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6-5「土下座」

「ちょっとパパ! どういうつもり!?」


 セチアが立ち去った後の宿屋の室内にて。

 最強の傭兵ことリックドラック・ガドルックは部屋の中央にて正座させられていた。

 誰よりも小さくなりながら、実の娘のミリーより強い追及を受けている。

 議題はセチアを不用意に招き入れた件についてだった。


「すまんかった! まさかこんな事になるとは……」


 正座からのスムーズな土下座ムーブが光る。

 この辺りで止めるべきかとも思ったが、我よりもミリーとレイニーの方が殺気立っていて止められそうになかった。


「純粋な疑問なんですが、何故このような事に?」


 レイニーはミリーとは対照的に静かに、しかし凍える程の怒気を孕んだ声で問い訊ねる。


「そーだよ! 傭兵は信用が命ってパパ言ってたじゃん!」


 追従するミリーもリックドラックの行動を非難する。

 確かに、第三者視点で見ればリックドラックの行動はトラブルを招いた愚行だったと言えるだろう。その影響が仲間に及んだとなれば、怒りを覚えるのも当然だ。我とてレイニーやミリーが同じ状況になったら同じ感情を抱くだろう。


「言い訳じゃないが、サクラの事は誓って何も喋ってねぇ。名前も見た目も何をしたかもな」


 リックドラックが弁明を口にする。

 セチアは我が実の姉かの確証なくリックドラックについてきたと言う事か。仮に誰かが我の事を話していたとしても、サクラ・ライゼンは前世の名……言わばこの世界では偽名だし人間の姿は里を出てから得たものだ。サクラ・ライゼンが竜人チェリーと同一人物だと判断できる材料はなかった。

 つまり、セチアは『もしかしたら姉かもしれない』という曖昧な情報を頼ってか細い糸を頼りに探し回っていたと言う事になる。そしてセチアは外見上は十二、三歳の少女だ。傍から見れば健気にも映ろう。同情する気持ちは分からないでもなかった。


「でも連れてきたじゃん」

「探し人がいるって話でな。態度は悪かったが、探し人の事を話している時の表情を見て何となく大丈夫だと思った……いや、放っとけねぇって思っちまったんだ」


 リックドラックも危険性を承知している。それでも自身の勘を信じ、セチアを信じたと言う事だろう。

 今の状態を客観的に見ればその判断は間違っていたように映る。しかし、それはイコール我の感想とはならない。


「それがこの結果だと」

「そこはほんと返す言葉もねぇ! 罰は如何様にも受ける!」


 再びの土下座。レイニーとミリーから針のむしろのような視線を浴びせられるリックドラックが忍びない。そろそろ助け舟を出した方が良さそうだ。


「パパったらもう! サクラ、別に許さなくていいからね」

「いや、むしろ感謝しておる。妹と会えたお陰で色々と気付きがあった」


 二人の前に割って入り、リックドラックの肩に手を置く。

 感謝と言うのは本心だ。苦しみも味わったが、その分以上の恩恵があった。


「大丈夫? 無理してない?」

「本心ゆえ、何も問題は無い。幾つかの疑問も氷解したでの、スッキリしておるくらいだ」

「それならいいけど……ねぇ、あのセチアって子は本当にサクラの妹なの?」

「うむ。間違いない。三十から四十年ほど年の離れた妹だの」


 あれだけの悪態をついていれば、実の妹か疑わしく思われるのも無理はない。

 しかし、血の繋がった妹である事は事実だ。仮に嫌い合う相手同士だったとしても、その事実は覆せない。


「三十……分かってはいたけど、桁が違うね」


 しゅんとするミリー。他にも寿命が長い種族はいるが、竜人ほど別格な種族はいない。人間や獣人との圧倒的な差はどうしたって縮められない現実だ。

 竜人の肉体は夢を追う分には都合がいいが、夢を追いかける仲間と同じ時を歩めないのは胸を締め付けられるような寂しさもある。ミリーも同じ思いを抱いたのだろう。


「人間換算で三、四歳差って所かしら。けど、子供だとしてもあの態度は頂けないわね」

「セチアは我と違って里でも優秀な子だったからの」


 セチアがああなった原因の一端を、恐らく我も担っている。幾ら本人が優秀であろうと、実の姉が落ちこぼれとあっては周囲から嘲られてもおかしくない。特に無邪気な子供であれば、悪意なくそういった言動や行動を伴ってしまう事もままあるだろう。

 我の存在がセチアを苦しめたのであれば、怒りの矛先を向けられる事くらいは受け入れるべきだろう。


 だが。そこまでが我の叶えられる最大限の譲歩だ。

 セチアの望み全てを受け入れるわけにはいかない。


「サクラの方がずっと凄いって!」


 我が弱気になっていると勘違いしてか、ミリーが激励の言葉をかけてくれる。


「ははは、そう言って貰えるのは有難いがの。魔法の一つも使えぬ我が落ちこぼれである事は事実よ。

 セチアが我を毛嫌いするのも致し方ない。身内がこれでは、周囲の風当たりも強かったのは想像に難くないでの」


 しかし、我は決して自らを貶めようと言うわけではない。

 あくまで事実は事実と認識するべきというだけの事。


「だからってさぁ!」

「ミリー、それくらいにしときましょ。サクラが良いと言うのにこれ以上は野暮よ」

「うー……でもさぁ」

「二人の優しさはちゃんと感じておるよ」


 仲間を馬鹿にされて黙っていられないのはミリーの美徳だ。我の心情を慮ってくれるレイニーのそれもまた美徳と言える。

 どちらの好意もありがたく受け取る旨を伝え、ミリーの興奮を落ち着ける。


「……」


 一方で、冷静に諭してくれていたレイニーの方が今度は何やら考え込んでいる様子だった。


「……ふむ。まだ何か気になるかの?」

「気にならないと言えば嘘になるけど、無理に聞いたりするつもりはないから」


 レイニーはすぐに言葉を引っ込める。

 さらりと流されはしたが、その態度のどこまでが真実だろうか。我を慮って敢えて平坦に振舞ってはいやしないか。

 逆の立場であればどうだ。仲間が何かしらの悩みを抱えていそうで、しかし口を噤んでいる。そんな様子を目にすれば、深入りするのは避けるべきだという理性と、僅かでも力になれるかもという思いやりが心を苛むのではないか。

 そんな事を考えていると、素っ気無さが返って我の心に響いてくるようだった。


「……我は少々、主らに酷な事を要求しておったの。いや、これこそ反省すべき事柄か」

「んん? 突然何? どゆこと?」

「皆にもちゃんと、我の事情を説明すべきだという話よ」


 仲間だからといって、全てを話す必要があるわけではない。

 逆に言えば、話していけないわけでもない。


 まだ出会って一年に満たない関係とはいえ、二人の人柄は十分に理解できた。それは竜人チェリーとしての身の上を話した時の反応からも察して余りあるものだ。

 例え結果がどうなろうとも、真実を話して後悔はしないという確信があった。むしろ、このまま抱え続ける方が精神的な負担が大きい気がしている。


「何度も言うけど――」

「いや、無理をしているわけではない。我が話したくなっただけの事。逆に頼みたい。我の話を聞いてくれるかの?」


 強制はしないと言いかけるレイニーを止める。

 今の我は、むしろ話を聞いて欲しいと乞う立場だ。

 そう思えるようになったのは、セチアと邂逅したお陰だろう。セチアは我を敵視しているようだし、負けるつもりはないが、それはそれとして妹への感謝が胸にあるのも事実だった。


「遠慮なんて要らないわ。それが私達のユニオンでしょ」

「そーそー! てか、話してくれる方が嬉しいよ!」


 二人からかけられた言葉に、胸の奥が熱くなるのを感じる。


「すまぬな。では、然るべき時が来たら話すとしよう」


 二人の厚意に感謝しつつ、少しだけ日和った。

 今この場で話さず、間を置く事を告げる。それは話す事そのものを迷っているからではなく、語るべき真実の形に惑っていたからだ。セチアとの邂逅によって見えた真実、その意味を我はまだ咀嚼しきれていない。思考に耽り、答えを導き出すまでには今しばらくの時が必要だという実感があった。


「……それは、あの妹と決着がついた時かしら」


 レイニーが確信めいた言葉を放つ。

 我としてはそこまで具体的には考えていなかったが、なるほど確かに丁度いいタイミングかもしれない。一ヶ月半あればある程度思考も纏まるだろう。完璧な答えに辿り着いていなくとも、そこまで答えが出ない問題の解決がいつになるかも分からない。ならば中間発表のような形で説明するのも悪くない。

 何より、セチアにも我の事情を説明するなら、一度に纏めて話してしまった方が我の気分もいくらか楽だ。


「そうだの。それが一番安牌かもしれん」

「分かったわ。ちゃんとあの妹さんに勝ったら話を聞いてあげる」


 先ほどは決着がついたら、と言ったレイニーだが今度は勝ったらと微妙にニュアンスを変えてきた。

 その意味は考えるまでもなく、思わず笑みが零れてしまう。


「ふふ。これはますます負けられなくなったの」

「よし。そうと決まったら闘技大会に気持ちを切り替えないとな!」


 一段落ついた所を見計らったように、いつの間にか見守る側に回っていたリックドラックがパンと手を叩きわざとらしい大声をあげた。


「なんかあたしも頑張らなくちゃって気になってきた!」


 鼓舞が効いたようにミリーもやる気を露わにする。


「ミリーは一先ずランクアップを目指さないと」

「うっ、そうでした……一緒に頑張ろうね、サクラ」


 レイニーの冷静な指摘で出鼻を挫かれたミリーが我の肩を掴む。同じく参加資格を持たない我に共感を求めているのだろう。


「参加資格を得られねば始まらないからの。頑張ろうぞ」

「私は魔道具の製作に取り掛かればいいのよね」

「うむ。レイニーには少々骨を折ってもらう事になるの」

「いつもの事だし気にしないで。私は準備出来てるし、開催まではサポートに回るから」


 自身の事情よりも我を優先してくれるレイニーには頭が上がらない。レイニーとて、せっかく手に入れた『黄の本』の研究を推し進めたいだろうし、参加資格を得ているとて大会に向けて調整もしたい所だろう。

 しかし、闘技大会までの残り時間を考えると今は、そうしてもらう以外に手段はない。でなければ我やミリーが参戦したとて満足のいく結果を残せなくなってしまう。であれば、無理を言う分の結果を出す以外にレイニーの献身に応える方法はない。


「あとは腕に覚えのある鍛冶屋を見つけたいところだがの」


 そして魔道具の開発には優秀な鍛冶師も必要不可欠だ。詠唱文の記入はレイニー頼みだが、物品そのものは鍛冶師に作成してもらわねばならない。


「それなら任せろ。昔馴染みの店が近くにあるはずだ。案内してやるよ」

「助かる。設計図は今日中に仕上げるから明日にでも向かうとしよう」


 さすがは各地を巡り、闘技大会にも出場経験があるというリックドラックだ。最強の傭兵の馴染みであるならば信用もあろう。


「冒険者ランクの方はー?」


 リックドラックの横からミリーが顔を出す。その問題もあった。中々に忙しい。


「すまんが、鍛冶屋の後でよいか?」

「おっけ。じゃあそれまでは料理の研究でもしてるねー」


 ミリーを待たせてしまうのは悪いが、別々に動くのも効率が良くない。短くはあるが、ミリーには休憩時間という事で好きにしてもらう事にする。


「そういえば、二人ともランクアップを目指す方向で決定なのか?」


 我とミリーの会話にリックドラックが絡んでくる。確かに、出場資格を得る方法はもう一つあった。


「条件は冒険者ランクB以上か同等以上の功績を単独で達成という話だったの。我はどちらでも良いが」

「二人で挑むならランクアップを狙う方が安全じゃない?」

「確かにそうだが、そもそもそう都合よくランクアップできるものなのかの?」


 我一人なら単独で功績を得るのもやぶさかではなかったが、今回はミリーと共にあるのでランクアップを狙うと言うのは自然な流れだ。しかし、よくよく考えてみれば我は冒険者ランクを上げる方法を知らなかった。

 冒険者として成り上がる等といった目標はなかったので、その辺りは適当だったのだ。


「Bランクは中等度の依頼の単独攻略、もしくは集団での高難易度依頼をクリアできる素養が求められる。

 お前たちは『地獄への路』を踏破したんだろう。だったら十分、その資格はあるだろうさ」


 ティルティ達と攻略したダンジョンの功績が、既にBランク相当の実力を担保しているというわけらしい。


「じゃあ冒険者ギルドで申請すれば案外すんなりいけちゃったり?」

「昇段試験はあるだろうが、まあ一ヵ月半もありゃ十分達成できるだろ」


 リックドラックの言い方だと試験なしでランクアップする場合もあると言う事だろうか。

 そういえば我は最初からCランクの待遇を受けられた。実力さえ証明されれば案外簡単にランクアップできるのかもしれない。

 仮に試験があったとしても、我とミリーならば何とかなるだろうという自信もあった。


「方針は定まったみたいね」

「うむ。では闘技大会に向けて頑張ろうぞ!」


 こうして、我らは闘技大会に向けて動き出すのであった――

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