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33.祭のあと

 私の叔父バイロン・エルウッドは、騎士一家の次男として生まれた。

 当然のように士官学校へ行き、卒業すると騎士として叙任された。

 五つ年上の兄のアレン・エルウッドは、すでに討伐部隊のエースとして頭角を現していた。


 だが弟のバイロンが所属されたのは、騎士団の華である討伐部隊ではなく、騎士の戦闘のサポートをする補給部隊だった。

 補給は魔物討伐を支える重要な仕事だけれど、叔父は不満に思い、何度も転属願いを出していたそうだ。


 数年経ってようやく配置換えをされたが、次に命じられたのは工務部隊での仕事。

 都市間をつなぐ街道を魔物から守る結界石の維持管理、それから街道自体の保守点検などを担う。

 一歩城壁を出れば魔物がうようよしているこのルゼリア王国においては必要不可欠の仕事だが、ここでも叔父は不満を募らせた。


 そして十年前。

 工務部隊で少佐をしていた叔父は、先遣隊の派遣を怠り、装備も不十分な状態で、市民から結界石が破損していると報告を受けた街道へ向かった。


 結界石の破損は経年劣化によるものだろうとたかをくくっていたのだが、実際は、知能の高い魔物のしわざだった。


 カラスに似ているが大きさは三倍以上あり、群れで行動するキングレイヴン。


 一個小隊を全滅させてしまうこともある危険な魔物に急襲され、鋭い(くちばし)と爪で執拗に襲われた叔父の部隊は、命からがら逃げ戻った。


 幸い死者は出なかったが、叔父と五人の部下が重傷を負った。

 救護部隊の手配もしていなかったためヒーラーたちの到着は遅く、叔父は右目を失った。

 叔父は騎士を引退し事務方へ回ることになった。


 しばらくのあいだ、彼は経理部で静かな日々を送っていた。

 だがあるとき、キングレイヴンの攻撃で大怪我をし騎士団を離れた当時の部下が、騎士団からの傷病手当と退役手当を使い果たし、他の仕事にも就けずに困窮していることを知った。

 王都でも最下層のエリアの、その中でも朽ちかけた家に住む部下を尋ねた叔父は、窮状を見かねて言った。


「俺に任せろ。こうなったのは騎士団の責任だ」


 それが、叔父が騎士団の金を横領するきっかけだった。


 実際は、その部下は騎士団から一度に多額の諸手当を受けとったあと気が大きくなって賭博や浪費で散財し、怪我が治っても真面目に働く気がなくなっていたらしい。

 元部下は叔父から金をもらうと、いずこともなく姿を消した。


 だが一度横領の味を覚えた叔父は、それから何度も私利私欲のために騎士団の金をせしめるようになった。

 経理部という所属も有利に働いた。

 さらに今から二年前、酒場で非正規の魔導士ザックスと出会い、手を組むようになってからは、横領の金額は跳ね上がった。


 去年、まだ学生だったルシアン第二王子が騎士団の参謀アドバイザーに就任するとすぐに「緑陰の騎士」レナード様というスターを祭りあげ、財政を立て直そうとしたのは、それほど騎士団の資産が目減りしていたからだ。


 夏至祭で近衛騎士たちから身柄を拘束され、本部棟の地下牢に入れられた叔父は、その後の調査官の取り調べに対し全面的に罪を認めたそうだ。

 私が聖堂の塔に閉じこめられたときに、ペン型の魔法アイテムで叔父との会話を証拠として残していたため、足掻けば裁判官の心証が悪くなると計算したのかもしれない。


 王国騎士審問会の裁きにより、叔父は騎士団から追放され、財産を没収されて、横領した金をすべて返済するまで辺境の魔石鉱山で働かされることになった。

 セリーナ姉様もヒーラー職をクビになり、叔父が飛ばされた鉱山近くの修道院に迭られることが決まった。

 赤髪の魔導士は、禁じられている闇魔法を使い横領に加担した罪により終身刑となり、魔法障壁の張りめぐらされた王都の外れの塔に幽閉されるようだ。


 ……と、ここまでの話はすべて、レイさんと一緒にふたたび本部棟最上階の王族の間に呼び出された私が、ルシアン王子から聞いた話だ。




「さて、バイロン前経理部長たちへの処罰については以上だ。次に、アレン前騎士団長の遺産についてなんだが……」


 流れるように説明していたルシアン王子が、向かいのソファにレイさんと並んで座っている私をちらりと見た。

 改めてその話に触れられ、どきりとする。


 一呼吸置き、王子が言った。


「アシュリー、きみの叔父のバイロンが魔導士にかけさせた《支配》の闇魔法は、魔法管理局立ち合いのもと、魔導士自身によって解呪させた。その結果、エルウッド家の顧問弁護士のマグワイア氏は、アレン前騎士団長から『念のために』と生前預かった遺言状の複製が自宅の金庫にあることを思い出したそうだ」

「……はい」


 相槌を打ちながらも、胸にズン、と重しを乗せられたような気分になる。


 父が私に遺産を遺さないはずがない、と以前レイさんは言っていたけれど、私が父の期待通りの娘でなかったのは事実だ。

 素晴らしい騎士だった父親に似ず、なんのとりえもない娘に失望したからこそ、父は私を辺境の貴族学院に放り込んだのだから。

 王都にも貴族学院はあるし、王都に屋敷を構える騎士家の娘ならそちらへ入るのが一般的なのに。


 うつむく私に、王子は淡々と話した。


「事務所の遺言状はバイロンに都合のいいように書き換えられてしまっていたが、原本とまったく同じ内容の複製にはこう書かれていたそうだ──アレン・エルウッドの死後は、娘のアシュリーに全財産を遺す、と」


 私は弾かれたように顔を上げた。


「ほ、本当ですか!?」

「ああ。レイがマグワイア氏に会って確認してきたから、間違いない」

「レイさんが? わざわざ、どうして……」


 びっくりして横を見ると、彼もこちらに顔を向けた。

 今日も前髪で目元は見えないが、どこか私を気遣ってくれている空気が伝わってくる。


「あんたが自分でマグワイアさんに会って遺産のことを聞いたら、『全額騎士団に寄付する』とか言い出しそうで。一応言っとくけど、そんなことはしなくていいからな」

「……はい……ありがとうございます、レイさん」


 私はほほえんでお礼を言った。

 彼の心配りがうれしかった。

 たしかに私がそれを先に知っていたら、叔父が不祥事を起こしたことへの罪悪感から、匿名で騎士団に財産を寄付していたかもしれない。

 レイさんはやわらかい声で話を続けた。


「それに、言っただろう? アレンさんはあんたを見放してなんかいないって。あの人は無口で怖い人だったけど、俺と同い年だっていう娘のことを話すときは、すごく優しい目をしてた。母親が早くに亡くなって、父親の自分も忙しくて何もしてやれないから、遠いけど手厚く生徒を見てくれる全寮制の貴族学院に入れたって聞いた。無口なあの人のことだから、娘のあんたには話してなかったのかもしれないけど」

「……聞いてません……」


 父は家ではいつも無口で気難しそうな顔をしていて、一度もそんな話は聞いたことがない。

 遠くの貴族学院へ入れと言われたときも、理由なんて説明されなかった。


 私は父から、優しい目を向けられていたのだろうか?


 辺境の貴族学院へ入れと言われたあのとき、自分ができそこないだから遠ざけられるのだと思いこみ、うつむいて父の顔を見なかったことをはじめて後悔した。


 私はもう二度と、父の顔を見ることはできない。


 優しい目でなくてもいい。

 いつもの厳しい顔でいいから、もう一度見たい。


 父様に会いたい。


 レイさんは、とても温かな声で私に言った。


「俺は自分の父親とは仲が悪いから、うらやましくてさ。どんな子だろうってずっと気になってた。あんたが騎士団に来て、ああ、やっぱりアレンさんの娘だなって何度も思ったよ。強くて優しいところが似てる」


 ぽろ、と涙がこぼれた。

 すると、堰を切ったようにぽろぽろとあふれ出して、止まらなくなる。


 ずっとずっと、その背中を見上げることしかできなかった父様に「似てる」と言ってもらえたことが、たまらなくうれしかった。


 レイさんがそう言ってくれるのなら、もしかしたら雲の上の父様も、ほんの少しは安心してくれているかもしれない──


 いつの間にかルシアン王子は席を外していて。

 大泣きしてしゃくりあげる私を、レイさんはずっと抱きしめてくれた。

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