5-9「十層・土魔法最強伝説」
落とし穴事件から数刻、多少のアクシデントはあったが無事にレイニー達と合流でき、再び下層へと歩みを進めていた。
これまでの過程に比べ、少しばかり歩みは緩やかになっていた。
それは魔物が強くなったからではなく、我がレイニー達から罠に関する手解きを受けた為だ。
道中に張り巡らされた罠の発見の仕方、避け方、万が一に作動させてしまった時の対処など、歩きながら説明を受ける。
罠だけではない。ダンジョンの基本的な歩き方を一から教えられていた。今回は途中まで地図があるから安心していたが、未知のダンジョンに迷い込んだ際のマッピング、道に迷った時の対応法などを一つ一つ実践し確認しながら進んでいく。
我としても同じ失態を繰り返すつもりはないので、教えられる限りは吸収しようと必死に耳を傾けた。その分、周囲の警戒が疎かになりがちだったが、そこはティルティたちがフォローしてくれていた。
そうして十層へと足を踏み入れる。
途中の階では、マーダーフロッグの奇襲やアサシンアントの大群と戦闘もあったが、今の戦力では大した相手にはならなかった。
階を跨いでも変わらない様相に若干辟易しながらも、レイニー達の講義は続く。
話の中で、罠の壊し方を享受していた所、ふと何かを思い出しようにリィンが口を開いた。
「……そういえば、ミリー様の魔道具はダンジョンの壁も壊せるのですね」
「我の作った魔道具ぞ。侮ってもらっては困るの」
壁ぐらい貫通せずして何がビーム兵器か。それとも壁越しに誤射しかけたそうだから、皮肉で言っているのだろうか。
どちらにせよ、構造が魔道具になっているとはいえサクライズ粒子を生成し放つ点は本来のビーム兵器と変わらない。そこを過小評価されるのは面白くなかった。
「……なんかすれ違いが起きている気がするわ」
傍で聞いていたレイニーがぼそりと指摘を入れてくる。
一同の視線がレイニーに集まり、揃って首を傾げていた。
「どういう事ですの?」
「サクラ、土魔法の『コーティング』は知っている?」
「うむ。知らぬ」
突然の質問に対し、我はきっぱりと首を横に振った。
自慢ではないが、魔法の知識は空っぽと言って差し支えない。属性やらの基礎知識はまだいい。だが、各属性がどのような魔法を扱えるかなどといった知識はまるで無い。
魔道具の作成に必要な点だけは学習したが、それ以外はサッパリだ。言い換えるならば、魔道具として存在している物の魔法ならば多少覚えがあるといった程度だ。
「……なるほど。レイニー様の言葉の意味が分かりました」
先に理解したらしいリィンが頷く。どうやらコーティングなる魔法が関係している話のようだ。
リィンに続いて、ミリーも得心がいったように首肯していた。
「魔法の知識はからっきしだって言ってたもんね。あ、そうか。なら『土属性最強伝説』も知らないんだ」
不意に飛び出した単語に、俄然興味を引かれる。
我は魔法こそ専門ではないが、最強という言葉に心惹かれる童心は未だ持ち合わせているのだ。でなければ、スーパーロボットを開発して乗りたいなどという夢をいつまでも持ってはいない。
「なんだその心惹かれる話は。是非聴きたいの」
すれ違いとやらの内容も気になるところだ。これは聞いておくべきだろうと話を促す。
「読んで字の如し、すっごい昔、一時期だけど土属性の魔法が猛威を振るってた時代があるんだよ」
一般的なイメージとして、土属性というと地味という印象があるのは否めない。
それが最強とまで謳われるとはどのような過程でそうなったのか。
少年のような心で耳を傾ける。
「魔法が大きく分けて二つの種類に別れるのは分かる?
魔力で一から生み出すか、あるものを操るかの二種類ね」
「ふむ。なんとなくは分かるの。土魔法は基本的に後者だと言う事だな」
「そう。河川の近くとかなら水魔法も後者に入る事があるけど、基本的にほとんどの魔法はその現象を生み出す必要がある。つまり、その分多く魔力を消耗するの」
「だが土のようにどこにでもあるものを操るならその消耗を抑えられる、と」
「ケースバイケースだけどね。で、それに加えて一部の獣人や魔人以外は基本的に飛べないでしょ。相手の足場を崩すような魔法も大活躍していたの。卓越した使い手だと、城の外壁なんかも自由に操ったらしいわ」
言われてみれば納得のいく話だ。前世とは違い、舗装された街道なども基本的に平らに歩きやすくしただけの地面でしかない。そこにあるのは土だ。
建物を構成する物も木材と粘土……つまり土がほとんどであり、他は金属が一部に使われる程度。仮に土を使わない建築物があったとしても、土台となる地面は土だ。
そう考えると土魔法が脅威なのも納得がいく。
「確かに、土魔法とはとんでもない魔法のように思えてきたの。だが、実際はそこまでのものではないのであろう?」
語られる通りの脅威が備わっているのならば、戦場の様相は大きく異なっているはずだ。だが、ル・ロイザでの戦いを思い返してみても、そのような流れは存在しなかった。
「そうなった理由は大きく二つ。まず金属加工の発達ね。金属は土魔法の影響を受けないから、土魔法の脅威から逃れられたの。そしてもう一つが『コーティング』。これは魔法の影響を受けないよう土そのものに魔力を覆いかぶせる魔法でね、これで敵も味方も自在に操る事が出来なくなった」
ある種の結界のようなものだろうか。
敵に操られるくらいなら味方の影響も受け付けなくしようという考えのようだ。攻めでなく守りを主軸に考えるなら妥当な判断と言えよう。
「基本的に人が住む所の建物や道路なんかは全部『コーティング』処理されてるんだよ」
「もちろん、全部が全部完璧じゃないから強い攻撃魔法を受ければ壊れるし、時間はかかるけど『コーティング』を剥がす事も出来るんだけどね。少なくとも最強の魔法ではなくなったってわけ」
わざわざコーティングを剥がす事に注力すれば隙が生まれる。それならば普通に戦った方がマシ、という状況になったわけか。
ここまで説明を受けて、ようやく我もすれ違いの理由に思い至った。
「ははぁ……なるほどの。コーティングによって魔法防御力が高くなった壁をビームが貫通したから驚いたというわけだな」
「ええ、その通りです」
要はル・ロイザで盗聴防止の魔道具を貫通してレイニーが驚いた時と同じだ。
「サクラが言うには、あれには魔力が介在していないそうよ」
「え? あれは魔道具ですよね?」
「ふふふ。気になるか。そうであろうそうであろう。では我が説明を――」
「それは地上に戻ってからにしなさい」
今度は我が講義を行う番だと思ったのだが、レイニーに止められてしまった。
確かにダンジョン攻略中にこれ以上の無駄話は控えるべきか。
「む。少々調子に乗っておったか。ではこの辺にしておこう」
「わかればよろしい」
「しかし、最強伝説はなかなか面白かった。もし他の属性にも似たような逸話があるのであれば、また教えてくれ」
魔法は専門外とはいえ、話として聞く分には実に面白かった。
それに何がスーパーロボット開発の参考になるか分からない。もしかしたらエンジンの開発や素材の発見に繋がる知見が得られるかもしれない。そう考えれば興味も湧いてくる。
「ええ、構いません。地上に戻ったら存分に話しましょう」
「お喋りはここまで。じゃ、次の階でマッピングの練習しましょうか」
レイニーから課題を出されてしまった。今後のダンジョン攻略に必須の課題となればやらざるを得ない。
「うむ。まずはダンジョンの歩き方をマスターしてやろう!」
魔法の知見を得るのは後だ。まずは冒険者として確立すべく、知識と経験を貯めるとしよう。
意気込みを新たにし、我らは次の階層への階段に足を踏み出すのであった――




