6-14「選択」
見張り当番に入るも、何事もなく順調に時は過ぎ行く。
我は早々にアルクと交代、即座に寝に入った。とはいえ横になってすぐに眠れるはずもなく。うとうとする中でシャトンとミリーが交代する気配を感じたが、身体を休ませる事が優先だと触れずに置いた。
やがて、いつかも定かではない内に眠りに落ちていた我はミリーに揺さぶられて起こされた。
出発までの最後の見張り当番が訪れたという事だ。それはつまり、夜間に何事も起こらなかった事を示唆していた。
「あふ……後よろしくねぇ」
「あぁ。暫し休むがよい」
眠たそうにあくびをするミリーは我とバトンタッチするとすぐさま横になった。夜目が利くとはいえ、ミリーは夜行性ではない。日中も普通に活動している分、眠気は等しく訪れて当然だ。出発まで短い時間ではあるが、横たわる事で多少なりとも心身ともに休まるだろう。
何気なくコンラッドの方を見やると、休息に移る前と変わらない姿を見せていた。唯一違うのは目を閉じている事。完全に意識を手放してはいないようだが、少なくとも休もうとする気持ちはあるようで安心する。
あとはギーシュと見張りを続け、夜が明けたら準備を整え出発するだけ――のはずだった。
「……おい」
その声はギーシュから発せられたものではなかった。
いつの間にかコンラッドが目を開き、こちらを覗き見ている。
しかし、我とギーシュもまた声を聴くより先に動き出していた。
我は近くのミリー達を起こすべく、ギーシュは剣の柄に手を当て戦闘態勢に入ろうとしている。
敵の気配が近づいていた。
皆が同時にそれに気付いていたのだ。
そう、皆が。我が起こすより先にミリー達もまた武器に手をかけ起き上がろうとしていた。
敵の練度が低いのか、こちらが優秀なのか。奇襲を受ける前に態勢を整えられた。
「ったく、ようやくか……遅ぇんだよ」
ギーシュが気怠そうに剣を構える。口調とは裏腹に殺気は十分。
「ふぁぁ……もう、なんで今ー?」
「想定の範囲でしょう。向こうも確実さを求めてきていると言う事です」
襲撃者にとって、至上のチャンスとはどの時か。
夜目が利くならば最も暗い深夜が良いかもしれない。だが、今回の敵はリリディア神聖国と袂を分かった人間の国ルーザリア王国。もちろん、魔法的な補強などの可能性はあるが、それでも特別夜に強い者達とは思えない。
そして、襲われる側としては襲撃が来るまで常に緊張を保つ必要がある。何もせずとも襲われるかもしれないと思わせるだけで、時が経つほどに神経を摩耗させる。
必然的に明ける直前が最も可能性として高いタイミングと考えられたのだ。
だが、それは敵も承知しているはず。故に敵が裏をかく可能性も十分に考えられた。それでも今回ベーシックなタイミングを選んだのは、アルクの言う通り成功確率として高い道を選ぶべきだと判断したのかもしれない。
「すまんの。せっかく休みを取ってもらっておったというに」
「お前ら、無駄口叩く余裕があるのはいいがそろそろ敵さんに構ってやれ」
呆れ口調のギーシュに窘められる。
とはいえ皆、既に迎え撃つ態勢は万全だ。
こちらの態勢が整っている事を認めてか、襲撃者と思われる集団が堂々と姿を現した。
奇襲は不可能と悟ったのだろう。
現れたのは二十名ほどの集団だった。だが、気配はもっと多い。恐らくだが総勢は五十名程度と目される。
いずれも甲冑などは身に着けておらず、山賊のような風体をしている。しかし、誰も彼もその衣装は小奇麗だ。取り繕っているのが優に窺える。彼らがルーザリア王国から派遣された者達である事は疑いようがなかった。
「抵抗しなければ危害は加えない。大人しくその男を引き渡せ」
先頭の男が手を差し出し、要求を述べる。山賊ではない事を隠すつもりは無いらしい。もし賊であれば言葉を交わすより先に手が出る。そもそも、奇襲をやめるという選択肢すら浮かばないだろう。
山賊で無い事は確定した。
とはいえ有無を言わさぬその口調は、言葉は交わせても話は通じそうになかった。
「やれやれ。随分と無愛想だの。口の利き方を知らんと見える」
「……皆さん?」
ふと隣を見れば、一人だけ襲撃者の言葉に従い引き下がった者がいた。
その者――シャトンは周りを信じられないものを見るように見渡している。
「……やはり君はそっち側だったんだね」
どうやらアルクはこの流れを想定していたようだ。それも当然か。
リリディア神聖国とル・ロイザの関係、そしてコンラッドの立場とシャトンがル・ロイザ出身である事を踏まえれば彼女の思いは自ずと見えてくる。
先だって予見していたらしいアルクは襲撃者に対する構えを解かず、シャトンにも警戒の視線を送っていた。
「皆さんこそどうして……!」
シャトンの驚愕の言葉は、主に我やミリーに向けられているようだった。
コンラッドとの因縁を知っていればこそ、そのように思い込んでしまったのだろう。
だが、シャトンの期待には応えられない。我は最初からコンラッドを護りぬく事を決めていた。それはミリーも同様だったようだ。
「一人を除いて要求を呑む気は無い、か?」
敵方からの最終確認が下される。どうやら向こうも無用な戦いをしたいわけではないらしい。
こちらの素性や立場は理解しているのだから、ある意味では当然か。冒険者とはいえ、同盟国所属の相手なのだから。
「どうかの。我はそうだが、互いの意思を確認したわけではないからの」
「あたしも一緒だよ」
「僕も同様ですが、そちらも?」
我に続いてミリー、アルクが同意を示す。最後に残されたのはギーシュだ。
「俺は楽に稼げれればそれでいいんだ」
初対面の時と同じような事をギーシュは語る。
「ならば――」
「ああ。つまり……こっちだ」
ギーシュは襲撃者の言葉を遮り、代わりに剣の刃先を向けた。
「どうして!?」
悲鳴のような疑問を叫んだのはシャトンだ。楽な道を選ぶのであれば、逆だろうと言外に語っている。
しかし、ギーシュに迷いは見えなかった。
「揃いも揃って馬鹿ばかりか、貴様ら」
我らが応戦の意思を示す事に苦言を呈する者がシャトン以外にもう一人いた。
他ならぬ護衛対象のコンラッドだ。
「護ってやろうと言うのだ。その言い草はないのではないかの」
「頼んだ覚えはない」
「確かに、依頼したのは主ではないがの。細かい事はよいであろう」
依頼主はル・ロイザの領主だ。コンラッドの意思が介在しているわけではないだろう。
そしてここでコンラッドを差し出す方が、大局的に見て最も丸く収まる事も理解している。
だが、我はそれを良しとしない。ミリー達がこの道を選んだ理由が同じかは分からないが、少なくとも我にとっての正義はこちらだ。
我がリアル系ロボットアニメの方が好みであれば、また答えは違ったかもしれない。だが、我はいつだってスーパーロボットに魅了された者。その原点を見つめれば辿り着く答えは一択だった。
スーパーロボット乗りならば、このような事態に直面したらまずその卑劣さを叩くはずだ。例え敵であろうとも、裏の事情で誅殺される事を良しとしない。
その上で、国際問題などに至るというならそれさえ何とかするのが矜持だろう。
我にそこまでの能力があるとは思っていない。もしこれが本当に、多くの人命に関わる重大な選択肢であったなら、正直迷う可能性はある。己の我を通して、犠牲を強いる事はより忌避されるべき事態だからだ。そうなる未来を回避できる自信が無ければ、あるいは現実的な選択肢を優先してしまうだろう。
しかし、これは試験。どちらを選ぶか、またその過程と結果を見られるものだ。なればこそ、幾分か安心して正直な道を選べるというもの。
いずれは常に己の心に正直である道を選べる強さを得たいと思う。その為の一歩としても、我にとってこの試験での選択肢は本心と違えるわけにはいかなかった。
「愚かな。ならば我らが仇敵もろとも散るがいい!」
我らに退く気なしと伝わった時点で、戦闘は始まった。
後ろに隠れていた者達も一斉に殺気を現し攻勢に出てくる。
コンラッド・デイヴスを巡る戦いが、始まろうとしていた――