぁ、やっぱり俺は死んだのか。というかよく聞く話なような。
「そういえばまだ名を名乗っていませんでしたね。私の名は———そうですね、パンドラとでも呼んでください」
少しつまり気味のぎこちない様子でそう名乗った後、女神は少し悲しそうに頷いた。
なにか過去があるのだろうか。
いや、詮索はよそう。誰にでも知られたくない過去はある物だし。
それにしても聞いた話は何回も何十回も触れたことのある設定だった。
ある日トラックに轢かれ死んで不思議な空間で神聖な人に出会って、ってこれって・・・・・・
「転生ぃ!?」
「はい。話が早くて助かります。端的に申し上げましょう。あなたにはとある世界に転生してほしいのです」
まじか!?ほんとにそんな世界あったのか。二次元ばっかりやっていたおかげか、こんな引きこもり陰キャにそんなチャンスが来るなんて。
「あなたは前の世界でいわゆる「ぎゃるげ」というものをやっていましたから。そういった物に疎い我々にとっては貴方の様な人材は貴重なのです。まぁどういうものか詳しくはわかりませんが」
「知らなくていいです!」
そんなところまで知られてるのかよ!?幸い内容までは知られていないようなのでよかったが。ここからは嘘は通用しなさそうだな。
「それで転生は引き受けて頂けるのでしょうか」
「え、あはい。むしろ大歓迎です」
本当にこんな夢みたいな話あるのだろうか。真逆本当は夢なんじゃ。
そう思って頬を強めに抓ってみたが確かに痛みがあった。
「そうでした!もう1つあなたに伝えなければならないことがあったのでした。実は今転生する人にとあるキャンペーンをしていまして」
「キャンペーン?」
「はい、転生する人に専属のメイドをつけるというものなんですが」
「メイド!?」
メイドって言った?メイドってあのかわいい声で「ご主人さま」って言ってくれるあのメイドだよね!?あのラノベとかによく出てきて主人公をサポートしてくれるあのメイドだよね!?
「実は今女神志望の者たちが増加していまして、ただ却下するのも歯切れが悪いので新たな転生者にメイドとして従事させるという内容なのですが、如何しますか」
転生者にメイド、それはアボカドと醤油の如く人類が誕生する前から決まっている組み合わせ。それならばこの提案、受け入れない理由はない!
「困っているならば仕方がないですね、困ったときはお互い様ですから!その提案受け入れましょう!」
若干早口になったのはご愛嬌。ヲタクだもの、仕方がない。
「本当ですか!ありがとうございます。では早速転生後の世界に転移させておきますね。転生後の世界のことはそのメイドに聞いてください。では、あなたの武運を祈っております」
よし、これで俺もラノベの主人公の仲間入りだ!さらば不毛な三次元よ!
念願の夢の世界へとfade away!
「では、よろしくおねがいします。魔王討伐頑張ってください!」
魔王討伐?え、なにそれ?
「ちょっとまっt・・・」
そう言いかけた途端、俺は唐突に現れた魔法陣をなぞるように出現した光の渦に飲み込まれ、どこかに飛ばされてしまった。