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6-12「再会・コンラッド」

 コンラッド護送任務の当日。

 我とミリーは連れ立ってル・ロイザを出て、集合場所である街道の外れに向かっていた。

 連れていく人物が人物なので、人目に付かない場所で護衛対象と合流する必要があるわけだ。

 重ねて言えば、襲撃者に情報を伝える関係上、時間とルートは厳格に定められている。これから街道を外れた森の中を進むのだ。


 集合場所に辿り着くと、既に人影があった。我ら以外にも声はかけていると聞いている。

 同じ依頼を受けた冒険者だとすぐに推察できた。


「よぉ、あんたらも参加者か?」


 声をかけてきたのは、身の丈程もある長刀を腰に二本携えた長身の魔人族だった。

 飄々とした風貌に砕けた口調、いかにもな実力者を思わせる雰囲気を纏っている。


「うむ。我はサクラ、こっちはミリー。二人ともCランクの冒険者だ」

「よろしくお願いしますっ!」


 ミリーはいつも以上に気合の入った挨拶をしていた。決断が近づいている事もあって緊張しているのかもしれない。あまりの活気に、男は呆気にとられたようだった。


「はは、元気がいいな。こんな陰気な依頼だってのに」

「そういう主は何故この依頼を受けたのだ?」


 男は陰気と評した。恐らくだが、襲撃者に敗北する可能性を前提としている事からくる評価だろう。

 しかし、だとすれば何故この男は依頼を受けるに至ったのか、興味を抱くのは必然と言えた。


「おっと、名乗るのが遅れたな。俺はギーシュ・グラドール。流れの冒険者だ。

 こういう依頼は稼げる。俺みたいなヤツにはそれだけで十分なのさ」

「なるほどの。わかりやすくてよいな」


 ギーシュと名乗った男は単純明快な答えを明示した。

 金。我もまたそれを欲して闘技大会を目指し、その為に今この場にいる。そこに至るまでの経緯に多少の違いはあれど、我とこのギーシュなる人物は同じ穴の貉と言えよう。

 俗物的と言える答えを躊躇なく口に出せる快活さは好感が持てた。


 我がギーシュの言動に感心していると、奥から二人の冒険者が顔を出した。

 どちらも我の知らぬ相手だ。

 一人は冒険者というよりどこぞのお坊ちゃんと言った方が似合いの優男。しかして所作に隙は無く、それなりの腕前は期待できそうだった。

 もう一人はいかにも気弱そうな暗い表情の少女。ローブをまとい、杖を手にしている事から魔法使い系だと思われた。


「おや、揃ったのかな?」

「えっ、ミリー様!?」


 優男の方は我らの到来をのんびりとした口調で出迎えていた。一方、少女はミリーの姿を見て一目で正体を看過する。


「む、そちらは……この街の冒険者かの?」


 ミリーは前領主の娘ではあるが、その実あまり表舞台に出る人物ではなかったはずだ。にも関わらず一目で見抜くとなると、少なくともル・ロイザをよく知る人物である事は間違いなさそうだった。


「あ、はい。シャトン・ベネットと申します。そういう貴方はまさか、噂の――」

「うむ。その辺にしておいて貰えると助かるの」


 我が誰であるかまで知っている様子に、思わず口を止めさせる。

 どうやらシャトンと名乗った少女はかなり事情に詳しい様子だ。


 実際、ここでシャトンの口を止めた所で我の正体など調べようと思えば簡単に暴かれるだろう。だが、それは調べようと思えばだ。今この場で無用な騒動を起こさずにいられるなら、それに越した事は無いのだ。


「す、すみません。ですがお二人がまさかこの依頼を受けるなんて」


 こちらの事情を汲み入ってくれたようで、シャトンは慌てた様子で頭を下げる。

 ギーシュやもう一人の優男は特に我らの会話に関与する素振りは見せない。空気を読んでくれているようだ。ギーシュなどは金に関わらない出来事に興味がないだけかもしれないが。


「そういうシャトンさんはどうして?」

「それは……その……」

「あ、ごめん。言いたくないなら別にいいから」

「すみません……」


 シャトンもまた、我ら同様答えに窮しているようだった。ミリーも特に追求しようとしていたわけではない。ただ、なんとはなしに流れで聞き返しただけなのだろう。故にそれ以上話を広げる事は無く、互いに沈黙を是としていた。


「なんだか妙な空気だね……ええと、僕はアルク・フォーレスタ。

 ギーシュさんと同じく他の街から来た冒険者さ。

 ギルドマスターから依頼を受ける人がいなくて困ってるって協力を要請されて参加する事にしたんだ」


 沈黙に耐えかねてか、最後の一人となっていたアルク少年が自己紹介に出てきた。

 彼の言を信じるならば、どうやらこの依頼の参加希望者は少ないようだ。依頼内容からして、詳細は書かれていなかったのは予想出来る。それでも高額の報酬に釣られる者もいれば、怪しさを感じて忌避する者も多かったのだろう。

 特に冒険者などは勘も鋭くなければ生き残れない職業だ。まともな冒険者が選ぶような依頼ではないということだ。


「三者三様の顔ぶれという感じだの。短い付き合いだが、よろしく頼む」


 それぞれの事情もある程度把握できたところで、一先ず互いの紹介は終わった。

 問題はこれから先、協力していけるかどうかだ。それぞれの思惑も分からぬ現状、油断はできない。


「さて、ご依頼のブツがそろそろ到着するはずだが……」


 ギーシュが周辺へと目を向ける。護衛対象であるコンラッドが到着する時刻が到来しようとしていた。


「あ、来たようですよ」


 アルクが街がある方とはずれた方角を指し示す。そちらへと目を向けると、数名の兵士がこちらへと歩み寄ってくるのが見えた。兵士が囲う中央には、枷をつけられ目も口も封じられた男が連行されている。誰かなど考えるまでもなく、コンラッド・デイヴスに間違いなかった。記憶より少々痩せているように見えたが、まだまだ恰幅の良さは健在の様子だった。


「運搬依頼を引き受けて下さった方々ですね?」

「あぁ、そうだ」


 ギーシュが兵士と対応する。その間、我は兵士たちの様子を伺っていた。兜の下に表情は隠されているが、それでもどこか剣呑さを醸し出している。敵対国家の司令官ともなれば、さもありなん。あからさまに表に出さないだけ立派と言っていいだろう。


「それではこちらをお願いいたします」


 兵士たちはそれだけ言って、コンラッドを置いてそそくさと去っていった。互いの感情的にもその方がよいのだろう。


 残された我らは、拘束状態にあるコンラッドを前に立ち尽くしていた。


「……さて、これはどうしたらよいのだ? 担いでいくのか?」


 歩けるのはここまでやってきた事で証明されているが、拘束具の関係で歩き難そうだ。ともなれば、コンラッドに歩かせれば時間がかかる。それにこのままの状態でリリディア神聖国に返却したとして、向こうの心証も悪くなりそうだ。敵対しているとはいえ、どうせ返すのなら穏便に済ませたい。


「仮にそうするってんなら俺がやってやるけどよ、時間とルートは決められてるがこいつの扱いに関しては何も言われてないだろ。なら、てめぇで歩かせりゃいいんじゃねぇか」


 ギーシュは面倒は御免だとばかりに解放を提案する。柔軟に考えられる者のようだ。冒険者としての経験も長いのだろう。抜け道を心得ている。


「なっ!? それでは万が一逃げられでもしたら……!」

「それも含めての護送って事なんじゃないの? 大丈夫だよ、あたしたち全員で見張ればさ」


 ギーシュの提案に非難めいた声を上げたのはシャトンだった。ル・ロイザ出身の身からして、コンラッドの脅威を十全に感じているのだろう。

 対してシャトン同様にル・ロイザに身を置いていたミリーはそこまで気にしていない様子だった。


「……なるほど、試験はもう始まっているわけだの」


 しかし、出発前から既に意見が対立している。この状態で襲撃者が現れたら果たしてどうなるのか。先が思いやられ、思わず嘆息してしまう。


「何か言いました?」

「いや、こちらの話よ。道中、敵に襲われた時の事を踏まえても動きやすい方がよかろう。

 ここは素直に本人にも働いてもらうべきだと思うが?」


 ここで言い争っていても埒が明かない。我もコンラッド解放の意見に賛同を示す。これで過半数が賛成した事になった。理性的な者であれば多数決という事で納得してくれるはずだ。


「……分かりました。お二人が言うなら尊重しましょう」


 少しの迷いは見られたものの、シャトンは理解を示してくれた。言い分からして、多数決に従ったと言うよりはミリーや我の意見なら仕方がないといった風だ。ミリーの立場や先の戦争の功績を使ったようで少々バツの悪さを感じるが、一先ずは甘んじる事とする。


「じゃあ、いいな? ほどくぞ」


 ギーシュが周りに確認を入れつつ、コンラッドの枷を取り外していく。

 枷の下から現れた瞳が、真っ先に我を捉えてきた。


「……ふん。やはり貴様か」


 どうやら声から我の事は分かっていたようだ。忌々しそうに睨まれてしまう。自身を捕えた相手に好意的な視線を向けられるわけはないのだが。


「久しぶり、と言えばよいかの?」

「ふざけろ……まぁ、どうせなら最期は知った顔の方がマシか」


 コンラッドはどこか諦観を思わせる言葉を口にする。自身が捕われても抗戦を訴えていたあの気概からは想像のつかない素振りだった。


「ん? それはどういう意味だ?」

「これから何が起こるかくらいバカでも想像できると言っている」


 どうやら自身の置かれた境遇から、状況を推察しているようだ。これから襲撃者が来訪する事も想像しているとすれば、無事にリリディア神聖国に帰る事は無いとでも思っているのだろう。


「なんだ、つまらんの」


 しかしながら、コンラッドのその諦観は早計であると言わざるを得ない。彼にとって状況が絶望的な事に関しては否定しないが、だからといって我らの事を決めつけるには早くないか。

 そういった気持ちがつい口から零れてしまった。


「おいおい。サクラはそいつと知り合いなのか?」

「あぁ。先の戦争には我も縁あって参加していての。こやつとは少々顔馴染みなのだよ」


 問うてくるギーシュに素直な返答をする。ここまでの流れから隠せるものではないし、隠す意味もないからだ。


「はっ、物は言いようだな」

「まぁまぁ。そんなに睨み合ったりしないで。それよりも、早く出発した方がいいんじゃ?」


 先を急いだほうがいいとアルクが提案を述べた。時間の定まった依頼である以上、いつまでものんびりはしていられないのも事実だ。


「そだね。時間も勿体ないし。いいよね、コンラッドさん?」

「名前を呼ぶな、馬鹿者め」


 ミリーが正論で怒られている。コンラッド・デイヴスはル・ロイザでは悪い意味で有名な人物だ。もし事情を知らない市民やら兵士やらに聞かれれば無用な諍いが起こりかねない。ただでさえこれから襲撃者に備えなければならないのだ。

 顔はフードか何かで隠すとして、名前も極力口に出すべきではないだろう。


 だが、それを指摘するのが護送対象である当人なのはいかがなものか。しかも自身の生存を諦めていたはずの人間だ。

 自身の諦観よりも生真面目さが前に出てくる辺り、コンラッドが生粋の軍人である証なのかもしれない。


 そう思うと苦笑を漏らさずにはいられなかった。同時にそれを引き出したミリーに感心すら覚える。


「だって他に呼び方知らないし」


 当のミリーは悪びれた様子なく言い訳を口にする。確かに名字で呼んでも素性はバレるし、代替となる呼び方も考えていなかった。


「まぁ、確かに。荷物Aでは逆に不自然だしの」


 適当に呼ぶにしても、統一しなければ怪しまれる。暫定でも呼称は決めておいて然るべきだ。


「……コンちゃん?」

「勘弁しろ」


 親しい友人への渾名のようなゆるい案を挙げるミリーに、コンラッドは心底嫌そうに拒絶を示す。

 ミリーにコンラッドを揶揄する気持ちはないのだろうが、いい大人が呼ばれて嬉しい渾名でもない。

 なれば、我のセンスで代替案を考えるのが吉だろう。


「ではコンコンR2はどうだろうかの」

「意味が分からん! 長い!」


 秒殺されてしまった。敵役としてこれ以上ない案だったのだが、敵役なのがいけなかったのだろうか。それとも雑魚メカらしい名前がいけなかったか。そこは敢えて重要そうでない演出だったのだが、伝わらなかったようだ。無念。


「注文が多いー!」

「お前ら……緊張感ってものがねぇのかよ。とりあえず行くぞ」

「はーい」


 我とミリーが轟沈している横で、呆れた様子のギーシュが話を打ち切った。

 結局、名付けは保留とされ護送依頼が始まるのだった――

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