4-8「実験」
ランテ滞在二日目。
午前を実験の準備に費やし、ミリーと二人で待ち合わせ場所に決めたランテの外、街道から少し離れた平地に移動した。
大したことをするわけではないが、実験である以上万が一の危険もある。街中で行うのは憚られたのだ。
人里が近いからか魔物の気配も無く、穏やかな風が流れている。
レイニーが来るまで暫しピクニック気分で和んでいると、遠くからレイニーが走り寄ってくるのが見えた。
「遅れてごめんなさい」
「いやいや、別に構わぬぞ」
特に時間を定めていたわけでもない。荒くなった息のまま謝罪するレイニーを宥める。
「レイニー、お昼ご飯は?」
「食べてきたから大丈夫。というか、ごめん。断り切れなくて」
昨日の話の返事をしにいったら昼食に呼ばれたというわけらしい。依頼を受ける立場であれば断りにくいのも当然だ。
「いいよいいよ。そうなるかもとは思ってたし。もし足らなかったらサンドイッチならあるよー」
ミリーがマジックバッグからサンドイッチを取り出す。我とミリーの分も入っていたが、レイニーを待つ間にお昼の時間を過ぎそうだったので先に食べてしまった。
「悪いけど、さすがにちょっと食べれないわ」
「それならあたしが食べるから大丈夫!」
食後すぐに走ってきたであろうレイニーは流石に食べられない様子だった。それだけ急いでくれたという事だ。
少し休憩の時間を取ろうかとも思ったが、急いでくれたレイニーの気持ちを慮ればむしろすぐに始めるべきかと思い直す。
「そろそろ始めても良いかの?」
「おっけー! ……ところで、何をするの?」
サンドイッチを頬張りながら、元気よくミリーが答える。
そういえばまだ何をするのか、具体的な説明はしていなかったか。
「うむ。魔道具に使われる魔石は必ず一つと決まっておる。二つ以上が使われる事は無い」
「ええ。正常に機能しなくなるからね」
「それは何故だ?」
単純に考えれば、魔石を複数組み込めば出力が上がってもおかしくない。しかし、そうはならない。だからこそ高品質の魔石の価値が跳ね上がっている。
「何故って……そういうものだからじゃないの?」
「物事には理由がある。結果のみ分かっていればいいという事もあるが、理由を知る事で見えてくるものもあるのだ」
正常に機能しない、とは本にも載っているし、一般常識として知られている。
だが、それがどうしてなのかまでは、どの本を読んでも終ぞ知れなかった。我はそれが知りたいのだ。
「だから実験なのね」
「そういう事だの。もし、原因が分かってそれが解消できたとしたらどうなると思う?」
「複数の魔石で魔道具が起動できるようになるなら……魔石も魔道具の価値も大きく変わるわね」
流石、レイニーは既に理解している。
「そう。二束三文で売られている低級魔石が宝の山となる……かもしれないわけだの」
「おおー! 聞いてたらこっちがドキドキしてきた」
この実験の意義が分かって、ミリーも期待に目を輝かせていた。
「ふふふ……浪漫を解してくれるか。では、いくぞ」
二人が見守る中、我は実験用に作られた魔道具に触れる。
我は魔力の制御が出来ない。それ故に魔法封じの腕輪改で抑えているわけだが、この改は魔道具に触れて意識を集中させた時だけ魔力を解放できる。触れる事が、我にとって魔道具発動のキーなのだ。
だがしかし、我が触れた魔道具は沈黙を保ったままだった。うんともすんとも言わない。
しばらく触れ続け、一度手を放して再度触れてみる。何も起こらない。
「……起動しないね」
「まぁ、そこまでは既定路線だから。サクラの見解を聞きたいわね。何か分かった?」
「うむ。全く起動する素振りがない事が分かったの」
「え? そんなの初めから分かってた事じゃん」
ミリーが首を傾げる。どうやら先ほどの会話の意図はミリーにうまく伝わっていなかったらしい。
「いやいや。我が知っていたのは『正常に機能しない』という話だけだ。全く起動しないのか、不具合が起こって正常な結果を出せないのか。あるいは爆発でもするのか。言葉にすればどれも『失敗』で片付けられるがその意味は大きく異なる」
「ううん……よくわかんない」
頭を抱えるミリーだが、それでも理解しようと努めてくれているのは伝わってくる。
我も説明を得意としているわけではないが、精一杯伝わるように言葉を選ぶ。
「魔道具の仕組みは、刻み込んだ詠唱文を魔石に溜め込んだ魔力に読み込ませることにある。
その前提を踏まえると、誤作動を起こすなら詠唱文を不正確ながら読み込めていると解釈できる。だが、全く起動しないならば全部……あるいは根幹となる部分が読み込めていないと判断できる」
「……つまり?」
「推測ではあるが、それぞれの魔石の詠唱文の読み込み速度にズレがあるのではないだろうか」
「どういうこと?」
ここで初めてレイニーも質問に加わった。我の推測に興味を引かれたようだ。
「つまりだの。『ひをはなて』という詠唱文があり、これを二つの魔石で起動しようとしたと想定する。それぞれの魔石が詠唱文を読み込む際に時間のズレが起こるとどうなるか。詠唱文の出力が『ひひををははななてて』となり、意味が崩壊した魔道具は現象を引き起こせなくなる……という風に考えられると思わぬか?」
「それぞれが別個に詠唱文を読むって事は考えられないの?」
ようやく合点がいった様子のミリーから質問が投げかけられる。ミリーなりに理解を得た上で質問をしてくれるというのは実に嬉しいものだ。
「それだと出力の弱い魔法を同時に発動するという事になり、魔石を複数設置する意味が変わってくるであろう?」
「あ、そっか」
我の説明に納得してくれた様子だ。
ミリーのいう通りに魔道具が動くのなら、それはそれで使い道はある。だが、そうもならないのだ。
「面白い推論ね。それが仮に正解だったとして、複数の魔石を扱う魔道具は作れそう?」
レイニーが確信を突いてきた。原因が分かったところで本題はそこだ。
「現状は無理と言わざるを得んな」
「えー、なんか出来そうなのに……」
「読み込み速度を等しくすれば良い、と考えれば一度全ての魔力を集積してから読み込ませると言う方法も浮かぶが」
「その集積する方法をどうするかって話ね」
「確実に集積する手段は魔石を一つ噛ませる事だな」
「それだと意味がない、というわけね」
そこまでするなら、噛ませる魔石一つあれば十分という事にもなる。無意味且つ無駄、本末転倒だ。
「うむ。故に現状では打つ手なしというわけだの」
「じゃあこの実験って無駄だったの?」
「そうではない。不具合が起こる過程が分かったのだから、対策の方向性も見えてくるという事だ。
思考する方向が見えればそれだけ早く解決策も浮かぶかもしれん」
可能性は見えた。今日の成果としてはそれで十分だ。
だが、それで納得できない者もいるだろう。
「まぁ、現時点での成果がゼロというのも真実だの。
だがこれは気長な挑戦の第一歩となる。決して悲観すべき結果ではない」
「ふーん、そういうものなんだ」
「しかし、ミリーには少々退屈だったかの」
「正直に言えば……まぁ、そうだね」
成果が何もない実験は、専門家以外にとっては退屈極まりないものだろう。聴衆は目に見える形を好むものだ。それ自体は否定するものでもない。
「では詫び代わりに何か……そうだな、我の知る料理を披露しようか」
せっかく付き添ってくれたのに無為な時間と思わせてしまったのでは些か心苦しい。
「サクラ、料理できたの?」
「ふ。こう見えて多少の心得はあるぞ」
疑惑の眼差しを向けられてしまう。確かに竜人チェリーとして過ごしてきた日々では、その辺に生息する動植物に齧り付くようなワイルドさ溢れる生活をしていた。今世において、料理の経験は皆無だ。
だが、前世にまで遡ればその限りではない。料理が得意とも、好きだとも言わない。研究に没頭している時はコンビニ飯どころか食事そのものを忘れる事さえあった。
しかし。
しかしだ。
スーパーロボットに憧れたとはつまり、そのロボットを駆るパイロットの格好良さにも同時に憧れたのだ。
憧れた対象の好物を自分も食べてみたい、そう思う欲求は極めて自然だろう。
故に、我はロボットアニメに関係する食べ物に限っては自炊できるようになった。強いて言えばパイン入りのサラダは作らないようにしているが、それ以外は大概作れる。逆にロボットアニメが関連しない料理は出来ないとは言わないが、レパートリーは乏しい。
そんな程度でしかないが、前世の料理ともなれば物珍しさから楽しんで貰えるのではないかと思ったのだ。
「どんなのが出てくるのかちょっと怖い気もするけど……せっかくだからお願いしようかな」
「ふふふ、楽しみにしているがいい!」
さて、何を作ろうか。
材料を揃えるべく、我らは街中へと戻るのだった――




