6-6「リターン」
闘技大会への意欲を新たにした翌日。
早朝からリックドラックの案内にて、設計図を片手に鍛冶屋に赴き、発注を手早く済ませた。
リックドラック馴染みの店というだけあって、交渉もスムーズに終わり早々に目的は果たせた。とはいえ、発注内容が極めて特殊な内容とあって単店での成約は難しく、他店を紹介される事にもなっていた。
これは我が意図的に仕組んだ事でもある。単独の店舗で完結しては、技術の流出という可能性が出てくる。それを抑えるための手段の一つが複数店舗にパーツを小分けして発注する事でもあった。
また、期日に影響がない範囲でダミーのパーツも混ぜてある。もちろん、全くの無駄になるものではなく、他に余裕があったら開発したいと思っていた物のパーツだ。
技術を守るためには、こうした細々とした努力が不可欠なのだ。
リックドラックに礼を言い、一度宿へと戻る。ミリーお手製の昼食に舌鼓を打った後、今度は二人で冒険者ギルドへと向かった。
リア・ベスタの冒険者ギルドはこれまでで最も大きな施設だった。
闘技大会もある都市なので、冒険者の需要も多いのかもしれない。
依頼書が貼り出された掲示板の横を通り過ぎ、受付へと向かう。
無数の冒険者が群がる掲示板をちらりと覗き見たが、空白が目立つように見えたのが気にかかった。
掲示板前だけでなく受付も混み合っており、長い待機列に並ぶことを余儀なくされる。
それから十数分の待ち時間を経て、ようやく受付嬢と対面出来た。
「失礼する。冒険者ランクを上げたいのだが、相談はこちらでいいかの」
待たされた分、手早く用件を伝える。
「大丈夫ですよ。冒険者カードを拝見してもよろしいですか」
受付嬢はニコリと営業スマイルで応えてくれる。促されるままに我とミリーは冒険者カードを差し出した。
受付嬢は受け取った冒険者カードを何らかの装置に差し込み、何かを確認しているようだった。
「これは……あの『地獄への路』を踏破されたのですか!?」
少々の間を置いて、受付嬢が唐突に声を上げる。どうやら我らの功績を確認していたようだ。冒険者カードにはそういった情報も記されるらしい。なるほど、便利なものだ。説明の手間が省けてよい。
「うむ。まぁ、パーティでだがの」
「それでも凄い事ですよ! この国で十年以上未踏破だったダンジョンはほとんどないんですから!
これだけの功績があるなら余裕でランクアップ試験に望めますね!」
どうやらランクアップに支障の無い功績だったようだ。一先ず最初の関門を無事に突破できたことに安堵する。ここで躓いていては、先が思いやられるところだった。
「おお! そうか、ではすぐに――」
「あ、ですが……その……」
本題となる試験の話に移行しようとしたところで、受付嬢の歯切れ悪い言葉によって流れを堰き止められる。
「何か問題が?」
「ただいまBランクへの昇級希望が多く、試験相当の依頼が枯渇しているんです」
暗雲が立ち込めてきたようだと思ったら、そのままの返答がお出しされてしまった。
最初の威勢はどこへいったのかと思ったが、よくよく考えてみれば我もミリーもまだ大人とは呼べない見た目。まさかBランクへの昇級希望だとは想像されていなかったのだろう。
「枯渇!? そういえば掲示板の依頼書もめちゃくちゃ少なかったね」
受付に足を運ぶ前にちらりと覗いた掲示板の様子を思い出す。空白が目立っていたとは思ったが、まさかその理由が我らにも影響を及ぼすものだったとは想像だにしなかった。
「今年から闘技大会に参加資格が出来たのは知っていますか? それの影響みたいですね」
「むう。考える事は皆一緒という事か」
なんとなく自分達がミーハーと言われているみたいで気恥ずかしくなる。
しかし、ランクBに満たない者も割と参加希望は多いようだ。最強を決める大会なのだから、相応の実力に至っていない者は初めから出ようとしないものかと思っていたが、そうでもないらしい。
「あぁ、Bランク志望だからもしかしてと思いましたが、お二方も闘技大会に出る予定だったんですね。でしたら、少々時間的に厳しいかもしれません」
受付嬢は闘技大会までに間に合わない可能性もあるという。それは中々に困った事態だ。実力不足で参加出来ないならまだ納得もいくが、試験が受けられないが理由では笑い話にもならない。
「じゃあ近隣の街に向かう?」
「言いにくいんですが……既に多くの冒険者も向かわれています。この近辺では難しいかと」
「そんなに多くの冒険者が参加しようとしているのか?」
そもそものランクアップ試験に適した依頼とやらが少ない可能性もあるが、近隣の街でも難しい事が予見されるレベルとは驚きだ。
「そりゃあそうだよ。リア・ベスタの闘技大会って言ったら戦士の憧れだよ!
力自慢は当然来るし、そうでなくても腕試しに挑戦する人も多いんだ」
「なるほどの。確かに比較的安全に強者と戦えるまたとない機会とも言えるのか」
ミリーの話を聞いて合点がいく。我は強さにそこまで興味が無く、賞金ばかりに目が行っていた。しかし、人が変われば闘技大会に望むものも違ってくるのだ。むしろ我のように金に目が眩んだ参加者の方が少ない可能性もある。
「しかし困ったの」
「ご希望に沿えず申し訳ありません」
受付嬢が頭を下げる。心底申し訳なさそうだ。真面目な職員である事が伺える。
「いやいや、主が悪いわけではなかろう。我らが少々考えなしだっただけよ」
想定が甘かった事を認めざるを得ない。我らの失態を冒険者ギルドにぶつけるのは違うだろう。
「けどさ、どうするー?」
「ここは一度退くしかあるまい」
このまま諦めるつもりはないが、冒険者ギルドに居座って解決する話でもない。考えるにしても場所を変えるべきだと撤退を提案する。ミリーもすぐに頷き、二人して冒険者ギルドを離れた。
「参っちゃったねぇ」
あてもなくぶらぶら歩きながら今後の対応を考える。隣を歩くミリーはお手上げといった様子だったが、我には一つ思い当たる節があった。
「ミリーよ、ル・ロイザなら依頼はあるかの?」
「そりゃ、あると思うけど……え、戻るの?」
信じられないといった顔を見せるミリーに、我はニヤリと笑って返した。
確かに普通に徒歩での行程を考えれば片道十日程、馬を使ったとしても一週間、行って帰るだけなら余裕があるとはいえ、時間を無駄にする感覚は否めない。
肝心のランクアップ試験にどれほどの日数を要するかも分からない中で、半月以上の日数をかける事は少々分の悪い博打とも言える。
だが。
「うむ。考えたのだが、我らもリックドラックが言っていた裏技を使えばいいのだ」
「ほえ?」
リックドラックが我らの道程に追いついた理由。裏技だと濁していたが、その答えは少し考えればすぐに思い付くものだった。時間など、その裏技を流用してしまえば解決する程度に些末な問題だったのだ――
「ル・ロイザに戻る……!?」
宿に戻り、魔道具の製作に精を出していたレイニーに声をかける。
急なとんぼ返りを宣告されたレイニーは驚きに目を丸くしていた。
「理由は分かったけど、往復で半月消費するのは痛いわよ。
魔道具だって製作するのは私や鍛冶屋だとしても、最終的な調整なんかはサクラの助言が必要になるんだし」
レイニーの指摘通り、魔道具の製作が滞れば実戦投入による試験も出来なくなるし、そもそも出場資格を得られたからそれで準備完了とはならない。
我らの目的はあくまで上位入賞による賞金獲得だ。その為には大会に向けた特訓とて必要だろう。本来であれば、レイニーにもそうした自身の戦いの用意をしてもらうべきなのだ。しかし、我やミリーが不甲斐ない状態にあるが故に時間を割いてもらっている。
「大丈夫だ。解決策はある。ほら、先日リックドラックが裏技を使ってここに来たと言っていたろう」
「確かに言っていたわね」
「あれはセチアの事だ。竜化して飛んできたのだろう」
種を明かせば実に簡単な話だ。ミリーの手紙がリックドラックにまで届く時間はどうしたって縮まらない。であれば、リックドラックの下へ手紙が届いてからリア・ベスタまで急行したという事になる。
この世界に瞬間移動に準ずる魔法があるかは不明だが、少なくともル・ロイザからここに至るまで見た事は無い。もし気軽に使用できるようなものがあるならば、ル・ロイザを巡る戦争での駆け引きの意味がなくなってしまう。
では、瞬間移動ではないならどうしたのか。そこで出てくるのがセチアの存在だ。
セチアは竜人。竜化して飛行すればその速度は馬車など比べ物にならない。前世で言う新幹線や飛行機と肩を並べるレベルだ。
ただし、同じヒトである竜人の背に乗る事は倫理の観点からタブーとされている。また、竜人と知らない人が近場で飛行する竜を見た場合、パニックを起こす可能性も考えられる。それらの問題を含めてリックドラックは裏技と称したのだろう。
「なるほど。竜の飛行速度ならル・ロイザでも一日かからない……か」
「そういう事だの。我の場合、竜化に時間がかかるとはいえ、ほぼ誤差であろう」
前回竜化した際は一時間以上の時を必要とした。佐倉頼善としての記憶が更に強まっている今はより時間がかかってもおかしくない。それでもトータルで考えれば十分の一以下の移動時間で済むだろう。
「というわけで、ちょっと二人で行ってくるね!」
話が纏まったなら躊躇する理由はない。ミリーも納得したようで、我の手を取りレイニーに元気よく一時の別れを告げる。
それを聞いたレイニーは何故だか顔色を曇らせていた。
「二人って……ミリーがサクラに乗る……?」
「それはそうであろう。我もミリーも試験を受ける必要があるのだからの」
まさかこの流れでミリーを置いていくわけがない。あるいは口に咥えていくとでも思われたか。
「そ、そうよね」
「どったの? もしかして、レイニーも乗りたい?」
「えっ」
レイニーの反応を訝しむ我に代わり、ミリーがその理由を指摘する。
指摘されたレイニーはあからさまに身を竦ませていた。
まさかそんな子供みたいな理由で、と思ったがレイニーの反応はミリーの指摘を肯定するものだった。本当に竜の背中に乗ってみたかったのか。
確かに、それはある種のロマンでもある。我もロボオタクでなくファンタジーオタクであったならきっと憧れを抱いただろう。しかしレイニーにそういった感情があるとはやや意外だった。
「あ、図星?」
「い、いえ。ほら、竜人の背に乗るのは――」
「我は気にしないぞ。以前に《草原の導き手》の連中も乗せたしの。というか、気にするならそんな提案はせん」
あからさまに本心を誤魔化そうとするレイニーに追撃を加える。これは本心だ。誰でも背中に乗せられるというわけではない。仲間や信頼の置ける者であればこそ、気にならないのだ。
何より、そんな些末な問題で時間を無駄にするなど非効率極まりない。むしろその方が許せないと言うものだ。
「だそうだけどぉ、どーする? レイニーも一緒に行く?」
ニマニマと笑みを浮かべながらミリーがレイニーを問い詰める。
レイニーはじりじりと後退しながら視線を逸らした。
「……ま、まぁ確かに。ル・ロイザに置き忘れた物もあるし……」
「忘れ物取りに行くだけならあたしが取ってきてもいーけど?」
「ん……ぐ」
退路のように用意された言い訳もミリーに一蹴されてしまう。もはや万策尽きたレイニーは二の句を告げずにいた。
「乗りたいなら乗りたいっていーなよー」
「うう……の、乗せて貰えるかしら」
トドメと言わんばかりにミリーから直球をぶつけられ、レイニーは観念したようにか細い声を漏らす。
まさかあのレイニーがこうも簡単に陥落するとは思わなかった。ミリーの小悪魔ぶりに感嘆しつつ、素直になったレイニーの言葉を受け入れる。
「勿論だとも。では準備が出来次第、ル・ロイザに向かおうぞ」
こうして、我らは旅立ちの地、ル・ロイザへと転進するのだった――




