5.至福のまかないランチ(2)
騎士団本部は、月に数回、騎士たちの訓練風景を一般に公開している。
その目的は「騎士団の使命を広く国民に知ってもらうため」なのだが、公式グッズや握手会のチケットも販売され、活動資金集めにも役立っている。
王都の森の騎士団のスター騎士、「緑陰の騎士」レナード様が、今、すぐそこにいるのだ。
その姿を見ると勇気が出て、「レナード様がいるから明日もがんばろう」と心から思わせてくれる、私の憧れの騎士様。
「……ファイルはあと一冊だけだし、ほんのちょっとだけならいいわよね……」
私はセリーナ姉様たちの一団とはなるべく離れて、人垣の端っこから、そっと訓練場のグラウンドを覗いた。
……いた!
レナード様が、訓練相手の騎士と剣を合わせている。
ああ、今日のレナード様も剣技が冴えわたっているわ……あら? もしかして今、こっちを見た?
どぎまぎしていたら、足元から「ふみゃあ」という鳴き声がした。
「猫?」
視線を落とすと、私の足元に小さな黒い子猫がいた。
どこかから迷い込んでしまったのだろう。
周囲は踏まれたら痛そうなハイヒールだらけで、女性たちはレナード様に夢中だ。子猫は今にも踏みつぶされそうだった。
「こんなところにいたら危ないわ。あっちへ行きましょう」
私はサッと子猫を抱き上げ、急いで人混みから抜け出た。
周囲を見渡し、本部棟へ向かう階段の上に生垣があるのを見つけた。
あそこなら誰かに踏まれることもなさそうだ。
子猫を抱えて階段を上り、生垣のそばにそっと下ろした。
頭を撫でると、子猫は私の手の匂いを嗅いだ。
けれども食べ物は持っていないと判断したのか、細い尻尾を立てて、本部棟の方へトコトコと歩いていった。
私は立ちあがり、最後のファイルを届けに行こうとした。
でも、後ろ髪を引かれ、一度だけ訓練場に視線を向ける。
「……へっ!?」
変な声が出てしまった。
訓練場に立つレナード様が、私を見て、にこっと笑ってくれた──ような気がしたからだ。
ぱっと自分の左右を確認するが、誰もいない。
ま、まさか、本当に私に笑いかけてくれた……?
いえ、そんなわけないわよね。
公開訓練はどうやら終わりの時間のようで、集まっていた観客は三々五々帰っていった。
△△△
本部棟の担当者にようやく最後のファイルを渡すと、遅いランチを取るために食堂に入った。
騎士と職員、合わせて千人以上を擁する騎士団の食堂は広い。
だが、さすがにお昼休憩も終わっているほどの時間なので、食事をする人の姿はまばらだ。
誰も並んでいないカウンターで、<ロースト肉と温野菜のわくわくランチ>を注文する。
ここの昼食は、騎士団で働く騎士や事務職員には賄いとして無料で提供される、とてもありがたい食事だった。
量は多めだがどのメニューも美味しいので、いつもぺろりと食べてしまう。
トレーに料理を乗せてもらい、貸し切り状態の長テーブルの端に座ると。
私のすぐ隣で、誰かが同じようにトレーを置いた。
「ここ、いい?」
「えっ? あ、はい」
反射的に答えてから、その人物を見る。
「……レイさん!」
先日、命を助けてくれたレイさんだった。
私はあわあわしながら尋ねた。
「ど、どうしてここに!? 今お昼なんですか?」
「あんたこそ。なんでこんな遅くに一人でランチしてんの?」
「ちょっと仕事が長引いてしまって」
「俺も。ほら、冷めない内に食べようぜ」
「あ……はい」
せっかく会えたので改めて昨日のお礼をしたかったけれど、たしかに目の前の食事が先かもしれない。
レイさんは食堂の中なのにフードを被ったまま、トレーに載った魚料理を食べはじめた。
サクサクのフィッシュフライをナイフとフォークで器用に切って、口に運ぶ。
カラリと金色に揚がったフライはとても美味しそうだった。
そして、それを食べるレイさんの横顔が、とても綺麗なことに気がついた。
鼻筋はスッと通っていて、唇は薄くて形がいい。
相変わらず長い前髪とフードに隠れて目元は見えないけれど…………。
もしかしたらなにか、顔を見せたくない理由があるのかもしれない。
あまり詮索するのはやめておこう。
私も自分のトレーに向かい、まずはロールパンを手に取る。
「いただきます」
ふわふわのパンに、ぱくり、とかぶりつく。
ほんのり温かいパンはバターの香りがして、しっとりととろけるように柔らかい生地は至福の食感だ。
「美味しい……!」
空腹に沁みて思わず呟きが漏れる。
ぺろりとロールパンを平らげてしまうと、今度は温野菜にフォークを刺し、口に入れる。
グリーンの葉菜もオレンジ色の根菜もみずみずしく新鮮で、大地の滋味を感じる。
お肉のローストもちょうどいい焼き加減で、酸味の利いたソースも絶品だ。
無心でぱくぱく食べていると、隣から感心したような声が聞こえた。
「いい食べっぷりだな」
「あ、あはは……どれもとっても美味しいし、お腹が減っていたので」
「俺もここの料理好きなんだ」
「私もです!」
言いながらうれしくなった。
誰かと美味しいものを美味しいと言い合えるのは、幸せなことだ。
それに、レイさんは通りすがりの私の命を救ってくれるほど親切で強い騎士様なのに、隣にいても少しも緊張しない、居心地のいい相手だった。
はじめて騎士団で友達と呼べそうな人に出会えた私は、張り切って言った。
「あの、レイさん。改めて昨日のお礼をさせてください」
「そんなのいいって言っただろ」
「いえ、そういうわけにはいきません。受けた恩はしっかり返せと父に言われてますから」
「……うーん」
ちょっと考えこむように腕組みをしてから、彼は私に言った。
「じゃあ、あとでちょっと付き合って」
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