6-16「試験結果」
無事にコンラッド護衛任務を終えた我らは、すぐにル・ロイザへと引き返した。
道程に問題はなく、一日半をかけて出戻る。
冒険者ギルドにて依頼達成の報告を行うと、我とミリーはギルドマスターからの呼び出しを受けた。用件はランクアップ試験に関する事柄だろうと予測できる。
その為、ギーシュ達とはその場で別れる事となった。
ちなみにここまでの間、シャトンとの会話はほぼ無かった。
シャトンは襲撃戦以後、我らの妨害こそしなかったが、何も語らず押し黙っていた。
正直に言えば多少の罪悪感はある。シャトンの心情は理解できないものではないし、幾ら戦時下にあったといえどコンラッドが無罪というわけでもない。
しかし、どこかで割り切る必要はある。そこで貧乏くじを引かされたのがシャトンだ。致し方ないと割り切ってもらうしかない。むしろ下手に手を出す事は彼女に対する無礼となろう。
そうして、我らは後味の悪さを残しながらギルドマスターの下へと向かうのだった。
「ご苦労さん。依頼は無事に達成できたようだね」
執務室へと入ると、ギルドマスターの柔和な笑みに迎えられた。普段なら一息つく雰囲気だが、今はどちらかといえば逆効果。その笑みが返ってこちらの疲労をかさ増ししてくるようだった。
「もー大変だったよ! おじさんの意地悪!」
「試験で甘やかすわけにもいかないだろう。全く、そういうところは親に似なくてよいのに」
苦笑するしかない我と違って、ミリーは疲労を怒りに変えてぶつけていた。二人が親しいからこそ出来る芸当だろう。素直に感情をぶつけられるというのは羨ましいものだ。お陰で我も僅かながら心を落ち着けられる。
「歓談も悪くないが、先に試験の結果を聞きたいところだの」
二人のやり取りに多少癒されたところで、気力の残っている内に本題を切り出す事とする。
しんどい思いをした結果は果たして報われたのだろうか。
「あぁ、二人とも合格だよ。おめでとう」
「……随分とあっさりだの。もう少し勿体ぶるものかと思ったが」
情緒もへったくれもなく、すぐに結果が伝えられた。
別に不満があるというわけではないが、些か拍子抜けした事は否めない。
「なんだ、焦らした方が良かったのか?」
「いや、我らもそう余裕があるわけではないしの。早い方が助かる。だが、理由は確認しておきたいかの」
これで闘技大会への参加資格は得られた。他事にかまける必要はなくなったわけだが、それはそれとして何故合格を得られたのか説明が無いのは奥歯に物が挟まったようなもどかしさを感じる。
「あたしは別に気にしないよ?」
「ミリーはもう少し気にしなさい」
我の反応に満足していたのか、ギルドマスターはミリーの態度を窘める。実際、理由を知る事は興味だけで済む話ではない。何が評価されたか、何が評価されなかったかを知る事は冒険者として社会生活に組する中で大切と言えるだろう。
「ぶぅ。おじさん、さっきからあたしに厳しくない?」
「何故だろうね。胸に手を当ててみれば分かるかもしれないよ」
少し油断するとこの二人は漫才を始めようとする。ギルドマスターとしては半ば冗談、半ば本気でおじさん呼びを嫌がっているのが見て取れる。まだまだ加齢を認められない年頃らしい。
微笑ましい光景ではあるが、話が一向に進まなくなるのは勘弁願いたいところだ。
「あー……話を進めてもらってもよいかの」
「ああ、すまない。Bランクとしての実力は試験に参加できる段階で認められているというのは以前話したね。故に、今回確認させて貰ったのは君たちの『振る舞い』だ」
想定外の答えが返ってきた。
「振る舞い……え、あたし礼儀作法とか自信ないよ」
「自慢ではないが、我もその辺りは壊滅的と言えるな」
今回の依頼中に起こった出来事を思い返す。護衛対象であるコンラッドに対してだけでなく、パーティ内でも大よそ礼儀正しい振る舞いをしてきたとは言えない。
二人して首を傾げて困惑していると、ギルドマスターはその様を笑い飛ばした。
「ははは、冒険者は高潔な騎士様とは違うんだ。そこまで堅苦しい作法なんてものは求めていないさ」
確かにその通りだ。冒険者に貴族の礼儀を求められても困るし、そのような実態は存在しない。ギルドマスターも振る舞いと言った。つまり、作法よりももう少し身近な部分の話なのだ。
我が一しきり納得している間にギルドマスターの話は続く。
「緊急時……今回の場合は、襲撃者が現れた際、君たちはその対応に二分されたはずだ。襲撃者にコンラッドを差し出すか、護り抜くか。君たちはコンラッドを護る選択をし、シャトン君と対立する事となった」
「うむ」
「結果、コンラッドを護る為シャトン君は甚大な怪我を……なんて事はなく、無事に共に帰還した」
対立した際、本格的な戦闘に持ち込まれる可能性もあった。互いに無事でいられたのは、シャトンがそれを望まず襲撃者に加わらなかった事が大きい。最終的に奇襲を仕掛けようとはしたが、ミリーが制したお陰でそれも立ち消えた。
ここまでの流れを振り返れば、ミリーはともかく我は特に何もしていないのだが、今はギルドマスターの話を聞く事を優先しよう。
「そこが重要なポイントだ。高ランクの冒険者になれば新人や若手の規範となる必要が出てくる。冒険者は基本的に粗野で粗暴というイメージがつきまとう。幾ら実力があるとしても、そうした人物に上に立ってもらわれると冒険者という職種自体が先細る危険性があるんだ」
仮にも組織の上役たるギルドマスターが粗野だの粗暴だの好き勝手言ってくれるものだ。尤も、それを否定できるかと問われれば出来ないのだが。
しかし、我がこれまで関わってきた冒険者は理性的な者が多かった。《草原の導き手》然り《曇天の散策者》のナボック然り。今回組んだシャトンやアルクも物腰は柔らかい方だった。ギーシュはやや粗野寄りかもしれないが、行動は理性的だ。そう考えると、我は出会いに恵まれているのかもしれない。
そしてギルドマスターの発言もある程度理解できる。生活に余裕が無い者は別として、敢えて命の危険を伴う冒険者に身をやつそうとするならば、それ相応の理由が必要となろう。その一つが偉大な先人の存在。憧れを抱かせるような冒険者が上位にいれば、必然的に注目される。逆にイメージの悪い者が上位に跋扈していれば、ああはなりたくないと近づかなくなるというのは道理だ。
問題となるのは新規の冒険者が減る事だけではない。依頼の数も減るだろう。何せイメージが悪いのだから。
人が多ければ問題は起こる。ある程度は仕方ないとはいえ、それを上層で起こすわけにはいかないというのがギルドマスターの考えのようだ。
「まぁ、分からん話ではないがの。それは冒険者ギルドの都合の話ではないか」
だが、ここまでの話が理由だとすると、我やミリー個人の資質を真っ当に評価してもらったとは言い難い。
ランクアップ出来れば別にいいと言われればそれまでだが、どうにも納得し難いものがある。
我の指摘に、ギルドマスターは困ったように苦笑いを浮かべた。
「その通りだ。実際、Bランク以上の全てが人格者というわけでもない。だが、そういう側面もあるという事は覚えておいて欲しい」
その言い方はあくまで今の説明は冒険者ギルド側の都合であって、評価の全てではないという含みがあった。真っ当な評価も下されているというのなら、これ以上の追及は不要か。
「そういうわけで、シャトン君への対応、あとコンラッド・デイヴスへの対応も含めてBランクへの昇格は問題ないと判断した」
「コンちゃん……あれ、あたし結構アレだったと思うけど」
思い出したのか、ミリーは気まずそうに頬を掻く。
今みたく渾名で呼んだり、かなり馴れ馴れしい扱いだった。今思えば、敢えて過剰に近づく事で気を紛らわしていた側面もあったのかもしれない。
「少々軽々しかったとは聞いている。が、まぁ許容範囲としておいてあげるよ」
「あ、あはは……注意します」
どうやらセーフ、という事のようだ。
しかし、ここまでの話を聞く限り、やはりパーティ間で仲違いが起こる事は想定されていた事態という事になる。
「つまり、人選も含めて主の思惑通りだったというわけだ。であれば、少々シャトンが可哀相ではないかの」
我らの試験として仲違いの状況での動きを確認したかった、というのは分かる。こちらも適正な試験を望む身としてそこに異論はない。だが、シャトンにとってはたまったものではなかっただろう。
「……それを選んだのは君たちだ、と言ったら尚更私が悪者になるかな」
「分かっているなら言わぬが花よ」
ギルドマスターの言う通り、コンラッドを助けるか渡すか選んだのは我らだ。それは事実として認めよう。しかし、二択を迫ったのはギルドマスターである事もまた事実。そこをないがしろにされては堪らない。
「真面目な話、君たちにとって今回の依頼が試験だったように、シャトン君にとっては試練だった。冒険者である以上、時に不本意な依頼を任される事はあるのだからね」
「免罪符か?」
だから納得しろというのか。
確かに考えてみれば、シャトンも依頼そのものを断る選択肢はあったはずだ。それでも参加したのは、コンラッドを亡き者に出来る可能性に賭けたからか。であれば、その算段が外れたとて責任はシャトンにある、と捉えるのは理に適っている。
「――その辺にしといてあげなよ。これ以上はシャトンさんの問題だ」
頭では理解した。しかし、どうにも納得しきれないでいると不意に横から声が届いてきた。
振り返るといつのまにやらそこには先ほどパーティを解散したばかりのはずの青年が立っていた。
「アルク……なるほど、主が試験官であったか」
「驚かないんだね」
アルクはつまらなさそうに笑う。リアクションでも求めていたのか。
だが、少し考えれば分かる事だ。現場での振る舞いが試験項目だというなら、それを詳細に確認する者が必要になる。でなければ口裏を合わせたり、幾らでも誤魔化しが出来てしまうからだ。
遠くから監視をするのは効率が悪いし、今回の場合だと襲撃者と鉢合わせる危険性もある。必然的にパーティ内の誰かがその役目を負っている事は容易に予想できていた。とはいえ――
「可能性としてはギーシュの方が高いとは思っていたがの。我らを見定める者がいるとは確信しておったよ」
「え、そうだったんだ」
こういった場合、中立的な者が観察者であるパターンが多い。シャトンはコンラッド移譲派で、アルクは護送完遂派だとすればギーシュが一番可能性としては妥当だった。
しかし蓋を開けてみればアルクだったという。その点に関しては予測が外れた分の驚きはあったと言える。
尚、ミリーはそこまで考えが至っていなかったようだ。素直に感心している様子だった。
「黙っていてごめんね」
「むしろ喋ってはいかんパターンであろう」
「そうそう。というわけで、僕はこれで失礼するよ。また縁があったらよろしくね」
アルクはそれだけ言うと颯爽と部屋から出ていった。
何がしたかったのか、と思ったがもしかしたら隠し事をするのが嫌だったのかもしれない。二日足らず一緒にいただけだが、彼が生真面目な性格なのはよく伝わってきた。依頼を終えた今、観察者としての正体を明かす事が彼にとっては必要だったと考えるとしっくりくる。
「さて、さっきはこちらの都合を話したけどね。現実的な話として、依頼遂行中にトラブルは起こる。
それにどう対応するか、そこはきちんと確認させて貰った」
「初めからそう言っておればよかったろうに」
間に余談が入ったが、ようやく試験の詳細が語られた。と言っても、先ほどの説明と大差はない。少し言葉が変わっただけで、何を見定められたかの内容は同じだ。
それでもこちらの方がぐっと納得しやすくなっている。
「耳が痛いな。けど、君たちなら問題なくこなしてくれると信じていたからね。敢えて語る必要もないと思ったんだよ」
「信頼してくれるのはありがたいがの。それで、後はどうしたらいいのだ?」
これ以上は最早追及も意味を成さない。話を進めていくこととする。
「冒険者カードを預かろう。更新しておくから明日またギルドに顔を出してくれるかな」
「分かった。では明日またの」
「はーい。じゃ、おじさんまたねー」
我とミリーは一礼し退室する。
こうして、闘技大会に向けた冒険者ランク上げは一先ずの決着を迎えたのだった――