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1-7「旅立ち」

「す……すぅぱぁ……」

「ろぼ……っと……?」

「それは一体……」


 我の宣言に、《草原の導き手》の三人は三者三様に困惑した様相を見せていた。

 よくよく考えれば科学文明もないこの世界でスーパーロボットなどと言って通じるわけがなかった。


「いや、すまぬ。我とした事が少々気が逸った。今のは流してくれ」

「と、ともかくだ。それがどんなものかは分からないが、先立つものはあるに越したことは無いだろ?」


 ニーダの口ぶりから、ようやく彼の言わんとしている事を理解する。

 確かにこの科学のかの字も無いような魔法世界で、スーパーロボットを作るには技術も人手も素材も絶望的に足りない。そして、それらを得る為には莫大な資産が必要となる。

 だが現状、手元にある資産と呼べるものは身に纏うぼろ切れ一枚。

 冷静に考えずとも、これから人里に降りようとするのは無謀極まりない状態と言わざるを得なかった。


「もちろん、魔竜討伐の報酬も分割するつもりだから安心してくれ。だが、資金はいくらあっても困らないだろ」

「なるほどな。お前たちの心配りは理解した。嬉しく思う。実際、今は無一文であるしな。

 しかしな、我にはどれが値打ち物だとか価値の有無が分からぬ。故に必要ないといった先の言葉に二言は無い」


 実際、武器を貰ったところで身体に合わないものであれば使い道は無いし、貴金属を貰った所で換金方法を知らない。宝の持ち腐れにしてしまうのは目に見えていた。

 それにもし遺留品を求めている家族や友人がいるのなら、返してあげたい。それは一人のヒトとしての願いだ。同じ気持ちを《草原の導き手》の彼らが抱いているならば、悩む余地はない。


「だから遺留品の扱いはお前たちに委ねる。魔竜討伐の報酬の方は遠慮なく頂くがな」

「……分かった。これ以上食い下がるのは野暮だな」

「そういう事だ」


 未だ納得のいっていない様子のラウルではあったが、これ以上の説得は不可能だと理解したのだろう。不満げに歪な笑みで応えていた。


「そういえば、報酬の具体的な配分は決めていなかったよな」


 思い出したようにニーダが呟く。

 そもそも、魔竜討伐の報酬を貰うこと自体、降って湧いたようなものだ。本来は無駄打ちしてダメにしてしまった魔道具の詫びとして共に戦っただけだった。

 それがどうして報酬の一部を貰えることになったのか。話の流れといってしまえばそれまでだが、隠居生活を辞めて市井に出ると決めた以上、報酬は貰えるに越したことはない。ここは彼らの好意に甘える事とする。


「ここは均等に分けるという事でいいだろうか。サクラさんの貢献度を考えれば足りないかもしれないが……」


 言い淀むラウル。彼らがどれだけ正義感を語ったところで、生きていく為にはお金を稼ぐ必要がある。それを口にする事は決して恥じるものではない。

 故に、我もまた正面から返答する事にした。


「何を言う。結果的にトドメを刺したのが我であったとて、皆で戦ったという事実は変わりない。不満などあるものか。

 むしろ横から掻っ攫った形の我がそれほど貰って良いのかと思うくらいだ」


 そこまで語りつくすと、数秒、互いの間に静寂が訪れた。やがて沈黙に耐えかねるように、誰とはなしに吹き込みだす。


「ハハッ、なんでお互い遠慮し合ってんだか」

「ふっ、全くだな」


 バカバカしさを一しきり笑い合い、全員で遺品の回収を始めた。

 そうして周辺の片付けが終わった所で一休みする。

 ラウルたちのこれまでの冒険譚をBGMに暫しの時を過ごした。

 話しに一区切りがついたところで、ラウルが立ち上がる。


「さて、そろそろル・ロイザに戻ろうか」

「む。それは街の名前か?」


 聞き慣れない単語を受けて問いかける。


「おいおい、ル・ロイザも知らないのか? この辺じゃ一番の大都市なんだが……」

「恥ずかしながら俗世とは縁遠い生活をしていたものでな」


 呆れるニーダに、事情を説明して理解を求めた。少々曖昧に濁したが、惰眠を貪っていたと正直に答えるのは流石に羞恥心が勝ったのだ。


「ル・ロイザはサンディルム卿が治めるアルディス竜帝国の南東部の要所です。

 近年は特にリリディア神聖国からの侵攻が激しくなっていますが、アルディス最強とも謳われるサンディルム卿の采配で難攻不落を固持する要塞都市です」


 知らない地名を聞いたと思ったら更に知らない国名が二つも出てきた。

 どうやら戦争をしている間柄の国らしい。


「ふむ。アルディス竜帝国……それにリリディア神聖国……」

「まさか……住んでる国も知らないとは言わないよな?」

「ハッハッハ……まあそういう事もある」


 嘘は良くない。誤魔化さずに堂々と無知を曝け出す。

 知らない事は知ればいい。


「普通はねぇよ!? ……はぁ、サクラさんがどういうヒトなのか何となくわかってきたぜ」


 ニーダから鋭いツッコミが入った。段々と打ち解けてきている気がする。


「よくよく考えれば、竜人は滅多に他種族の前に姿を見せないものだったな。

 世の中に詳しくないのも当然か」

「ですが、街に出るつもりなら知っておいて損はないですよ」

「なぁ、これ以上説明してたら日が暮れちまうぜ。とりあえずル・ロイゼに向かわないか」

「すまぬな。続きは歩きながらでも聞かせてくれ」


 ニーダの一言から、お喋りは一区切りとなった。それぞれ下山の準備を始める。

 そんな中、ルーナが近づいてきた。他の二人は距離を置いている。


「あの、言い難いのですが街に行くならその恰好はちょっとまずいと思います」


 指摘を受けて、改めて自らの恰好を確かめる。

 幼少の頃に貰ったぼろ切れ一枚。確かに年頃の少女の恰好ではない。このまま人里に降りては逃げた奴隷か何かと勘違いされかねないだろう。

 なるほど、男性の二人が離れているのは我に対する配慮か。


「確かにそうだが……生憎、服は持っていなくてな。魔竜討伐の報酬から建て替えて貰えると助かる」


 遺留品の一部を拝借するという案も浮かんだが、まともに着られそうな服は無かった。

 であれば街に着いた時に、代わりに服を買ってきてもらうしかない。

 そう考えていたが、ルーナは我の前でマジックバッグを漁りだした。少しして、中から白いローブを取り出す。


「これ、私のお下がりになってしまうんですが良かったら」


 言いながらローブに続いて靴も取り出す。お下がりと言ってもくたびれた様子もなく、十分に使える予備品のように見えた。


「助かるが……よいのか?」

「もちろんです! ただ、装備としての効力はありませんが」

「いやいや十分だ。ありがとう。早速着させてもらおう」


 ルーナに礼を言い、衣服一式を譲り受ける。一時的に広間から離れ、皆から見られない位置で着替えする。前世が男だったとはいえ、流石に男性の前で肌を晒す事は躊躇われた。


「では行こう」


 我の着替えと三人の旅支度が終わり、ようやく出立する。

 竜の巣から外に出るも、周囲に人が通れるような道は見当たらなかった。元々、魔竜が行き来するだけの穴だ。人間用の道があるはずもなかった。

 しかしそこは冒険者といったところか。《草原の導き手》の三人は山肌の比較的マシな岩壁をスルスルと降りていく。ラウルやニーダは言うに及ばず、ルーナも魔法で取っ手のようなものを生み出して軽快に降りていっていた。

 我もルーナの後を辿って彼らに続く。

 自身の身体能力に不安もあったが、幸いな事に人化しても竜の体力はある程度引き継がれているらしい。恐らく魔力の作用だと考えられた。原理が分からないままというのは不安だが、ひとまずはありがたい。


 街に向かうと聞いて、我が竜化して一っ飛びで行く事も考えた。だが、すぐに自重する事にした。これから人として生活するなら人間体の身体に慣れる必要があったし、何よりこの近辺は魔竜の被害を受けた村や街がある。不用意に竜の姿を晒せば無用の不安を与えかねない。

 ラウルたちが何も言わないのもその辺りを理解しているのもあるのだろう。


「そういえば、竜帝国と言っていたがお前たちは竜人ではないのだよな?」


 険しい岩壁地帯を抜け、比較的緩やかな傾斜になったところで気になった事を話題に出してみる。

 先の会話から、彼らが少なくとも竜人ではない事は確かだった。しかし竜帝国という名から竜人が関係していそうな点が気になっていた。


「ああ。俺たちは三人とも人間さ。アルディス竜帝国は約七百年前に竜人アルディスが興した国で、史上初の多種族国家と言われている」

「人間、魔人、獣人、理人とほぼ全ての人種が混在しているんです。アルディス竜帝国が生まれたお陰で、他の国にも多種族共生の道が生まれたとも言われています」

「……ん? 竜人はいないのか?」


 説明を聞いている中、竜人が省かれた事に違和感を抱く。言うまでもなかったのかとも思ったが、ルーナの話しぶりからそのような意図ではないように思われた。


「竜帝アルディス以外にはサクラさんしか知らねぇな。竜人はそもそも他の種族から離れて、どこに住んでるかも分からない種族だからな。竜帝とサクラさんが特殊なんだよ」


 ニーダが代わりに答える。そういえば滅多に人前に姿を見せないと先にも言っていた。つまり我のように珍しく他種族と関わろうと外に出た者が国を興すという大義を成したのか。


「凄いよな。当初は武力で多種族を従えたというが、今では全国民から尊敬を集めてるんだから」

「ほう。何となく察してはいたが、そのアルディスという者は帝王として君臨し続けているのか」


 七百年前に国を興した王が未だ健在なのか。竜人の寿命は千年以上と言われているから不思議ではないが。


「そうです。とても凄いお方なのですよ。直接見た事はないんですけどね」

「竜人といえば、サクラさんは完全に人化してるよな」


 思い出したように、ニーダが我の方へと目を向けてきた。


「む? どういう事だ?」


 意味が分からず問い返すと、ニーダは自身の頭や背中を指差しながら語りだす。


「ほら、翼や尻尾とかも消えてるだろ。普通、獣人にしろ魔人にしろ人化しても特徴は残るものなんだよ。獣人なら耳や尻尾、魔人も翼のあるやつは翼が残ったり、目の色だったり。

 サクラさんはそれが無いから珍しいなってさ」


 どうやら我の人化はかなり特殊だったようだ。原因は考えるまでもない。前世の記憶が影響し、完璧な人間としての変化を起こしたのだろう。

 徒に目立つのは望むところではない。竜人が珍しいと言うのなら、このまま市井ではただの人間として過ごそうか。


「我は魔法が不得手だからな、不器用さが出ているのだろう」


 ひとまず彼らには適当な理由を語っておく事にした。まさか前世がどうのと説明する訳にもいくまい。


「そういうもの……なのか?」

「でも何となくサクラさんらしいのかも」


 疑問はありつつも取り敢えず納得はしてくれたようだ。

 ちょうど山を降りきり、深い森へと切り替わろうとしている頃。

 まだまだ街は遠そうだった。

 人里に着くまでに聞くべき事はまだ山ほどある事を感じつつ、次のステップへと歩き出すのだった――

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