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6-4「もう一つの再会」

「――確かにそれならいけそうだな」


 闘技大会に向け、魔法封じの腕輪を解禁してもらう理由付けと勝ち抜くための秘策についての説明が一通り終わった。

 リックドラックだけでなくレイニー達の納得も得られたようで一安心する。


「すまぬが、よろしく頼む」

「おう。それじゃあそろそろ本題に入っていいか?」


 話も終わったかという所でリックドラックから想定外な一言が告げられた。


「え、パパってあたしに会いに来たんじゃなかったの?」


 ミリーが首を傾げる。実の所、我も同じ考えをしていた。レイニーも同様の様子だ。

 しかし、リックドラックは首を振って答える。


「違ぇよ。連絡が途切れたら探しに行くが、無事が分かってる間はお前の旅に干渉したりはしねぇさ」


 言われてみれば確かに、まだまだル・ロイザも安定しきっていないだろう状況で遠出をするのに、娘に会いたいでは理由が弱い。それで納得してくれる新領主なのかもしれないが、だからといってリックドラック自身がそれを許すとは思えなかった。

 となると、他にリックドラック自身が赴く必要のある用件が差し迫っていたと言う事だろうか。ここまでの流れで、切羽詰まった様子がなかったので気が緩んでいたのかもしれない。


「……っと、ここじゃ少し目立つか。場所を移そう」


 リックドラックが周囲を窺う。釣られて我も周囲を見やると、ちらほらとこちらへ目線を向ける者があった。リックドラックの義手が目を引いているのか、それとも本人の知名度か。優勝経験者なら参加者に顔が知れててもおかしくない。

 人通りの多い広場では都合が悪い用事のようだ。


 リックドラックには場所の宛があるようで、我らは後をついていく事となった。

 広場を離れて連れていかれた先は、高級でも何でもない普通の宿屋だった。冒険者と幾度かすれ違った事から、そういう職種が好む宿である事が伺える。


 宿に入ると、リックドラックは女将と思しき相手と親しく話しながら手続きを手早く済ませていた。馴染みの宿らしい。そのまま宿の三階へと案内される。

 三階は大所帯用の宿泊部屋らしく、四人で入っても全く狭さを感じない部屋へと通された。


「さて、と。ここなら落ち着いて話せるな」

「少々防音が気になりますが」

「大丈夫だ。下も隣も今は出払っているってよ」


 部屋を借りるついでにその辺りも確認していたらしい。流石は生粋の傭兵だ。

 テーブルを囲うようにそれぞれ椅子に腰かける。話のお供にと、ミリーが作り置きしていたお菓子と淹れたてのお茶を用意してくれた。

 話の続きをする準備が出来たというところで、リックドラックの視線は何故か我の方へと向いていた。


「っつー事でサクラ、用事はお前宛だ」

「我か? ふむ、魔道具の不調ならレイニーに看てもらった方が良いと思うが」


 リックドラックの用件がミリーでなかった事に驚きつつも、咄嗟に浮かんだ理由を口にしてみる。現状考えられる我宛の訪問と言えば、義手ブースターストームナックルに何らかの変調があった可能性だ。ただ、それが正しければメンテナンスに関しては我は全く力になれない。レイニーの方が適任だろう。


「そうじゃない。そもそも、用があるのは俺じゃない」


 しかし、リックドラックは我の推測の全てを否定してきた。


「どういう事だ?」

「おーい、もう出てきていいぞー」


 リックドラックは問いに答えることなく、入り口の方へと向き直ると大きな声で誰かに呼びかけた。

 我らが見守る中、少しの間を置いて扉が開かれる。

 扉の向こうから現れたのはミリーと同い年くらいの深々とフードを被った少女だった。

 少女はつかつかと中へ入ってくると、我らの前で立ち止まる。


「んんん? 女の子?」

「サクラの知り合い?」


 レイニーとミリーが困惑した様子を見せる中、少女はフードをめくって素顔を曝け出した。

 フードから解放されて広がる髪は、我と同じ燃えるような炎の赤。そして、我と違って生える二つの立派な角。

 その角を誇るように強気な態度を見せる少女の顔は、我の記憶の中に存在するものだった。

 少女の視線が我と交じり合う。


「……まさか、セチア?」


 記憶から浮かび上がる名前が自然と口から零れる。

 それは三十年前に決別した、血を分けた妹の名だった。

 我の口から零れた名前に、少女が一瞬目を見開く。その名前が出てくる事が意外だったとでもいうように。


「……驚いた。本当に姉さんなんだ」


 我の言葉を肯定するように、少女……セチアは頷いた。

 セチアが驚くのも無理はない。竜の角や尾が生えたままのセチアや他の竜人と違い、我は今完全な人間の姿をしているのだから。しかも元々は人化すら出来なかった我が、だ。


「姉さん!?」

「サクラ……貴方、妹がいたの?」


 一方、レイニーとミリーは二人して相手の正体に驚愕していた。

 以前、ランテにて竜人チェリーとしての身の上話はしたが、そういえば我自身の事はともかく、家族については特に語らなかった気がする。


「あ、あぁ。妹のセチアだ。会うのは随分と久し振りだがの」

「久し振り……ね」


 含みのある言葉を返される。三十年の月日は久し振りと言って差し支えないだろう。竜人の寿命を人間の感覚に当て嵌めても三年ほどの計算だ。それなら、十分久し振りの範疇のはずだ。

 ちなみに妹の正式な名はポインセチアだが、本人曰く可愛くないという事でセチアと呼ぶよう強制してきた過去がある。なので基本的に我も含めて故郷の者はセチアと呼んでいる。


 セチアは一通り我の全身に視線を這わせると、最後に我の腕に視線を固めため息を吐いた。


「人化できるようになったのはいいけど、魔力制御も出来ない落ちこぼれなのは変わらないのね」


 どうやら魔法封じの腕輪改を見て、我の状態を察したらしい。


「ちょっ! お姉さんでしょ!? そんな言い方……っ!」

「良いのだ。事実だからの」


 ミリーが声を荒げて我の怒りを代弁しようとしてくれる。だが、その好意は止めさせてもらう。何故ならセチアの言う通り、我が里の落ちこぼれである事に変わりはないのだから。


 我とミリーのやり取りに、セチアの表情が歪んだ。それは多分に苛立ちを孕んだ顔だった。


「……妙に物わかりがいいような事を言っちゃって。それにさっきから聞いてれば何なのその喋り方。英雄の真似事?」


 セチアからぶつけられた言葉に、当惑する。セチアが我の態度と口調に苛立ちを覚えている事は伝わってきた。しかし、その言葉の意味が我には理解できない。


 英雄の真似事だと?


 我の口調は竜人チェリーの頃から一貫しているはずだ。だからこそ、前世の記憶を取り戻しても口調を変えられず苦労しているのではなかったか。


 そもそも英雄とは誰の事だ?


「……なにを言っている?」


 困惑と疑問が自然と言葉となって漏れ出る。何一つ心当たりのない発言に、動揺する余地などないはずだった。

 だというのに、何かが胸の奥深くでうずいているような不快感が少しずつ、だが着実に増していた。


 そんな我の事情を知ってか知らずか、セチアは心底下らないものを見るような目で吐き捨てるように言葉を放つ。


「だってそれ、ライゼーンの真似でしょ。バカみたい。あぁ、落ちこぼれでも他種族相手ならイキれるもんね、偉ぶろうとしてるわけ?」


 ――ドクン


 ライゼーン。その名を聞いた瞬間、心臓を揺り動かされたような激しい衝撃に見舞われた。

 波打つ鼓動が心の臓を苦しませる。


「そこまでにして。それ以上私の仲間を侮辱するなら、幾ら姉妹であっても許さないわよ」


 レイニーが我を庇うように強い語気で言い放つ。

 その心意気は嬉しかったが、激しい痛みが喜びすらも掻き消していく。


「レ、レイニー、我は良い……それよりセチア、ライゼーンとは……」


 痛みの原因を探る必要がある。そう判断してセチアへ知見を求めるも、セチアは先ほどより更に不愉快さを露わにしていた。


「流石に笑えないんだけど、その冗談」

「いや、我は――」


 冗談を言ったつもりはない、と口に出すより先に、痛烈な頭痛に襲われ口を閉ざさざるを得なくなった。


「う……ぐっ」


 たまらずその場に蹲る。

 何かがおかしい。

 何かが起こっている。


「ちょっ、サクラ!?」

「……いや、大事ない。少々眩暈がしただけの事よ」


 駆け寄ってくるミリーを制し、肩肘を張る。心配をかけさせまいという想いもあったが、セチアとの軋轢をこれ以上深めるべきではないという想いが強かった。

 だが、強がりも空しく視界が明滅する程の変調に見舞われた。


 刹那――


 眩さに阻まれた視界の先に、『片鱗』が見えた。


「つまんない演技で誤魔化すつもり?」

「……そうではないが、口で言っても信じられんだろう」


 我の状態を演技と断ずるセチアに対し、いくら言葉を重ねたところで届くとは思えなかった。


「分かってるじゃない」


 セチア自身も我の言葉を受け入れる余地のない事を認めた。であれば、最早問答は意味をなさない。

 これ以上、この話を続ける意義はないと悟る。


 変調の理由と現在の状態への認識が改まったお陰か、多少は落ち着きを取り戻せた。

 進展の見えない話を続けるよりも、話題を切り替える方が余程建設的だと考えを巡らす。


「そういえば主の用件を聞いていなかったの」


 よくよく考えてみれば、未だ我はセチアとただ『再会した』だけでしかない。

 そして、この再会が偶然ではない事はリックドラックを通している時点で判明している。つまりセチアは明確な意図をもって我に接触してきたのだ。


 では、その用件とは何か。ここまでの経緯から大よそ歓迎すべきでない事案とは予想できたが、確かめない訳にはいかない。


「出来の悪い姉がこれ以上世間に恥を晒さないようにしてって頼まれたの。不本意ながらね」

「つまり我を里に連れ帰ろうという事か」


 悪い意味で予想通りの答えが返ってきた。家出同然に飛び出して三十年。むしろよく今まで見つからずに済んだものだ。

 セチアの言い分は恐らくフェイクだ。全くの偽りとまでは言わないが、本当の理由は別にある。

 そもそも我が里を離れたのは、落ちこぼれで居ない者扱いされたからだけではない。魔力の高い子供を我に産ませようとするおぞましい意思を察したからだ。

 その意思が三十年足らずで変わるとは到底思えない。むしろ、身体が成熟してきた今の方が悪化していると考えるのが自然だ。里に戻ればどうなるかなど考えただけで怖気が走る。


「そうだとしたら?」

「無論、拒否する。我には叶えるべき夢があるからの。誰の頼みであっても聞けん」


 だが。

 今の我が真に恐れるは、夢が潰える事だ。スーパーロボットを造り上げ、操縦するという前世から諦めきれなかった夢を潰される事以上に恐れる物など無い。


 例えその夢を阻む相手が身内であろうとも、大人しく従う訳にはいかないのだ。


「へぇ。だったらどうなるか……分かるよね?」


 殺気が迸った。

 それはセチアから放たれたものと思われたが、すぐに別のものに掻き消された。

 同時にセチアと我を阻むように影が差す。


「やめておけ。それ以上は、俺も手を出さざるを得なくなるぞ」


 間に割って入ってきたのはリックドラックだった。我を庇うようにセチアと睨み合う。一触即発といって相違ない状況に、我は敢えて平静を装いながらリックドラックを押し退けた。


「気持ちは嬉しいが、それではお互い納得できんだろう」


 改めてセチアと目線を交わす。敵意を隠さないセチアと真正面から向き合った。


「やる気? 言っとくけど、魔力の量だけであたしに勝てるなんて思わないでよ」

「そうだの。一度やり合わねば納得できまい」


 セチアに我の話を聞き入れようという度量は無さそうだ。なれば、乱暴なようだが一度ぶつかり合った方がいい。勝敗がどうあれ、頭を冷やす事はできよう。

 敵意を強めるセチアに対し、しかし我は凪のように静かに首を振る。


「だが、やり合うとしても今ではない。互いが納得するに相応しい舞台……闘技大会で決着をつけよう」

「そう言って逃げる気じゃないでしょうね?」


 既に三十年の家出という前科がある以上、そう易々と信用されないのは当然か。

 とはいえ、そこは納得してもらうしかない。

 思考に過剰な熱が入った状態で決着をつけたとて、素直に受け入れる事は難しかろう。それはセチアだけでなく、我自身にも言える事だ。だからこそ、間を置く事も必要なのだ。


 それに、我にはもう一つ時間を必要とする理由があった。

 先ほどセチアとの会話の中で見えた記憶の『片鱗』。その解明をしなければならないのだ。


「今更逃げたりはせん。それに、話したい事もあるしの。

 別にいいであろう? 三十年離れてたのだ。今更一ヵ月半程度大した差にはならんだろう」

「……分かった。せいぜい足掻いてみればいいわ」


 一先ず我の提案は受け入れられた。ほっと安堵する中、セチアは踵を返して部屋を出ていった。

 再び我らが相対するのは闘技大会の舞台となるだろう。

 セチアが出ていった扉を見つめながら、我は決意を新たにするのだった――

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