6-3「再会の英雄」
「ど、どうしてパパがここに!?」
突然現れたサンディルム卿の姿に、我らは一様に驚きを隠せないでいた。
サンディルム卿はそんな我らの動揺を楽しむようににやけながら、懐から封筒のようなものを取り出す。
「手紙に書いてあったろ。次の目的地はここだって」
「そりゃ書いたけどぉ。時間合わないじゃん!」
「というか、ミリーよ。手紙なぞ書いておったのか」
どうやらサンディルム卿の持つ手紙はミリーが出したもので、旅路についてか何かが書かれているようだ。
そんなものを出していたとは知らなかった。隣を見ると、レイニーも初耳の様子だった。
「ん、まぁパパとの約束だったから」
「いくらお前たちと一緒だって言っても心配なもんは心配だからな。現地での出来事とか、次に向かう先とかは手紙で伝えるように言ってあったんだよ」
親として年端も行かない子供を心配するのは当然だ。前世とは違い、この世界は魔物や戦事などの危険も多い。そう考えれば定期的な手紙のやり取りは必須とも言うべき安否確認の手段なのだろう。
ただ、どこまで手紙に書いているかは少々興味があった。
ミリーに持たせたビームライフルのせいでトリガーハッピーになりかけている事とか、その他諸々余計な心配をサンディルム卿に与えてはいまいか。そのせいで旅の続行を断られたりしないか。
一抹の不安が頭をよぎるが、少なくとも今のサンディルム卿の態度を見る限りでは問題なさそうだ。
不安を隠す我の横で、涼しい顔をしたレイニーがサンディルム卿に対して一礼していた。
「ご無沙汰しています、サンディルム卿」
ル・ロイザに居た頃を思い出す仰々しい仕草に、サンディルム卿が苦笑する。
「よせ、レイニー。俺はもう爵位を捨てた身だ。今はガドルックの姓を使ってるしな。呼ぶならリックドラックでいい」
サンディルム卿改めリックドラックは以前に増して気安い雰囲気を作っていた。
本心から爵位を捨て、一介の傭兵に戻ったのが見て取れる。
「……リックドラック様、それでミリーの質問の答えは? 手紙が届いてから出立したとして、私達と同着するはずがないですよね」
レイニーの言う通り、リ・マルタから手紙を送ったとして、それがル・ロイザに届くまでに早くて一週間。手紙を受け取ってすぐに旅立ったとしてもリア・ベスタまでの距離を考えると計算が合わない。
「まぁ、ちょっとした裏技を使ったってだけさ。後で説明する」
「……はぁ」
リックドラックの返答は簡素だった。納得のいかない様子のレイニーだったが、今詰め寄ったところで答えは返ってこないと察しているのか一人首を捻っていた。
「俺の事よりもだ! お前ら、何をそんな暗い顔してたんだ? 闘技大会に出るんじゃないのか?」
「そのつもりだったのだがの、少々厄介な規約があっての」
「参加資格足りないし、魔道具使えないしでもぉぉぉって感じ!」
リックドラックの疑問に対し、ミリーがめいっぱい表情を動かして説明する。感情に寄り過ぎた言葉だったが、それでもリックドラックに要点は伝わったようだ。
「へぇ、今は参加資格なんてもんがあるのか」
「冒険者ランクB以上、もしくは同等の功績が必要らしいんです」
「ミリーもサクラも確かCランクにはなってたろ。だったら何とかなるんじゃねぇか」
解決の手段はあるだろうと諭される。その通りで、残念ながら既にそちらは通過し終えた問題の方だ。
「うむ。そっちは何とかするつもりでいたのだ。問題は魔道具の方よ」
「そうだよぉ。あたしのテンションだだ下がりだよぅ」
「ミリー……お前、そんなに魔道具好きだったっけか?」
娘の変調に首を傾げるリックドラック。どうやら我が与えたビームライフルについては手紙に書かれなかったようだ。流石というべきか、ミリーはこの手の危険性に対する理解力はしっかりしている。
手紙を使った情報のやり取りは紛失、盗難の危険性を内包している。無暗に情報を全て記すのはかなり危険と言えよう。我の魔道具に関して緘口令を敷くような真似はしていないが、下手に噂でも流れては面倒極まりない。
ミリーの場合はリックドラックに余計な心配をかけてビームライフルを取り上げられるのを恐れただけかもしれないが。
「色々あったんですよ……色々と」
「まぁ、ミリーに関しては好き嫌いの範疇だがの。我の場合はもう少し深刻な問題なのだよ」
魔法封じの腕輪改へと目線を向け、理由を示す。間近で我の魔力を味わったリックドラックならそれだけで通じるだろう。
「……あぁ、そういやお前さんはそいつの問題があったか……ふむ」
我の魔法封じの腕輪改を眺めながら、リックドラックは何事か思案するような素振りを見せる。
「そっちの方は何とかしてやれるかもしれんぞ」
「なぬ!? 本当か?」
現状最大の問題を解決する術があると言われ、いてもたってもいられず食い気味に聞き寄ってしまう。
リックドラックは我の圧を受け止めながら、軽い咳払いを一つして改めて口を開いた。
「闘技大会には何度か出た事がある。優勝もな。お陰で今の運営にも多少の伝手はあるのさ。
魔道具全般の解禁は流石に無理だが、純正の魔法封じの腕輪をつけるくらいなら許可も取れるだろうよ」
元々傭兵だったリックドラックに出場経験がある事には驚かなかったが、まさか優勝経験まであるとは驚きだ。
伊達に最強の傭兵と謳われたわけではないらしい。
コネを利用するのは少々気が引けるが、純正の魔法封じの腕輪はマイナスの効果しかない。それに他に方法が思い浮かばないから悩んでいたのだ。ここはリックドラックの人脈に甘える以外、道は無かった。
「我としては勿論、それが出来るなら大歓迎だが……良いのか?」
「お前さんには世話になったしな。これくらいはさせてくれ。
ただ、腕輪が必要なそれっぽい理由付けは欲しいな」
相手方を説得するにしてもある程度納得させられる根拠が必要か。全てをリックドラック任せにする事に申し訳なさを感じている身としては、多少なり自分の役割がある事はむしろ有難かった。
「そのままじゃダメなの?」
ミリーが純粋な疑問を投げかける。そのままとはつまり、我が魔力を制御できないという事実を伝える事だ。
「それだと魔力制御もまともに出来ない落ちこぼれと思われるでしょうね」
「なるほどなー」
我より先にレイニーが答える。最強を決める大会で、一般人の水準にすら達しない弱点があると晒してしまえば、途端に信用を失うのは目に見えている。
レイニーの説明に納得した様子のミリーを尻目に、我はそれらしい理由を考える。魔法封じの腕輪を使う必要性に説得力があり、且つ弱点だと感じさせない理由。
「理由か……ふむ、ちょうどいいのがあるぞ。これならついでにミリーのやる気も回復させられよう」
「ええー? ほんとかなぁ」
結論を出すのにそう時間はかからなかった。闘技大会でやりたい事、勝つための手段を思い浮かべていたら自然と結論は出ていた。
ミリーが懐疑的な目を向けてきたが、それは実物で納得させて見せよう。
「まぁ、とりあえず聞かせてみろよ」
「少々レイニーには骨を折ってもらう事になるが――」
我は早速、皆に提案を聞かせる事にした。
来るべき闘技大会に向け、一歩ずつ前進しているのを感じながら――




