9.推しとお仕事(1)
風薫る、緑風の月。
一年で一番爽やかな若葉の季節だ。
けれど気も緩むのか、このごろ舗装道路にごみをポイ捨てする人が増えている。
そこで、総務部では「緑陰の騎士」レナード様とタイアップして、騎士団内クリーン作戦を執り行うこととなった。
「……えー、クリーン作戦の概要は以上だ。では、企画メンバーへの立候補者は挙手を」
朝礼の時間。
部長のスミスさんが企画の説明をすると、モード先輩をはじめ総務部事務員の多くの女性たちが「はいっ!!」と同時に勢いよく手を挙げた。
王都の森の騎士団の看板騎士、レナード様と仕事をご一緒できるなんて、ご褒美以外の何物でもないだろう。
いつも飄々としているスミスさんも、女性たちの熱意にやや押され気味になりながら、総務部から三名の参加メンバーが選出された。
「それでは最後に、今年入団の新人枠から立候補する人、挙手をして」
スミスさんがぐるりと居室内を見渡す。
この企画では、「フレッシュな新人の意見も取り入れよう」という団長のバーナードさんのご意向で、総務部に今年入った新人からも一名のメンバーが選ばれる。
さっきから動悸が止まらなかった私だが、この一言で心臓が口から飛びだしそうになった。
憧れのレナード様と一緒に仕事をする千載一遇のチャンスだ。
でも、なんの取り柄もない私が立候補なんてしたら、レナード様や他のみなさんに迷惑をかけるんじゃ……。
「はいっ!」
隣に立っていたライラが、勢いよく挙げた。
私の手を。
「アシュリー・エルウッドさんが立候補したいそうです!」
「ラ、ライ……」
「わかった。では新人枠からはエルウッド君、と」
スミスさんが書類に私の名を記入し、顔を上げてこちらをもう一度見回す。
「前団長のアレンさんの口癖は『準備が九割』だった。騎士団本部のスター騎士レナードくんが総務部に協力してくれるんだ。メンバーに選ばれた職員は、抜かりのないよう、三日後のミーティングまでにしっかり準備をして臨むように」
めいめいが返事をして、朝礼が終わる。
私は呆然と立ち尽くしていた。
憧れのレナード様と仕事ができるというこの状況に、頭が追いつかない。
じわじわとうれしさがこみ上げてくる。
ライラがパチッとウインクした。
「大ファンなんでしょ? よかったわね、同期に他に希望者がいなくて」
「……うん。ありがとう、ライラ」
「ふふっ。今度デザートおごってね」
そのときまでに私の心臓がもつか心配だったが、こくりと頷いた。
△△△
「はじめまして、総務部のみなさん。『緑陰の騎士』レナードです」
騎士団内クリーン作戦の第一回ミーティングが本部棟四階の豪華な会議室ではじまり、レナード様が輝くような笑顔で挨拶をした。
……いる。
同じ部屋の同じ円卓に、私の最推し騎士のレナード様が、いる。
彼と同じ空気を吸っている。
眩しくてまともに顔が見られない。
次に、スミスさんが話しはじめた。
みんながそれを聞いているあいだに、ちらりとレナード様の方へ視線を送る。
甘い蜜のようなハニーブロンド。
長めの前髪はセンター分けで、宝石のような翠玉色の瞳がよく見える。
鼻筋はスッと通り、薄く形のいい唇と完璧なバランスをなしている。
改めて間近で見ると、レナード様は呼吸が止まるほど美しく造作の整った容貌をしていた。
小顔で、長身とあいまって素晴らしくスタイルがいい。
私と同じ人間とは思えないほどだ。
どうしよう、あまりにもかっこよすぎるわ……。
レナード様に見られていると思うと緊張して、順番に自己紹介をするときは声が裏返ってしまった。
そんな私にもにこにこ笑って「よろしく、エルウッドさん」と言ってくれたレナード様の神対応に泣きたくなった。とりあえず心の中で拝み倒しておいた。
一度落ち着かないといけない。
これは仕事なのだ。浮かれている場合じゃない。
スミスさんの言った通り、お忙しいレナード様がせっかく総務部の企画に加わってくださるのだ。
しっかりと準備をして、抜かりなくクリーン作戦を成功させなければ。
私は机の下で自分の手を思い切りつねった。
痛い。よし、がんばろう。
それからはできるだけ心を無にして、徹夜で用意した資料の説明をしたり、質疑応答をした。
ミーティングは順調に進み、クリーン作戦の概要が決まった。
まず、「緑陰の騎士」レナード様を前面に押し出したポスターを作成し、騎士団本部のあちこちに貼る。
そしてイベント当日、緑風の月の最終日に、レナード様と企画メンバー、それからポスターで募った有志の参加者によりクリーンアップウォークを行う。
本部の入口からぐるりと舗装道路を歩き、みんなで騎士団のゴミを拾って歩くのだ。
第一回のミーティングはまずまずの成功と言えた。
けれど、それで終わりではなかった。
解散と同時にちょうどお昼になったので、このままみんなで食堂へ行こうということになったのだ。
もちろんレナード様も一緒に。