6-8「ル・ロイザ再び」
ル・ロイザ近郊に着いたところで、人目につかない場所に降り立ち竜化を解く。性質的には人化する、と言った方が正しいのだが我の気分的にはこちらが正しい。
ともかく、数時間の道のりをのんびり歩いてル・ロイザに凱旋した。
すっかり夜も更けていたが、半日足らずで移動できたことはやはり大きい。ルートの制限などを考えるといつでも多用できるというわけではないが、一つの手段として検討する価値は大いにあると言えよう。
ル・ロイザに着いたその日は、そのまま宿に泊まる事となった。
レイニーは屋敷を手放しているし、リックドラックの現在の住み家を聞いていなかったミリーも、わざわざそれを確認しに領主の館に行くのは面倒だとごねたのだ。どのみち夜も更けた時間帯に、領主の館に出向くなど失礼千万な真似は出来なかったとも言える。
宿での一泊に大したイベントなどはなく、ぐっすりと寝て疲れを取った我らは爽やかな朝を迎えていた。
「それじゃ、私は屋敷に向かうわ。二人とも頑張ってね」
朝食を取り終えたところで、レイニーは早々に別行動を宣言する。
「なんだ。本当に忘れ物あったんだ」
「どういう意味かしら」
ミリーはレイニーの言葉を疑っていたようだ。確かに、あのレイニーが忘れ物をするとは信じがたい。しかし、不要と思っていた物が後から必要になったりするなどよくある事だ。佐倉頼善としての我にも覚えはある。
それにレイニーも全ての私物を持って出たわけではない。マジックバッグやマジックハウスの容量にも限界はあるし、ある程度の余裕も必要になる。そうした中で取りこぼしたものがあってもおかしくはない。
「あ、あはは……いやいや何でもないよー」
「全くもう。じゃ、本当に気を付けてね」
ミリーへのお小言は程々に、レイニーは応援というより心配の言葉をかけて去っていった。
取り残された我とミリーは互いに顔を見合わせ、頷き合う。
「さて、我らも向かうかの」
「おー!」
勝手知ったるル・ロイザ。冒険者ギルドへの道に迷う事無く辿り着く。
途中、すれ違う人々から幾度か声をかけられた。ミリーは言わずもがな元領主の娘で有名人であるし、先の戦争で戦場にいた者の中には我を知る者もいるのだ。そうでなくとも噂か何かで聞き知った者もいたのだろう。
我もミリーも声をかけてくる者には軽い挨拶を交わす程度にとどめ、冒険者ギルドへの道を急いだ。一々立ち止まって話をしていてはいつまで経っても先に進まないと危惧したためだ。
そうして冒険者ギルドの門扉をくぐり、受付へと向かうと見知った顔が我らを迎えてくれた。
「あれ? サクラさん……とミリー様!?」
「久しいの、ミリシャ。しかし、ミリーは様づけか」
初めて冒険者ギルドに赴いた時、世話になった受付嬢のミリシャがそこにいた。
しかし、世話になっておいて苦言を言うのも何だが、我とミリーの扱いに差がある点が気にかかる。名前が似ているからか。贔屓か。
「いやぁ、ほら……パパが有名だから? てか、ミリシャさんも呼び捨てでいいって前に言ったじゃん!」
ミリシャがミリーを知っていた事から何となくは察していたが、二人は顔見知りのようだ。ミリーも冒険者として活動していたのだから知っていても当然か。ル・ロイザでは貴族生活を送っていたと聞いているが、常に慎ましやかに過ごしていたわけではなさそうだ。
「で、でも私達にとってリックドラック様は憧れですし……その娘であるミリーさんも流石に呼び捨ては無理です!」
「まぁ、それで妥協しましょう。ふふふ、私は寛容な女だからね!」
『さん』付けで落ち着いたようだ。ミリーが何故ドヤっているのかはよくわからなかったが、話が進むなら何でもいい。
「やれやれ、レイニーがおらんとツッコミ不足だの」
ここにいない仲間の事を想う。レイニーならば、我の代わりに的確な言葉をぶん投げてくれたに違いない。
「あたし、どちらかと言えばツッコミ側のつもりなんだけど?」
ツッコまれる謂れなどないとミリーは言う。
「それを言うなら我もだの」
「ならツッコミ役いらなくない?」
「それもそうか」
なんだ。二人とも真面目ならば特段ツッコミ役など無くともよかった。
安心安心。実に安心。
「あのー……二人とも漫才しにきたんですか?」
「いや違う」
ミリシャが面倒くさい物を相手にするようなジト目でこちらを睨んでくる。少々悪ふざけが過ぎたようだ。
一先ず話を進めるべく、冗談はこの辺で終わらせておく。
「ですよね……というか、お二人も旅立たれたと聞いたような」
首を傾げるミリシャ。道中で出会った人々と同様、我らがここにいる事に疑問を抱いている様子だ。
「少々事情があっての、戻ってきたのだ」
「そうそう。あのさ、あたし達ランクアップ試験受けたいんだけど」
ようやく本題を切り出せた。尤も、回り道をした原因は我らにあるのだが。都合の悪い事には目を瞑る事にして、本題に集中する事にする。
ミリーが発した言葉に、ミリシャはどこか合点がいったように頷いた。
「ランクアップ試験……ああ、もしかしてリア・ベスタの闘技大会ですか?」
どうやら説明するまでもなくこちらの事情を把握してくれたようだ。回り道した分の時間は短縮できたか。
「話が早くて助かるが……そんなに有名な話なのかの?」
「風の噂で聞きまして。でもこんなところまで遠出する必要があるほど逼迫してたんです?」
随分と噂が広まっているものだ。それだけ闘技大会が有名だということか。
そう考えると、リ・マルタでそういった情報を得られなかった我らは世間に疎い集団なのかもしれない。もう少し世間に目を向けるべきかと心の内で反省しつつ、話を続ける。
「リア・ベスタ近郊は難しいと言う話だったが、ここに来たのは勝手知ったる場所だったからだの」
「他にも色々理由はあったけど、馴染み深いっての大事だよねー」
ここまで遠出する必要があったかと問われれば実際のところ、無いのだろう。
見知らぬ新たな街に赴くよりは親しみのある街の方が良かった。冒険者としては未知の開拓を選ぶべきかもしれないが、切羽詰まった状況である事を踏まえると必ずしもそれが正解とは限らないのだ。
「な、なるほど? そういう事ならギルドマスターにお繋ぎしますね」
我らの感覚はいまいちミリシャに伝わらなかったようだ。
ミリシャは立ち上がり、駆け出そうとする。
「む? ランクアップ試験とはそんな大事なのか?」
「お二人が相手となると、私の手に余ると言いますか……」
「そういう事なら仕方ないの。では、頼もう」
「はい。少々お待ちください」
思わず一声かけてしまったが、困惑するミリシャの様子を見て引き下がる。
ミリシャは一礼するとそそくさと奥に消えていった。
その後ろ姿を眺めている内、我はかねてより感じていた疑問をいよいよ抑えきれなくなっていた。
「……のう、ミリーよ。ランクアップ試験とは随分と大仰なものなのだの?」
リア・ベスタで適当な試験が枯渇していると聞いた時点ではまだ引っ掛かりを感じる程度だったが、ここにきて明確に形作られた。ランクアップ試験が毎度こうも手間暇がかかるとなれば、冒険者たちもなかなかランクアップに踏み込めなくなるだろうし、ギルドの仕事も無駄に増えるのではないか。
何故このような面倒くさい手順を必要としているのか、どれだけ考えてもさっぱりわからなかった。
我の問いかけに、ミリーは首を捻っていた。少しして、何かに気付いたように大袈裟にうなずく。
「んん? ……あー、そっか。サクラは最初からCランクだったんだっけ」
「その言い方……毎度毎度こんな面倒な手続きが必要というわけではないのか?」
ミリーの話しぶりから、一つの可能性を見つける。てっきりランクアップ試験は全て共通しているものだと思い込んでいたが、各段階で内容が異なるとしたら理解できる話だ。その場合複雑化するのは当然高ランクだろうから、低ランク帯ではもっとシンプルだとすれば納得できる。
「違うよー。というか、Cランクまでとそれ以上で異なる感じ?」
「ほう?」
「なんていうかなー、一般の冒険者の最高到達地点がCランクなのね。
だからCランクまでは普通にギルド内で戦ったりする試験で済むんだよ」
そういえば冒険者になった時にも聞いた事があった。なるほど、大半の冒険者にとっての頂点がCランクであればこそ、それ以上のランクへの昇格は特別になるのか。
「なるほど。ではBランクは?」
「それがよくわからないんだよねぇ。あたしも前に気になって色々聞いてみたんだけど、人によって全然違うみたい」
聞いて返事が返ってきたと言う事は、特別秘匿とされている内容ではないのだろう。内容が異なるというのも依頼が前提なのであれば頷ける話だ。しかし、そこの選定基準などは気になるところだ。
幾らそれぞれ異なると言っても、共通のルールはあるはず。それ次第で我らが昇格できるかどうかの難易度も変わってくるだろう。
「ふむ。何が出てくるのか楽しみだの」
「うへぇ。あたしにその余裕はないよぅ」
答えはもうすぐ分かる。であれば深く考えるよりも出される答えを待つ方が建設的だろう。
達成困難なものを出されても困るが、ここまできたら最早腹を括るしかあるまい。潔く楽しんで待とうと意気込む我に対し、ミリーの不平とため息が零れるのだった――