6-15「決別」
「――っと、これで全部かの?」
戦闘はものの数分で終わりを告げた。
あまりに呆気なさ過ぎて、特筆する事がないほどだ。
ギーシュの剣が雑兵を薙ぎ払い、我とミリーのビームが敵を穿ち、アルクがコンラッドを護衛しつつ近づく敵を斬り伏せる。
それだけだった。それだけで五十近くの敵は有象無象の如く倒れ伏したのだ。
なお、誰一人として死んでいる者はいない。我やミリーのビームは腕や足を貫き、ギーシュの剣も分断ではなく裂傷を負わせるに留めている。ここは依頼主であるル・ロイザのギルドマスターの要望に沿った形だ。
血生臭さを残しつつも、静けさを取り戻した周辺を一通り見まわす。
「あぁ。強いて言うならもう一人だが――」
我の発言に呼応するように、剣についた血糊を振り払っていたギーシュが目線を向ける。
同じ方向へ我が目線を向けようとすると同時に、何かが動く気配があった。
「――っ!!」
「ダメだよ、シャトンさん」
だが、更に速く動いた者がいた。ミリーだ。
ミリーの腕は、コンラッドに迫る刃を持つ手を握り占めていた。
そして最初に感じた気配の正体はシャトンだ。どうやらシャトンがコンラッドを狙ったところを、ミリーが止めたらしい。
シャトンはこのタイミングを狙っていたようだ。襲撃者が全て倒れ、我らが最も油断するその時を。
しかし、シャトンがどこかでコンラッドを狙う事をミリーは察していたのだろう。
腕を掴まれたシャトンの表情が痛烈に歪む。
「どうしてっ! どうして貴方が阻むんです!?」
それは、同じ敵を持つ味方であるはずだからこその怒りだ。
何故同胞の無念を思わず、敵に与するような真似をするのかと、シャトンは怒りを露にしている。
ミリーはシャトンと真正面から向かい合っていた。激昂するシャトンとは真逆の、冷たいほどの静けさを感じさせる瞳で。
「ごめんね。けど、あたしはこっちを選んだから」
ミリーは簡潔にシャトンに意思を示した。
シャトンの瞳に絶望の色が浮かぶ。
「どうして!? 貴方だって襲われたんでしょう!? 憎むのが普通じゃないの!」
「うん。シャトンさんは間違ってないよ。怒って当然、憎んで当然だと思う。
あたしも最初はそう考えてた。けど……それでもさ、自分と向き合ってみたら、あたしはコンちゃん個人に恨みはなかったんだよ」
尚も食い下がるシャトンに、ミリーは今一度己が胸中を言葉にする。
訥々と語るミリーの態度は、彼女が本心を語っている事を示していた。シャトンもそれを察したようで、信じられないものを見るような目で後退る。
「戦争したんだもん。怪我したり死んじゃったりは起こるものなんだよ」
「どうしてそんな簡単に割り切れるの……!? おかしいよ……っ」
「うん。普通はきっとそう。けど、あたしは傭兵の娘だからさ。だから……ごめんね」
ミリーは少しだけ寂しそうに微笑んだ。ミリーの父であるリックドラックがル・ロイザの領主になる前は、傭兵団として各地を放浪していたという。幼い頃から傭兵という職業を間近で見てきたミリーは、きっと人よりも割り切るしかない状況に多く晒されてきたのだろう。
良くも悪くも、ある種の達観を得てしまったのがミリーなのだ。
決意の籠ったミリーの言葉を受け、シャトンは膝から崩れ落ちた。どう足掻いてもコンラッドを害する事は不可能だと悟ったのだろう。
ともに依頼を受けた仲間であれ、思想の意味で敵対した我らにそれ以上かける言葉などあるはずもなく。
今はそっとしておくべきだと、暗黙の内に皆が納得する。
湿った空気を払うように、話題を変えようとギーシュ達の方へと視線を変えた。
「それにしても、主らもよく護ろうと思ったの。彼奴等に引き渡した方が楽だったろうに。特にギーシュ」
楽な方法で稼ぎたいと言っていたギーシュだが、我らとともにコンラッドを護る側についた。しかし、傍目に観て楽な道といえばコンラッドを引き渡す事だっただろう。それなら渡してはい終わり。わざわざリリディア神聖国の街まで行く必要もなくなる。
「さっきも言ったが、俺はどっちが楽か見定めたうえでこっちだと思っただけだぜ。
事実、簡単に追っ払っちまえただろ」
「彼我戦力差を読んで、強い方に味方したと言うのか? 流石、というべきかの」
「伊達に各地を放浪して戦い抜いてきたわけじゃねぇって事さ」
なるほど。我らと対立する方が面倒だと考えたようだ。確かに戦力をある程度把握できていたならその方が効率的と考えてもおかしくはない。だが、今回ここまで戦闘は一つも無かった。我らの実力を測る機会はなかったはずだ。驚くべきはその慧眼と言える。
「僕らは冒険者だからね。どんな依頼でも引き受けた以上、完遂するのが当然さ。勿論、人それぞれ考え方に違いはあるだろうけどね」
アルクはアルクで自身の矜持に沿って動いた結果という事のようだ。マイペースを保てる事も冒険者に必要な素養なのだろう。
二人の返事に満足していた我に、ミリーが近づいてきた。
「……サクラはあたしの選択、驚かない?」
「ん? まぁ、なんとなくは察していたからの」
我らは敢えて互いの考えを、ギリギリまで口にしなかった。その判断こそが試験として判定されると考えての事だ。
それでもミリーがどちらの答えを出すか、想像はしていた。
ミリーは根に持つタイプではない。それはコンラッドへの対応からも見て取れる。であれば、ミリーがみすみす護衛対象を引き渡す事をよしとするかが焦点となる。答えはノーだ。
「そか。うん、そだね。ありがと」
どこかほっとしたような安堵の笑みを浮かべ、ミリーは他の者達と労い合いに向かった。
自身の選択が正しかったかどうか、ミリーは不安だったのかもしれない。例え確信をもって選んだ道だとしても、肯定してくれる誰かを求めていたとしてもおかしくない。何せミリーは我と違って年相応の少女なのだから。
ミリーとの話を終えた我は、一人立ち尽くすコンラッドの傍へと近寄った。
今の状況に取り残された一人だ。仮にも護衛対象、構ってやるのも務めと言えよう。
「想像していた通りの展開になったかの?」
恐らくは真逆の結果となっていたはずだ。それを分かっていながら、敢えて聞く。生を諦めかけていた愚か者にはこのくらい言ってもバチは当たるまい。
少々意地の悪い言葉に、コンラッドは怒るでもなく喜ぶでもなく、ただ怪訝な顔を向けてくる。
まるでこの状況に納得がいっていないという様子だ。
「……何故、助けた? お前たちにとって歯牙にもかからない存在だとでも言うつもりか」
どうやらどこまでもネガティブな考えから脱却できないらしい。助かったのだから素直に喜べばいいと思うのだが、それは本人でないからこそ思える勝手な感覚だろうか。
「仮にもリックドラックと競い合った男とは思えぬ情けない発言だの。リックドラックはお主と戦いたがっていたんだがの」
故に、発破をかけてやる。せっかく襲撃者から護り、国へ返してやろうと言うのだ。どうせなら助かった喜びに浸ってもらいたい。
「なに?」
「建前とも言っていたが」
「貴様……」
コンラッドの顔がひきつる。多少怒りを引き出せたようだ。その怒りが生きる事へ結びつくなら、憎まれ役くらい甘んじて受けてやろう。
「建前が嘘だというわけでもあるまい」
そう。建前とは表に出せる意見。時に嘘八百を述べる事もあるだろうが、そうでない事も多い。少なくとも、リックドラックの建前に嘘はなかったはずだ。
我の二の句にコンラッドは押し黙る。彼なりに思う所はあるのだろう。何せリックドラックとの決着をつける為に数年を費やした男だ。
「まぁ、あれだの。世話になった相手に義理を返した。名目などそれで十分であろうよ」
我がコンラッドを引き渡さなかった理由。それが我の建前だ。リックドラックへの恩返し。建前であれ再戦を願っているなら、協力するのは吝かではないという事だ。
「あの娘もそれで納得していると?」
コンラッドの目線がミリーへと注がれる。コンラッドは望んでいなかったようだが、人質にした相手だ。それも宿敵の娘とあれば様々な感情が渦巻いていて当然だろう。
「それはミリー自身に訊かねば分からんよ」
しかし、それを訊かれたとて我に答えられる道理はない。首を振り、返事を拒否する。
我が勝手な推測でミリーの意思を代弁する訳にはいくまい。どうしても知りたいならば本人に訊く以外になく、そこまでする義理は我には無かった。
「訊けるか、馬鹿めが」
そして当事者たるコンラッドがそれを訪ねられるほど恥知らずなはずもなく。
代わりにコンラッドの悪態を愉しく受け止める事と相成った。
――朝が来る。
襲撃者はそのままに、我らは出立した。
シャトンも連れ立って。意思は違えど、共に依頼を受けたパーティには違いない。
それ以降、我らが襲われる事は無かった。襲撃失敗に備えた予備戦力があるかとも警戒したが、杞憂だったようだ。下手に戦力を分散するよりは一度で決めた方が効率的だし、何より敵対国の国境に近い場所で大部隊の運用は出来なかったのだろう。
無事にリリディア神聖国の都市トラシェッドに到着し、トラブルもなく引き渡しを行う。
「ま、達者での」
引き渡しの直前、何とはなしに声をかけた。
せっかく助けた命だ、無駄にはしてほしくない。勿論、ル・ロイザに危害を加えてほしいと言うわけでもないのだが。矛盾しているが、どちらも我の中に宿る正直な感情だ。それ故に、多くは語らない。
コンラッドは煙たそうな目を我へと向け、口を歪ませた。
「金輪際、顔を見ないで済む事を祈っておこう」
その言葉の意味は、果たして額面通りであったか。
煮え湯を飲まされた相手に二度と会いたくないというのも事実だろう。しかし、会いたくないとはつまり戦場で邂逅する事を望まない、という意味にもならないか。
であればそれはコンラッドが言葉に出来る、精一杯の誠意だったのではないか。
真意を確認するつもりはなかった。
何となく、次に会う事があっても敵同士にはならないかもしれないと、そんな淡い期待を抱きながらコンラッド・デイヴス護送作戦を終えたのだった――