5-4「ティルティとリィン」
「やぁ、精が出ているようであるの」
勧誘に失敗し落ち込む二人組に声をかける。
声をかける事はあっても、かけられる事は想定していなかったのかあからさまに訝しむような視線を向けられた。
執事服の青年に至っては、少女を守るように間に立ち塞がってくる。
「何の御用かしら。私達を笑いに来ましたの?」
「いや、主らと話をしてみたいと思うての。向こうで少し話さぬか? 我の仲間も待っておる」
目線で方角を示す。ミリーがぶんぶんと手を振っていた。レイニーも分かる程度に応えている。
これで、こちらが三人組の冒険者である事は伝わっただろう。彼女たちが我らと同じ目的を持っているなら、その意味は伝わるはずだ。
「お嬢様……」
「だから! 私の事は――」
「ティルティ様」
青年は苦笑しながら呼称を正す。昨日も同じやり取りを見た記憶がある。二人にとって鉄板の流れなのだろうか。
「ここは一つそちらの方のご提案を受けてはいかがでしょう」
青年はめげる様子なく、呼称を訂正した後、我に賛同を示した。ティルティと呼ばれた少女は頬を膨らませながらも首肯する。
「……分かってる。じゃあ貴方、案内してもらえますこと?」
「うむ。こっちだ」
ひとまず会話の席を設ける事には成功したようだ。
二人を仲間達の待つ席まで案内する。
その間、周囲からは好奇の視線を注がれていた。今まで散々拒まれ続けていたらしい二人組に声をかける冒険者たち。この構図に周りがどんな感想を抱いているかは想像に難くない。それはポジティブなものではないのだろう。
だが、だとしても関係ない事だ。気にする必要もない。
テーブルを囲おうとしたところで、青年は最初、少女の後ろに控えようとした。執事としての振る舞いだろうかと察しつつも、気になるので着席を促した。青年は拒否の姿勢を示したが、少女からも座るよう促されようやく席に着く。これで話し合いの準備は整った。
「さて、先に自己紹介といこうかの。我はサクラという」
「レイニーです。よろしく」
「ミリーだよ」
「我らは《蒼穹の夢狩人》というユニオンを結成しておる」
「……レイニーに、ミリー……?」
誘った側から名乗るのは礼儀だろうと、簡単に自己紹介をしていく。
少女は何かが引っ掛かったのか、考え込む素振りを見せた。
「どうかしたかの?」
「ティルティ様、もしかしてこちらの方々は――」
「やっぱりそうよね? ル・ロイザの領主の娘と右腕が何でこんなところに?」
「なんだ、二人を知っておるのか」
どうやら執事の方も心当たりがあったらしい。二人揃ってミリーやレイニーの出自を知っていた。
「ティルティ……もしかして、メルバラン家の?」
それに対し、レイニーも思い当たる事があったのか家名を口にする。
「ええ、その通りですわ。私はティルティ・メルバラン。以前に一度お会いした事がありますわね」
「メルバランって……リ・マルタの貴族さん?」
一歩遅れて思い出したらしいミリーが話に加わる。
なるほど。ティルティが貴族なのは予想がついていたが、以前に面識があったようだ。今は元がつくもののミリーはル・ロイザの領主の娘だったし、レイニーは領主の片腕を務めていた。ティルティも貴族ならば親はリ・マルタの要となる仕事としているのだろう。
「その通りです。私はティルティ様の執事兼護衛を務めております。リィンマルスと申します。以後お見知りおきを」
物腰丁寧に名乗られる。見た目通りの執事といった雰囲気だ。
「しかし何故、貴族の娘が冒険者の勧誘などしておったのだ?」
「その質問、そのままお返ししたいところですが、まずはこちらから話すのが礼儀ですわね」
よくよく考えればティルティの言う通りだ。ミリーやレイニーが冒険者をしている事も、こちらがティルティたちに疑問を抱くのと全く同じ。二人の経歴を知る者なら不思議に思うのが当然か。
「私達の目的は『地獄への路』を踏破する事です。その証明さえできれば、他は望みません」
意外な答えが返ってくる。その言い方は、道中のお宝には興味がないと言っているも同義だ。貴族故に資産には困っていない、というなら分かる。だが、それは金銀財宝に興味がない理由として納得できるだけであって、貴族の娘がわざわざ危険を冒してダンジョンに挑む理由の説明にはなっていない。
欲しいのはもしや名声なのだろうか。だとしても対価とリスクのつり合いが取れていないと思うのだが。
「……思った以上に破格の条件だの。何故、その条件で断られるのだ?」
「この町でお嬢……いえティルティ様は有名ですから」
不思議なのはその条件で断られ続けている事もあったが、これはすぐにリィンマルスの言葉で解決した。確かに貴族の娘を抱え込むなど爆弾と同義か。メリットも勿論あるだろうが、それ以上に万が一ティルティに危害が加わった時などの後を考えるのが恐ろしい。まして、専門の冒険者でないとしたらダンジョン攻略中はリスクしかないと考えるのもおかしくはないか。
「なるほど。厄介者扱いされておるのか。いや、これは失言だったの」
「構いませんわ。事実ですもの。ですが、だからといって諦めるわけにはいきませんの」
ティルティはどうやら自身のおかれている立場を理解しているようだ。
それでも尚、諦めることなくダンジョンに挑むため勧誘を続けていたのか。
その執念がどこから来るものなのか。
どうにも気にかかった。
「すまん。だが、本当に踏破だけで良いのか?」
「二言はありません。功績さえ得られれば満足です。その点はご安心くださいな」
「ふむ。レイニー達は何かあるかの?」
これ以上の答えは今は得られなさそうなので、質問を託す事にする。
「では、お二人の戦闘経験をお聞きしてもよろしいでしょうか」
相手が貴族と分かったからか、レイニーは対外モードのようだ。そこまで親しい相手というわけでもないらしい。一度会っただけと言っていたからそれも当然か。
「僭越ながら、私めは冒険者のCランクを頂いております」
「わ、私はこの前資格を取ったばかりでEランクなのだけれど」
「ティルティ様の戦闘能力は私どもと遜色在りません。そこは保障いたします。私達に護衛は不要です」
二人の言を信じるなら、相応の戦力足り得るようだ。自衛ができるだけでも有難い。
ランクEではダンジョン探索の必須条件に至らないが、そこはユニオンを組めば解決する。ユニオンは集団で一個と見られる。そのランクは所属する冒険者の最高ランクと同一となる。そして、ユニオンに所属する者はユニオン全体のランクが優先されるからだ。
「ありがとうございます。私が確認する事は以上です」
「うーん、あたしは別に何もないかな」
「では、今度はそちらの番だの。好きに聞いてくれて構わぬぞ」
こちらからの質問はひとまず終わった。ならばと相手側に質問権を譲る。
「感謝しますわ。まずは確認ですが、皆様も『地獄への路』を目指しているのですわよね?」
「うむ。踏破は然程気にしていないがの。未到達の地点にあるであろう『お宝』を求めておる。
まぁ、必然的に最下層を目指す事になるであろうの」
魔石とは言わず、敢えて『お宝』と言葉を濁す。結果的に魔石が得られればいいのだ。財宝で得た金銭で魔石を買うという選択肢もあるのだから嘘ではない。
詳細まで語らなかったのは、向こうもまだ隠している事があると感じた為だ。
悪意があるとまでは言わないが、真意を見定めるまではこちらも核心に触れさせるのは止した方がいいと判断した。
「皆様の実力はどの程度なのでしょう?」
「そうだの。我らは――」
リィンマルスから投げかけられた質問に答えていく。
冒険者ランクは我とミリーがC、レイニーがB。それぞれの武器と魔法、力量。それらを簡単にまとめて伝える。ただ我が竜人である事は伏せておいた。変に目立つのは主義ではないし、細かな説明をするのは面倒だったのだ。
「――正直に申し上げて、戦力的には些か心許ないと言わざるを得ませんわ」
一通り話し終えた後、ティルティからの第一の感想がそれだった。
全く持って同意だ。Cランク(相当含む)が四人にBランク一人。その字面だけで見れば、未踏破ダンジョンに挑むなど無謀に思える。
誰も到達した事のない未知のダンジョンと言えば、冒険者は目を輝かせる場所だろう。当然、もっと上のランクの凄腕も挑戦しているはずだ。それで無理なのだから、我らのレベルで挑んだところでたかが知れている。
「お互いにの。ではどうする、他を探すかの?」
「……皆様は、よろしいのですか?」
「我は構わん。元々三人で攻略するつもりでおった事だしの。二人はどうだ?」
どれほど心許なかろうと無謀と罵られようと、手を引くと言う選択肢は無い。少なくとも一度は挑んでみるべきだろう。
今問題にすべきは挑戦する権利が無いという事の方だ。それでは何も始まらない。その解決手段が目の前にいる。ならば、答えは考えるまでもないのだ。
ただし、これは我の考え。レイニーやミリーがどう思うかは別の話。二人の意見を蔑ろにするつもりはない。故に我の考えを伝えつつ、二人の反応を待つ。
「私も問題ない……というより、これ以上の選択肢はなさそうなのよね」
「あたしもいいよ!」
レイニーも我と同様の意見のようだった。ミリーはそこまで考えているかは不明だが、同意してくれているだけで十分だ。
これでこちらの意見は纏まった。後は相手次第だ。
「ティルティ様、正直この方たち以上の相手は――」
「皆まで言わずとも分かってるわ。レイニー様、ミリー様、サクラ様……皆様のお力をお借りしてもよろしいでしょうか」
向こうも腹は決まったようだ。なればこそ、一つ訂正しなければならない。
「少し誤解があるの。我らは主らに雇われようと言うのではない。共に挑もうと言うておるのだ」
「そうね。力を貸すだけではないわね。協力しましょう。ティルティさんにリィンマルスさん」
「皆様……」
「提案! パーティ組むならさ、畏まるのはよそうよ」
ミリーが勢いよく手を上げる。冒険者同士なら堅苦しい話し方はしない。これから冒険者として挑むならば、貴族の肩書など関係はなくなるだろう。しかし、それはこちらの見解であって、強要する物ではない。
「ミリーよ、我が言うのも何だが向こうは貴族であろう」
「あら? サクラがそれを言う? 私はミリーと同じ気持ちだったけど?」
「なぬ……いや、確かに主にはあの時そう言いはしたがの……」
なんとレイニーもミリーに賛同していた。思い返せば我からレイニーに言葉を砕けと言った事はある。だが、レイニーは立場はともかく元々貴族ではなかったし、ミリーも現在は貴族を脱した身だろう。そして身内と他人では対応も異なるのは分かっているだろうに。
そこまで考えて、ふと気付く。どうやら我は二人を身内と、ティルティ達を他人と考えていたようだ。
今この瞬間までを思えばそれも間違いではないはずだ。しかし、これから手を取り合う相手と思えば我の方が無粋だったのだろう。
「構いませんわ。ではこれからは私の事はティルティと」
「私……いえ、僕の事もリィンと呼んでいただければ」
我の思い直しを肯定するように二人からも賛同の声が上がる。
しかし、我に対し提案してきたはずのレイニーはリィンマルス……もといリィンの返事に目を見開いていた。
「……いいの? 貴方は純魔人族だと思ったのだけれど」
「そうですね。ですが、構いません。お嬢様が選んだ方々ですので」
「リィン?」
「……ティルティ様が選んだ方々ですので」
「それでよいと言うなら。よろしく、ティルティ、リィン」
ティルティとリィンの天丼ネタに挟まれ、何がレイニーの疑問となったのか訊ねるタイミングを逃してしまった。
だが、これでひとまず共闘関係は成った。『地獄への路』に挑む最初の一歩が踏めたのだ――




