28.夏至祭(2)
「や、妬いたりしないわ……レイさんは私のことなんて、なんとも思ってないもの」
ライラは難しい顔で頷いた。
「……まあ、そうかもしれないわね。いくら騎士だからって、夏至祭にパートナーを夜まで放っておくなんてありえないものね。『緑陰の騎士』レナード様でもあるまいし、そんなに忙しいなんてやっぱり怪しいわよ。今ごろ他の女の子と仲よく出店でも見てるんじゃない?」
私は段々悲しくなってきて、小さく呟いた。
「そうね……」
「違う!!」
突然背後の椅子から叫び声とガタッと立ち上がる音が聞こえて、私とライラはびっくりして振り返った。
「レ、レナード様!?」
思わず私も大きな声を出してしまった。
なんと、後ろの椅子に座っていたのは、本日の主役と言っても過言ではない「緑陰の騎士」レナード様だった。
彼はばつが悪そうに顔を背けた。
なんだか耳が赤い。
連れの騎士たちが何ごとかと彼を見ている。
「……突然すまない。だが、レイのことをそんな風に言われたら黙っていられなくて……」
「ええと……こちらこそすみません……」
気づかなかったとはいえ、彼のすぐ後ろでレイさんやレナード様の名前を出してあれこれしゃべってしまったことが恥ずかしくて、私も赤面する。
レナード様は私をまっすぐに見て言った。
「レイは任務の関係で、本当に一日中仕事で忙しいんだ。あいつを信じてやってくれないか」
翠玉色の瞳に正面から見つめられてドキドキしながらも、私はこくりと頷いた。
「……そんなに忙しいんですね。それではレイさんのために、出店で美味しいものを買っておくことにします」
「ありがとう」
なぜかうれしそうに目を細めたレナード様にお礼を言われた。
さすがはスター騎士だ。とても友達思いの人なのだろう。
それから、レナード様は私をじっと見つめた。
今日の彼は夏至祭仕様で、いつにも増して美々しい姿だった。いつもは着けていない、金糸の刺繍の入った肩掛けマントが信じられないほどよく似合っていて素敵だ。まるで物語に出てくる騎士様のようだ。
そんな騎士様が私から少しも目を離さずに言った。
「そのドレス、とてもよく似合っている」
「……っ!?」
あまりの驚きに、私は釣り上げられた魚のように、真っ赤になって呼吸ができないまま口をはくはくと開閉した。
あのレナード様から、ドレスを褒められてしまった。
さすが夏至祭だ。
レナード様のファンサもいつも以上に冴えわたっている。
きっと、ファンの女の子に会うたびにドレスを褒めることにしているのだろう。彼には私がファンであることはとっくにバレてしまっているから。
「あ、ありがとう、ございます……」
どうにかお礼を口にすると、ハリーさんが飲み物を手に戻ってきた。
それと同時に騎士たちの休憩時間も終わったようで、レナード様の周囲の騎士たちがぞろぞろと移動をはじめる。
レナード様も移動するそぶりを見せたので、私は急いで言った。
「午後のトーナメント、がんばってください!」
「ああ、ありがとう」
彼は眩しいほどの笑顔で答えてくれた。
△△△
本部棟を出ると、私はライラたちと別行動を取ることにした。
「全然気にすることないのよ? 花火まであたしたちと一緒にいればいいじゃない」
ライラはあっけらかんとそう言ってくれたが、ハリーさんが若干引きつった笑みを浮かべていたので、やはりここでお別れした方がいいだろう。
「ありがとう、ライラ、ハリーさん。夏至祭、楽しんでね」
「アシュリーもね。変な人について行かないのよ?」
「気をつけるわ」
笑いながら、二人と手を振って別れた。
さて、と改めて広場を見渡す。
「ねずみとり作戦」のためにも、セリーナ姉様と魔導士に目を光らせなければならない。
それに、今日は一日中仕事だというレイさんのために、売り切れないうちに美味しいものを買っておいてあげたい。
もうすぐお昼で、出店はどこも長い行列ができていた。
それを見たとたん、ぐう、とお腹が鳴った。
さっき朝食代わりのデニッシュを食べたけれど、こうも美味しい匂いに囲まれていたらすぐにお腹がへってしまう。
ふらふらと近くの出店に吸い寄せられそうになったとき、声をかけられた。
「エルウッド殿」
見上げると、王族の間にいた近衛騎士の一人だった。
今も勤務中らしく、騎士の出で立ちのまま金髪を風になびかせ、姿勢よく広場に立っている。
近衛騎士様に自分が認識されていることも、夏至祭の最中に呼び止められることも予想外だったので、少々面食らいながら返事をした。
「はい。なんでしょうか?」
「ルシアン王子があなたをお呼びです。一緒に聖堂まで来ていただいてもよろしいでしょうか」
「……はい」
驚いたが、王子に渡された髪飾りはこちらからしか発信できず、相手からの声は届かない。
ルシアン王子は、何か私に伝えたい急ぎの用事ができたのだろう……でも、どんな?
少しの不安を感じながら、私は近衛騎士について聖堂へ行った。
聖堂には「治癒の会」に参加する順番を待つ長い行列ができていた。
九割ほどは高齢の人たちで、ルゼリア国教会のシンボルである星十字のロザリオを握りしめ、小さく祈りの文句を唱えている。
残りの一割は幼い子供を連れた親や、うつむいて我慢強く順番を待つ人たち。
列は、最後尾が見えないほど遠くまで延びている。
そんな人々を横目に、近衛騎士は無言で先を歩く。
ルシアン王子が一体なんの用件で私などを呼び出しているのか、聖堂に着く前に尋ねておきたかったけれど、とてもそんな気安い雰囲気ではなかった。
彼は任務に忠実に、まっすぐ前だけを見て歩いている。
私はそのスピードについていくのがやっとだった。
近衛騎士は聖堂に入ると、「ねずみとり作戦」の舞台である二階の小部屋へ向かうのではなく、礼拝堂の裏にある階段を上りはじめた。
これは聖堂の塔に上るための階段だ。
さすがに疑問に思い、尋ねる。
「ルシアン王子はこの塔の上にいらっしゃるのですか?」
「はい」
近衛騎士は振りかえりもせずに答えた。
それなら行かないわけにはいかない。
急な螺旋階段を上り、最上階の部屋の扉の前に立つ。
ゆっくりと三回ノックをして、近衛騎士が言った。
「ルシアン王子、エルウッド殿をお連れしました」
返事も待たずに、近衛騎士は扉を開けて。
私を中へグイッと押しこめた。
「えっ!?」
バランスを崩して転びかけながらもこらえ、うしろを振りむくと、バタンと扉が閉まった。
扉の外から鍵をかける音が聞こえる。
「な……」
「よく来たな、アシュリー」
声をかけられ、おそるおそる部屋の奥を見る。
そこには私の叔父、バイロン・エルウッドが立っていた。
くすんだ金髪、右目には黒の眼帯、鷲鼻に、痩せぎすの針金のような体。
私はとっさに髪飾りに手を伸ばそうとした。
だが元騎士である叔父の方が素早かった。
乱暴に私の頭から髪飾りを奪い取ると、ガラスの嵌まっていない塔の格子窓から、それを投げ捨ててしまった。
ずっと下の方から、カシャン、とペーブメントに髪飾りが叩きつけられた音が聞こえた。
呆然とする私に、叔父がニタリと笑った。
「これでもう王子と連絡は取れんぞ」