2.憧れの騎士様
ルゼリア王国騎士団本部──通称、王都の森の騎士団。
この国の王都は恐ろしい魔物の侵入を防ぐため、街全体をぐるりと城壁で囲っている。
王都の周辺には昼なお暗い森林地帯が広がり、一歩城壁を出るとそこはもう魔物の棲み処だ。
高く厚い城壁に挟みこまれるような形で、騎士団本部は王都の北西に広がる森の中に鎮座している。
石を嵌めこんだ指輪を想像してもらえると近いかもしれない。指輪が城壁、石が騎士団本部だ。
指輪を境に、内側は人々の暮らす平和な王都の街で、外側は魔物の棲む危険な世界。
騎士団は凶悪な魔物から人々を守るという重要な役目を担っている。
もちろん王都の城壁の外側にもルゼリア王国の人々はいるが、大抵の人は各地の大きな都市に集まって暮らしている。そして、それぞれの都市は王都と同じように城壁で守られ、魔物が容易に入ってこられないようにしている。
国中を回る隊商などは、城壁にいくつか設けられた頑丈な門から出入りし、騎士団が整備して魔物除けの結界石を埋めこんだ街道を通って旅をする。
いくら街道が結界石で守られているとはいえ、ほころびがあったり効果が消えたりしている箇所もあるし、上級レベルの魔物には効かないこともあって危険だから、普通の人はおいそれと城壁の外へは出ないのだけれど。
建国当時から凶暴な魔物と戦い続け、人々のために安全な居住地と街道を確保し整備してきた騎士団は、この国の誇りだ。
「アシュリーくん、よく来てくれたね! さあ、どうぞ座って」
「お久しぶりです、バーナードさん」
乗合馬車が騎士団本部に到着すると、私は管理棟へ行き、騎士団長への面会を申しこんだ。
しばらくすると案内の騎士が来て騎士団長室へ通され、現在の騎士団長であるバーナード・デルフォイさんが迎えてくれた。
短いグレイヘアに、温和だが隙のないグレイの瞳。往年の槍の名手だそうだが、袖のまくられた腕は今も逞しい。
バーナードさんは父の親友で、私も何度か王都の屋敷で会ったことがある。
コワモテだがこまやかな気配りをしてくれる優しい人で、会うたびに素敵なお土産をくれたり、一緒に遊んでくれた。
辺境の貴族学院へ急使を送り、父の死を私に知らせてくれたのも彼だった。
急使に渡された手紙には「困ったことがあればなんでも頼ってくれ」と書かれており、その言葉に甘え、こうして騎士団まで押しかけてしまった。
ドキドキしながら「騎士団で事務員として働かせてください」と頼むと、彼は快く承諾してくれた。
「もちろんいいとも。ちょうど総務部に入る予定の新人が一人辞退をして、枠が空いていたんだ。そこへ入ってもらおう」
「ありがとうございます! 本当に助かります」
「いや、きみが私を頼ってくれてうれしいよ。アレンのことは……本当に残念だった」
バーナードさんが肩を落とす。
騎士団長室には歴代の騎士団長の肖像画が飾られている。
一番端に飾られた父様の肖像画を見ると、胸が痛くなった。
七年間騎士団長を務め、反乱分子の凶刃から第三王子を守って命を落とした、立派な父様。
その娘として生まれたのに、私はなんのとりえもなく、最後まで失望させたままだった──
肩を落とした私を元気づけるように、バーナードさんが言う。
「それにしても、すっかり大きくなって驚いたな。君がこんなに立派になって騎士団で働いてくれるなんて、アレンも雲の上で喜んでいるだろうね」
「そうだといいのですが……」
私は膝の上の手をぎゅっと握りしめると、顔を上げ、できるだけ明るく言った。
「仕事をくださってありがとうございます、バーナードさん。私、騎士団の側溝さらいでも、スズメバチの巣の撤去でも、なんでもやります! がんばります!」
バーナードさんはぽかんとした。
「……いや、そういうのは総務部が騎士見習いに割り振る仕事だから、君がやらなくてもいいんだが……詳しいね?」
「あっ、そうだったんですね。以前見かけたときは、騎士服ではなく事務員と共通の作業着で仕事をされてたので、てっきり新人事務員がやっているのかと……」
「……詳しいね?」
あはは、と笑って誤魔化す。
しまった。
エルウッド家は代々続く騎士一家である。
幼い頃から私の夢はずっと「騎士団に入る」ことだった。
そのため私は筋金入りの騎士団ファンであり、騎士団のことなら、かなり詳しい。
けれどバーナードさんに再会して早々、そのことを知られて引かれたくなかった。
それから私はバーナードさんに改めてお礼を言って別れた。
ふたたび管理棟へ行き、いくつかの書類に記入して入団手続きを済ませる。
本部棟の売店に立ち寄り、買い物もした。
店内は広く、品ぞろえは豊富で、店番をしているおばあさんはとても親切に色々と教えてくれた。
生活に必要な物はここに大体揃っているので、買い物に困ることはなさそうだ。
最後に女子寮へ向かい、もらった鍵で三階の自室の扉を開けて中に入った。
右手にベッド、左手に机。
正面には大きめの出窓。
窓を開けると、春の気持ちのいい風が吹きこんできた。
ここからは広い騎士団本部の敷地が一望できる。
今までの三年間を過ごした辺境の貴族学院の寮は一階だったから、新鮮だ。
父様に認められようと必死で勉強してきた三年間。
けれど全部無駄だった。
父様は結局私になんの期待もしておらず、財産も屋敷も遺してはくれなかった。
そして、もう二度と父様が私を認めてくれることはない。
出窓に置いた手を、ぎゅっと握った。
そのとき窓の外から声が聞こえてきて、顔を上げた。
広い屋外訓練場に数人の騎士たちがいて、にぎやかに手合わせをしている。
その光景を見たとたん、沈んでいた心が浮きあがった。
昔から、王国の人々を魔物から守ってくれる騎士たちが大好きだった。
そして。
「『緑陰の騎士』レナード様も、この騎士団にいるのよね……」
レナード様は、王都の森騎士団本部が擁するスター騎士だ。
所属も、年齢も不詳。
だが、恐ろしく腕が立ち、誰もが目を奪われるほど容姿端麗で笑顔が素敵な騎士様。
ここ、ルゼリア王国の各都市にはそれぞれ騎士団が存在し、人々を恐ろしい魔物から守っている。
騎士たちは英雄だが、近づきがたい存在でもあった。
だが、去年の騎士団本部の夏至祭。
「緑陰の騎士」という二つ名を持って彗星のように現れたレナード様はトーナメントで鮮やかに優勝し、たちまち騎士団本部の顔となった。
彼は人々を魅了し、鼓舞し、公開訓練や握手会やグッズの収益等で騎士団の財政を潤している。
私も魅了されたうちの一人だ。
額に入れ、机の上に大事に飾ったレナード様の姿絵に目を移す。
やや長めの鮮やかなハニーブロンドの前髪は中央で分けられ、美しい翠玉色の瞳が際立っている。
彼は長身だけど細身だ。
父様や他の騎士たちのように筋骨隆々ではないけれど、誰よりも美しく鮮やかな剣さばきで、自分より体格のいい相手でも難なく倒してしまう。
彼を見ていると、なんの才能もない私でも、努力すればなんだってできるのではないかと希望が湧いてくる。
そして彼は強いだけでなく、どんな相手にでも分けへだてなく、明るい笑みを見せてくれるのだ。
強く優しいレナード様は、私の理想の騎士様だった。
憧れのレナード様と同じ騎士団に入れた。
それだけで、明日からどんな仕事でもがんばれそうだった。