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6-10「試験概要」

「コンラッド……ってあの!?」


 ギルドマスターの口から発せられた依頼の作戦名に、ミリーは唖然とした様子で口を開いていた。


「その名前は記憶しているぞ。リリディア神聖国の司令官だった男だの」


 このル・ロイザを取り巻く一連の戦いは記憶に新しい。その中でも最重要人物と呼ぶべき敵の大将の名前は流石に忘れていなかった。

 しかしまさか、その名をランクアップに臨む昇格試験で聞く事になるとは露ほども想像し得なかった。


「そうだ。サクラさんと前領主リックドラックの奮闘で捕縛したあの男だ。そいつをリリディア神聖国に引き渡す。その道中の護衛をお前たちに頼みたい」


 そういえば、いずれリリディア神聖国に引き渡す事になるとは以前にも聞いていた。少々時期が早い気もするが、何よりそれを我らに託されるとは想像していなかった。


「待って! なんでそんな話になってんの!? てか、あいつあたしを攫った相手なんだよ!?」


 ミリーはかなりの感情を乗せてギルドマスターに詰め寄る。ある意味部外者であった我は驚きこそあれど素直に受け入れられたが、当事者として数多の被害を受けたミリーには受け入れがたいものがあって当然だ。


「……だから、我らにか。主も人が悪い」

「先にも言ったが、Bランクの昇格にはサクラさんたちが不得意な依頼をこなしてもらう必要がある。

 しかし、そんじょそこらの依頼じゃフィジカルで何とでもなってしまうだろう?」


 コンラッドの護送とタイミングが重なったのは偶然だろうが、それを我らに宛がおうというのはギルドマスターの意思だ。

 そして、それは我らにとっての試験に相応しいと判断しての事なのだ。

 少なくともミリーにとってはそうだろう。そこは我も認める所だ。


 ギルドマスターの言う通り、確かに多少の不得意は覆せるだけの膂力が我らにはあるだろう。我には竜化もスーパーロボットの兵器を模した魔道具もある。ミリーにもビームライフルという強力な武器がある。それらを用いれば多少の不得手は覆せるだろう。

 だが、それでは試験にならない。世界が求める冒険者の水準をクリアしたとは言えない。

 だからこその今回の依頼というわけだ。ただ、まだ幾つか不明な点は残っている。


「試験に相応しい内容と言うのは分かった。だが、先に依頼の成否は問わないと言ったの。それはどういうわけなのだ?」

「まず、コンラッドの身柄を引き渡す事については前領主リックドラックが決めていた事だ。これはサクラさんたちも承知しているな?」

「うむ。それで身代金をせしめようという建前だったの」


 実際にはリックドラックが領主を辞する事などの思惑も含まれた上でのあの決断だったのだが、建前上は戦争で消費した金銭の補充が目的だった。


「その辺の細かい話は私は知らないが……まぁ、そういう話らしいな。それで、その話に納得していないのは大勢いる。この街以外にもね」

「例えば?」


 分かる話だ。これまで命を脅かしてきた、あるいは奪われた者たちにどれだけ理由を説いたところで納得は与えられまい。

 その怒りを孕む者達が誰なのかという点でギルドマスターの言葉に含みを感じ、我は問う。


「リリディア神聖国から独立して生まれた人間族の国家『ルーザリア王国』などが該当する。

 向こうにとっちゃ宿敵リリディアの士官なんぞ邪魔者以外の何物でもないからな」


 なるほど、国内のみならず国外にもリリディア神聖国の敵はいるというわけか。

 ルーザリア王国の名は聞き覚えがある。アルディス竜帝国よりも積極的にリリディアと敵対している国のはずだ。

 であれば、有能な敵の指揮官の復活を阻みたいと思うのも必然か。


「ふむ。まぁ、敵に塩を送るようなものだからの。だが、そのルーザリアとやらは此度の事情とは関係なかろう」

「それがそうもいかない。ルーザリア王国はアルディス竜帝国と同盟関係にあるからね。

 そして、ここからが本題になる。今回のコンラッド護送のタイミングとルートは既に外部に周知されている」


 話が一気にきな臭くなってきた。

 護送の意味合いと難易度が大きく変わってくる。


「……まさか、わざと襲わせる気か?」


 その可能性を敢えて口にすると、ギルドマスターは静かに頷いた。

 どうやら想定以上に悪辣な依頼のようだ。


「国としては同盟国を無下に出来ん。ル・ロイザとしては約束を違える汚名を被りたくない。

 そこで冒険者ギルドに汚れ役の依頼が舞い込んできたというわけだ。

 依頼が成功すれば身代金をガッポリ、失敗してもルーザリアが補填してくれる。どっちに転んでも問題ないって寸法だな」

「なにそれ……」


 ミリーが義憤を口にする。どっちにも良い顔をしようという魂胆は、そうせざるを得ないのも理解できるが少々破廉恥と言えるだろう。

 しかし、そうせざるを得ないという現実も事実。折り合いをつけた結果がそれならば、無暗に否定もできまい。


「確かにあくどいが、現実的ではあるの。ふむ、だから成否が関係ないというわけか」

「そうだ。そして、これこそ今のお前たちにとって最も相応しい試験と言えるだろう」


 ギルドマスターは試験としての成功条件を提示しなかった。

 つまり、我らにどちらを選ぶか考えよという事だ。それこそが此度の試験内容となるのだろう。

 どんな強敵を用意されるより厄介で困難を極める試験だ。


「どうかな? 今の時分にル・ロイザに戻った事を後悔したか?」


 今の気分をそのまま問われ、我は苦笑で返すしかなかった。

 ミリーはどうかと横目で伺うと、無表情を努めている様子だった。彼女の中で様々な思いが交錯しているのだと察せられる。

 ここは我が背中を押すべき状況か。


「いや。それが必要と言うなら受けるだけの事よ。ミリーも良いかの?」


 どの道、我に迷う余地はなかった。そもそも我も関係者だ。責任の一端くらいはあるだろうし、闘技大会に出る為にランクアップが必要な事実も変わらない。

 我が率先して参加を表明すると、ミリーは視線を逸らしたまま頷いた。


「……ん、まぁサクラがいいならあたしもいいよ」


 どこか納得しきれていない印象だが、それでも参加を決めてくれる。無理をさせるつもりはないが、今は素直に厚意を受け入れておくのが寛容だろう。


「おっと、一つ質問を良いかの。襲撃者への対応はどこまで許される?」


 コンラッドを護る方向で動くなら、どうしても襲撃者と戦う事になるだろう。その場合、同盟国であるルーザリアの者達を傷つけてよいのか。そこは確認しておかねばなるまい。


「死なない程度に済ませてほしいところだな。あぁ、全くの無傷というのも良くない。それだと今度はリリディアに言い訳が立たなくなるからな」


 ある意味一番難しい注文をつけられる。本気で殺しに来る相手に、手加減をしろというのだ。しかも護衛対象を護りながら戦うという枷ばかりの状況。

 なかなかに厳しい事を言ってくれるものだ。


「はぁ、面倒だが仕方がないの」

「決まりだな。ああ、言い忘れていたがこの依頼は他にも参加者を募っている。来たヤツとは仲良くしてやってくれ」


 ギルドマスターが後から情報を付け加えてきた。

 元々我らが来る事など想定していなかっただろうから当然の話だ。仮にそうでなくとも、たった二人に任せる仕事内容ではない。それが例え、失敗を前提とした内容であってもだ。


「……ちなみに、その者達にはどこまで伝えるのだ?」


 参加者が増えるのは仕方がない。むしろ歓迎すべき事柄だ。だが、我らが事情を知らされたのはランクアップ試験の為だろう。そうでない者達にどこまで話が伝わっているのかは確認する必要がある。

 でなければ、成否どちらを求めるにしても作戦中に仲間同士で致命的な齟齬が生じかねない。


「伝えるのは護送対象と場所についてだけだ。襲撃者の存在は匂わせる程度だな」


 襲撃があると悟らせれば、事情に通じ勘が良い者であれば察する事もあるだろう。これは『そういう』依頼なのだと。特にこのル・ロイザの住人であれば尚の事だ。


「やれやれ。主も人が悪いの。これは中々にしんどい依頼になりそうだ」


 果たして肩を並べる僚友は敵か味方か。頭を悩ませる事柄が多い依頼になりそうだ。

 少々の気怠さを感じながらも我らは依頼を受諾し、来るべき時に備えて冒険者ギルドから撤退するのだった――

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