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6.父様、立派すぎます

 その日の終業後。

 レイさんに言われた通り、私は本部棟の正面入り口の前で彼を待っていた。


 今日は残業にならないように早めに切り上げてきたのだけれど、終業時間直後だからか、たくさんの人が目の前を通りすぎていく。

 本部棟は主に騎士の方々が使用する、五階建ての壮麗な建物だ。

 そのため、普段はお目にかかれないような階級の騎士たちがぞろぞろと連れ立って歩いている。


 階級を表す肩章も百花繚乱だ。

 将官の華やかなエポーレットに、尉官の機能的なショルダーストラップ、佐官のきらびやかなモール編みのショルダーノッチ……どれも凛々しくてため息が出そうだった。


 もちろんそうした階級章だけじゃなく、鍛えられた体つきも、鋭い目つきも、にじみ出る強者のオーラも、頼もしさしか感じない。

 やっぱり魔物から国を守る騎士様方は最高に格好いい。


「やだ、アシュリーじゃない。何やってるのよ」


 甲高い声に、ぎくりと体が強張った。


「……セリーナ姉様」


 振りかえると、回復職(ヒーラー)の白いローブドレスを着た従姉のセリーナ姉様が、他のヒーラーの人たち数人と一緒に本部棟を出ようとしているところだった。


 ヒーラーには男性も女性もいるが、騎士団のヒーラー女性は騎士と結婚する確率が高い。

 彼女たちのほとんどは家柄も見目も良い貴族令嬢で、華やかなオーラがあった。

 通りすぎる騎士たちの中にも、彼女たちへ視線や笑顔を送る人がいる。

 そんな美しいセリーナ姉様が私を見て笑った。


「あなたまさか、本当に騎士団の事務員になったわけ? 平民に混じって?」

「はい」

「あははっ、偉いわねえ。でも、なんでこんなところにいるの? まさか、そこに立っていれば『緑陰の騎士』レナード様が通りかかるとでも思ってるわけ?」

「ち、違います」


 レナード様の公開訓練で鉢合わせてしまったから、私がレナード様のファンだとばれてしまったのだろう。

 私はレナード様ではなくレイさんを待っているのだが、そんなことを言ったらますます面倒なことになりそうだ。

 困っていたら、当のレイさんが歩いてきた。


「ごめん、待った?」

「いえ、全然」


 まさか私が誰かと待ち合わせているとは思ってもいなかったのだろうセリーナ姉様は、突然現れたレイさんに面食らったようだった。


「……どなた?」

「あの、この方は……」


 私が説明しようとすると、レイさんがスパッと遮った。


「すみません、急いでるので。行こう、アシュリー」

「えっ」


 彼はそっけなく言い、すたすたと歩きだした。

 セリーナ姉様はぽかんとした。

 私は彼女に会釈だけして、走ってレイ様のあとを追いかけた。




「あの、大丈夫でしょうか……騎士の方はヒーラーさんににらまれると、怪我したときに大変だと聞きますが……」


 地下回廊は声がくぐもって響く。

 壁に点々と並ぶ燭台の明かりはなんだか幽玄で、まるで違う世界に迷い込んでしまったかのようだ。

 レイさんは私を本部棟の地下へと連れてきた。

 並んで歩く彼は、私を見下ろし、なんでもないように答えた。


「ああ、さっきの? あんたが気にする必要はないよ。回復薬のストックはあるし」

「でもセリーナ姉様は第三治癒班の班長なんです。もしレイさんに出撃命令が出たとき、彼女の班と組まされたら……」


 怪我をしたレイさんの回復薬が尽き、ヒーラーたちからもそっぽを向かれたときのことを想像して、ぶるりと震える。

 だが彼はあっけらかんと笑った。


「心配性だな。俺の所属的にそういう任務は少ないから大丈夫。それよりあのヒーラー、あんたの姉さんなの?」

「あ、いえ、従姉なんです」

「ふうん。じゃ、経理部のエルウッドさんの娘か」


 レイさんは騎士なのに事務方のこともよく知ってるな、と感心した。

 同時に、私が「従姉」と言って即座に叔父様と繋がったことに驚いた。

 ……つまり、レイさんは私の父親が誰か知っている?


「もうすぐ着くよ。ここ、六時には閉まるから急いでたんだ」

「ここは……?」


 地下回廊の最奥。

 他よりも少し広くなったアーチ天井の空間に、使いこまれ、磨き抜かれた甲冑がいくつも並べられている。

 レイさんは、一番奥の黒光りする甲冑の前で立ち止まり、それをじっと見つめた。


「ここは歴代の騎士団長の武具を展示してる場所だ。これは、あんたの親父さん……アレン・エルウッド前騎士団長が、最期に身に着けていたものだよ」

「……………………」


 あまりにも突然、父様が目の前に現れたようで。

 しばらくはうまく呼吸をすることさえできなかった。


 鼓動が速まり、体が強張る。

 甲冑にはいくつもの傷跡が残っていた。


 これを身に着けて、彼は反乱分子から第三王子を守り、凶刃に倒れた。


 最期まで、父様は誰よりも騎士らしかった。


 私はたった一人の娘なのに、結局、彼を失望させたまま死なせてしまったのだ。

 その事実が、甲冑を前にすると一層重く心にのしかかる。


「……アシュリー?」


 私の様子を見たレイさんが、遠慮がちに私の背中に手を当てた。

 底冷えのする地下回廊で、その部分だけほんのりと温もりを感じる。

 彼は申し訳なさそうに言った。


「ごめん。アレンさんの最期は立派だったって伝えたくて、どうしてもあんたに見せたかったんだけど……無神経だったな」

「……いいえ……私が不甲斐ないだけです」


 黙ってこちらを見る彼に、力なく笑う。


「私、期待外れの娘だったんです。父は、騎士にも向いてない上になんの才能もない私に失望して、遠くの貴族学校へ入れました。厄介払い、したかったんだと思います」


 自分で言いながら悲しくなった。

 関係のないレイさんにこんな話を聞かせてしまって申し訳ない。

 彼は、親切心でここへ連れてきてくれたのに。

 演技でもいいから、喜ぶふりをするべきだったかも……。


「それは違う」


 レイさんは気を遣ってそう言ってくれた。

 私はもう一度笑顔を浮かべ、明るく言った。


「そうですよね。ただ忙しかっただけかもしれませんよね。母も私が小さい頃に死んじゃったし、私に構う余裕なんてなかっただけで」

「…………」


 しまった。さらに重い空気になってしまった。

 私は急いで甲冑の横に展示されているブロードソードを手に取った。


「この剣、すごく重いですね。こんなものを振り回して戦っていただなんて、さすが騎士団長ですね」

「……〈金獅子〉なんて呼ばれてた人だったからな。戦場では魔物よりあの人の方が猛獣みたいだった。あんたには、こっちの方が合うんじゃないか」


 レイさんも会話に乗ってくれて、壁に何本も飾られている細身の剣を取り、渡してくれた。

 武器事典で見たことがあるものだったので、テンションが上がった。


「レイピアですね。初めて触りました」


 意外と持ち重りのするそれを、「やあっ!」と言いながら素振りしてみる。

 腕組みをして見ていたレイさんが教えてくれた。


「……それは振るうんじゃなくて突くんだ」

「そ、そうなんですか?」


 恥ずかしい。

 武器事典には図版と名称だけで、使い方は書かれてなかったのだ。

 レイさんは私に近づき、そもそもの握り方から教えてくれた。


「こうやって片手で持って、ブレないように真っ直ぐ突く」

「な、なるほど……」


 手取り足取り指導してもらい、なんだか気恥ずかしい。

 でもせっかく教えてもらったので、真剣に練習してみた。

 レイさんに言われた通り、体の重心を意識して、目標に向かってブレずに真っ直ぐに突く。


「やあっ!」

「そう、そんな感じ。いいフォームだ」

「本当ですか?」

「ああ」


 レイさんの口元がほころぶ。

 騎士様に褒められて、私も笑顔になった。

 そのとき、当番らしい騎士見習いの制服を着た若い男の子が来て、遠慮がちに言った。


「あの、もう閉館時間なんですが……」


 そういえば、ここは六時には閉まるのだった。

 あわててレイピアを元の場所へ戻し、私たちは展示室をあとにした。


 地下回廊から階段を上り、本部棟の建物を出ると、外はすっかり夜だった。


「寮まで送る」と言ってくれたレイさんのお言葉に甘え、二人並んでペーブメントを歩いた。


 道の両側に灯されたランタンが夜の道を照らし、はるか頭上には星々が瞬いている。

 夜風が梢を揺らす。

 遠くでミミズクが鳴いている。

 この音を、父様も聞いていたのだろうか。

 父様の甲冑を見せてもらったせいか、今日はなんだか少し父様を身近に感じる。


 二人とも口数は少なかったけれど、夜の森の中をレイさんと歩いていると、本部棟からは遠いはずの女子寮へもあっという間に着いてしまった。

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