6-13「夜営」
ル・ロイザからリリディア神聖国のトラシェッドまでは丸二日ほどを要する。
必然的に一度は野営する必要が出てくるのだが、野営中とは襲撃者にとって絶好のタイミングに他ならない。
何が言いたいかといえば、夜が更けるまでの道中に何も問題はなかったという事だ。
今回の依頼では護送ルートが厳密に決められている。街道から逸れた道なき森の中を行く厳しい道のりだったが、野生の魔物含む外敵に襲われなかった事だけは幸いだった。
ちなみに、そこまでの道中にコンラッドとの会話はなく、また仮称も決まる事は無かった。
そうして大して面白みもない道中を乗り越え、夜空に星が瞬き始めた頃、開けた場所を見つけた我らは野営の準備に入っていた。
焚き火を囲み、それぞれがそれぞれの仕事に従事していく。
コンラッドの監視をアルクに任せ、我とギーシュが周囲の警戒。その間にシャトンが寝具の用意をし、ミリーが夕食の準備をする手筈となった。
今回、他の冒険者と合同の依頼という事もあって我らはマジックハウスを持参しなかった。持ってきたのはマジックバッグ一つに収まる最低限の物資のみだ。
貴重品や財産となるものはレイニーに預けている。これは彼らを信用していないのではなく、無暗に我の魔道具を見せない為の措置だ。
コンラッドにさして憎しみなどは抱いていないが、だからといって我の技術を見せびらかすのは違うだろう。どこかの国に所属しているという意識は無いが、世話になったル・ロイザに敵対するような真似をする気はないのだ。また、他の冒険者に見せて余計な興味を引かせないようにという思惑もある。
「みんなー! ご飯できたよー!」
そして副産物的なメリットとして、ミリーの良き修業にもなっていた。
元々ミリーの夢はどんな環境や状況でも美味しい食事を提供できる料理人になる事だ。普段は我の魔道具などを使っているが、今回はそれが出来ない。制限下にある調理はミリーにとって、むしろ望むところとなっている。
だからか、普段より不便である状況にも関わらずミリーは喜色満面といった様子で調理に励んでいた。
それぞれの手に料理が渡ったところで、誰ともなく食事に手を付ける。
夕飯は携帯食を周辺で取れた調味料となる野草と合わせて炒めたものだった。
シンプルだが味付けはしっかりしている。流石に街の店とは比べるべくもないが、旅の食事としては十分過ぎる美味しさだった。
「ほぅ……こいつは美味いな」
「携帯食でこんなに美味しく出来るなんて、ミリーさんは凄いですね!」
ギーシュやアルクから惜しみのない賛辞を浴び、ミリーは鼻高々に笑みを浮かべる。
満足げなミリーの視線は監視の中、黙々と食事に手を付けるコンラッドへと向けられた。コンラッドは捕虜ではあるが、現在は大切な護送対象でもある。行動に制限をかけさせる必然があるとはいえ、その扱いは人道的でなければならない。
重ねて、監視を強める意味でも共に食事をする方が効率的だった。
「へっへー、コンちゃんはどう?」
ミリーが以前却下された渾名でコンラッドに話しかける。
人道的な扱いが必要だからといって親しくしろとまでは言われていない。しかし、ミリーの心情を思えばむしろわざと明るく振る舞うくらいが本人にとって楽なのかもしれない。
呼ばれた方は目に見えてうざったそうにじっとりとした目線を返していた。
「悪くはない……が、馴れ馴れしくするな。その呼び名もやめろ」
呼び方こそ改めて否定されたが、意外にもコンラッドからは真っ当な評価が返された。誠実に答える辺り、やはり真面目な男なのだろう。
敵味方という立場を考えなければ、好感の持てる人物に違いない。もっとも、コンラッドからすれば敵味方を踏まえずとも、我のようなタイプはあまり好まれないのだろうが。
微笑ましくミリーとコンラッドのやり取りを覗き見ていると、ふとシャトンも同様に二人の様子を眺めている事に気が付いた。ただし、その表情は険しい。
「シャトンよ、どうかしたかの?」
「あ、いえ……別に」
気になって声をかけてみたが、シャトンは曖昧な返事とともに目線を逸らしてしまった。
それ以上の追及は止した方がよさそうだと判断し、引き下がる。
そのうち楽しい食事の時間も終わりを告げる。
誰ともなしに後片付けに入りだしたところで、ギーシュが口を開いた。
「さて、美味い飯も食ったところで見張りの当番について決めようか」
既に夜は到来している。多くの生き物が休息を取る時間。人も例外ではない。
そして、それは同時に最も無防備を晒す時間という事でもある。
襲撃者が現れる可能性が最も高く、そうでなくとも魔物や野盗が活発になる時間帯。今回の依頼において、最大の難関が訪れようとしていた。
「周辺の警戒もそうですが、彼への監視も必要ですよね。二人ずつで行う事を提案します」
最初に意見を述べたのはアルクだった。生真面目そうな彼の事だ、恐らくここに至るまでに色々と対応を考えていたのだろう。
「五人だから一人余っちゃわない?」
「そこは休憩の時間をずらせばよかろう。一人最初と最後を半時間ずつに分ければバランスもとれよう」
ミリーの疑問に我が補足を入れる。口には出さないが、固定のペアを作らない利点は他にもあった。
誰がどのような思惑を抱いているか不明な以上、同じペアに長時間任せる事はリスクになる可能性もあるのだ。
「いいと思います。それでいきましょう」
アルクを筆頭に、それぞれが納得したように頷く。全員の同意を得られたようだ。
「順番はどうします?」
「あたしは夜目が利くから朝方より暗い時間の方がいいかな」
あとは誰がどのタイミングで見張りを担当するか。真っ先に希望を口にしたのはミリーだった。傭兵団にいた経験故か、ミリーは夜に強い。それに以前キツネ耳を見せてもらった事があるが、確かキツネにも夜行性の種類がいたはず。この世界の常識が前世の常識とどこまで共通しているかは不明だが、獣人の特性と思っても相違ないだろう。
「我は何でもよい」
我も前世では徹夜を決め込む事はしょっちゅうだったし、夜は慣れている。
シャトン達も我と意見を同じくすると言わんばかりに頷いた。
ん
「他に希望がないなら適当に決めちまうぞ」
全員の様子を伺い、希望が無い事を確認したギーシュが先立って順番を振るい分けしだす。特に不満を述べる者もなく、すらすらと見張りの順番が与えられていった。
結果。最初は我とシャトンから始まり、我と交代してアルク、続いてシャトンとミリーが代わり、アルクからギーシュへ、ミリーからまた我へと戻る形と相成った。
我の仕事が分割された格好だが、見方を変えれば休憩は続けて取れるという事だ。先番となったシャトンも同様にしっかり休息が取れる。それにこの流れなら必ず女性(肉体的には女性の我も含む)が一人は番をする事になる。自ら希望を出したミリーはともかくとして、我やシャトンをそのように配置したのはギーシュからの気遣いを感じた。適当が本来の意味で使われているのだ。
「すまんの。恩に着る」
「礼を言われるような事はしてねぇよ」
ギーシュはそう言いながら、さっさと横になる。照れ隠しだろうか。ぶっきらぼうに見えて、細かいところまで気が利く彼は色々な意味でベテランなのだろう。
「では僕も先に休ませて貰いますね」
「ちゃんと起こしてよねー」
アルクとミリーもそれぞれ横になる。
これで残っているのは見張り番の我とシャトン、そしてコンラッドとなった。
「主も横になって良いのだぞ」
会話に混ざらず黙して様子を伺っていたコンラッドへと声をかける。自身が蚊帳の外に置かれている自覚はあるのだろう。だからといって、関わり合っていけないわけではないし、休ませないなどといった暴挙を振るうつもりもない。
「サクラさん……」
シャトンが何か言いたそうに口を開いていたが、自ら言葉を止める。
問い返す事はしない。藪を突く事になりそうな気がしたからだ。
「私に構うな。そいつが弁えているようにな」
代わりにコンラッドが口を開く。どうやら拒絶されているようだ。
「嫌われたものだの」
「好かれる要因があると思っていたのか?」
問われ、改めて考えてみる。残念ながらコンラッドとの邂逅の全てを思い返すのに数秒も必要なかった。我らが関わった時間など所詮、それだけでしかなかったのだ。
「まぁ、無いわな。だが、我とて別に親切をしようと言うておるのではない。いざという時動けぬでは困るからの」
それもまた真実。今後、襲撃者が現れた時に何もしないでは困る。いや、自ら死地に飛び込もうとされるよりはいっそ何もしてくれない方が護るに易いかもしれない。だが、どうせ護るならば護りがいも欲しい所だ。
「なら命じればいい。そうでないなら好きにさせてもらう」
コンラッドはそれだけ言って黙りこくる。特に何をするでもなく、ただじっとゆらめく焚き火を眺めるだけだ。
獣は火を嫌うが、ゆらめく焚き火はただただ穏やかなだけだ。パチパチと爆ぜる音すら心地よい。炎が生み出す癒しに、コンラッドは何を思うのか。大よそ癒しとは程遠いしかめっ面を見せるコンラッドの姿に、我はそれ以上何も言えなくなっていた――