6-17「思考」
ランクアップ試験を終えた翌日。
我とミリーは改めて冒険者ギルドに顔を出していた。
冒険者ギルドに入ってすぐ、受付嬢ミリシャの顔を見つけて近寄る。
昨日の時点で話は通っている。ミリシャは一礼するとバックヤードに駆けていった。
少し待つと、見せびらかすように二枚のカードを手に持ちながら駆け戻ってきた。
「お待たせしました。こちらが新しい冒険者カードになります」
以前の冒険者カードと見た目に大きな変化はない。しかし、ランクを示す文字はしっかりと変わっていた。
「おおお! やったー! Bランクだー!」
カードを手に取ったミリーが全身で喜びを表現している。子供のようなはしゃぎようはなんだか微笑ましくなるものだった。
「なんだ、思ったより喜ぶではないか」
「えへへ、なんだかんだで認められたーって思ったら嬉しくなるもんだね」
我が声をかけると、ミリーは気恥ずかしげに頷いた。どうやら周囲から好機の目を向けられている事に気付いたようだ。
「お二人とも闘技大会に出るんですよね。頑張ってください! 応援してます!」
ミリシャは両手を握りしめ、力強く応援してくれた。
闘技大会に出るのは我の個人的な目的によるところだが、こうして応援してくれる者がいると分かるとまた違った気合が入るというものだ。
「ありがとー! 優勝は無理だろうけど、頑張ってくる!」
「志が低いの。トップを取るぐらい言わぬか」
ミリシャの声援を受け意気込みを語るミリー。しかし、少々弱気が見えるのは頂けない。
「じゃあサクラは優勝できると思ってるの?」
喝を入れる気でいたら先にミリーからの反撃を受けてしまった。
他人には優勝を目指せと言っているが、さて我自身は優勝を狙えると思っているだろうか。
胸に手を当てて考えてみる。
「……まぁ、気概だけなら幾らでもあると言えるの」
「やっぱ無理って思ってんじゃん!」
我は正直者故、嘘はつけなかった。
ミリーの訴えるような視線が突き刺さる。完膚なきまでの反論を受け、我は目を逸らすしかなかった。
そんなこんなの即興漫才をこなした後、我らはミリシャに礼を言って冒険者ギルドを離れた。
「さて、と。これからどーする?」
何気なくミリーに問われ、思考に耽る。
ル・ロイザに戻った主要な目的はこれで達成された。
だが、まだガゼットに頼んだパーツは受け取っていないし、他にも少々済ませておきたい所用もあった。
「少々考えたい事がある。すまぬが一人にしてくれぬか」
「いいけど……闘技大会は?」
「秘密兵器は今レイニーやガゼットに頼んでいる最中だからの。我の出番は当分無い。無論、完成したらミリーにも手解きはするが、それまでは集中したいのだ」
最終的な目的は闘技大会の賞金獲得にある。その為の努力を惜しむつもりはない。とはいえ、今すぐ動ける事はなく、だからこそ今の内に片付けたい問題があったのだ。
「そっか。なら、あたしも料理の研究しよっかなー」
「なんだ、余裕だの」
我も人の事は言えない身だが、ミリーも闘技大会を目前に控えて他所事にかまけようとしている。優勝など無理と言っていた事を考えると、余裕があると言うよりむしろ諦めの境地なのかもしれない。そんな事を想像しながらツッコみを入れると、ミリーはふくれっ面で反論してきた。
「違うよー! めっちゃ緊張してるから紛らわしたいの!」
どうやらミリーなりに真剣に闘技大会への出場を考えてくれているようだ。適当に諦めているなら緊張などすまい。
スキルアップも確かに大切だが、メンタル面の準備も決して無視できない問題だ。古今東西、ロボットアニメに限らず少年漫画でも何でも最後に勝つのは気合と相場が決まっている。
そうでなくとも気後れしていては本来の実力を発揮できない。ミリーが自身のメンタルケアとして料理が必要と感じているのであれば、それを肯定するのが我の役目だろう。
「そうか。ではまた夕飯時にの。美味い飯を期待しておるよ」
「まーかせて! 腕によりをかけるからお腹減らしといてねー!」
ミリーは元気よく宿屋の方へと駆けて行った。宣言通り、夕飯は期待して良さそうだ。腹を空かせる為にも少し体を動かすか。思索に耽る為にも適度な運動は効率的だ。
方針が決まった所で宛もなく歩き始める。何も考えずぶらぶらする、というのは思考を纏めるのに適している。
ル・ロイザの街並みを眺めながら人の波に流されるまま歩いていく。気付けば見知らぬ景色に辿り着いていた。
考えてみればル・ロイザには数ヵ月滞在していたが、そのほとんどはレイニーの屋敷に籠っていたり依頼で街の外に出ていたり。街の中で知っている場所など極僅かと言える。
道行く人々の表情は明るい。当面戦争が起こる可能性がなくなったからか、新たな領主の治政が上手く機能しているのか。いずれにしても良い事に違いは無い。
商店も活気があり、戦争の空気は完全に消え去ったと見える。
ふと先の依頼を思い返す。我らはコンラッドをリリディア神聖国に返却した。その結果がこの街に再び災いを招く事にならないか。
少なくともすぐには起こらない。多額の賠償金を支払う事となったリリディア神聖国に、すぐに戦いを起こせるだけの余裕は無いだろう。だが、準備を整えたらいずれまた戦になる事は想像に難くない。
そうなった時の事を想像すると、心苦しくもなる。
しかし、仮にその時が来るとすれば、それはコンラッドが不在であっても起こり得る事態だろう。どちらかが滅びるまで、とは言わないが確執に決着がつくまでは収まらない問題なのだろうから。
今はただ、この平穏が一日でも長く続く事を祈るのみだった。
子供たちの喧噪をBGMに、更に歩き続ける。いつの間にか街中を抜け、小高い丘陵地に辿り着いていた。街全体とまでは言わないが、遠くまで見通せる光景に思わず足を止める。近くにベンチがあるのを見つけ、一服する事にした。
いつの間にか日は傾き空は紅く染まっていた。涼しい風が頬を撫でる。
やがて来るであろう夜を待ちながら、我は静かに瞼を閉じ、思考の海へと意識を落としていった。
「ライゼーン……確かにセチアはそう言った」
まず思い返すのは妹である竜人セチアと邂逅した時の記憶。セチアは我のこの口調をライゼーンの物真似と揶揄した。
だが、我にそのような思惑は当然ない。そもそもライゼーンなどという竜人など知りもしなかった。
――本当にそうか?
「あの時、浮かんだ映像は……」
ライゼーンの名を聞いた時、胸の奥に何かが渦巻いた。心臓を捻じ曲げられたような激しい痛みに見舞われ、うずくまった。何故、そのような事態に陥ったのか。
答えに至るヒントはある。痛みの中で垣間見た記憶だ。
我が見たそれは、見知らぬ一人の竜人の姿だった。それがライゼーンなる人物だとすれば、何故それを『記憶の底から引っ張る』事ができたのか。
「正しく理解する必要がある……我の身に起こっている全てを、の」
《草原の導き手》との出会いによって、我は前世の記憶を取り戻した。その時点からついこの前までは『佐倉頼善の記憶が戻った竜人チェリー』というのが我のアイデンティティーだった。それ以上もそれ以下もなかったのだ。
だが、我は知ってしまった。
あの時に起こったのは、佐倉頼善の記憶を取り戻した事だけではなかったのだ。
少なくとも、我の口調が今のようになった何らかの理由がそこに付随している。そしてそれは、我が自身の口調をチェリーとしての自分からの地続きだと誤認してしまう程、強い結びつきを持つものだ。
その正体を探る事こそ、我がセチアと対峙するまでの間に成し遂げるべき課題だ。
でなければ、例え闘技大会でセチアを降せたとて、彼女を納得させる事などできはしまい。
気付けば空には無数の光点が浮かんでいた。世界に夜の闇が訪れている。
そろそろミリーの料理が出来ている頃合いか。
ミリー達を待たせてはいけないとベンチから立ち上がる。
ほんのわずか近づいた空を眺めながら、遠い記憶に思いを馳せた。
「我は何をしてしまったのだろうな――」
この状況を招いたのは、他ならぬ我自身だという確信があった。遠因は間違いなく、佐倉頼善が行った魂の転生によるものだ。
では、何がどうして今の状況へと至ったのか。
「……解明にはまだ少々時間がかかるかの」
現状を口にし、嘆息する。これ以上この場で考えても答えには辿り着きそうになかった。
仕方なく、ミリー達の待つ宿屋へと戻る事にする。
闘技大会は刻一刻と迫っていた――